帰宅部
「きりーつ!礼!ありがとうございました!」
パァンッ!
快活な発砲音と共に、何人かの生徒は一斉に動き始めた。
「お先!」
一際早く教科書やらを鞄にまとめた女の子は、素早く扉を開けて廊下を早歩く。それに追随するように、教室から幾人もの生徒がズンズンと廊下を進んでいく。先頭を歩いていた女の子が階段を下っているとき、上からこんな声が発せられた。
「帰宅マジック『定点ワープ』!」
声を発した男の子は先ほどまでいた場所から掻き消え、先頭を歩いていた女の子の一階下に現れた。
「な、階段の時短っ!やりますわね!」
女の子も負けじと階段を下りるペースを速める。廊下と違ってグレーゾーンが多い階段は、多少走っていてもバレない。前にいた男の子が靴を履き替えているが、やはり少しは時間がかかる。それに女の子はニヤッと笑みを浮かべ、自分の靴箱の近くを通ったかと思うと、
「帰宅マジック『即履き替え』」
「くっ!!安定の靴箱スキップ!!」
靴箱の扉を開くことなく上履きが下靴に履き替えられていた。その瞬間女の子は煙を上げながらダッシュをする。向かう先はお肉屋さんだ。
「おばさん!コロッケ一つ!」
「はいよ!まいどあり!」
事前に握りしめていた小銭を肉屋のおばさんに渡しつつコロッケを受け取った。
「いっけな〜い!!!帰宅帰宅ーー!!」
そう言ってコロッケをかじる女の子。その女の子が聞こえたのは、同じく猛スピードで走っているであろう地を蹴る音。その速さを感じ、このままでは交差する地点で避けられない衝突が起こることを瞬時に理解した。
「「帰宅走術『回避ステップ』!」」
重なって聞こえた声の瞬間、ぶつかりかけた女の子の身体は宙を舞いながら捻られ、もう一つの声の主は、姿勢を低くしながら足を突き出し、彼女の下を通り抜ける。その二つの姿はまるで一つの絵画のよう。
「「……っ!!」」
一瞬だけ目が合った後、すぐに二人は体勢を立て直し、再び走り始める。
(私とすれ違いましたわね、あの青年……何者なのかしら)
そうやって思案をしている内に、家へ辿り着いた。
「っはぁ……やはり『回避ステップ』時の遅れはどうしようもないですわね。今日の帰宅タイムとスコアは……いつもより落ちてますわ。あいつの顔は……ありましたわ。私より上なのは癪ですが、まずは素性を明かしてからですわよね」
今年になって遂に実装された、帰宅部員たちの日間帰宅タイム&スコアランキング表。それには各地域の帰宅タイムを上から並べたものと、寄り道などでの加算点を含めたスコアが記載されている。ここで言う帰宅タイムとは、高校から本人の家まで歩くのにかかる時間を公式に計測したものから、どれほどまで短くできるかという基準で計測されたものである。
彼女の高校の部長が一番上であることに目が入るが、それはひとまず置いておく。彼女もこの地域においてトップクラスの実力を持っており、ほとんどスクロールを必要とせずに自分の名と顔写真を見つけた。そして、彼女の一つ上にお目当ての顔写真があった。
「っ!あいつ、ほぼ誤差とはいえ私よりもタイムが速いなんて!?……しかし、私とほぼ互角ということは、我らが部長の敵では無さそうですわね」
頂点に位置する部長の顔写真を見てそう言いつつも、部長だけでなく、名も知らないライバルの顔も、美しく見えたように感じた。
次の日
「遅刻ですわぁ〜〜!!!」
ドタバタと自室の中を動き回り登校の仕度をするのには、ワケがあった。
「くぅ~っ!昨日ようつべ見すぎましたわ。早く、学校に向かわねば!!」
つまりは夜更かしである。リビングに降りて、彼女の母親が用意してくれた朝ごはんを鷲掴みして口に加え、玄関で靴を無造作に履く。扉を勢いよく開けて走り出すものの、明らかに帰宅していたときの速度は幻であったかのように一般的であった。それでも彼女は必死な顔で走っていた。曲がり角から人が来ることも直前まで気づけないほどに。
「「!?!?」」
いきなり目の前に現れられては止まれない。
ドンッ!
