ツガイが好みじゃないので困っています
預言者は、静まり返った広間の中央で、ひときわ低く、重い声を響かせた。
「両国の命運は、この結びに懸かっている」
その言葉を受けた瞬間、場にいた誰もが息を呑んだ。
王と王妃は顔を見合わせ、廷臣たちは一様に頭を垂れた。祝福というにはあまりに緊張が濃く、歓喜というには責任が重すぎる。まるで吉兆の形をした宣告だった。
――というわけで、私、エレオノールはルメリア国に来ている。
我ながら雑なまとめだとは思う。
だが実際、そうとしか言いようがなかった。
神より示された“ツガイ”。
それが我が国とルメリアの間に生まれた以上、拒むという選択肢は、最初から存在しないに等しい。個人の感情より、両国の安寧が優先される。王族として育った以上、その程度のことは、幼い頃から骨の髄まで叩き込まれていた。
私は、この運命を受け入れるつもりでいた。
そのほうが父も母も喜ぶだろうし、国民も安心する。隣国との結びつきが強くなれば、国境地帯の不安も和らぐ。誰にとっても悪い話ではない。
なにより、私は放っておかれれば、たぶん良い結婚はできない類の人間だった。
昔から、見目が悪いとは言われなかった。
整っている、冷ややかで美しい、近寄りがたい。そういう評価は、いくつも耳にした。
だが、可愛いげがあると言われたことはない。
愛されたという実感も、正直ほとんどない。
私は静かな人間だ。
……いや、違う。本当に静かなのではなく、静かであるよう努めてきただけだ。
余計な感情を見せず、余計な期待を抱かせず、余計な失望を招かぬように。そうしているうちに、今の私ができあがった。
だからもし神が相手を定めるというのなら、せめて、同じように静かな人がよかった。
――たとえばアルトリウムの王子、アルベールのような。
礼節を重んじ、言葉少なく、隙のない人。
無理に愛想を作らずに済むような、静かな関係。
そんなものがあるなら、悪くないと思っていた。
ルメリア王宮の大広間は、予想していた以上に明るかった。
高い窓から惜しげもなく陽光が差し込み、床の大理石には金の装飾がやわらかく反射している。威厳よりも華やぎを重んじる国柄なのかもしれない。私の国の宮廷より、空気が軽い。
その軽さに、わずかに落ち着かない気分になった頃、扉が開いた。
ルメリアの第一王子、ルカが姿を現す。
目が合った。
ふわりとした癖毛。
柔らかな茶色の瞳。
日差しの下で育ったような、屈託のない笑顔。
――なんだか、散歩中にリードが切れた大型犬みたいだなと、そのとき不敬にも思った。
次の瞬間、ルカ王子は、はっきりと目を見開いた。
「うわっ、ちょっ、可愛っ……」
広間の空気が止まった。
王子の後ろに控えていた側近が、ほとんど反射的に一歩前へ出る。
「殿下……?」
その一語には、驚愕と制止と諦めが、きれいに詰まっていた。
私は一拍遅れて、口元だけをかすかに整えた。
「……ご挨拶、痛み入ります」
何今の。
私の胸中の問いなど知るはずもなく、ルカ王子はなおもこちらを見つめている。いや、見つめているというより、完全に固まっていた。
「え? ……え?」
きょろ、と左右を見回す。
まさか他に誰かいるとでも思ったのだろうか。
「いや、どストライクなんですけども……?」
何だその確認は。
「ええと、ツガイってことで……いいんですよね? つまり結婚というか。末永く」
いや雑だな。
私は微笑を保ったまま、静かに答えた。
「……検討の余地がございます」
本来なら、もっと外交的で曖昧な表現を重ねるべき場面だったのだろう。だが、あまりに勢いよく話を進められすぎて、むしろこの程度しか出てこなかった。
するとルカ王子は、ぱっと顔を輝かせた。
