第二章:奇妙な来訪者たちとドタバタ拡大
暗黒大陸の中心にそびえ立つ“魔王城”。ここで新魔王となった相馬 誠司は、意気揚々と“働き方改革”を推し進めていた。週休二日制と残業禁止を導入し、部署間の連携を強化する方針を掲げて早数日。魔族たちは戸惑いこそ多いものの、徐々に新たなルールに慣れつつあり、どこか活気めいた雰囲気も漂いはじめたところだ。
しかし、そんな城内の空気をさらにかき回すようにして、ある朝、ひとりの青年が唐突に“落ちて”きた。
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### 1. 神宮寺(召喚術士)の乱入
その青年の名は、神宮寺。ボサボサの髪に白衣のようなローブをまとい、手には奇妙な魔法陣が刻まれた本を握りしめている。早朝、まだ寝ぼけまなこの魔族兵が見回りをしていたところ、突然「天井から落ちてきた!」という報告が入り、相馬もすぐに現場へ駆けつけることになった。
「……いったぁ……。な、なんでこんなところに……?」
神宮寺は床に倒れ込んだ姿勢のまま、呟くように文句を漏らしている。どうやら怪我はないようだが、周囲を取り囲む魔族たちの姿に気づいてぎょっと身を起こす。
「おい、誰だお前? ここは魔王城だぞ。勝手に侵入するなんて、ただじゃ済まされないってのに……」
兵士が威嚇めいて声をかけるが、神宮寺は尻餅をつきながら弱々しく両手を上げた。
「ま、待ってくれ! そもそも侵入するつもりなんてなかったんだ! 異世界転移の実験をしてたら、なぜか違う世界に飛ばされて、気づいたらここに落ちたんだよ……」
異世界転移の実験? そのフレーズに相馬は興味を惹かれ、兵士たちを制するように手を挙げて言った。
「ちょっと待て。彼、明らかに戸惑ってるし、話がわかりそうじゃないか。いきなり攻撃するのはやめてくれ」
兵士たちは「はっ」と返事をして下がる。神宮寺のほうも、相馬の言葉を聞いて表情を和らげた。
「助かったよ……。君が、ここの責任者か?」
「責任者というか、まあ、一応“魔王”をやってる相馬だ。お前は神宮寺っていうのか? 今の話だと、本当は別の世界へ飛ぶつもりだったのに、間違えてうちに来ちゃったって感じか?」
「その通り。しかも、俺はまだ“喰魔者”の力を制御できない状態で……。ああ、面倒なことになった」
喰魔者――不穏な単語に、周囲の魔族たちが一気に警戒を強める。喰魔者とは、魔物や生物から力を“奪う”特殊能力らしい。相馬は耳を疑ったが、神宮寺の手元にある魔法書からは嫌な魔力の気配が漂っていた。
すると、まるでそれを感知したかのように、神宮寺のローブの下から黒く蠢く影が伸びあがる。
「お、おい、なんだこれ……!」
相馬が後ずさると同時に、神宮寺も焦った様子で影を押さえ込もうとする。
「やばい、暴走してる……! ここ最近、実験が失敗続きで、抑えが効かなくなってるんだ……!」
瞬く間に、黒い影――まるでスライム状の怪物のようなものが神宮寺の足元からうねりを上げ、周囲の魔族たちに伸びていく。兵士たちが一斉に構えを取り、「魔王様、危ないです!」と声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待て。とりあえず落ち着けってば!」
神宮寺は必死に魔法書を開き、何やら呪文らしき言葉を唱え始める。だが、抑制の術式がうまく働かないのか、黒い塊は次第に拡大し、触手めいた先端で兵士の槍を弾き飛ばしてしまう。思わず倒れ込む兵士の姿に、城内はもう大騒ぎだ。
「こいつぁ厄介な力だな……!」
相馬も思わず構えるが、こういった直接的なバトルは専門外だ。彼が得意なのは“働き方改革”であって、怪物との交戦ではない。そこで、すぐ脳裏をよぎったのは、絶対命令である“支配権限”の存在だ。
