アリスにお願い♡
後三年で何らかの形、それこそコロナ的な謎の疫病や太陽光線が弱って地球にまた氷河期が訪れるとかで地球が滅びてしまうのとかアリだと仮定したら十五才で僕は死ぬんだと考える。
っていう思いはもの心ついた時からで、そこには何の根拠も無いんだけど、そう何となく思っているだけで、多分死ぬんだろうなって感じでそれ以下でもそれ以上の意味が含まれている訳じゃなくて、タイムリミットがあるって自分で決めているだけのことだ。
どうして十五才を迎えられないのかはよくわかんない。
早死にする、というんじゃなくて十五才がせいぜいだろうと思っているのも説明できない。
それを説明する相手もいないし、自分が死ぬだろうと思っていてそれに異論がないわけだから勝手に思っていればいいだけで、それが外れた時もああ間違えていたか、と思うだけだし。
だから僕は中学に入学しても勉強をやめなかった。
進路の話になった時にも高校への進学について具体的に父親や担任の先生と話したし、高校なんかには行けないだろうなっていう確信は誰にも漏らさなかった。
余計な混乱は避けたいのと、僕にとっては無意味な他人からの説得を回避したかったから。
絶賛面倒くさいし。
僕は普通に未来を夢見るように振る舞って生きて、十五才の手前のどこかで死ぬだろうと僕自身判っていて、でも、何も抵抗する術を取るつもりもないし、そのことを誰にも知られずに終わることを望んでいるだけだ。
あー、死にたいわけではないよ。そんな気持ちは全くない。
ただ、死ぬことが辛いことなのかどうかが判らないだけで、だから死ぬんだろうなという思いに対して抗いたいという気持ちが湧いてこない。
そう、じゃあそれはそれで最後まで楽しもうかというのが今現在の素直な気持ちだ。ってこれ、チャンと伝わってんのかな?
それに死ぬことが怖いとかもなくて、いや、その瞬間の痛みとかを想像したら少し萎えるけど、それ自体は無になるわけで仕方ないと諦めているっていうか受け止めている。
毎月の生理より痛いってことは予想できんだけど、まあ、耐えられないほどじゃないかなって。死ぬんだからそんなこと言ってらんないのかもしんないけどね。
ただ、生きたくないわけじゃなくて死ぬことを否定できないっていうか、死ぬことも未来の選択肢であるってことで。
そうそう、全てが終わることにもったいないという感情がわかないだけ。
だって、人はいつか死ぬものだし、十五で死んでも大した話じゃないよ。
死がありふれているだけではなくて、そもそもどんなものもこの世から無くなってはならないというほどの絶対的なものなんてないと考えているから。
これは絶対に経験するべき!ってSNSとかで煽ってたりするけど、それほど大事なものがこの世界に存在するのかどうかなんて怪しいもんだと確信してるんだ。
でも、人生は楽しいとも思ってはいる。
ほとんど子供としてしか暮していない十数年間を人生と呼んでいいのか判んないけど。
素敵、可愛い、美味しい、楽しい、嬉しいなどなど僕にも感情はある。心身ともにどこにも欠けてる所はない、と思う。
ただ、それらを価値のあるということにしたいと考えていない。
それは無価値であることが悪いと思ってないからで、全てがあっても無くてもいい!それだけのことだから。
どうでもいいから的な投げやりな感覚とも違って、全ての良さを認めたうえでの無価値だと理解しているだけなんだ。
生まれてきたことが素晴らしいことだとも知っているけど、生まれて来なくても悲しいとか残念な気持ちを持てないってことで、両方とも同じ意味を含んでんのかもしんない。
で、そういうふうに全てを無価値とすることで無になることや失うこと、死んでしまうことの恐怖を遠ざけているとかも全然ない。
まして、そうしなきゃって気持ちも湧かない。
ナチュラルに全てが現象であえて価値をつける必要がないと気づいているってこと。
あー、何かのことわざに美人薄命とかってのがあるけど、自虐的にそんな感じで死にます!とかってボケても、それは美しさの基準が女性は儚くてそれこそ華奢で細くて弱弱しいのが美しいとされてたからで。そこには、年とって汚くなるのを見たくない!っていう男性からの願望がアリアリじゃんって十分想像できちゃう。キモっ。
十三才が薄命なのかってのもよくわかんないけど、ヤッパ、十五才が丁度いい頃合いなんじゃないかと僕は漠然と思ってる。
僕なんか胸もほとんどないし手足もガリガリの棒のようで美人という表現は当てはまらないけど、なんか大人になって汚いまま死ぬよりも幾分マシじゃん!くらいの感想かな。
「湊って面白い。いっつもこの世の終わりみたいな顔してご飯食べてるよね?」と柊アリスは普段通り完璧な口角を上げた笑顔を僕に向ける。
