異世界では覚えている日本の歌がチートだったようです。サビだけでも鼻歌でもいいの!?
歌を歌う。作業をする時に歌ってしまうのは昔からの癖だ。
スープを煮込む時、拭き掃除をする時、洗濯物を干す時、歌ってしまう。鼻歌の時もあれば、けっこうしっかり歌う時もある。
特に、洗い物が終わってスープのお野菜に火が通るのを待っている時は歌ってしまう。
煮込み料理の時はカレーやシチューのCMの曲を歌うことが多い。
私が歌うとセイさんがほほ笑む。うっとりと目を細めて聞き入る。瞳がとろけるように甘くなる。
背後から抱きしめられて、首筋に顔をうずめて懐かれた。邪魔だなぁと思うけれどいつものことである。
火を使っている時は危ないので流石に抗議する。歌を止めると悲しげな顔をするので、手が空いていれば手でペチペチと叩く。肘とか、たまにだが足でどかす時もある。
「アデル、歌って」
セイさんの望みはいつもこれだ。
はいはい、良いよ。あなたのために歌いましょう。いつでもどこでも、私の歌はあなたのものだ。そう誓った。
だから、私の願いを叶えてほしい。
もう離れないで欲しい。いつも笑っていてほしい。その目で私を見ていてほしい。
そんなささいで欲張りな私の願いを、この優しい元精霊はずっと叶え続けてくれる。そのはずだ。
こんにちは。私はアデル。
唐突に前世の記憶を思い出してしまった村娘である。
特段頭を打ったりはしていない。本当に不意に思い出した。
日本という国でごくごく一般的な家庭に生まれ育って、就職して結婚して子どもが出来て、その子が大学生になったあたりでガンになって死亡した人生を。
もうちょっと生きたかったな。
さてと、この世界は魔法がある世界だ。
魔法というか、宗教儀式で不思議を起こす方法がある、と言った方がいいだろうか。
そう、この世界、歌が大好きな精霊様がいるのである。
なので、この世界での魔法は、
精霊様に呼びかけ、
こんなことしてほしい!
って伝えてから歌を歌う。
歌を精霊様に捧げるのだ。
その歌を精霊様が受け入れれば、気に入れば、願いを叶えてくれる。
というものになっている。
儀式は基本、豊作を願ったり、結界を張ったり、王族の病気を治したりする時に仰々しく行われる。
ここなら確実に精霊様がいらっしゃると言い伝えられる場所で行われるその儀式は、まぁ、なんというか庶民にとってはお祭りだ。見に行けるなら見に行きたいし、行けなくてもあやかって各地でイベントがあるのでそっちに参加するのも楽しい。
過去の記録から、そこにいらっしゃる精霊様に気に入られた歌をよりすぐり、歌い方にも工夫を重ね、
この歌を女性12人でコーラスするのが一番精霊様に受けが良いのではないか、
みたいな研究が日々重ねられている。この研究職はなるのが難しいがその分お賃金が良く、けっこうみなの憧れの職業だ。
そうやって集められた聖歌と呼ばれる効果が高い歌が綴られた聖典がある。ものすごく分厚い。そして歌い方の指定が細かい!
