片道
短編
疲れた。もう何日も家に帰れていない。いや、嘘だ、ついさっき家に帰った。でもほんの一時間前だ。急に必要になった古い資料を取りにもどっただけ。見つけるまでに30分かかった。スマホの充電器と冷蔵庫の中に残っていた、エナドリを一本持って、また会社に戻る。
これ、帰ったとは言えないよな。
乾いた笑いが、深夜の誰もいないホームに落ちる。
会社に向かう方面の終電を待つ。おかしいよな、終電って家に帰るために使う最後の手段のはずなのに、俺は会社に向かってる。おかしいよなぁ・・・。
一瞬でも家に帰れたことで、正気が少しだけ取り戻せてる気がした。
スマホがブルブルと震える。上司からのメッセージだ。上司もまだ残業してる。早く資料もってこいだってサ・・・。はは、社畜乙~。
終電が到着するメロディが聞こえた。駅のベンチから立ち上がれなかった。立ち上がる意思はある。会社に行く意志もある。あるのに、立てない。この電車を逃したら、俺は会社には行けない。困った。立て、立つんだ俺!
ようやく立ち上がると、ちょうど電車が滑り込んできた。
「助かった」
はは、立ち上がれないほど疲れてるなんてなぁ。
またも自分に乾いた笑いが零れる。電車の中は少し暖かくて、眠ってしまいそうだ。
「次は~○○~○○~」
・・・ん?そんな駅あったっけ?
電光掲示板を見ると、確かに俺が会社に行くときに使っている電車の駅名が並んでいる。でも車掌のアナウンスの駅名だけが違う。耳悪くなったかな?次は〇△駅のはずだけど。
到着した駅は確かに〇△駅だった。見慣れた風景だ。
ドアが閉じて次の駅に向かう。
「次は~〇□~〇□~」
まただ。聞き間違いかと思ったけど、確かに違う駅名に聞こえる。おかしいな、疲れすぎて幻聴でも聞こえるようになったかな?
でもまぁ、到着駅は変わらないんだから、まぁ、いいか。俺の幻聴で。
暫くして会社の最寄、目的駅に着くと、俺は目を疑った。駅名が見なれない名前に変わっていたからだ。電車を降りようか迷ったけど、降りられなかった。だって駅の中もなんだかおかしい。コンビニなんてなかったはずなのに、ホームに3種類のコンビニがある。
なんだ?何が起きてる?
混乱しているとドアが閉まってしまった。あぁ、電車が発車してしまう。でも、この駅で降りて、俺は無事会社にたどり着けるんだろうか。
そう思うと、俺は人の少ない座席に座っておとなしくしていることしかできなかった。
電車は俺の混乱をよそに、ただただ走る。
どこまで行くんだろう。電光掲示板の文字は変わらず見覚えのある駅名を表示しているのに、俺の見ている風景だけがどこかおかしい。
降りるに降りられなくなって、俺はずっと電車の中。上司からの連絡が絶えず来ているけど、この状況、どう説明すればいいんだろう。
次の駅で降りてみようか、それとももう少し先まで行ってみようか。次の駅は、どんな風に変わっているんだろう。
電車の中の温かさと、見なれない風景。そんな不思議な体験が俺を誘いながら、電車は進む。あぁ、俺、いったいどこに連れていかれるんだろう。ここはどこ?俺っていったい何をしていたんだっけ?
——片道——
えっ・・・




