表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨上がりの日、僕は長い髪の女に片目をえぐられる

 僕は雨の日が好きだ。

 いや、正確には雨上がりの日が好きだ。

 雨でアスファルトはすっかり冷やされ、ジメジメを吹き飛ばすように太陽が優しく照り付ける。

 傘を閉じて、そんな街並みを歩いていると、ついテンションが上がり、大手を振って歩いてしまう。

 鼻歌でも奏でたい気分になる。


 だけどここ一ヶ月、そんな楽しい雨上がりに異変が起こっていた。

 このところは雨が降る日が多かったのだが、僕が雨上がりの街を楽しく歩いていると、必ずある女に出くわすようになった。

 長い黒髪で右目を隠し、白い服を着た、不気味な女に。

 ホラー映画に出てきても違和感がないような女だった。

 まるで、


「私のこと、覚えてる?」


 と言っているかのようだ。


 だけど、僕には全く心当たりがなかった。

 情けない話だけど恋愛経験は殆どないし、誰か女性を捨てた、泣かせた、なんてことは一度もない。

 職場でも出会いなんかないし、同僚の女性と何かトラブルが、なんてこともなかった。

 とにかくただただ不気味で、その女に出くわすと、僕は急いで踵を返す日々が続いた。



***



 夕方まで雨が降っていた日だった。

 会社帰り、大好きな雨上がりなので、僕は大手を振って路地を歩いていた。

 すると、やはり“あの女”が現れた。


 髪は長く、右目が隠れており、白い服を着ている。

 僕は思わず顔をしかめてしまう。

 しかも、こんなに近くで出くわすのは初めてだ。今まではせいぜい遠目に見えるぐらいの距離だったのに。

 そして――


「私のこと、覚えてる?」


 声をかけてきた。これも今日が初めて。見た目通り、幸薄そうな暗い声をしている。

 そして、肝心の問いだが、僕は全く覚えていない。今までの人生でこんな女と関わったことなど一度もない。

 だから、僕はこう言ってやった。


「悪いんですが、全然覚えてません。誰なんです、あなたは?」


 これを聞いた女は、唇を吊り上げる。


「そうよね。覚えてるわけがないわよね」


 さらに声高に笑い出す。


「オッホッホ、そうよ、あんたは覚えてるわけがないのよ!」


 わけが分からず、僕は困惑することしかできない。


「だって、あんたは私を見てもいないんだからね」


 僕は見てもいない? ますますわけが分からない。

 この女は一体なんなんだ。

 僕の狼狽ぶりを楽しむように微笑むと、女はついに右目を覆っていた長い髪をかき上げた。

 僕は大声を上げてしまった。


「あっ!」


 女の右目は潰れていた。まるで、何か棒のようなもので突き刺されたかのように。


「ひっ……!」


 思わず悲鳴まで漏らしてしまう。


「この右目はね、一年前、あんたに潰されたのよ」


 僕は怯えつつ、必死に反論する。


「何を言ってるんだ。僕は誰かに暴力を振るったことなんて……」


「それよ」


「え?」


 女が指差したのは、僕が右手に持っていた傘だった。


「一年前、雨上がりの日、あんたは駅で大きく手を振って歩いていた。その時、あんたは傘を下に向けず、まるで後ろに向けるような持ち方をしていた。ちょうど今みたいにね」


 確かに僕は傘をそうやって持ち運ぶ。

 傘を下に向ける持ち方は、せっかくの雨上がりなのに、なんとなく辛気臭くなると思って……。


「そのまま階段を昇ったあんたの傘は、下段にいた私の右目に突き刺さったのよ。あんたは気づかず、そのまま行ってしまった」


 そんなことがあったなんて、気づかなかったし、知らなかった。


「私はすぐ病院に行ったけど、この傷が元で結局右目は視力を失ってしまったわ。犯人を探してもみたけど、監視カメラもない場所で、どうしようもなかった」


「そ、そうだよ! 僕がやったって証拠がどこに……」


 女は遮るように、


「だから私は悪魔に魂を売ったのよ」


 こう言い放った。


「儀式をして、悪魔を呼び出したの。悪魔はあっさりと犯人はあんただって見つけ出してくれたわ。ついでに復讐する力も与えてくれた。私があんたの前に何度か姿を現したのは、もちろん恐怖を与えるため。そして、ようやく本番というわけよ」


 女の残る左目が怪しく光る。

 僕は逃げようとするが、体が動かない。

 もっと早く逃げておけば、とも思うが、彼女が眼前に現れた時点ですでにアウトだったのかもしれない。


「悪魔に魂を売った私は、この後悪魔になるらしいわ。でも、別にかまわないと思ってる。なにしろ、これからしようとすることは悪魔の所業そのものなんですもの」


 女の手にはいつの間にか、傘が握られていた。

 普段は雨から身を守ってくれる道具である傘が、恐ろしい凶器に見えた。


「じゃあ、あんたも片目にしてあげるわね」


「ま、待ってくれ! やめてっ……!」


 女は僕の制止など聞かず、傘をゆっくりと僕の右目に向けた。


 傘の先端は、そのまま僕の右目に突き刺さり、容赦なく眼球をえぐり取った。






お読み下さいましてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すごく怖かったです…! 確かに傘、持ち方によっては危ないですよね。 自分も気をつけようと思います。 読ませていただきありがとうございました!
2024/04/24 10:05 退会済み
管理
[良い点] 悪魔に魂を売ったという割には同じ痛みである片目喪失で済ませたくらいで終わらせた事に女性の善良さを感じた 多分罪には罪を罰には罰をを正しい裁きをして欲しくて出来ない事に悪に落ちただけで、正し…
[良い点] うぅぅ 怖かったです((;゜Д゜)) でも本当ですよね。 「傘」 私も危ない事にあったことがあります。 私も知らないうちにしてるかもしれませんね。 とっても怖かったです。 ありがとうご…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