聖歌を完璧に歌える技量をもった人は、国家資格として認定され、歌人、歌姫を名乗ることが許されている。
ただ、面白いのが歌の上手下手があまり関係がない場合がまれによくあるらしい。
精霊様がいらっしゃるのは、決まった場所だけではないからだ。流しの精霊様? いつどこにいるかわからない精霊様もいらっしゃる。
願いを言って歌を歌う。その願いを、歌を、たまたま聞いて叶えてくださる精霊様がいらっしゃる。
あまり上手いとは言えない人がサビだけ歌った時でもオッケーな場合もあるし、めちゃくちゃ上手い人が全部歌っても駄目な場合もあるということ。
たまたま精霊様がいて聞いてくれるかどうか、精霊様がその歌を気に入るかどうかが全て、なのだ。
そんなこんなで、庶民にとっても歌はおまじないのようなものだ。
子どもを寝かし付ける前に「精霊様お願いね。この子がぐっすり眠れますように」と言ってから子守唄を歌う。
子どもがスヤスヤと眠れば、「精霊様ありがとう」と感謝をするし、なかなか眠ってくれないと「あたしの歌もまだまだだねぇ」と苦笑する。
だからこの国には歌があふれている。たまにものすごく歌を個性的で独創的にしちゃう人もいるけれど、まぁそれはそれで面白いから良いのではないか。なんであの歌がそうなるの!? って笑ってしまう。
そして、そんな調子っぱずれの歌でも願いが叶うことはあるのだ。夢があるよね。
そして、前世を思い出した私は何気なく、ふとした時に願いを言って前世で覚えた歌を鼻歌で歌ったわけで、そしたらもうそれがたまたまそこにいた精霊様にバカ受けだったわけで。
ほんともうびっくりするほど食いつきが良い。お願いしたことを10倍くらいにして叶えてくれるくらい気前が良い。うちの畑めっちゃ豊作になった! 両親がびっくりしてた。
え、これチートでは?
って思った。だってサビだけなら歌える歌、けっこうある。あるよね。
CMソングとかドラマの主題歌とか挿入歌とか、知らず知らずにうちに覚えている曲って数百曲はあるんじゃなかろうか。
ふとした時に思い出す、春の歌秋の歌恋の歌、その全てが精霊様にすごく気に入られるのである。
なんかもう日本の歌、いやたまに英語の歌もあるから地球の歌? 好かれすぎてないかね?
ほんと何でもいいのか、君が代を歌っただけでもバカ受けなのだ。小学校の校歌で感動されてガチ泣きされた時には正直ひいた……
もうなんか、はよ願いを言えよという圧力を感じる。早く歌を聞かせろというプレッシャーがすごい。
どのくらいすごい圧力かといえば、精霊様が実体化してまとわりついてくるくらいだ。
それももう神々しいめっちゃくちゃ美形な程よく筋肉のついた素晴らしいお身体、ついでに美声な実体化人化なのである。
「アデル、歌って欲しい」
すごく切なげな顔をして、私に歌を求めてくる。恋い焦がれるような眼差しは私じゃなくて私の歌に注がれている。
勘違いしてはならないと自分に言い聞かせないとほんと顔が良いのでほだされそうになる。危ない。
ただ、歌というのは、覚えてはいるけれど次々に出てくるかって言われると違うよね。
メロディを聞いたら歌えるとか、曲と同じようなシチュエーションにぶち当たった時に思い出すとか、曲を聞いていた時のことを思い出すとついでに思い出すとか、そんな感じが多い。
暑い日は暑さを歌う歌を思い出す。夏になると新曲を出していたバンドの歌とか。
今日は風が砂っぽいなって思うと黄砂の歌を思い出すし、暴風雨だと嵐の歌を思い出す。そんなもんじゃないですか。
あと、アルバムで覚えているので一曲出てくると数曲一気に思い出す。プレイリスト順に思い出すと言ったほうが伝わるだろうか。
こんな事態になってよく頭を巡っているのは、こんなことが起こるなんて嘘みたいとか夢みたいとかそんな感じの歌だ。だってそんな気分なのだ。いろいろあるよね、こんな感じの歌。
これ系の歌、ほんと受けが良い。思わず口ずさむとセイさんがうっとりする。中でもセイさんがお気に入りの一曲がある。難しい歌だから音程を外して妙なことになっているのに、それでも良いらしい。