(待てよ、あの黒い塊にも命令が通用するのか? 一応、魔物のようなものならば、俺の権限が効くかもしれない。試してみる価値はあるか)
意を決し、相馬は一歩前に出る。そして、心の中で「命令」という明確な意志をまとめ、黒い塊に向かって叫んだ。
「おい、そこの黒い“何か”! 魔王である俺の言葉を聞け! ……今すぐ大人しくなれ! これ以上暴れるのは禁止だ!」
すると、ゴォッという低いうなり声を立てていた黒い塊が、一瞬ピタリと動きを止める。その場の空気が揺らぎ、奇妙な圧力が走った。これは確かに“支配権限”が発動している感覚――ただ、相馬自身もちゃんと効くのかどうか半信半疑だった。
「……あ……なんとか、鎮静化した?」
神宮寺が驚いたように呟くと、黒い塊はズルズルと地面に落ち、ひと塊りのスライムのように小さくしぼんだ。そして、最後には神宮寺の足元に吸い込まれるように消えていく。
「助かったよ。まさか、こんな力技で封じ込められるとは……。おかげで周りを巻き込まずに済んだ。悪いな、いきなり被害を出して」
神宮寺はへたり込んだ兵士を見やりながら、申し訳なさそうに頭を下げた。兵士のほうは「大丈夫です、かすり傷程度で……でも、本当に危ないところでした」と苦笑いを浮かべる。
相馬は大きく息をつきながら、「まあ、何とかなったからいいけどな」と答える。それから神宮寺に目を向けて問いかける。
「で、お前、結局ここで何をするつもりなんだ? 自分の世界に戻りたいのか、それとも別の異世界に行きたいのか……」
「本当は、自分が研究していた異世界に飛ぶはずだったんだよ。そこには俺の“召喚術”を活かす環境が整っていて、研究仲間もいた。なのに、なぜか君の世界に流れ着いてしまったらしい」
神宮寺は魔法書をパラパラとめくってため息をつく。ページの端には奇怪な呪文や図形が書き込まれており、素人目にはまったく理解不能だ。
「しばらくは、帰る手段も見つからないだろう。そっちの世界に戻るにも、転移用の魔力が枯渇してるし、この“喰魔者”の力も暴走寸前で厄介だ。……とりあえず、お邪魔じゃなければ、ここで研究を続けたいんだけど、ダメか?」
その言葉に、相馬は腕組みして考える。一方で兵士や幹部の一部からは「危険すぎる」とか「また暴走されては困る」という声があがる。
だが、相馬は思い出す。自分がこの世界に来たときも、右も左もわからず混乱していた。同じ境遇に置かれている神宮寺を、すぐに追い出すのは後味が悪いし、何より“支配権限”が効くなら、最低限の安全は確保できるかもしれない。
「いいだろう。まあ、うちには空き部屋が山ほどあるからな。けど、暴走したら容赦なく止めるから、そのつもりでいろよ」
「お、おお、ありがたい。……ちなみに、俺は研究熱心な性分で、寝食を忘れて実験に没頭することが多いんだが……この城ではどうなんだ?」
神宮寺が遠慮がちに尋ねると、相馬は苦笑して「今すぐに慣れてもらうぞ」と言い放った。
「ここのモットーは、“週休二日制”と“残業禁止”だからな。徹夜で研究なんてのは言語道断だ。働き過ぎは許さないから、そのつもりでいろよ」
「え、残業禁止……? 研究者にとって、徹夜は当たり前なのに……」
戸惑う神宮寺を尻目に、相馬は軽く肩をすくめる。ここでもまた、ドタバタは避けられない予感がするのだった。
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### 2. 渡辺 柚花(神託の魔女)の登場
神宮寺の乱入騒ぎがひと段落し、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった魔王城。ところが、その日の午後、今度は“空から少女が降ってきた”という一報が入った。
