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優しい気持ち

作者: 小山らいか

「あのさあ、優里って、俺のことどう思ってんの?」

 薫が、携帯の画面を見ながらさらっと言った。

 ここは、繁華街の奥にある24時間営業のドーナツショップ。深夜12時を回ったこの時間には、平日でも学生や終電を逃した若い会社員のたまり場になっている。

 バイトを終えて店に来ると、いつもいるはずの沙希と祐也は来ていなかった。薫は長い手足を投げ出すようにして、椅子に座って携帯を手にしていた。テーブルには冷めたコーヒーと、食べかけのドーナツ。どのくらいの時間、ひとりでこうしていたんだろう。

「どうって……どういう意味?」

 薫はふだんあまり話さない。何を考えているのかもわからない。いつもはおしゃべりな沙希と陽気な祐也がいて場を盛り上げてくれる。薫と二人きりだと、なんか気まずい。

「あー、そういう意味じゃなくて」

 薫は自分の髪を両手でぐしゃぐしゃにした。これは、困ったときの彼の癖だ。

「……優里ってさ、何考えてるかわかんないんだよな。あんまりしゃべんないし、自分のこと、何にも言わないし。なんか俺、嫌われてるのかなって」

「……それって、まんま薫のことだよね」

 意外な言葉に、思わず笑った。まさか薫がそんなこと考えていたなんて。いつもぶっきらぼうで、まわりのことなんて全然興味ないんだと思ってたのに。

「は? 俺はお前よりずっと社交的だと思うけど」

「社交的って……意味、わかってる? 私のほうがよっぽど……」

「じゃあ、さ」

 薫は体を起こすと、にやりと笑った。

「ためしに、お互いの秘密を教え合うってのはどう?」

「……秘密?」

 今日の薫はいつもより明るい。言葉も多くて、いつものあのだるそうな感じじゃない。

「そう、まず俺からね。小学生のとき、図工の時間に彫刻刀で指をざっくり切ってさ。自分の机のまわりが血だらけになって、教室中大騒ぎになったことがある」

「うわあ……痛そう」

「いや、痛いっていうよりびっくりしてさ。あんなに血が出るもんだなんて思わなくて。あのとき……本当は、もう少し力を緩めればあんなにひどいけがはしなくてすんだはずだったんだ。でも、何だか……興味本位っていうか、もうどうなってもいいやって思って、思いっきり力を入れて」

「……それって、わざと?」

「まあ、そういうことだな」

「どうして?」

「うーん……うまく言えないけど、何か、自分を自分で傷つけたかったのかもしれない。なんてな。うわあ、完全にヤバい奴認定」

 薫はおどけてみせる。簡単には言いたくない。でもわかる気がした。自分にも、そんなどうしようもない衝動が抑えきれなくなることがある。自分で自分が恐くなるような。

「優里は? 秘密、教えてよ」

 小さな秘密ならいくらでも言えた。母の大切にしていた口紅をこっそり持ち出したこと。父の万年筆を勝手に使って壊してしまったこと。この場をただ、やり過ごそうと思えば。

 でも、どれも今話すことではない気がした。薫は黙ったまま、私の顔をじっと見ている。

「……話してみたら? 誰にも言わないからさ。何か、あるんだろ」

 それまでとは違う、落ち着いた声。薫の表情は優しかった。急に、胸が苦しくなる。

 中学2年の終わり、突然部活の仲間から無視されるようになり、学校に行けなくなった。約1年、部屋に籠った。高校に入って学校生活を送るようになってからも、まわりとの距離はつかめないままだった。ただ普通にその場にいる、そのことだけに必死だった。

「この前、中学の美術部で一緒だった子から連絡が来たの。今度、部活のみんなで集まるから優里も来ない?って。あのときはいろいろあったけど、もう時効だよねって」

 言われている意味がわからなかった。もう時効だよね。何度も心の中で繰り返した。もう時効だよね。もう……。時効って、なに? もう忘れろってこと? あんなに苦しかった時間は、なかったことになるの? 

 もやもやした、どこにも行きようのない感情が、少しずつ積もっていった。肩も背中も、ずっしりと重い。でも、どうすることもできなかった。

 すると、薫はふっと小さくため息をついた。目を伏せる。

「……優里、最近元気なかったから、気になってたんだ。話してくれて、ありがとう」

 こんなの、ずるい。こんなふうに優しくされたら、抑えられなくなる。本当の気持ちなんて、誰にも話せない。話したって、わかってもらえない。ずっと、そう思っていたのに。

 薫はちょっと得意げに顔を上げた。

「ほら、やっぱり俺のほうが社交的だろ」

「何言ってんの? だから社交的って……」

「……嫌なことがあっても、誰かに話したら気持ちって少しは軽くなるんだよな。たとえ何も解決できなくても。俺はそう思ってる。優里も……そう思わない?」

 ふわっとあたたかいものを感じた。鼻の奥がつんとして、慌てて頭を振る。

「やっぱり、薫は社交的じゃないよ。だって……」私たちは、たぶん……。

「あー、うん、そうだな。似てるんだよな、たぶん俺たち」 薫は照れくさそうに笑った。 


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