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エピローグ

 暗黒大陸の中央にそびえる魔王城は、もはや「暗黒」などとは呼べないほど明るく活気に満ちていた。かつては尖塔と黒石の壁が不穏なオーラを漂わせ、「魔王=恐怖の象徴」という固定観念を周囲に植え付けていたが、今は様子が一変している。城内には人間や魔族だけでなく、獣人やエルフといった他種族までが行き来し、それぞれが「ホワイトな職場環境」を求めて門を叩く姿が見られるのだ。


 観光客のように城を見学する者も増え、受付ではガイド付きツアーすら行われている。「これが週休二日制と残業禁止による魔王城の働き方です」と説明すると、驚きや戸惑いを口にしながらも、多くの見学者が興味津々に質問を浴びせてくる。


 「魔王城って、もっと殺伐としたところかと思ってた!」「本当に休めるんですか? じゃあ締切はどう管理するんですか?」――そんな声を聞くたび、城の案内役を務める魔族は少し誇らしげに答える。「はい、きちんとシフト制を導入しているので、締切前でも徹夜する必要はありません。作業を分担し、交代で休めるようにしているんです」と。


 こうして「働きやすい魔王城」という評判が広まり、結果として各種族の人材や新たなビジネスチャンス、珍しい文化交流が相次ぎ、以前の“暗黒大陸”とは思えないほどの賑わいを見せるに至った。思い返せば、魔王としての絶対権限を持つ相馬そうま 誠司せいじが、自身のブラック企業体質への嫌悪をバネに、「ホワイト企業化」を掲げたからこそ生まれた奇跡の流れともいえる。


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### 1. 平和と混沌が同居する新時代


 こうして魔王城がひとつの“ホワイトな職場”の象徴として名を上げると、周辺国や集落の人々は「ならば、自分たちの拠点も見直してみよう」と考え始めた。もともと力による支配や、長時間労働が横行していた暗黒大陸では、労働者の疲弊や不満がたまりすぎていて、いつ反乱が起きてもおかしくない状況だった。だが、相馬のやり方を真似て「きちんと休んだほうが、生産効率も上がる」と実践してみると、意外なほど簡単に人々は笑顔で働き、互いに協力し合うようになっていく。


 もちろん、すべてがバラ色になったわけではない。何世代にもわたって“力こそ正義”という価値観を抱えてきた魔族の一部には、「休みが多いと弱くなるのではないか」「働かせないなんて、下級兵の鍛錬にならない」といった反発も根強い。だが、実際に魔王城で週休二日制を試してみた兵士たちは、「十分な休息を取ったほうが筋力トレーニングの効率がいい」「怪我の治りも早い」と実感し、次第に否定派を説得できる材料が増えていった。


 また、社畜的な考え方が抜けきらない者が、「仕事を休むと不安になる」と夜中にこっそり作業しようとするケースもある。だが、そこは魔王城らしく、巡回の兵士や管理者が「ダメダメ、ちゃんと寝て明日やりましょう!」と声をかけ、強制的に仕事を中断させる。時には相馬自らが見回りに出て、無理をしている者を炙り出し、しっかり眠らせることさえある。これがブラック企業時代の相馬と真逆の立場だと思うと、当の本人も苦笑いを浮かべるしかない。


 「結局、オレは魔王なのか……? でもみんな笑顔だから、まあいいか」


 玉座の間で一息ついた相馬は、ふとそんな独り言を漏らす。かつての上司や社長のように“力で従わせる”魔王ではなく、むしろ“休ませる”ことで皆を救う魔王……その奇妙な立ち位置は、初めて本人が想像した“魔王像”とは大きくかけ離れているはずだ。


 しかし、城内の雰囲気を眺めれば、悩む理由はあまりにも小さいと気づく。ラウンジでお茶を飲みながら談笑する魔族兵、夜勤を終えたパトロール隊が「今日も無事終わった」とハイタッチし合う姿。こんな光景が日常の職場は、相馬が勤めていたブラック企業と比較するまでもなく“理想的”だろう。


 ――こうして“力による恐怖支配”ではなく、“みんなが笑顔で働く”新たな時代が魔王城を中心に広がりつつある。だが、完全な平和というには、まだいくつもの不安材料が散らばっているのも事実。周辺国には今なお動乱の予兆があり、暗黒大陸の奥地には未知の脅威が潜んでいるといった噂も絶えない。そうした混沌とした現実の中でも、“休み”をしっかり取りながら前を向く――そんな逆説的な強さが、相馬たちの推す働き方改革の真髄なのかもしれない。


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### 2. “働き過ぎ禁止”が世界を救う?