「なるほど、じゃあ決まりで! 式は早いほうがいいですよね? 来月? いや再来週でもいけるか……」
いや待て。
思わず口をつきかけた言葉を、私は寸前で飲み込む。
「……一度、整理のお時間を頂戴できますか」
控えめな表現ではあるが、十分に制止の意図は込めたつもりだ。
さすがに、これで止まるだろう。
ルカ王子は大きくうなずいた。なぜか、安堵したように。
「……よかった。嫌われてたらどうしようかと思った」
――完全に伝わっていない。
しかもその笑顔は、まるで曇らない。
失礼がないわけではない。洗練されてもいない。むしろかなり雑だ。なのに、不思議と不快感だけが残るわけでもなかった。
王族として、こういう型破りな人物にはもっと警戒心を抱くべきなのだろう。
実際、抱いている。抱いてはいるのだが。
目の前の王子は、そんなこちらの慎重さなど露ほども気にせず、ひどく嬉しそうに言った。
「いや、ほんと可愛いですね……」
側近が今度は深く目を閉じた。
見ていて気の毒になるほど慣れた仕草だった。
私はひとまず、淑やかに微笑んでおいた。
内心では、ただ一つだけ、まとまりのない感想が渦を巻いていた。
――何だこれ。
神が定めたツガイとは、もっとこう、厳かで、運命めいていて、少なくともこんな勢いで“末永く”を打診してくるものではないと思っていた。
思っていたのだが。
……本当に、思っていたのと違いすぎて困る。
◇◇◇
ルメリア王宮は、どうにも落ち着かない。
明るすぎるのだ。
差し込む陽光も、廊下を行き交う者たちの表情も、庭に咲く花々の色合いさえも、どこか遠慮がない。
私の育った宮廷にも華やかさはあるが、あれはもっと制御された美しさだった。光は選ばれ、声は抑えられ、沈黙にすら秩序がある。
ここには、生命力がありすぎる。
そして何より、この宮には、ルカ王子がいる。
それが一番、落ち着かない原因かもしれなかった。
私は、ようやく一人になれる時間を見つけ、王宮の一角にある小さな図書室へ身を寄せていた。
客人に解放されている書架は限られていたが、それでも十分だ。整然と並ぶ革表紙の背を眺めていると、ようやく呼吸が自分のものに戻ってくる気がする。
選んだのは、一冊の幻想譚だった。
古い神話を下敷きにした、異界遍歴の物語。少年が見知らぬ世界へ足を踏み入れ、喪失と変容を経て、やがて元の場所へ帰るまでを描いたものだ。
幼い頃から、何度も似たような話を読んできた。
現実とは別の場所へ迷い込み、そこで何かを失い、何かを得て、帰ってくる物語。
……疲れたときほど、こういうものに手が伸びる。
椅子に腰を下ろし、静かな紙の音に意識を沈めかけた、そのときだった。
「何読んでるんですか?」
真横から声が降ってきた。
心臓が跳ねた。
顔を上げると、いつの間に入り込んだのか、ルカ王子が本棚と机のあいだに立っていた。今日も柔らかな茶の髪は好き勝手に跳ね、こちらを見る瞳だけが妙にきらきらしている。
私は一度本を閉じ、表紙を指先で整えてから答えた。
「幻想譚です」
「へえ」
ルカ王子は興味深そうに身をかがめ、表紙を覗き込んだ。
「あー、転生するやつですかね!」
私はしばらく、その言葉の意味を理解できなかった。
「……転生?」
「じゃあ追放系か」
「何の話をしているのですか」
思わず即答してしまった。
ルカ王子はきょとんとしたあと、なぜか嬉しそうに笑う。
「いや、反応早いなと思って」
何だそれ。
私は本を持ち直し、できるだけ会話を終わらせる方向へ軌道修正する。
「古代神話を下敷きにした、異界遍歴の物語です」
「なるほど、めちゃくちゃ面白そうですね」
意外にも、返ってきた声は素直だった。
私は少しだけ言葉を失う。