「最近、やたら人が落ちてくるな……」
相馬は呆れながらも、緊急対応として現場に向かう。今回は城の外壁の上空から、フェンスを乗り越えるように飛び込んできたらしい。兵士たちが大慌てで駆け寄ると、そこにはブレザー姿の女子高生……いや、制服っぽい服装だが、袖口やスカートのデザインが微妙に違う。髪型はショートボブで、いかにも日本の学生風の雰囲気を持っている。
「う、うーん……。ここはどこ……?」
少女が意識を取り戻し、周囲を見回して、最初に目に入ったのが複数の魔族兵だったからか、「ひゃあっ!」と悲鳴をあげて後ずさる。
「落ち着いてくれ。ここは“魔王城”だ。で、俺は相馬っていう。この城の主……もとい、新しく魔王をやってる人間だ」
相馬が穏やかな声で自己紹介をすると、少女は半信半疑の様子で「あ、あなたも人間なの?」と問いかける。
「まあ、そうだな。俺もわけあってこの世界に召喚されて、今は魔王として働いてる。そっちこそ誰なんだ?」
「わ、私、渡辺 柚花っていいます。気がついたら光に包まれて……本当は“神託の魔女”として、世界を救う使命を帯びてきたはずなのに……」
彼女はリュックサックから小さな杖を取り出し、まるで自分に言い聞かせるように呟く。その表情には混乱が色濃く滲んでおり、まるでゲームやアニメの展開が現実になったかのようなリアクションだ。
「神託の魔女……世界を救う使命……?」
魔族兵たちはざわつき始め、怪訝そうに柚花を見つめる。相馬も「また変わったのが来たな……」と溜息をつきながら、「とりあえず話を聞かせてくれ」と促す。
柚花の話によると、本来ならば“聖なる異世界”に召喚され、古代の封印を解き放つ旅に出るはずだったのだという。だが、何かの手違いか予期せぬアクシデントで、肝心の世界とは別の場所――つまり相馬たちのいる暗黒大陸へ落ちてしまったらしい。
「でも、私にはこの世界を救う力が……あるんだか、ないんだか、よくわからなくて……。とにかく“魔女”って呼ばれていたんだけど、本当に魔法が使えるのかどうかも怪しいし……」
柚花は戸惑いながら、自分の杖をじっと見つめる。その様子を見かねた相馬は、当面の間は安全を確保してあげないと危なっかしいと思い、落ち着ける部屋に案内することにした。
ところが、ほかの兵士たちは「魔女なんて厄介な存在を城に招き入れるのか?」と眉をひそめる。魔族にとって“魔女”は強大な敵になる可能性もあるためだ。
「警戒するのはわかるが、まだこの子が危険なことをしたわけじゃない。俺の命令に逆らえないんだから、とりあえず保護して様子を見よう。何か企んでいるなら、すぐバレるだろうしな」
こうして相馬は、柚花に部屋と食事を与え、まずは休息を取るように勧めた。柚花も「助かります……ほんと、頭がごちゃごちゃで」とほっとした様子を見せる。
「でも……世界を救わなきゃいけないのに、こんな所でのんびりなんて……いいのかな……」
柚花は途中で思い出したように呟くが、相馬は苦笑しながら「まずは落ち着け。腹ごしらえして、それから考えればいいだろ」と返す。すでに“休む”ことに慣れていない彼女が、魔王城のゆるさにどんな反応を示すのか――そのギャップが、さらにドタバタを引き起こす予感がした。
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### 3. 三村 蒼太(料理人)の参入
柚花の対応に追われた翌日、今度は城の門番から「旅の料理人を名乗る男が来ている」という報告が入る。どうやら異世界から来たわけではないらしく、ふつうにこの大陸を回っている冒険者のようだが、何やらただ者ではないらしい。
