第十一話 全ての始まり
いろいろ私用が重なり更新がずれこんでます
遠い日の情景。
肩を寄せ合う一組の男女…いや兄妹。
彼らの周りを行き交うのは黒い喪服を着た大人たち。
「ひぐ…っ…うぐ…お、お兄…ちゃん…」
泣いているのは幼き日の莉子。
もちろん肩を寄せているのは龍治である。
そんな時彼らの後ろに一人の人物が現れた。
「ごめんなさい。ちょっといいかしら?」
それが、この叔母と甥姪の出会いだった。
兄妹は早紀とは直接会った事はなかったが幾度か話を聞いたり写真を見たことがあるのでその人物そのものについては知っていた。
早紀に連れられ家の中へ。
普段自分たちが生活している一軒家の応接間に入る。
この家は兄妹を含めた一家の家であるはずなのに、叔母の存在でこの家は叔母の私有物のような気がした。
「話を進めたいのだけれど、ちょっと莉子さんには席を外してもらいたいの。
お願いできるかしら?」
小学校を卒業間近とはいえ、まだまだ愛情を受けて余りある年頃の娘である。
とてもではないが話をする余裕などないだろう。
最も、早紀がそのような考えで莉子をこの場から排除しようとしたかどうかは早紀にしか分からないのではあるが。
早紀の後ろに控えていた執事服を着た男性が莉子を連れて部屋を出た。
扉が閉まるのを確認して、早紀は龍治のほうを向いた。
「単刀直入に言うわ。
あなた、学校を辞めて本家に来なさい」
龍治にはこの指示は予想通りだった。
自分が置かれている状況、名家赤坂の筆頭仮当主であった父親が死んでしまったのだから。
そして、回答も用意していた。
「いいえ、叔母さん。それは出来かねます。
僕は莉子に対して安心して生活できる環境を構築する義務がありますから」
「フフフ…そうでなくてはね。
いいわ。予想通りの答えを戴いたから本題に入ろうかしら」
「遅いよ…お兄ちゃん…」
真っ赤に腫らした眼を擦りながら莉子は呟いた。
後ろを振り返ると自分を兄と引き離した老執事がいた。
莉子の心は空虚だった。
お父さんが死んでしまったから?――それもある。
しかし、最もな原因の割合となっているのは莉子自身が両親のことを余り覚えていないからだろう。
お母さんに至っては写真もない、誰に聞いても話題を逸らされる。
お父さんも今日棺に入っているのを見て何度目かの対面をしたような状態なのだ。
お父さんは家を空けていた。
何年かに一度家に帰ってくるような、そんな父親。
「お兄ちゃんは私たちのため…って言ってたけど…」
そんな兄でもお母さんのことは知らないらしい。
以前早紀叔母さんが電話を掛けてきたときにお母さんについて聞いてみたことがある。
そのときの早紀叔母さんの激昂は…思い出すだけでも恐ろしいくらいだ。
そこでまた莉子は意識を背後の老執事に向けた。
執事はまるで空気のように立っていた。
いてもあんまり分からないくらい。
莉子は興味を持った。
「ねえ、執事さん。名前はなんていうの?」
「重山でございます、莉子お嬢様」
執事は微笑を浮かべて答えてくれた。
その微笑みは、空虚だった莉子の心を若干補完してくれるくらい穏やかなものだった。
「えっと…重山さんは私のお母さんのこと知ってる?」
「存じ上げております」
「お母さんのこと、教えてくれる?」
重山は困った顔をする。それを見て莉子は慌てて言葉を付け加えた。
「えっと、えっとね、差し支えない…くらいのことでいいから」
再び重山は穏やかな笑みを莉子に向けた。
「有難うございます。何がお知りになりたいのですか?」
莉子は「む~っ」と暫し唸った後重山の目を見た。
「お母さんと叔母さんって喧嘩してるの?」
「………ええ、そうです。結局最期まで和解されることはなかったのが些か残念ではあります」
「ふ~ん…」
「次ね。お母さんって今は…?」
「…………亡くなられております。元々身体が弱い方だったと早紀様からは聞いております」
「そうなんだ…身体が弱かったのね」
莉子は最も聞きたかったことを聞く。
「私のこの髪の色と瞳の色は、隔世遺伝のものっていうのは本当なの?」
「……………………………はい。何代か前の赤坂家の身内に同様の方が居たそうです」
「ありがとう重山さん」
「お役に立てたのであれば」
また微笑だ。ずるい、と莉子は思った。
重山の微笑みは癒されるのだ。何となくではあるが。
重山と莉子が今でも仲がいいのはこうした過去があったからだ…というのは後の話。
「それで?貴方…いえ貴方たちはこれからどうするつもりなの?」
少々真面目口調になった早紀が尋ねた。
「これまで通り…と言うわけにはいかないんでしょうね」
早紀が首肯した。
「赤坂本家では現在貴方たちをどうするかを話し合っているわ。
概ね意見は真っ二つ。貴方たちを排除するか、それとも次期当主候補として担ぎ上げるか」
早紀は特に隠すことはしなかった。
「排除というのは…差し支えなければ聞いてもよろしいのですか?」
「ダメよ。それを言ったら私の立場が危ういもの」
「だろうな…」と龍治は嘆息した。
「それで、何の取引ですか?」
早紀は驚いた顔をしたが予想通りであったのだろう、手持ちの鞄の中から一枚のB5サイズの紙を出した。
龍治は受け取ってその用紙を見た。
「契約書…?」
目を惹いたのはその三文字だった。
「そうよ。貴方たち兄妹と私・・・穏健派のね」
――契約書――
1.赤坂龍治、赤坂莉子は赤坂家次期当主候補の義務を持つ。
2.この義務を拒否するならば然るべき手段によって帳尻を合わせる。
「ここまでがさっき言った話し合いで決められつつあることよ。
重要なのはこっち」
そういって紙の下半分を示した。
――特例――
赤坂早紀と以下数名の名において契約の特例を認める。
1.義務を拒否する手段において、第2の手段を認める。
2.当事者が齢15を迎えたとき、赤坂本家への帰属が義務付けられる。
3.束縛期間は齢18までとする。
4.束縛期間を終えた後は赤坂家次期当主候補の義務を破棄することを認める。
「15って…あと三年くらいありますね」
「そうね」
「それまではどうするんです?」
「知らないわ」
一蹴。
「流石に国内にいたら不味いですかね」
「そうかもしれないわね。
擁立派なんかは血眼になって探すでしょうし強硬派も排除のために探すだろうから」
「横からいきなり党首の座を掻っ攫われたら困るんでしょうね」
「………」
「………」
「貴方の頭の回転が速くて助かるわ」
「恐縮です」
「それで?あてはあるの?」
「父が残してくれたものの中に幾つか懇意にしていると思われる連絡先があったので」
「何処か聞いてもいいかしら?」
龍治は首を横に振った。
「叔母さんがいつ強硬派になるか、はたまた擁立派になるか分かりませんので。
でもちゃんと15になったら戻ってきますよ」
「それはつまり契約をするということでいいのね?」
「ええ」
かくして、兄弟を縛る枷はここに誕生したのである。
――数日後――
「莉子!早くしないと飛行機に間に合わない」
「お兄ちゃん…手伝ってよぉ」
まったくしょうがないな…と龍治は莉子の荷物を持った。
二人が向かったのは…ドイツだった。
引っ張ってますね。アレを残したまま過去編に突入しましたけど良いんでしょうか(笑)