【完結】立入禁止ヒーロー
『立入禁止』
なんとも魅惑的な響きだ……。
おれは脳内で何度もくり返し反芻する。
立入禁止、立入禁止、立入禁止、立入禁止、立入禁……
「ちょっと!そこの不審者!」
頭を得体のしれない物でひっぱたかれて、一瞬意識が飛ぶ。
「いっ痛つ……って、なんだ、おまえかよ……」
目の前にストレートロングの髪をなびかせて、幼なじみの少女が立っていた。
「あんた、この黄色いテープが見えなかったの?」
赤フレームの眼鏡を指で持ちあげて、あきれたようにつぶやく。
『KEEP OUT』『立入禁止』という目立つテープが、ばってんに交差してはってある。
「バス待ちでヒマだったんだよ。のぞくぐらいいいじゃねぇか」
「はたから見たら不審者丸だしだったわよ。通報されないうちに忠告してあげようと思ったの。幼なじみのよしみでね」
あたしの優しさが伝わらないかしら?といった厚かましいニュアンスを含ませて彼女は言う。
昔からややおせっかいなこの女は、ことあるごとにおれのすることに難癖をつけ、介入してくる。
「だだの腐れ縁で忠告されてもなぁ」
「先人として言ってるのよ。『立入禁止』にかけてはあたしのほうが先輩でしょ?」
なにを言ってるんだこいつはと、おれは驚いて彼女の顔を見つめ返した。
普段まともなやつが変なことを言い出すときは、たいていなにかあると見てまちがいはない。
おれは用心深く身がまえた。
「先に『立入禁止』領域に入ったのはあたしなのよ……憶えてない?」
その言葉にスイッチが入ったとでもいうのか、記憶中枢を刺激されたおれは過去の出来事を思い出していた。
あれはおれがまだ小学生の時。
日曜日の人気ない夕暮れ時。
その時もまた同じこの道を、一人で歩いていたっけ。
ぼんやりしていたおれを立ち止まらせたのは、しゃくりあげるようなすすり泣く少女の声。
幽霊かと思ってびくついたおれは、信じられない光景を目にすることになる。
『立入禁止』の看板がとりつけられたフェンスの向こう。
有刺鉄線をへだてた反対側に、幼なじみの姿を見つけておれはぼうぜんとした。
なぜ、そんなことをしたのか?
子供なんて好奇心にかられて、とんでもないことをしでかす瞬間はよくあるものだ。
きっと、彼女もそんなところだったのだろう。
まだ、小学三年かせいぜい四年か、それくらいの年だ。
金網のフェンスをよじ登って『立入禁止』区域に入ったおまえは、出られなくなって一人しゃくりあげて泣いていた。
あの時は本当にびっくりしたぜ。
いつもは「優等生」なおまえと「悪ガキ」だったおれ。
そのおれたちの立場がフェンスをへだてて、まるで逆転しちまったみたいだった。
「いい気味……」
おれの口からすべり出した言葉は、自分でも意外なものだった。
「いつもえらそうにしてるおまえが、こんな事するなんてな──」
芝生にへたりこんで途方に暮れていたおまえは、フェンスごしにおれをぼうぜんと見ていた。
たすけてくれないの?
おまえの目が絶望の表情で、おれをじっと見つめている。
──形勢逆転!
子供時代、悪さをしてはおまえに見つかって、先生に告げ口されて叱られてばかりいた。
ちょっとムシャクシャしていたおれは、おまえを見捨てることがまっ先に頭にうかんだ。
ひどいやつだろ?
いつもの仕返しみたいなもんだ。
軽い復讐。
みんなの前でことあるごとに叱られて、おれがわるいっちゃわるいけど、くだらないことまで言いつけられてうんざりしてたんだ。
委員長のおまえは、毎回それで得点かせいで鼻高々。
ムカつくったらありゃしない。
通信簿はいつも一位と最下位。
ほんとうにやってられないぜ。
どうせほっといたって、田舎道とはいえバス通りの目の前だ。
心配して探しに来た誰かが、きっと助けてくれるだろ?
ため息をひとつつき、おれはフェンスに指をかけた。金網から飛び出した鋭い棘、有刺鉄線がおれの手のひらを容赦なく切り裂く。
血を流しながらそれでもおれは、頑丈なフェンスをよじ登ってむこう側へ行った。
おまえを助けるために……
「あの時から、あんたはあたしのヒーローなのよ」
金網をうまく乗り越えられなくて、すり傷を作りまくった膝小僧。
傷だらけで血まみれの手をさしだして、おまえはお姫様みたいにおれの手をつかんだっけ。
その日はめずらしく二人で手をつないで家に帰った。
次の日、おれたちはまた「悪ガキ」と「優等生」。
いつもどおりの関係にもどった。
「あたしはもうあんたにケガしてほしくないの」
あの時のことによほど責任をかんじているのか、彼女はせっぱつまった泣き出しそうな顔でそう言った。
「わるかったよ、心配かけて……」
意外そうな顔で彼女がおれを見つめる。
警笛が鳴る。始発のバスが向こうからカーブを曲がって、おれたちの前でゆるやかに停車した。
「それから、いつもありがとな。おせっかい」
おれはあの時のようにさりげなく手をさしだし、彼女がお姫様のように手をとる。
幼なじみの『立入禁止』ゾーンに、ちょっとだけ踏みこんだ。
──そんな気がした。