「きゃっ!?」
「わっ!!?」
二人は思い切りぶつかってしまった。
「痛たた……」
「ごめん。大丈夫?」
そう言って彼女にぶつかった男の子は手を差し伸べる。
「い、いえ、こちらこそ申し訳ございませんわ」
女の子は顔を上げて笑顔を見せ、差し出された手を取って立ち上がった。
「……っ!!き、気にしないで」
「あら、よく見たら隣の高校の帰宅部部長さんじゃあありませんの。どうもこんにちは」
そう、ぶつかった男の子は、最近帰宅時にすれ違っていた本人であった。
「あ、ああ。こんにちは。走寿院さんも遅刻かい?」
「あら、私のことをご存じなのね。ま、そんなところですわ。はぁ、なんか焦って学校に行くのが馬鹿らしくなってきましたわ。エスコートしてくださいませんこと?」
流し目で彼を見ながら彼女は手を向ける。
「俺なんかでよければ。お手をどうぞ、お嬢様」
「あら、作法の心得があるのね。ならば、お言葉に甘えて」
そうして従者が令嬢をエスコートするような形で彼らは歩き、お互いに自己紹介から会話が始まる。
「そういえば自己紹介がまだでしたわね。私は走寿院麗華。名家、走寿院家の長女にして、卓造高校帰宅部女子のまとめ役ですわ。以後、お見知りおきを」
「俺は、早松聡です。早来高校帰宅部の部長を務めてます。改めて、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。それにしてもあなた、部長にしては少々頼りないように見えるけれど、大丈夫なのかしら?」
「ええ、部活運営には頼りになる部員がいますし」
「でもタイムは私とそう変わらなかったし、私とすれ違っていましたわよね?」
「俺はまだまだですから。でも、いつかは他の部長と肩を並べるくらいにはなりたいですね」
「次の試合のときは、うちの部長といい勝負ができるように期待していますわ」
「ありがとうございます。あ、そろそろ分かれ道ですね」
「そうね、ここまでエスコートしてくれてありがとう」
「こちらこそ。走寿院さんと話せて良かったです」
こうして偶然の出会いは終わり、それから2ヶ月後。
「きりーつ!礼!ありがとうございました!」
パァンッ!
「今日こそ新記録出しますわよー!!」
「走寿院さん、なんて気合の入り様……!」
「いつにも増して素晴らしい帰宅姿……!」
今日、彼女は帰りの仕度を早く終えられたようだ。明らかにいつもより早く教室を出られている。
「お、走寿院じゃん」
「あら、部長!」
その甲斐あって、部長をお目にかかることができた。彼女より5秒先にいる彼には中々帰宅時に会うことができない。憧れの人に会えた彼女は浮き足立った。
「気をつけて帰れよ!」
しかし部長の廊下を歩く速さはとても追いつけるものではなく、彼女は引き離されていった。
「相変わらずの帰宅力……!いつか私も……!」
少しでも部長に近づけるようにと心に刻みながら、彼女も素早く学校から出て走り出す。
「おじさま、肉まん!!」
「あいよお!」
寄り道先が複数あることで、より良い帰宅ルートを選べるようになる。今日は肉まんの日らしい。口も動かしながら砂ぼこりを上げていると、
ヒュンッ!
(っ!?今のはまさか!?)
あの交差点が見えたところで、何かが横切った。その正体を察して彼女は闘志を燃え上がらせる。
「……負けてられませんわ!!」
そうして家につき、息も絶え絶えにタイムを見てみると
「っはぁ、っはぁっ、そ、そんな……」
スマホのタイム表示には、早松が彼女より3秒先に到着していることを示していた。彼女はいてもたってもいられず、自宅を飛び出し早松の家へ走り出した。
(あの速度のカラクリ、突き止めてやりますわ!)