あ、精霊様なのでセイさんと呼んでいる。本当の名前も教えてくれたけど人間に発音できる音じゃなかった。あんなの舌が一回転絡まってしまう。呼んでほしいと言われても呼べないよ。様をつけたら返事をしてくれなかったのでセイさんに落ち着いた。
いきなり現れた美形で一目見たらわかるくらいただものではなさそうなセイさんを、村人はあっさり受け入れた。両親も、前からいたよね、って感じで接している。多分そうなるように何か魔法を使ったのだろう。
本来、願いを述べて、それから歌を捧げるのが魔法発動に必要な手順である。
だがしかし、私の場合、歌を聞きたいがあまり、常時まとわりついている専属精霊なセイさんが、後出しを認めてくれてる。
つまり、歌えば歌うほど、魔法がストックされる状態となっている。
やばい。正直やばい。
もう何個ストックがあるのか数えるのはやめた。
私が歌を思い出したら歌って、それをセイさんが嬉しそうに聞く。そんな日々が続いていくのだと。なんとなく勝手にそう思っていた。そりゃ、これだけそばにいられたら、ほだされるでしょう。仕方ない。だって顔が良いからね。私はめんくいなのだ。
「アデル、歌ってほしい」
「はいはい。その顔に免じて歌いましょう」
そんな軽口を言いながら、私は歌い、セイさんはそれを聞く。今日も、明日も、明後日も。
異変はほんのささいな事だった。道で会ったおばちゃんがいつもよりちょっと元気がないとか、あのおじちゃん今日はなんか咳が多いな、とか。そんな感じ。
ただの風邪、ちょっとひどい風邪だと思われていたその病はあっという間に、村に、国中に広がった。
たくさんの人がその病にかかった。そして、治る人は治るのだ。けれど一定数、急に悪化してしまう人がいる。気づいた時には高熱やひどいのどの痛みで食事をとることもできなくなり、弱っていく。
慌てて行われた儀式は病の人を癒やした。ただ、あまりにも病にかかる人が多すぎる。焼け石に水というやつだった。
私も願った。村の人の病を治してほしいと。
「いいよ。アデル。君の願いを叶えよう」
セイさんは笑って私の願いを叶えてくれた。
私の村の人は元気になった。
だが、人は欲深いものだ。なぜあの村だけ、と恨む人がいる。どうして自分は助かったのに隣村に嫁いだ娘は助からないのかと、嘆く人もいる。
私の魔法のストックはあといくつ残っているのだろうか。
この病を消すことはできないのだろうか?
私は願った。願ってしまった。この病を無くしてほしいと。また元の生活に戻りたいのだと。
「いいよ。アデル。君の願いを叶えよう」
セイさんは笑って私の願いを叶えてくれた。
病は消えた。本当に唐突にその病の流行は終わった。
そして、セイさんも消えてしまったのだ。
病が消え、みんなが笑顔になる中、私はずっと泣きそうになるのをこらえていた。
セイさんが消えて、村人の中からも、両親からもセイさんの記憶も消えた。誰に聞いてもセイさんを覚えている人はいない。病は消えた。そして村は元の生活に戻った。
間違いない。私の願いが、セイさんを消したのだ。
私はこっそり国の儀式が行われる、ここなら絶対に精霊様がいらっしゃると言われる場所、その聖域に忍び込んだ。
ばれたらかなりとてもやばい行為だ。
ついでに今からやることは大声で歌うことだったりするので、発覚は、するだろう。
それでも、やらないという選択はなかった。
荘厳な森の中、あつらえたように自然に岩が連なって舞台になっているようなその場所に立つ。
「精霊様にお願いします。私はセイさんに会いたいの。どうしていなくなったのか聞きたいの。お願い」
願いを言って歌う。
歌うのはセイさんが好きだったあの歌だ。難しいあの歌を、それでもせいいっぱい歌う。
歌を歌い終わる前に、声を聞いて駆けつけてきた兵士が見えた。
ああ、もう駄目か。
そう思いながらも歌は止めなかった。近づいてきた兵士に取り押さえられそうになったその時、まばゆい光が満ちて、兵士の動きが止まる。