門番が警戒しつつ案内してきたのは、三村 蒼太という青年だった。身なりは少しカジュアルで、腰に包丁や調理道具を下げている。刀ではなく“包丁”なのが特徴的だ。
「へえ、ここが魔王城か。黒ずくめの外観で、まさにファンタジーの悪役感が出てるな」
三村は物怖じせずに周囲を見回し、城の空気に全く動揺しない様子だ。相馬がやって来ると、にこりと笑顔を向けてきた。
「はじめまして。俺は三村っていう料理人だ。レア食材を求めてダンジョンやら人里離れた場所やらを冒険するのが趣味でね。今回、ここの周辺に珍しい魔物や薬草があるって聞いて訪れたんだけど、いやあ……さすが魔王城。面白そうだ」
その言葉に相馬は思わず眉をひそめる。普通の人間なら「魔王城なんて怖くて近づきたくない」という反応をするだろうに、この男はむしろ興味津々で来訪したという。
「ようこそ……と言いたいところだが、ここは魔族の拠点だぞ。レア食材を探しに来たって、何の用があるんだ?」
「じつは、最近“魔王が代替わりした”って噂を小耳にはさんでね。だとしたら、もしかすると新魔王は外部との取引に理解があるんじゃないかと思ったんだ。俺は美味いものを作りたいし、そのためには素材が必要。お互い、協力できる部分があるんじゃないかと思ってさ」
三村は胸ポケットから小さなメモ帳を取り出し、そこにびっしりと何かが書き込まれている。相馬が「それは?」と尋ねると、「俺がこれまでに見つけた食材のリストと、調理したときの効果や味のメモさ」と気軽に答える。
「魔物の肉でも、下処理と調理法次第でとんでもない絶品料理になる。さらには、ステータス強化や体力回復の効果がある食材も多い。そういうレア食材を集めるのが俺の生きがいなんだよ」
相馬は思わず感心する。魔族にとって魔物は敵かもしれないが、同種でない限り食材にもなり得るのだろう。しかもそこにゲーム的な“ステータス効果”まで絡んでくるとしたら、相馬が行っている“働き方改革”にも何かプラスになりそうな予感がする。
「なるほど……ここにはダンジョンみたいな地下区域もあるし、周辺に危険な魔物がうじゃうじゃいるけど、そいつらを素材に変えてしまうってわけか。面白いな」
すると三村は目を輝かせて頷いた。
「そうそう! 実際に行動してみないとわからないけど、もし俺がここで狩りをしてレア素材を仕入れられたら、その分、魔王城の食堂で新作を試せるかもしれない。もともと俺は料理店を構えていたんだけど、今は冒険しながら修行中なんだ。もし“魔王城レストラン”があったら、面白そうだと思わない?」
「魔王城レストラン……。はは、まあ、飯が美味いのはいいことだが……でも、うちは今、週休二日制と残業禁止を導入してて、あんまり長時間働くのは禁止してる。大丈夫か?」
すると三村は逆に「もっと作らせて欲しい!」と意気込んでくる。
「俺は美味い料理を作るときほど幸福を感じるんだ。食材があればあるほど、新しいレシピを考えたくなるし、時間を忘れて没頭するのが普通なんだけど……それでも“禁止”なのか?」
相馬はギョッとして思わず首を振る。
「いや、そこはお前の身体がもたないだろ。過度な労働は結局パフォーマンスを下げるって、俺の世界じゃ常識なんだよ。徹夜で料理したところで怪我や事故のリスクが高まるだけだろう」
「うーん、確かに手を切ったり火傷したりするかも……。でもさ、この世界は魔力があるから、体力が強化されて疲れも吹っ飛ぶ場合が……って、まあ、いいや。わかった。いきなり徹夜はしないように気をつけるよ」
三村は納得がいっているのかどうか微妙な反応だったが、ともあれ相馬は彼に城内の空きスペースを“試験的な食堂”として使わせる許可を与えた。どのみち、この広大な城には使われていない部屋が多く、そこを料理用に改装しても問題はないだろう。