「……そうですか?」
「はい。エレオノールが読んでるなら、きっと」
そこか。
私は諦めて本を閉じた。
もうここで読書を続けられる気はしない。
「続きはまた後ほどにいたします」
「邪魔しました?」
「今さらお尋ねになりますか」
「じゃあ邪魔したんだ」
なぜ少し嬉しそうなのだ。
翌日は、少しでも頭を冷やしたくて庭へ出た。
ルメリア王宮の庭園はよく整えられているが、我が国のものとは趣が異なる。左右対称に切り詰められた美ではなく、花も木々も、自然のかたちを生かしたまま豊かに配置されていた。小道はゆるやかに曲がり、噴水の水音が遠く近くに重なる。
歩くだけなら嫌いではない。
むしろ、かなり好きだ。
ただ一人であれば、の話だが。
「散歩ですかー!」
遠くから、聞き覚えしかない声が飛んできた。
私は足を止めた。
止めざるを得なかった。
石畳の小道の向こう、緑のアーチのあいだから、ルカ王子がこちらへ歩いてくる。いや、歩いてくるというより、何やら鼻歌まじりに近づいてくる。しかもなぜか、その周囲には小鳥が数羽まとわりついていた。
……何だあれ。
近づいてくる。
歌っている。
鳥までいる。
何か始まるのか。
ミュージカルか。
「いい天気ですね!」
ついに目の前まで来たルカ王子は、この日も晴れやかな笑顔だった。
こちらはまだ心の準備ができていない。
「ええ、そうですわね」
「庭、綺麗でしょう? でも、エレオノールが歩いてると、なんか背景までちゃんとして見えるな」
「何を歌っていらしたのですか」
「え、気になりました? 嬉しいな。即興です」
即興。
私は空を見た。
雲がひとつもない。
どうしてこうも、世界がこの人に都合よく明るいのだろう。
「散歩、好きなんですか?」
ルカ王子が尋ねる。
「嫌いではありません」
「よかった。一緒に歩いても?」
もう歩いているではないか。
隣にいるではないか。
「今さら許可をお求めになるのですね」
「礼儀は大事なので」
その礼儀の順序がおかしいのだが。
小道をしばらく並んで歩く。
私は静けさを取り戻したいのに、隣の男がいるだけで空気が落ち着かない。
それなのに、完全に不快とも言い切れないのが、一番厄介だった。
夕刻、客間に小さな茶会の席が設けられた。
形式張った晩餐ではなく、身内だけの気軽なもてなしだという。そう言われて運ばれてきた卓上には、小ぶりの焼き菓子や果実の蜜煮、砂糖を薄くまとわせた木の実に混じって、どこか素朴な形の菓子もいくつか見える。城のために整えられたものだけではないのかもしれなかった。
……甘いものは、昔から好きだ。
だが、好きだからこそ控えるべきだとも思っている。
そういうものだろう。王女たるもの、好むものに際限なく手を伸ばしてはならない。まして客先で、子供のように目を輝かせるなど論外だ。
私は紅茶の香りに意識を向けるふりをして、菓子皿から視線を逸らした。
「甘いもの、好きなんですか?」
またもや、気づかれていた。
私は静かに顔を上げる。
向かいにはルカ王子がいて、いかにも何気ない調子で尋ねてくる。
「いえ、そんなことは……」
「でも、さっきから一番見てますよ」
見られていた。
しかも、そんなところを。
私は言葉を失い、代わりにティーカップを持ち上げた。
落ち着け。動揺するほどのことではない。甘い菓子を少し気にしたくらいで、何がどうということもない。
するとルカ王子は、いたって軽い口調で言った。
「いっぱい食べたらいいじゃないですか」
私はカップを置いた。
「そのような——」
「好きなもの食べて、幸せそうにしてるの、可愛いですし」
言葉が止まった。
太るだとか、見苦しいだとか、節度がどうだとか。
そういう話ではないらしい。
