第2話 冷徹将軍との邂逅
王都から幾日も馬車に揺られた末、アリシアはついに辺境へと足を踏み入れた。
そこは、王宮の庭園の華やかさとは無縁の、乾いた風が吹きすさぶ土地。
地平線まで広がる大地には、戦の爪痕が残っていた。崩れ落ちた石壁、焼け焦げた村。
護衛の兵士たちは吐き捨てるように言う。
「ここじゃ、王太子妃なんて肩書きは通用しねえ」
「どうせすぐ、冷徹将軍に邪魔者扱いされるさ」
アリシアは唇を引き結び、何も言わなかった。
だが胸の内には小さな誓いが芽生えていた。
――ここで、居場所を見つけてみせる。
やがて、黒鉄の城塞が姿を現す。
石と鉄で築かれたその城は、威圧感と同時に不思議な安心感を漂わせていた。
門の上では兵士たちが鋭い視線を投げ下ろし、来訪者を値踏みしている。
「……これが、辺境を護る将軍の城」
緊張に手を握りしめた瞬間、門が軋む音を立てて開いた。
そこに現れたのは、一人の男だった。
鎧に身を包み、背筋を伸ばした男。
長身で、鋭い灰色の瞳がまるで人の心を見透かすようにアリシアを射抜いた。
その気迫に、護衛の兵士たちでさえ思わず息を呑む。
「……王都からの使いと聞いたが」
低く、冷ややかな声。
それが辺境を治める将軍――レオン・ヴァルクハルト(仮名)だった。
アリシアは深く頭を下げる。
「王太子妃、アリシアと申します。本日より、この地に身を置かせていただきます」
レオンの瞳は一瞬だけ細められたが、すぐに氷のような無表情に戻った。
「……役立たずの妃を押しつけるとは。王都の腐敗も極まったな」
その言葉は、刃のように鋭く胸に突き刺さった。
だがアリシアは震える膝を必死に堪え、顔を上げた。
「……私が役立たずかどうかは、この地で証明いたします」
兵士たちの間にざわめきが走る。
将軍の冷たい眼差しが、わずかに興味を帯びた色に変わった。
アリシアに与えられた部屋は、王宮とは比べ物にならないほど質素だった。
石壁に囲まれ、寝台と机が置かれているだけ。
侍女もつけられず、食事も兵士たちと同じ質素なものだった。
「王妃様だなんて肩書き、ここじゃ通用しないんですよ」
給仕の娘が笑いながら告げる。
だがアリシアは黙ってパンを口に運んだ。
王宮での孤独よりも、なぜか心は少し軽かった。
――ここなら、やり直せるかもしれない。
翌日。アリシアは自ら外に出て、領民たちの暮らしを見て回った。
痩せた子供たち、病に苦しむ老人、修理もされぬ家屋。
その光景に胸が締め付けられる。
「どうか……薬は手に入らないのですか?」
アリシアが問うと、領民は苦笑した。
「王都に訴えても届きやしない。将軍様が兵糧を融通してくださるが、それでも足りない」
王宮で贅沢に囲まれていた日々が思い出され、彼女は自分の無力さを痛感した。
だが同時に、ここにこそ自分の存在価値を見つけられる気がした。
城へ戻ると、将軍レオンが兵士たちに指示を飛ばしていた。
戦の前線から届いた報告を受け、次の策を考えているらしい。
アリシアは思わず声をかけた。
「この地は、もっと人の心に寄り添う施策が必要です」
兵士たちが一斉にざわめく。
冷徹な将軍に意見を言う者など誰もいないからだ。
レオンは冷ややかな目を向けた。
「……王宮で笑いものにされた妃が、私に口を出すか」
「はい。ですが、私は何もしないで黙っているほうが罪だと思います」
一瞬の沈黙。
次いで、将軍は小さく鼻を鳴らした。
「……面白い。せいぜい、口先だけで終わらぬことだな」
その言葉には、わずかながら試すような響きがあった。
アリシアは拳を握りしめた。
追放され、冷遇され、ようやくたどり着いた辺境。
ここで自分は――ただのお飾りでは終わらせない。
彼女の胸には初めて、炎のような決意が燃え始めていた。
冷徹と呼ばれる将軍との出会いが、その火をさらに大きくすることを、まだ知らぬまま。




