第4話 辺境の現実と試練
契約が結ばれても、辺境の人々がすぐにアリシアを受け入れたわけではなかった。
「お飾り妃が、今度は将軍様のお荷物か」
「どうせ、すぐに逃げ出すに決まってる」
兵士や領民の冷ややかな声は、背中に突き刺さるようだった。
レオンもまた、彼女を庇おうとはしなかった。
「契約婚だ。お前がここでどれほど役立つか、それはお前自身が証明しろ」
冷酷な声に、アリシアはただ静かに頷いた。
ある朝、アリシアは護衛をつけず村を訪れた。
痩せた土地に必死に種を撒く農夫たち、病に伏す子供を抱く母親。
「王妃様……?」
人々は怯えと疑念の入り混じった目で彼女を見た。
アリシアは地面に膝をつき、農夫の隣で土を触った。
「この土……痩せていますね。堆肥を混ぜればまだ力を取り戻せるかもしれません」
驚いたように農夫が顔を上げる。
王宮の女性が土に触れるなど、誰も想像しなかったからだ。
子供に薬草茶を飲ませ、母親に効能を説明すると、少しだけ人々の表情が和らいだ。
その夜、村の小さな集会所で、初めて「ありがとう」と言葉をかけられた。
胸の奥に温かい火が灯る。
帰還したアリシアを、レオンは城の廊下で待ち受けていた。
「勝手に村へ出向いたと聞いた」
灰色の瞳が鋭く光る。
「護衛もつけずに死んだらどうする。お前一人の命では済まん」
アリシアは一歩も引かずに答えた。
「死ぬために行ったのではありません。生きるために、役立つために行ったのです」
一瞬、レオンの顔がわずかに緩んだ。
だがすぐに背を向ける。
「……愚かだが、意志だけは認めよう」
数日後、国境の村で疫病が発生したとの報せが入った。
兵士たちは動揺し、村を隔離しようとする。
「だが、それでは人々は飢えて死ぬ」
アリシアは即座に異を唱えた。
彼女は王宮で学んだ知識を思い出し、薬草の調合法を記した古い書を取り寄せる。
自ら調薬し、兵士たちに指示して分配した。
必死の働きで、疫病は広がる前に収束した。
人々は涙を流しながら彼女に頭を下げる。
「王妃様……いえ、アリシア様のおかげで……」
その言葉に、アリシアは初めて自分が「名前」で呼ばれたことに気づき、胸が熱くなった。
夜、城の執務室。
レオンは静かにワインを注ぎ、アリシアを見据えた。
「お前は思った以上に、ただの飾りではなかったらしい」
「契約婚だからこそ、私は証明しなければならないのです」
二人の視線が交わる。
まだ愛ではない。
だが、互いに「相手を認め始めた」確かな瞬間だった。
窓の外には、荒涼とした辺境の夜空。
星々が冷たく瞬き、風が城壁を叩く。
アリシアは拳を握った。
「この地で、私は必ず……居場所を作る」
その決意の先に待つのは、さらなる試練と、誰も予想しなかった未来――。