……いいのか、それで。
私は菓子皿へ目を向けた。
淡い蜂蜜色の小さな焼き菓子。花の形に焼かれ、縁だけが薄くきつね色づいている。飾り気はないが、どこか素朴で、陽だまりのような印象だった。
――こういうものは、あまり見たことがない。
「ひとつだけ、いただきます」
言い訳のように告げてから、私はそれを口に運んだ。
さくり、と軽い音がして、次いでやわらかな甘みが広がる。
思わず、肩の力が少し抜けた。
「美味しいですか?」
私は即答したくなかった。
だが、沈黙しても無駄な気がした。
「……ええ」
「よかった。僕自身が甘いもの好きでね。城で出すものも、いろんな地方のものを集めてるんです。それ、南のほうでよく作られてる菓子なんですよ」
なぜか、少しだけ誇らしげに言う。
私はもう一度、菓子を見た。
視線を戻しただけのつもりだったのに、ルカ王子はすぐに言った。
「もうひとつ、食べます?」
「食べません」
「今ちょっと迷いましたよね?」
「迷っておりません」
「可愛いなあ」
私は思わず顔を上げた。
何なのだ、本当に。
この人の言う“可愛い”は、少なくとも私の知るそれとは違うらしい。
着飾った姿でもなく、愛想よく微笑む所作でもなく、ただ本を読んでいるだけで、庭を歩いているだけで、甘いものを前に一瞬ためらうだけで、そう言うのだ。
理解できない。
……理解できないのに。
もうひとつ、菓子を取った。
それを見て、ルカ王子は満足そうに笑う。
私は紅茶に視線を落としたまま、思う。
――どうにも、調子が狂わされている気がする。
この男のせいで。
◇◇◇
ルメリア王宮の大広間は、いつもよりわずかに空気が張り詰めていた。
形式ばった場ではない。
だが、客人が客人である以上、自然と人の立ち居振る舞いは整う。
アルトリウム王国第一王子、アルベール。
その名を告げられたとき、私はほんのわずかに背筋を正した。それは習慣のようなものだ。同じ系統の空気を持つ者が来ると、人は無意識に姿勢を合わせる。
扉が開く。
先に動いたのは、隣にいたルカ王子だった。
「アルベール!」
声が弾む。ためらいがない。そのままの勢いで歩み寄り、ほとんど反射のように腕を伸ばした。
がし、と肩を抱く。
その一瞬の早さに、私はわずかに目を見開いた。
対するアルベールは、驚いた様子を見せることもなく、ただ静かに一歩、身体を引いた。
「……お久しぶりです、ルカ殿」
声は落ち着いている。距離も、言葉も、すべてが整っている。
「お離しください」
やんわりと、しかし明確に。
ルカが笑って手を離した。
アルベールは一歩引く。
ほんの一瞬だけ、肩に残った感触を確かめるようにしてから。
空気が、そこで一度、締まる。
――ああ、これだ。
私は内心で小さく息をついた。
これが正しい。
これが、本来あるべき距離だ。
相手の立場を踏まえ、礼を尽くし、踏み込みすぎない。不快を与えず、無礼にもならない、適切な間合い。それを、アルベールは寸分違わず保っている。
私は一歩前へ出た。
「お初にお目にかかり、光栄に存じます。アルトリウム王国第一王子、アルベール殿」
自然と、言葉が整う。
アルベールは軽く頭を下げた。
「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。エレオノール殿」
声音も、所作も、非の打ち所がない。
安心する。
やはり、こういう会話が――
「ご滞在はいかがですか」
アルベールが続ける。
「大変、快適に過ごしております」
私は淀みなく答える。
「それは何よりです」
短く、的確な応答。
無駄がない。
隙がない。
間違いがない。
完璧だ。
……で、それで終わりか?