こうして三村は“魔王城シェフ”として、さっそく腕を振るうことになった。魔族兵たちは最初「人間が作った料理なんか食えるか」と警戒していたが、試食してみれば意外や意外、あまりの旨さに驚愕する。
「こ、これは何というジューシーなステーキ……! 俺たちが普段、仕方なく食っていた魔物の肉とは思えない……」
「野菜の煮込みも、香りがすごくいい。なんだ、こんな料理があるなら毎日でも……」
噂は瞬く間に城中を駆け巡り、「魔王城の食堂がうまいらしい」と評判が広がる。三村本人は「やったぜ!」と大喜びで次々とレシピを開発しようとするが、相馬が「休め」「寝ろ」「食材の仕入れは計画的に」とストップをかける羽目に。かくして、三村と相馬の間にも“働き方改革”をめぐるドタバタが絶えない。
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### 4. 魔王城の“にぎやかさ”が加速
こうして、わずか数日の間に、神宮寺、柚花、三村という3人の新たな来訪者が城に滞在することとなった。いずれも目的や境遇がバラバラで、それぞれが勝手に行動しようとするため、魔王城はお祭り騒ぎのような混乱状態に陥っていく。
まず神宮寺だが、彼は城の一角に研究室を勝手に設置し、喰魔者の力を制御するための実験を再開しようとする。しかし相馬の掲げる“残業禁止”が引っかかり、深夜まで試験を続けようとすると「はいストップ!」と兵士に止められてしまうのだ。
「ええい、こんな中途半端なタイミングで止められても、データが途切れるじゃないか! 大事な検証の最中なんだ!」
「うるさい! 魔王様の命令なんだから、夜はしっかり寝ることになってるんだ。どうしても続けたけりゃ、明日に回せ!」
兵士たちは相馬の指示通り、研究室の明かりが深夜になっても消えないと確認すると、容赦なくブレーカー(のような仕組み)を落とす。神宮寺は憤慨しながらも“喰魔者”暴走の件で強引に罰を受けるのは避けたいので、渋々研究を中断し、布団にもぐりこむ。
「ちくしょう……この世界じゃ、徹夜研究もままならないのか……。しかし、健康的な生活を強制されるなんて、なんだか妙だな」
そう呟きながら、気がつくとあっさり眠りに落ちてしまう自分がいて、それはそれで悪くないと感じる自分もいるのだった。
一方、柚花はといえば、そもそも“世界を救う使命”を帯びているはずなのに、魔王城で談笑する魔族を見て「意外と平和そう」と拍子抜けしていた。しかも相馬が「困ったことがあったら、まずは休みを取って頭を整理しよう」と助言するものだから、調子を狂わされている。
「え、そんな悠長なことしてて、世界が滅んだりしないのかな……?」
「滅ぶかどうかは知らないが、とりあえず眠いなら寝ろ。飯も食え。お前が疲れたまま旅に出ても、怪我して無駄なリスクを増やすだけだろ」
柚花は“神託の魔女”としての使命感が強いので、休むことに対して罪悪感すら抱いていた。ところが、実際に昼寝をしてみると「体が軽くなったかも……」と目を輝かせ、城の見学をしては魔族と親睦を深める日々を送る。気がつけば旅立つことを先延ばしにし、相馬に「まだいるのかよ……」と半ばあきれられている始末だ。
そして三村はというと、“魔王城食堂”で腕を振るいつつ、暇があればダンジョンへ材料を探しに出かけるのだが、毎度のように相馬が「日が暮れる前に帰ってこい」と念を押すため、不完全燃焼を感じているらしい。素材がまだまだ足りないと不満を漏らしつつも、城内の評判はうなぎ上りで、日中は大行列ができるほどの盛況ぶりだ。
