第6話 偽りの婚姻の揺らぎ
国境での戦闘は三日に及んだ。
レオン率いる辺境軍は奮戦し、敵を撃退することに成功したものの、多くの犠牲が払われた。
疲弊した兵士たちが次々と城へ戻り、負傷者のうめき声が城内を満たす。
アリシアは休む間もなく救護所を駆け回った。
包帯を巻き、薬を調合し、兵士の手を握って励ます。
「あなたは生きて帰ってきた。それだけで十分なのです」
兵士たちの目に映るのは、もはや「追放された王妃」ではなく、
共に戦場を生き抜く仲間の姿だった。
夕暮れ、血にまみれた鎧を纏ったレオンが城門をくぐった。
馬から降りた彼は疲労を隠さぬまま、まっすぐアリシアを探した。
「……城は、守れたか」
「はい。領民も兵士も、皆で力を合わせました」
その言葉に、レオンはわずかに口元を緩めた。
普段は鋼のような表情しか見せぬ男が、一瞬だけ見せた安堵の笑み。
その顔を見たとき、アリシアの胸に不意の熱が走った。
――この人は、冷徹なのではない。
――人を守るために、冷徹であろうとしているのだ。
夜。
執務室で戦の報告を整理するレオンの前に、アリシアは湯気の立つ薬草茶を差し出した。
「どうぞ。体を温めると疲労も和らぎます」
レオンは無言で受け取り、しばし沈黙した。
「……お前の存在が、兵を支えたと聞いた。契約以上の働きだ」
「契約だからこそ、私は必死だったのです」
そう言いながらも、アリシアは自分の声に嘘が混じっているのを感じた。
利害のためだけではない。
彼を支えたい――その想いが、胸の奥で芽生えてしまっている。
深夜。
廊下を歩いていたアリシアは、偶然レオンの部屋から洩れる声を耳にした。
「……守れなかった者たちの顔が離れん」
低く押し殺した声。
覗き見ると、彼は机に突っ伏し、震える拳を握り締めていた。
冷徹と呼ばれる将軍の背中が、こんなにも弱々しいのを見たのは初めてだった。
アリシアはそっと扉に手を触れたが、声をかけることはできなかった。
ただ、胸の奥で強い衝動が湧き上がる。
――この人を支えたい。偽りではなく、本心で。
翌朝。
城下の市場で、領民の子供たちがアリシアに花冠を差し出した。
「アリシア様は、もうこの地の母様みたいだよ!」
笑顔でそう言われた瞬間、アリシアは頬が熱くなるのを感じた。
そこへ現れたレオンが、無言で花冠を受け取る。
彼はぶっきらぼうに言った。
「……似合っている」
短い言葉なのに、胸に深く響いた。
偽りの婚姻で始まった関係が、確かに何か別のものへと変わりつつあった。
城の高台に立ち、アリシアは遠くの山々を見つめる。
冷たい風に花冠の花弁が揺れる。
「これは……契約婚。なのに……」
心が揺らぎ始めた自分に気づき、アリシアは小さく震えた。
その揺らぎはやがて、二人の未来を大きく変えていく予兆となる。