次の言葉が、出てこない。
私は一瞬、呼吸を止めた。
話題はある。いくらでもあるはずだ。各国の情勢、今回の神託、今後の関係性。だが、そのどれもが、“正しすぎる”。どれを出しても、同じように整って返ってくるのがわかる。
それはつまり――
(……続かない)
広がらない。
深くもならない。
綺麗に往復して、それで終わる。
「貴国の近況について、お伺いしてもよろしいでしょうか」
口は、きちんと動く。
「安定を保っております。大きな変動はございません」
返答も、完璧だ。
「それは安心いたしました」
正しい。
すべてが、正しい。
――なのに。
胸の奥に、わずかな空白が生まれる。埋まらない。
何かを待っているのに、その“何か”が来ない。
そのときだった。
「なんの話してるんだ?」
横から、軽い声が割り込んできた。
ルカ王子だった。
いつの間にかすぐそばまで来ていて、二人のあいだを覗き込むようにしている。
「真面目なやつ?」
空気が、少しだけ崩れる。
私は、ほんのわずかに息を吐いた。自分でも気づかないほど小さく。
(……助かった)
思ってから、はっとする。
何に対して、助かったのか。
正しい会話からか。
整いすぎた空気からか。
あるいは。
――自分でも、まだ言葉にならない何かからか。
ルカ王子はそんなこちらの内心など知らず、楽しそうにアルベールへ言う。
「相変わらずだな。もうちょっと力抜いていいだろ、ここ俺の国だぞ?」
アルベールはわずかに目を細めた。
「……お気遣いなく。いまは一応、客分ですので」
言いながら、ほんのわずかに視線を逸らす。だが、その一瞬だけ、声の端が緩んだように聞こえた。
私は二人を見比べる。
近づく者と、保つ者。
どちらも、間違ってはいない。
……なのに、同じには感じられない。
先ほどの会話がよぎる。
整っていて、淀みなく、何ひとつ間違いはなかったはずなのに。
――続かなかった。
あれは、相手のせいだったのか。
それとも。
私の側に、何かが欠けているのか。
その答えを、私はまだ言葉にできなかった。
◇◇◇
行事がすべて終わったあと、私は一人で回廊に立っていた。
西へ傾いた陽が、白い石床を淡く染めている。昼間のざわめきはすでに遠のき、王宮はようやく、少しだけ静けさを取り戻していた。
遠くで噴水の音がする。
庭を渡る風はやわらかく、整えられた花々の香りを運んでくる。
このくらいの時間の宮殿は嫌いではない。誰もがようやく役目から解放され、しかし完全には気を抜かず、それぞれの持ち場へ戻っていく、その途中の曖昧な静けさがある。
私は欄干に手を添え、庭を見下ろした。
ツガイとは、何なのだろうか。
神が定めた結び。
国と国を結ぶもの。
あるいは、人と人のあいだに生まれる、何か。
人との繋がりとは、何なのだろう。
正しければ、それでよいのか。距離を守り、礼を尽くし、何一つ損なわずにいられれば、それで充分なのか。
考えても、答えは出ない。
「おつかれさま!」
背後から声が飛んできた。
私は振り返る前に目を閉じた。
軽い。
考え込んでいるところに踏み込む足音まで軽い。
振り返ると、案の定、ルカがいた。一日を終えたはずなのに、なぜかまだ元気そうな顔をしている。こちらを見つけるなり手を振るあたり、やはりどうかしている。
「ごきげんよう、殿下」
「そんなかしこまらなくていいのに」
貴方は少しくらいかしこまれ、と思ったが、口には出さなかった。
ルカは私の隣まで来ると、同じように欄干へ手を置いて庭を見下ろした。
「行事って疲れますね」
「……そうですわね」
「まあ、気楽にいきましょう」
私は思わず横目で見た。
「気楽には、なかなかできません」
「そうですか?」
「私にはそうなんです」
そう答えると、ルカは少しだけ笑う。
「大丈夫ですよ。ツガイの僕がついてるので」
何が大丈夫なのだろう。
この人の大丈夫ほど、あてにならないものもない気がする。
思わず、言葉が漏れた。
「……不安しかないんだが」
言ってしまってから、はっとする。
声に出したつもりはなかった。少なくとも、あまり出すべきではない種類の本音だった。
だが遅い。
ルカは目を丸くしたあと、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、素が出ましたね」
私は眉を寄せた。
「……これが、私の“素”ですか?」
「いいと思いますよ」
「よくありません」
「可愛いですけどね」
なんなのだ、本当に。
私は顔を背けようとして、やめた。
不安だと口にした。
それも王女らしからぬ言い方で。
それを、この人は。
……本当に、それでいいのだろうか。
わからない。
わからないまま、ただ思う。
ルカ王子は、うるさい。
軽い。
調子が狂う。
……好みではない。
けれど。
少なくとも、こうして隣に立たれても、もう最初ほど悪くはないらしい。
私は前を向いたまま、ほんの少しだけ笑った。
それをルカが見つけて、また何か言いかけたので、今度こそ私は先に言う。
「黙ってくださいませ、ルカ殿」
「はい。……でも笑った顔も可愛いですね」
やはり黙らなかった。
私は小さく息をつき、それでも、口元の力だけは戻らなかった。
読んでいただきありがとうございました。
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