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【完結】立入禁止ヒーロー

作者: 風見実果
掲載日:2026/09/06

  挿絵(By みてみん)



『立入禁止(たちいりきんし)』


 なんとも魅惑的(みわくてき)な響きだ……。

 おれは脳内で何度もくり返し反芻(はんすう)する。


 立入禁止、立入禁止、立入禁止、立入禁止、立入禁……


「ちょっと!そこの不審者(ふしんしゃ)!」


 頭を得体のしれない物でひっぱたかれて、一瞬意識が飛ぶ。


「いっ痛つ……って、なんだ、おまえかよ……」


 目の前にストレートロングの髪をなびかせて、幼なじみの少女が立っていた。


「あんた、この黄色いテープが見えなかったの?」


 赤フレームの眼鏡(メガネ)を指で持ちあげて、あきれたようにつぶやく。


『KEEP OUT』『立入禁止』という目立つテープが、ばってんに交差してはってある。


「バス待ちでヒマだったんだよ。のぞくぐらいいいじゃねぇか」


「はたから見たら不審者丸だしだったわよ。通報されないうちに忠告(ちゅうこく)してあげようと思ったの。幼なじみのよしみでね」


 あたしの優しさが伝わらないかしら?といった厚かましいニュアンスを含ませて彼女は言う。


 昔からややおせっかいなこの女は、ことあるごとにおれのすることに難癖(なんくせ)をつけ、介入してくる。


「だだの腐れ縁で忠告されてもなぁ」


「先人として言ってるのよ。『立入禁止』にかけてはあたしのほうが先輩でしょ?」


 なにを言ってるんだこいつはと、おれは驚いて彼女の顔を見つめ返した。


 普段まともなやつが変なことを言い出すときは、たいていなにかあると見てまちがいはない。


 おれは用心深く身がまえた。


「先に『立入禁止』領域に入ったのはあたしなのよ……憶えてない?」


 その言葉にスイッチが入ったとでもいうのか、記憶中枢(きおくちゅうすう)を刺激されたおれは過去の出来事を思い出していた。



  挿絵(By みてみん)



 あれはおれがまだ小学生の時。

 日曜日の人気ない夕暮れ時。


 その時もまた同じこの道を、一人で歩いていたっけ。


 ぼんやりしていたおれを立ち止まらせたのは、しゃくりあげるようなすすり泣く少女の声。


 幽霊かと思ってびくついたおれは、信じられない光景を目にすることになる。


『立入禁止』の看板がとりつけられたフェンスの向こう。


 有刺鉄線(ゆうしてっせん)をへだてた反対側に、幼なじみの姿を見つけておれはぼうぜんとした。


 なぜ、そんなことをしたのか?


 子供なんて好奇心にかられて、とんでもないことをしでかす瞬間はよくあるものだ。


 きっと、彼女もそんなところだったのだろう。

 まだ、小学三年かせいぜい四年か、それくらいの年だ。


 金網(かなあみ)のフェンスをよじ登って『立入禁止』区域に入ったおまえは、出られなくなって一人しゃくりあげて泣いていた。


 あの時は本当にびっくりしたぜ。


 いつもは「優等生」なおまえと「悪ガキ」だったおれ。


 そのおれたちの立場がフェンスをへだてて、まるで逆転しちまったみたいだった。


「いい気味……」


 おれの口からすべり出した言葉は、自分でも意外なものだった。


「いつもえらそうにしてるおまえが、こんな事するなんてな──」


 芝生にへたりこんで途方に暮れていたおまえは、フェンスごしにおれをぼうぜんと見ていた。


 たすけてくれないの?


 おまえの目が絶望の表情で、おれをじっと見つめている。


 ──形勢逆転(けいせいぎゃくてん)!


 子供時代、悪さをしてはおまえに見つかって、先生に告げ口されて叱られてばかりいた。


 ちょっとムシャクシャしていたおれは、おまえを見捨てることがまっ先に頭にうかんだ。


 ひどいやつだろ?

 いつもの仕返しみたいなもんだ。


 軽い復讐(ふくしゅう)。


 みんなの前でことあるごとに叱られて、おれがわるいっちゃわるいけど、くだらないことまで言いつけられてうんざりしてたんだ。


 委員長のおまえは、毎回それで得点かせいで鼻高々。

 ムカつくったらありゃしない。


 通信簿はいつも一位と最下位。

 ほんとうにやってられないぜ。


 どうせほっといたって、田舎道とはいえバス通りの目の前だ。

 心配して探しに来た誰かが、きっと助けてくれるだろ?


 ため息をひとつつき、おれはフェンスに指をかけた。金網から飛び出した鋭い棘(とげ)、有刺鉄線がおれの手のひらを容赦(ようしゃ)なく切り裂く。


 血を流しながらそれでもおれは、頑丈(がんじょう)なフェンスをよじ登ってむこう側へ行った。


 おまえを助けるために……


「あの時から、あんたはあたしのヒーローなのよ」


 金網をうまく乗り越えられなくて、すり傷を作りまくった膝小僧(ひざこぞう)。


 傷だらけで血まみれの手をさしだして、おまえはお姫様みたいにおれの手をつかんだっけ。


 その日はめずらしく二人で手をつないで家に帰った。


 次の日、おれたちはまた「悪ガキ」と「優等生」。

 いつもどおりの関係にもどった。


「あたしはもうあんたにケガしてほしくないの」


 あの時のことによほど責任をかんじているのか、彼女はせっぱつまった泣き出しそうな顔でそう言った。


「わるかったよ、心配かけて……」


 意外そうな顔で彼女がおれを見つめる。


 警笛(けいてき)が鳴る。始発のバスが向こうからカーブを曲がって、おれたちの前でゆるやかに停車した。


「それから、いつもありがとな。おせっかい」


 おれはあの時のようにさりげなく手をさしだし、彼女がお姫様のように手をとる。


 幼なじみの『立入禁止』ゾーンに、ちょっとだけ踏みこんだ。


 ──そんな気がした。



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