第1話 冷遇の王妃
王宮の大広間、華やかな宴の只中。
だがその片隅で、王太子妃である主人公――アリシア(仮名)は一人、冷たい視線にさらされていた。
「また物静かに座っているだけか。まったく、お飾りにもならん」
夫である王太子は、彼女の手を取ることもなく別の令嬢に笑みを向けている。
華やかな笑い声の中、アリシアの存在は誰にも顧みられなかった。
彼女が政略結婚でこの国に嫁いで一年。
「血統だけが取り柄の無能な妃」と噂され、王宮での居場所はとうに失われていた。
王太子からは冷淡な言葉、侍女たちからは陰口、義母からは露骨な軽蔑。
豪奢な部屋に住まわされても、それは金色の鳥籠にすぎなかった。
「あなたが黙って座っていれば、この国は平穏なのです」
そう言われ続けた日々。
しかしアリシアの胸には常に、押し殺された叫びがあった。
「わたしは、本当に役立たずなの……?」
彼女は書物を読み漁り、各国の歴史や地理を学んだ。
宴で誰にも相手にされない夜は、蝋燭の光の下で古い地図を広げた。
――だがその努力を誰も認めようとはしなかった。
ある夜。王太子は冷笑を浮かべながら言い放った。
「辺境の将軍が後継者を迎えるという。お前はその役に立て」
つまりは追放だった。
名ばかりの王妃である自分を、ただの荷物のように押しつけるのだ。
「……それが、私の役割なのですね」
唇を噛みながらも、アリシアは頭を下げるしかなかった。
涙は流さなかった。流したところで、誰も拭ってはくれないから。
侍女たちは冷たく荷物をまとめ、「これでやっと厄介払いね」と囁いた。
その中で、唯一年老いた侍女だけが「どうかご無事で」と震える声をかけてくれた。
それが、王宮で過ごした一年の最後の温もりだった。
夜更け。
アリシアは月明かりの下で鏡を見つめる。
飾りのように結い上げられた金の髪、美しく仕立てられた衣。
それらはすべて、空っぽの象徴に思えた。
「――いいえ。私は、私自身の価値を見つける」
声に出した瞬間、胸の奥で何かが灯った。
翌朝、馬車に揺られて王宮を後にする。
窓の外には、徐々に荒れ果てた土地が広がっていく。
貧しい村、戦の痕跡、飢えた子供たち。
王宮にいた頃には見えなかった現実。
アリシアは胸の奥に強い衝撃を覚える。
「……ここでなら、私の知識も、心も、きっと役に立てる」
追放という名の絶望は、彼女にとって新しい始まりの扉でもあった。
そして――この地で出会うことになる。
「冷徹将軍」と呼ばれる男と。
彼女の運命を変え、愛も国も選び取る物語の始まりを告げる人物に。
馬車の窓の向こうに、黒鉄の城塞がそびえ立つ。
「辺境将軍」の領地。
その姿を見上げたとき、アリシアはまだ知らなかった。
――この場所が、自らの「国」を築く第一歩となることを。