「早松さんっ!早松聡さんっ!!ちょおっとお時間よろしいですわよね!!??」
インターホンを連打し、大声でその名を呼ぶ。
『っ!?走寿院さん!?すいません、すぐに向かいますね!』
インターホン越しに聞こえた早松の声は、何故か焦っているようだ。バタバタと音が聞こえ、慌てた様子で早松が出てきた。
「あの、今日はどういったご要件で…」
遠慮がちにそう言う彼に、麗華はずんと詰め寄り、
「あなたっ!あのタイムにスコア、どうやって出しましたの?今までは、あなたが私と大差をつけるようなタイムなど出せていなかったはずでしてよ?まさか、なにか不正でも……」
早口でまくし立てた。早松は中でも誤解を招きかねない発言をまず撤回する。
「ま、待ってください!!不正なんてしていませんよ!!」
「なら今日のあのタイムはなんでしたの?我が部長により近づいたタイムなんて……」
問い詰めるように麗華はそう言った。
「あれは、新しい『帰宅マジック』と【帰宅走術】を使えるようになったからです」
冷静に早松は返答する。
「新しい『帰宅マジック』と【帰宅走術】……」
帰宅力を上げることにおいて、この二つはとても重要だ。これの格が上がれば上がるほど、帰宅力は大幅に上昇する。どうやって手に入れたかは疑問だが、彼女は一先ず納得したようだ。
「詳細は、大会でお見せします……それと、せっかくお会いできたので、一つ、お願いを聞いてくれませんか?」
「……言ってみなさい」
断る理由も特になく、いきなり押しかけた申し訳なさもあって彼女はまず聞いてみることにした。
「ありがとうございます。では、明日から、共に登校させてはくれませんか?」
「は?」
早松から出た言葉は思わずお嬢様の言葉使いを忘れるほど予想外のものであった。
「ですから、貴女の学校への登校に、私も着いていきたいのです」
「…あなたと私では高校が違いましてよ?」
「それでもです。道が分かれるあの場所まで、どうか、ご一緒させてください!」
彼女の当然の疑問があってもなお彼は懇願した。これほどの態度を取られては断りづらい。
「……別にいいですわよ。敵情視察のついでにもなりますし」
登校くらい別にいいかと、彼女は軽く承諾した。
「っ!!ありがとうございます!!では!明日の朝!8時にお迎えしますね!」
「ええ、それでよろしいですわよ。それでは私はこれで……そうそう。一度私に差をつけたからって、調子に乗らないことですわ」
「肝に銘じておきます」
麗華は家に戻る途中、早松の思惑がどういうものか予想していた。
(まさかわざわざ私と接触する機会を増やそうとするとは……無駄だと言うのに。私には我が部長という想い人がいますのよ。告白してきたところで盛大に振ってしまえば、精神的ダメージは確実。そうなれば卓造高校の勝利はいただきですわ。それに、これは卑怯などではありませんもの。向こうが先に仕掛けてきた心理戦。私は高貴なるものとして、挑まれた勝負を受けた。それは当然の理。そこで早松が崩れたとしても、それは向こうの力不足、卑怯とはほど遠いですわ。せいぜい足掻くがいいわ、早松聡。あなたが部長と肩を並べることはありえませんことよ!!)