動きを止めた兵士は、そのままゆっくりと崩れ落ちた。
私は、根性で最後のフレーズを歌い終えた。
光が収まり、私の目の前に現れたのは、期待していた姿ではなかった。
セイさんと同じくらい美しいその人は、早春の森のような明るい透き通った緑の瞳をしていた。その目を細め、私を見た。
「あんた、――――のお気に入りだな。いい歌だった」
私では発音できない。聞き取ることさえ難しいその音は、セイさんの名だ。目が潤む。セイさん。セイさん。セイさん。
「あ―― どうするかな……」
と言いながら髪をくしゃりと乱したその精霊様は、視線を私の後ろに向け、一つうなずくと、
「願いを叶えなくもないが、そのために、これからあんたが歌うすべての歌をオレに捧げるか?」
と、大げさなまでに声を張り上げて問うてきた。
歌をこの精霊様に。これからずっとこの方のために歌えば、セイさんに会えるのだろうか。
そんなことでいいのなら、と答えを返そうとした時、後ろから抱きしめられた。
「嫌だ。アデル」
ああ、この声は……
振り向こうとしたのに、がっちりと首を固定された。痛いんだけど。
「見ないで……」
懇願されたが、そんなことは知らない。
姿勢を落として相手のかかとを踏んで頭突きする。力が緩んだそのすきに抜け出して振り向いた。
そこにいたのは、見知らぬ男の人だった。
茶色の髪にこげ茶の瞳。中肉中背の人が良さそうなちょっと垂れ目な男性。
キラキラのプラチナブロンドでもサファイアみたいな青い瞳でもない。びっくりするほどの美貌じゃない。
それでもわかった。
「セイさん!」
あごを押さえて苦しむセイさんに抱きつく。ああ、ちゃんとここにいる。
「もう、アデルの好きな綺麗な顔じゃないし。もう願いも叶えられないんだ……」
あの病を消すためには、精霊をやめるほどの力が必要だったのだそうだ。
私の願いを叶え、美貌もその力のほとんどをなくしたセイさんは、もう捧げてくれる歌を受け取る資格はないと思ったのだと。
「莫迦ね」
莫迦だ。超特大の莫迦がいる。私をただのめんくいだと思ったのか。ちゃんと情がわいているというのに。こんなに気持ちを持って行っておいて、そんなことにも気がつかないのか。
「それでも、嫌だ。アデルの歌をあいつに捧げられるのは嫌だ」
駄々をこねるようにセイさんが言う。その声は以前のままの美しい声だ。
くすりと笑って提案する。
「私の歌をセイさんに捧げるわ。いつでもどこでも、私のすべての歌を。だから、私の願いを叶えてほしいの。セイさんにしか叶えられない願いを」
もう離れないで欲しい。いつも笑っていてほしい。その目で私を見ていてほしい。
目を合わせて、ささやくように願いを告げる。
「いいよ。アデル。君の願いを叶えよう」
セイさんはくしゃりと笑って私の願い受け入れてくれた。
「あ―― そろそろいいかな……」
この聖地にいらっしゃる精霊様はセイさんのお友達だそうだ。いきなり転がり込まれてぐちぐち情けない愚痴をずっと聞かされていたらしい。なんだか申し訳ない。
そこで気絶している兵士の後始末とかもろもろ、まかせることになってしまったのだけど、セイさんを引き取ってくれるなら全然オッケーだそうだ。とても良い方である。
こうして、私とセイさんは村に帰った。
いきなり男を連れ帰った私に両親はすごく驚いていたけれど、しばらくすると慣れた。まあ、覚えてないけどセイさんずっといたしね。
「アデル、歌ってほしい」
セイさんが言う。
「はいはい。あなたのために歌いましょう」
私は歌い、セイさんはそれを聞く。
今日も、明日も、明後日も。
私の願いはいつだって叶うのだ。
この優しい元精霊に、
ずっと叶えてもらうのだ。
読んでいただきありがとうございます。
「異世界で一日千円分だけ自分が買ったことがあるものを出せる能力でなんとか生き抜きます」
という話も書いています。
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