「そうかな……」と僕はそれをテキトーに流して三個目のたまごサンドに手を伸ばす。
アリスは、今日食欲がないと言って自分が持ってきたサンドイッチを全部僕に渡して来て、自分はドンキの剥く生グミライチ味を機械的に口の中に押し込んでるの。
三日に一度はこんなパターンなので、ホントは最初から食べる気もないのにアリスは僕のためにわざわざ買ってきてんじゃないのかと勝手に僕は思ってる。
しかし、他のクラスメイトとは一線を画す美しいスタイルは、やっぱり食べる量も人間離れしているなあ~と思うくらい食べない。
だからなのかとにかく細い、心配になる程細い、っていうか根本的に骨組みから一般的なレベルと作りが違うと思う。
神様もたまには本気出して丁寧に作ってみるか!とかってヤル気だしたんじゃないかな、くらいの仕上がり。
中一には到底見えない大人びた雰囲気は百七十ある身長のおかげかもしんないけど、もって生まれた何か違うモノもあると感じる。
具体的に表現できないけど。僕や他のクラスメイトにはないもの。
そんで、たとえ欲しいと思っても手に入れることができないもの、だね。
アリスはそのスタイルを活かして、小学校上がってすぐに雑誌モデルを始めてるから見せ方が上手いというのもある。
動きがいちいち決まるのはベストなポージングがもう体に染みついてるんだな。
「湊って部活まだ決めてないの?やんないんだったらウチの事務所紹介しようか?湊だったら社長もソッコーOKだと思うよ」と張り付いた笑顔を崩さないでアリスは聞いてくる。
「う~ん、ムリ」と少し顔を右に傾けて僕は答える。
僕がソレをできるわけない……人前で笑えないよな、と思う。
「ああ、でも本当は、もう社長には湊の画像見せてOKもらってるけどね」とさっきのは完全に前フリで、最初から決めていたけど的に顔色を変えないでシレっとアリスは言って、「やるよね!」みたいに完璧な笑顔を僕に向ける。
「フーっ、」とため息交じりに肩をすくめて僕はアリスをチョッと睨む。
アリスは変なやつで、小学三年で初めて出会ってから何かと僕にちょっかいというか固執というか絡んでくるので、最初はスゲ~ウザイからかなり強めに拒否ったんだけど、どんな塩な僕の対応もアリスには効かなくて、最後は僕が音を上げて今に至るっていうか、アリスの存在に慣れてあんま気にならなくなったのも理由の一つではある。
環境って意外と順応できてしまうものだ。
それまで友達と呼べる存在がいなかった僕には初の友達らしき存在だけど、そもそも友達とは何か?と聞かれても答えられないし、十五で死ぬつもりだから率先して欲しいとかって思ったこともない。
いやまてよ、アリスは友達と言うよりも保護者に近いかも知んない。
なぜなら友達ってカテゴリーに入るほど僕たちの関係は平等ではないから。っていうか、何事も終わりの日に向かっている僕の諸々の選択をアリスが決めてくれるって感じかな。
ただ、少し過保護過ぎるというか病的なとこがあって、小学五年の時かな、僕の父親に対してアル中とか、そんなだから母親が若い恋人をつくって逃げ出したとかって嫌みを教室のみんなの前で言った男子がいたんだけど。
僕自身もその通りだし、何なら現実はもつともっとハードで、聞いたらみんなドン引くよ!って思ったから、そんな男子の中傷まがいのことは何にも感じなかったんだけど。
その男子がそれを言ったのも、県の読書感想文コンクールに最終的に僕と争って負けたのを根に持ってやったという子供っぽい理由からで、それも僕は変わってもいいと思ってるくらいだったし、その感想文もあとがきとネットの読書メーターを読んでテキトーに書いたものだったし、つうか、クラスの誰もがそんなものだったと思うけど、悔しがるってことはその男子、中島君はチャンと読んで書いたのかもしんないな。
でも、翌日の朝のホームルームで中島君が学校の帰りに糸川に足を滑らして落ちて背骨の骨折やらでひどいことになって、幸い歩けはするけど、後遺症は残りそうで、何より本人が怖がって学校に来れなくなってしまったと聞いて、
嫌な胸騒ぎがして咄嗟にアリスの席を見たら、目が合ったアリスはクラスのみんなの戸惑いなど微塵も感じさせないいつもの完璧な微笑みを浮かべている様子に僕の心に言いようのない不安な雲が立ちこめたの。
そして、心配してる設定のクラス代表として委員長のアリスとアリスの指名で無理やり副委員に任命された僕が一緒に中島君の家にお見舞い行ったら。「来るな来るな来るな来るなー」と
僕らの気配っていうか名前を聞いただけで自分の部屋の中で中島君は悲鳴に近い絶叫!