翌日、
「いっけな〜い!!遅刻遅刻〜〜!!」
あいも変わらずギリギリの登校準備を始める麗華。
ピーンポーン
「走寿院さーん、お迎えにあがりましたー」
「はっ!!そうでしたわ!!」
インターホンと早松の声が聞こえ、昨日の会話を思い出す。
(今日から早松と共に登校するのでしたわ!!急いで身支度せねば……)
乱れた髪をなんとか梳いて制服をばたばたと着、鞄を乱暴に掴んで、朝食の食パンを咥え、玄関に出る。前には早松がいた。
「走寿院さん、おはようございます」
「ええ、早松さん。おはようでございますわ」
なんとか己の優雅さを保てたと麗華は一安心する。
「走寿院さん。では、お手をどうぞ」
「ありがとう」
通学路をエスコートされながら歩いている様子は、なんとも絵になる光景であった。たまに通りすがりの人がこちらを見て、わぁ、だの、きゃあ、だの声を上げている。しかし二人はそんなものを気にする様子もなく話していた。
「走寿院さん。最近、部員の調子はいかがですか?」
「あまりよくないわね。大会が近づいているというのに、いまいち熱が入っていませんの」
「俺のところもそんな感じですよ。女子は特に。帰宅部を軽視しすぎなんです」
「どうせ入れる部活がなくて途方に暮れていた方々ばかりなのでしょうね。帰宅の“き”の字も分かっていない」
「同感です。いいかげん、部活に強制入部させる制度は無くなって欲しいですよね」
「全くもってそのとおりですわ。こちらは結果もしっかり出しているというのに、誰でも意識しなくてもできるというだけで全てのお鉢が回ってくるんですもの。いい迷惑で堪りませんわ」
「激しく同意です」
しばらくそうやって話していると、麗華はあることに気づいた。
(……あら、意外と話が弾みますわ。やはり部員の統括をする役回り同士、気が合うのかしら。お友達としては認めてあげても良いかもしれませんわね)
「では、今日はこの辺りで」
「はい、楽しい時間をありがとうございます。走寿院さん。また明日」
「ええ、また明日」
それからもこの登校は続いていた。
(あれからもう2週間……相変わらず一緒の登校は続いていますが……)
早松はまるでアプローチをしてくる様子がない。大会も近づいており、あまり事を進めたくないのかもしれないが、そもそも本当に自分を好いているのかと麗華は思い始めた。
(本当にただ敵情視察をしたいだけなのか……こうなればいっそ、直接聞いてしまうべきですわね。その心中、暴かせてもらいますわよ!)
「早松さん」
「どうされました、走寿院さん」
「なぜあなたは、私と登校したいとお思いになりましたの?」
「それは……」
スッ
彼は私の手をそっと取る。
「走寿院さん……いえ、麗華さん。俺は、あなたが欲しい。貴女の隣にいたい」
「私が部長をお慕いしていると分かっているのに?」
「それでもです。俺は、貴女の【回避ステップ】を見て、一目惚れしました。貴女ほど美しい帰宅力を持つ方を、俺は知りません」
「そう言っていただけるのは喜ばしいことですが……私と話して、私の帰宅力が伸びてないことを目の当たりにして、失望しませんの?」
「どうして貴女に失望することがありましょう。尊敬し、憧れることはあっても、それだけは、万に一つもないですよ。むしろ、今伸びていないとしても、それは成長の余力が隠されているということ。停滞しているわけではなく、成長が休息を取っている。ただそれだけですよ」
「…フォローなんて求めていなくってよ」
「これは失礼。貴女には、過ぎた気遣いでございましたね」
「…ふん、まあ特別に、これからも共に登校することを許してあげますわ」
「寛大な御心、感謝します」
そんな対話だけでは全てが明かされたわけではない。しかし確かに、彼は麗華に惚れている。彼女はそう確信した。その発言だけではない。まっすぐに見つめてくるその目が、”自分と同じだ”、”恋をしている目だ”そう、わかってしまった。
私はこんなものにかどわかされたりはしない。でも、だけれど、こんなにも従順で、清純な目で見つめられることなんて、この人を逃せば、きっと二度とないだろう。
(まあ、もうしばらくは、付き合ってあげてもよいかもしれませんわね)
麗華は今まで下校のための一過程としか思っていなかった登校が、少しだけ楽しみになったのであった。




