表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苦虫  作者: 青山 黒美
12/12

苦虫(12)

「千里が川で亡くなった事は……知ってますよね」

「はい……」

「俺は、そこに居たんです」

「……」

「もう一人の友達……男の子と一緒にあの川にいました」


彼女の方は見ない。黒板だけを見ていた。何も書かれていない深緑のその場所に、白いチョークで書いて見せなければいけない様な気持ちになる。

彼女に俺の事を。


「この話……初めてなんです。人に話すの」

彼女の声を暫く探す様に待っていた。声は無かった。

あの日を振り返り、俺は彼女に話す。


「その日、白いワンピースだった。あと……ペンダントしてた」

「……ペンダント」

「写真とか入るやつ。そう思った。友達が見せてって……千里に言ったんです。千里は嫌がった……俺も見たいと思った。だから近寄って千里に……触れてしまったかもしれない」


そしたら……


「そしたら落ちた」


俺は振り向いて、もう一度言った。

「落ちたんです」

「…………」

黒板に向き直って、俺は続けた。

「友達は……すぐに何とかしようとした。でも、どうにもならなかった。川に入って……助けようとした。けど……無理だった」

「…………」

「俺は、どうしたと思います?」


振り向いて待った。

俺は言った。

「立って見てたんです」

この時、初めて正面から彼女を見た気がした。彼女は疑いも無く、今日、初めて会う人だった。


「どう思いますか?」

「…………」

「俺をどう思いますか?」

「わるくない……」

「どうしてですか?どうして、そう言えるんですか」

「…………」

「俺が押してしまったのかもしれない。突き落としてしまったかもしれない」


「やめて……」


「そして見殺しにしたんですよ」

「やめて!」

「俺は!千里を殺してしまった!」


彼女は蹲った。そして泣き声が耳に響いてくる。俺は彼女を泣かしてしまった。

ただ、彼女の泣き声だけが入ってくる時間の中に座っていた。




「どうして?」

彼女は顔を隠したままで言った。俺は黙っていた。


「どうして、そんなこと言うの?」

「…………」

「貴方が千里を殺す筈無い……でしょ?」


顔を上げた彼女の目を見る。涙で濡れた、その瞳に負けそうになってしまう。俺は耐えていた。


「そうでしょ?」

「俺は立って見ていた。ずっと、そこに居た。何もしなかったんですよ」

「…………」

「許せる筈ないでしょう?…………どうすれば……許して…くれるんですか」




私は、ここでペンを置く。そして原稿を引き出しの奥にしまいこむ。

何故なら私は、この先を書く事ができない。

私は『後悔』をテーマに、この小説を書き出した。そして、これに『過去』・『死』という、どうやっても変えられない事実を持ち出した。

私は当初、この『後悔』・『過去』・『死』を小説。物語として書き上げようと葛藤していた。

しかし、小説も奇なり。書いていくに連れ、二転三転するものである。

その一つに彼女、斎藤由佳が現れた事だった。

彼女は、主人公……彼にとって『救い』となるべく現れるのであるが。この物語の中での『救い』とは、主に彼……僕の過去を彼女へ告白する事にある。


しかしながら難しいのは彼女、斎藤由佳は、彼に嘘をついているという事だ。

彼女は、千里の姉である。

この事実は、後に主人公、彼が帰りに校舎から坂道を下る際に気が付く。

彼は「前にも同じ様な事があった」と言っている。

彼女と校舎で別れた彼は以前、過去に坂で転んだ千里を家まで送って行った事を思い出す。そこで、手当てしてくれた人……姉の存在に初めて気が付くのである。

彼は何故、気が付かなかったんだと悔やみ彼女に尋ねるが、彼女の「ごめんなさい」と言う言葉に、彼は本当の事は聞かない事にする。


と、先はこんな感じであった。


確かに彼が彼女へ(誰であっても)告白したからと言って全てが解決する訳では無い。けれど私は思ってしまう。では、どうすれば彼を救い出せたのだろうかと……。


私はペンを置く。

私は『彼の』孤独や後悔を知らない人間である。それは斎藤由佳……彼女と大輔も同じだ。しかし彼女は今、誰よりも『近い』のだ。


この後、彼女は彼に声を掛けるだろう。接するだろう。

どんな言葉だろうか?


きっと、それが彼を救う、小さな一つの大切な想い、言葉だと信じている。



苦虫(完) 作・工藤




読んでいただき


ありがとう ございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