最後のセーブデータ ―消えた友に捧ぐ―
部屋の片隅、段ボールの底から古びた携帯ゲーム機が出てきた。
指でなぞると、掠れたロゴと擦れて下がっているボタン。
十年以上前、僕がまだ子どもだった頃、毎日のように握りしめていた相棒だ。
久しぶりに電源を入れる。
ピッという短い音のあと、画面には無情な文字が浮かんだ。
「セーブデータが壊れています。」
胸の奥が少しだけ痛んだ。
そこには、かつて僕と旅をした仲間たちがいた。
画面の向こうで戦い、傷つき、また立ち上がる。
寝る間も惜しんで育て、名を呼び、別れを惜しんだ存在たち。
あの頃、僕は本気で彼らを“友達”だと思っていた。
いつからだろう、この子達と遊ぶ時間がなくなったのは。
別のゲームもしたし、新しいハードも遊んだ。
次第に手に持つものは、本やノートなどの文房具に。
その手が空いたと思ったら、持っていたのはスマホ。
SNSやアニメに恋愛に仕事。
次々と新しい何かが押し寄せ、
あの小さな画面の世界は、僕の生活から消えていった。
友の名前を呼ぶことも、もうなくなった。
大人になった今、スマホの中には何百ものアプリと誰かの笑顔が並ぶ。
けれど、どれだけ指で触れても、
あの頃のように心が揺れることはない。
みんな「更新」され、忘れられていく。
思い出は、古くなったら削除する時代になった。
でも、僕は昔から捨てられない性分だった。
手紙も、キーホルダーも、割れたマグカップも。
それを見れば、誰かの笑顔が思い出せる気がして。
そして今、手の中にあるのはこの壊れたゲーム機。
僕の“最後のセーブデータ”。
ふと、SNSのタイムラインに懐かしいメロディーが流れてきた。
リメイク版のテーマ曲だという。
その旋律を聴いた瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。
まるで、誰かが呼んでいるように。
気づけば画面の向こうに、彼らが並んでいた。
あの夏の草むら、木漏れ日の道、真っ暗な洞窟。
僕の知らないうちに、あの世界は今も動いている気がした。
「まだ、戦っているのかい?」
「ああ、君はどうだ?」
そんな幻の会話が、音楽と一緒に脳裏をよぎった。
僕は笑った。少し泣いた。
そして気づいた。
もう一度あの世界に行きたいんじゃない。
あの頃の僕と、もう一度会いたかったんだ。
風が窓を揺らした。
夕陽が机の上のゲーム機を照らす。
画面は暗いまま。
けれど、そこに映る自分の影が、少し笑っている気がした。
僕はそっとフタを閉じた。
もう一度、電源を入れることはないだろう。
でも、あの世界はきっと今も続いている。
誰もいない草むらの向こうで、
僕の知らない誰かが、新しい旅を始めているはずだ。
机の上に置かれたゲーム機が、
秋の風にほんのわずか、音もなく震えたような気がした。
その沈黙が、どうしようもなく優しかった。