 さらに興味深いのは、実際に“働き過ぎ禁止”の環境が世界の危機を救うきっかけになりそうだという声があちこちで聞かれることだ。例えば、かつてブラック企業軍の支配下で消耗していた兵士や冒険者が、今や健康を取り戻し、魔族や人間を脅かす巨大魔物の討伐に積極的に参加できるようになった――という事例がある。


 「もし、あのまま過労で倒れていたら、とてもじゃないが魔物と戦える体力は残らなかっただろう。休んだおかげで急速に回復して、いまこうして獣人の仲間たちと一緒にダンジョンに挑めるんだ」


 そう語る冒険者も少なくない。しかも、同じくしっかり休息を取っている魔族出身の仲間が、疲労を感じた冒険者をうまくフォローし、休ませるローテーションを組んでいるという。結果的に“協力体制”が自然に生まれ、巨大魔物の討伐成功率が上がる――という好循環が各地で報告されていた。


 「ちゃんと働いて、ちゃんと休む」ことを基本方針にしただけで、実戦能力や対応力が増すなんて、魔王城設立当初には誰も想像しなかったはずだ。それを今、彼らは目の当たりにしている。


 柚花わたなべ ゆずかの“世界を救う使命”についても、同様の可能性が示唆される。彼女は本来、別の世界で“黒き神獣”を封印する役割を担うはずだったが、謎の手違いで相馬のいる世界に来てしまった。それでも、“働き過ぎ禁止”の文化が根付いたこちらで、まずは自身の力を磨き、仲間を得る形で備えを進めるのは決して無駄ではない。いずれ真の脅威が現れた時、過労や不満でボロボロになった組織より、休みを取ってやる気を維持した集団のほうが、はるかに有利に戦えるだろう――そんな予感が、城内の誰もが薄々感じ取っているのだ。


 もっとも、具体的にどんな脅威が、いつ、どこから訪れるのかはまだ不透明。だが、平時だからこそ「休むときは休む」スタイルを定着させ、緊急時にはしっかり実力を発揮できる――そうした戦略が、“世界を救う”大きな鍵となり得るかもしれない。


 このあたりの詳細はまだ描かれず、読者の想像に委ねられる部分があるが、確かに“働きすぎ禁止”という一見ゆるそうな方針が、いざというときの総合力を高めるというのは興味深いテーマだ。今後、魔王城や周辺国がどのように連携して世界の脅威と向き合うのか――その物語はまだ始まったばかりだろう。


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### 3. 終わらないドタバタの予感


 もっと身近なところに目を向けても、相馬たちの日常は依然としてドタバタの連続だ。ブラック企業軍を倒した後も、以下のような小さな事件が城内をにぎわせている。


- **神宮寺の実験に巻き込まれる相馬**

- 召喚術士・神宮寺じんぐうじは、ようやく安定した環境を得て暴走のリスクこそ減ったものの、新しい術式の試行錯誤を続けている。夜勤明けの相馬が何気なく研究室を覗いたら、実験中の魔物に襲われかけて「うおわぁぁ!」と悲鳴をあげるシーンも日常茶飯事。神宮寺は「すまん、つい集中してて……」と謝り、相馬は「徹夜は禁止って言っただろ!」とツッコミを入れる――そんな微妙にズレたコントが城のあちこちで繰り返される。


- **三村の新メニュー試食会に呼ばれる矢崎**

- 料理人・三村みむら 蒼太そうたは、常に新作料理の開発に余念がない。グルメフェスの成功で味をしめたのか、「今度はもっと斬新な食材を使ってみよう」と、とんでもない魔物の肉を仕入れて調理することも。そのたびに矢崎(元商社マン)をはじめ、周囲の仲間が「試食会」に強制参加させられ、毒味に近い体験をするハメになる。矢崎は「こんな危険物、ちゃんと検疫したのか?」と冷や汗をかき、三村は「大丈夫、大丈夫、バッチリ下処理したから!」とケロッとしている――このやり取りも、周囲にはコメディとして受け止められているらしい。