「こんなに忙しくなるなら、夜も遅くまで仕込みをしたいくらいなんだけどな……。くそ、残業禁止がここまで厳しいとは……」
……とはいえ、お客が喜ぶ姿を見るとやはり嬉しいのか、口では不平を言いつつも、三村は笑顔が絶えない。彼にとっては“仕事は自己実現の場”であり、それが自分の命をすり減らす結果にならないのであれば、それが最良だと感じ始めているのかもしれない。
こうして、神宮寺が深夜研究を断念する騒動、柚花が旅支度をずるずる先延ばしにする騒動、三村が仕込みに没頭して兵士に無理やり止められる騒動など、次々と小さなトラブルが城内をにぎわせる。そのたびに相馬は“支配権限”を用いて制止したり、部署間の連携を調整したりと忙しく動き回る。
「ったく、どいつもこいつも好き放題しやがって……。でもまあ、ブラック企業で上司にこき使われてたときに比べりゃ、マシなのかもな」
相馬は苦笑しながらも、実は内心「面倒くさいけど、ちょっと楽しい」と感じていた。自分がトップとして、何か問題が起きても一方的に責めるのではなく、話し合いで解決の道を探す――そんなやり方ができるのは、新鮮であり、やりがいもある。
さらに、矢崎(あの商人出身の男)もちゃっかり城に滞在しており、神宮寺や柚花、三村という“三人の異世界人もどき”と積極的に交流を図る。彼は彼らの言葉をヒントに、新たなビジネスや経済活動の可能性を探っているらしい。
「神宮寺さんの“召喚術”が安定すれば、物流に利用できるかもしれないし、柚花さんの“神託”とやらは観光資源になるかもしれない。三村さんの料理は言うまでもなく金脈だ。まさに宝の山だねぇ!」
矢崎が妙に目を輝かせている横で、相馬は「そりゃ大袈裟だろ」と呆れつつも、「まあ、いろんな能力を活かして、うちの城と外界との関係をうまく構築できたら面白いよな」と思っている。だが、現状はまだ“試行錯誤の寄せ集め”に過ぎず、いつどこで大きなトラブルが起こるかわからない。
そして、案の定――大きなトラブルは起きる予感がすでに漂い始めていた。この賑やかさが増せば増すほど、魔王城の“弱体化”を噂にする者や、逆に“新魔王が不可解な力を得ている”と怪しむ勢力が、着々と動き出しているのだ。
だが今はまだ、相馬も、神宮寺も、柚花も、三村も、それに気づいてはいない。彼らはそれぞれの“やりたいこと”と“働き方改革”を軸にした生活を続けながら、ここでの居心地の良さを少しずつ感じ始めているに過ぎない。
この先、どんな嵐が魔王城を襲うのか――そして、今は緩やかに混ざり合う4人の想いが、どのような化学反応を引き起こすのか。すべては、まだドタバタの序章に過ぎなかった。
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かくして、相馬の魔王城には、異世界転移を失敗した“召喚術士”神宮寺、使命感だけ空回りする“神託の魔女”柚花、料理熱が止まらない“冒険シェフ”三村という個性的な人材が居候することになる。誰もが自分の目的のために行動しようとしては、相馬の“働き方改革”に阻まれたり助けられたり。さらには城の魔族たちも、彼らの能力に興味津々で、好奇心からドタバタに巻き込まれていく。
いずれにせよ、魔王城がかつてのような暗く冷え切った空気を纏ってはいないことは確かだ。むしろ、新魔王の方針と多彩な人材の加入によって、“にぎやかなお祭り会場”さながらの様相を呈している。
「ま、楽しそうでいいじゃないか。ブラック企業での地獄よりは、余程マシな世界だろ。俺は今のところ、そう思ってるよ」
相馬は自室の窓から城の中庭を見下ろし、そこを行き来する神宮寺や柚花、三村、そして多くの魔族たちの姿を眺めながら、そう呟くのだった。
(第二章・了)