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苦虫  作者: 青山 黒美
10/12

苦虫(10)

彼女は、道路端の白線を辿る様に歩いて行く。車の走る気配など全く無い道路を、僕は彼女の左側に付いて車道を歩いた。


彼女は、肩より少し長い黒髪を後ろで束ねていた。歳は僕と同じくらいだろうか?背も僕と殆ど変わりないと思う。彼女の足元のサンダルには小さな花が虹色に輝いていた。


彼女は何も喋らずに、ただ前を向いて歩くばかりだ。彼女の方から話をしようと言って来たのに、ずっと何も喋らないでいる。


僕は彼女に聞いた。 「話って千里の事ですよね?」


彼女の返事は無かった。

僕は、もう一度声を掛ける。

「千里を……知っているんですよね?どんな関係の方なんでしょうか?」

彼女は、それでも無言のまま、前を向いて歩き続けている。


暫くして、やっと彼女が喋り出した。

「貴方の名前は?」

「俺は……です」


「そう……」

彼女はそれだけ聞いただけだった。

やがて彼女は脇道に入って行く。広くはない田圃道だったので彼女の後ろにまわった。


「私ね……千里の友達だったの」

「そうですか……俺もです、同級生だったのかな?俺と」

「ええ、貴方は覚えてないかも知れないけど……由佳、斎藤 由佳、知らない?」

彼女は振り向いてそう言った。


「……すいません、覚えてないみたいです」

「そうよね、あまり話した事なかったし……私は貴方の事よく知ってる」

「……」

僕も彼女も無言のまま歩き続けていると、あの広い横道に出た。


彼女の横に少し離れて並ぶ。僕は何か話した方が良いのかと思い、また声を掛けようとした。すると彼女は草むらの方に駆けよって言った。

「ちょっと待って」

彼女は屈んで何かをしている様だった。


「これ、綺麗じゃない?」

彼女は微笑みながら、僕に白い花を見せる。

「ええ……、綺麗だと思います」

僕は少し無愛想に答えてしまった気がした。


「私ね、千里への花はこの辺りに咲いてるのを持って行くの、貴方のその花は?」

「買ってきました」


「とても綺麗な花ね」

彼女はそう言って、また歩き出す。

僕は彼女と一緒に、この横道を歩いていて不思議な感じがした。まるで……。


けど、それが言い様の無い感覚で、良い感じはしなかった。



あの坂道に近づいて来た頃、僕は言った。

「俺、やっぱりやめます、少し疲れたんで戻ります」

彼女は、立ち止まって僕を見る。その顔も、どこか似ている様に感じてしまっていた。

「そうなの?……でもその花、どうするの?」

「いいんです、千里の墓へは行ったんで、これは……あんまり良い花じゃない気がして……また今度、別の花を持って来ます」


彼女は少し不思議そうな顔を向けていた。

「綺麗な花だと思うけど……私、一人で行くより貴方に一緒に付いてきて欲しいんだけど、一人だと……ね?」


僕は暫く考えた末、仕方なく付いて行く事に決め、頷いた。



林道を歩いている間も殆ど話しなどせずに、彼女が時たま一言、二言話し掛けて来るくらいだった。今日は暖かいだの、付いて来てくれて良かった……そんな事だった。


道中、それでも不思議な光景に思えてしまう。僕は、そのたびに彼女から意識を逸らし、林の奥の方なんかを見ていた。

川の音が耳元で小さく反響する。



千里の墓の前で彼女と僕は立ち止った。

彼女は屈むと、手に持っている花を添える。


紫の花と白い花が重なるのを、僕は少し離れて見ていた。


「誰かしら?この花?」

彼女のその言葉に、僕は何も答えずにいた。そして、手紙を無くしてしまった事を、ふと思った。


「貴方の花……何であげないの?」

彼女は立ち上がり、僕を見る。

「……いいんです、ダメなんです」

「何がダメなの?」


「貴女には関係ない事です、俺がそう言ってるんだから、別にいいじゃないですか」

そう言い放った時、彼女の瞳が強くなった様に見えた。

「なら、私にくれない?」


持って帰るくらいならと思い、僕は彼女に花を差し出す。


「ありがとう」

彼女は微笑みながら、そう言った。



帰り道……そう、今日二度目の帰り道。

林道は昼を過ぎたためか、光は強く射さない。落ち着いて見えた。


意味もなく林の奥を見たり、空を仰いだりして……時々、彼女を見る。彼女は紫の花を両手で持って、ゆっくりとしたリズムで歩く。

彼女の横顔を見ると、微笑んでいる様な……いないような。

初対面であるのに不思議と抵抗感などは無かった。そう……。


僕は独り言の様に呟いた。

「小学校……まだあるのかな」

「あるわよ」

彼女は、僕の方を見て間を空けずに言った。

「へぇー、まだあるんだ」

「もう使われてはいないけどね、残ってる……行ってみない?バスの時間まで、まだ大分あるでしょ?」

「ん~……」

「嫌なら……やめる?」


僕はバス亭で一人待つ事も考えたが……。

「行きます、確かに時間もまだあるし」




林道を抜け、横道を歩き、小学校への道を歩く。


その間、僕が行くと答えた時の彼女の笑顔が、色濃く残っていた。


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