- **まだ帰れずにいる柚花**

- “世界を救う使命”を背負うはずの柚花だが、魔王城の快適さと仲間の存在に流され、なかなか旅立てないでいる。相馬が「温泉行こうぜ!」と誘ったり、三村が「新作スイーツできたから食ってみろ」とお裾分けしたり……誘惑が多すぎるのだ。いつ出発しようかと思っては、「もうちょっとだけ……」と先延ばしにしてしまう。柚花は自分を律しようとしているが、周囲は「まあ、無理せず休みながら計画したら?」と優しく背中を押すばかり。その結果、彼女は気づけば城の雑務を手伝ったり、温泉巡りの企画に参加したりと、まるで“正規雇用”のような日々を過ごしている。


 こういった日常の小さなエピソードが積み重なり、城には常に笑い声と驚きが絶えない。大きな戦争こそ一段落したが、彼らの“ホワイトな働き方”はまだ道半ば。時に過労ぎみの者が見つかれば全力で休ませ、研究や料理が暴走すればみんなで火消しに走り、温泉や娯楽でリフレッシュしたらまた新しいアイデアが芽生えて……というサイクルが続く。


 読者視点から見れば、「この先の展開も面白そうだ」と思わせる要素が山盛りだ。いずれ大型の脅威がやってきたとき、あるいは柚花が本格的に旅立つとき、あるいは神宮寺の召喚実験が大成功(あるいは大失敗)したとき……いつ何が起きても不思議ではない、そんなワクワクが残されているからだ。


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### 4. エピローグの幕下ろし


 結局、相馬 誠司は“魔王”という肩書を背負いながら、かつてのブラック企業とは似ても似つかない理想の職場環境を築くことに成功しつつある。元上司や社長のような旧来のブラック勢力は崩れ去り、働きやすい社会づくりという新しい潮流が暗黒大陸を包み始めている。


 もちろん、これで物語が完全に終わるわけではない。先述したように、未知の脅威や新たな課題はいくらでも潜んでおり、神宮寺の研究や柚花の使命、三村の料理革命、矢崎の経済再建など、掘り下げる要素は山ほどある。


 しかし、ひとまず今は、城の中庭で聞こえる笑い声や雑談、風呂上がりの魔族が「いやー、最高だな」と肩を回す光景こそが、この物語の締めくくりにふさわしいかもしれない。なんだかんだで毎日がドタバタだが、ブラック企業のころに感じた絶望とは真逆の“明るい活気”があるのだから。


 最後に、玉座の間に腰を下ろした相馬が、改めて城のみんなに声をかける。

 「さて、今日もお疲れさま。寝る前にやり残しがないか確認して――と言っても、無理するなよ。続きは明日でもいいんだからな。じゃあ、みんなおやすみ!」


 こうして一日が終わるたびに、次のドタバタの予感が膨らんでいく。読者にはこの先の展開を想像する余裕を与えつつ、物語はここでいったん幕を下ろす。“ホワイト”と“コメディ”を両立させた、相馬たちの不思議な魔王ライフはまだまだ続くのだ。


 闇と混沌に包まれていたはずの暗黒大陸が、笑い声と休息の力でゆるやかに変わっていく。いつか本当に世界を救う大事件が訪れるとき、相馬の働き方改革が大きな鍵になるかもしれない――そんな予兆を残しながら、幕は下りる。


 「働き過ぎ禁止」と「週休二日制」を掲げた奇妙な魔王城。そこで繰り広げられる日常のドタバタは終わらない。そして読者には、次なる騒動を期待させるだけの熱気がまだ残されている。今後、どんな脅威や障害が立ちふさがっても、きっと相馬と仲間たちは“笑顔と休息”を武器に立ち向かうのだろう。こうしてひとつの物語が閉じられ、同時に新たなページが開かれる――それが、この“ホワイト魔王譚”の魅力である。


 いつの日か、柚花が本来の使命へと旅立つとき、神宮寺が大発見を成し遂げるとき、三村が料理の真髄を究めるとき、矢崎が大商会を作り上げるとき……その全てを見届ける楽しみを残して、今はここで小さな終止符を打とう。


 さあ、今日も城の人々に「おやすみなさい」と声をかけながら、また明日から始まるドタバタを楽しみに眠りにつくのだ。働き過ぎ禁止の“ホワイト企業”では、そんな夜こそが一番の幸せなのだから。


(エピローグ・了)

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