で、わざわざ来てもらったのに申し訳ないと謝る中島君のお母さんに、
「落ち着いて悟君がクラスに戻れる日が来るのをクラス中で待っていることをお伝え下さい」と定型文のような言葉を使うアリスを横で見ていて、
「あー、アリスがやったんだな……」と思った。
普段、あの頃のアリスはそんな社交辞令のような言葉を使うことがなかったから。
あのルックスで勉強やスポーツも一番で、誰からも一目置かれる存在のアリスはどうでもいいような言葉を口にしなかったし、先生たちやクラスの皆にも本音しか言わなかったからクラス中が信頼して憧れていた。
ーーそして恐れてもいた。
中島君に対しても絶対に関心がないと思うのは、アリスがクラスメイトの悪口を言うことを聞いたことが一度も無くて、それは優しいとかじゃなくて皆に関心がないからで、
「わかりました。落ち着いた頃にまた伺います」くらいのセリフになっていたはずだから。
でも、アリスは僕の報復でやったんだと思うから、僕はそこをアリスに確かめることはできなかった。
真実を聞きたくなかった。
早く中島君の身体が回復しますように!と学校の行き帰りに今まで拝んだことのない来宮神社のクスノキに真剣に手を合わせていたんだ。
僕にはそれくらいのことしかできなかったからね。
ーー で、夏休みまであと一週間のところで、アリスが刺されて死んだ。
都内での撮影が終わり新幹線を熱海駅で乗り換えて夜の十一時近くに来宮駅を出た急な坂道の下り口で背中から数十か所めった刺しにされて死んでしまった。
僕はその時間は自分の部屋に鍵を掛けて、洋服を着たまま枕元には護身用の包丁を置くという定番のスタイルで眠りについていた。
三日前から帰ってこない父親が万が一帰って来た時のためだ。
でも、父親が帰ることは百パーセントないと確信してもいた。
僕が妊娠して、その理由をアリスが知ったからだ。
以前からある僕の顔や体に記された傷跡をアリスは見逃すことはなかったし、父親に直で何度も何度もアリスは抗議をしてくれていたけど、妊娠するまでは予想してなかったみたい。
父親が一晩中帰らなかったあの日の朝、昇降口の前でアリスに会った。
「もう、湊には人生を暗く演出する理由はないわよ」と言ったアリスは口角を完璧な角度に上げて美しく微笑んだ。
僕は現実逃避というか大人になる前に全てをゼロに戻したかったのかな?
もう、繰り返し繰り返し辿った思考回路のようなものが出来上がって、それこそ僕の主観では間違いを見つけることは出来そうになかった。
遅かれ早かれ間違いなく自分の手を汚していたことを、アリスは判っていたんだよね。
この世に無価値で無意味なものがあるとすれば僕の諦めがそれなんだとやっと気づく。
結局のところ全てが僕の否定と肯定のバランスの問題であって本当に死ぬとは信じていなかったから?
いや、僕は本気だったし、本当に信じて、怯えて、悲しんで、静かに混乱して狂気に近づいていたと思う。
父親の暴力に慣れてはいたけど、思ったより疲弊して限界は見えていたんだ。
やはり、僕は現実問題としての寿命として死を捉えていたわけではなかった。
でも今も、物事の価値も意味も信じてはいない。なぜなら全てがいつか消える。
人は死ぬ。アリスは死んだ。
アリスの死は悲しい。
その死にも同等の価値と意味があることを痛感する。
生とは反対の、悲しい、辛い、悔しいという価値と意味を初めて理解する。
僕には大きな価値と意味のある死。無価値、無意味とはどうでもいいということだから、悲しい、辛い、ということの意味を僕はハッキリ認めたということだ。
でもそれは全てが僕の主観で、主観しか持たない僕には物事の価値や意味を否定も肯定もできないと思っていた。今までは。
アリスに出会えたのは奇跡だ、と思う。
そして、アリスは僕に問いかける。アリスなりの方法で。
アリスは自らの死で僕に気づかせようとしたんだ。とやっと気づく。が、すでに遅い。
ーー時間はお構いなしに過ぎていく。
その分僕たちも変化していく。それが大人になるということなのか僕には全然判んないけど、それを信じてみたい。
そういうのを信じてこれからは生きていきたいと思うんだ。
僕は思い込みだけで生き過ぎていて、ある意味全てを否定した考え方だった。
一見認めてる風を前提にして本質は否定していた。そういうバカを重ねたことで周りの世界が終ろうとしていた。
僕はこれからその分を取り戻すために頑張るつもりだ。
僕はアリスのためにも生きるという責任をとらなきゃいけない。
凝り固まったアホな意識は自分の力じゃ変えることはできないものだった。
本当にバカでバカでバカ過ぎって感じだ。
アリスが死んで二週間後に何年も引きこもりになっていた中島君がその犯人として捕まったのは、アリスの計画通りのことだったんだろうか?
十五才を過ぎても生きてる僕を見て、「ほらねっ、」って顔で軽く微笑むアリスを想像して、「あん時はどうかしてた、マジでごめん」と謝るしかないと思って、僕は今まで自分から行動を何一つ起こしていなくて、それこそ本気で生きていなかった現実に、もう死ぬことなんてどうでもいいと気づいて、とにかく今を生きるとアリスに誓う。
今を生きてまたその次に進む。
そしてその次。その次の次。その次の次の次に生きるんだ。
ーーと自分自身に言ってみるんだ。
了




