君からのビデオレター
色々と落ち着いたある日のことだ
ポストに、少しだけ分厚い配達物が届いた
僕宛の荷物。中身はDVDらしい
誰からだろうか。差出人の名前を見て、僕は息を呑む
もしかしたらと思い、僕は破損しないよう厳重に保護されたそれを開封し、パソコンでDVDを再生してみた
スタートボタンにカーソルを運んで、ダブルクリック
するとそこには・・・
「あれ?もう録画スタートしてる感じかな?」
「やっほー。成海。私だよ。わ・た・し!」
「えぇ…さっきまで一緒にいた人の名前、忘れたわけじゃないよね?」
「そんな忘れっぽい成海の為に、改めて自己紹介をしてしんぜよう!楠原新菜。二十五歳!誕生日は二月十七日!」
そんなこと、ちゃんと覚えている
出会ってから毎年祝っているのだ。当然じゃないか
「…誕生日、教えたんだから、ちゃんと誕生日プレゼント寄越しなよ?」
「ああ、うそうそ。本気にしないで!冗談だから!」
「それに、成海は毎年誕生日プレゼントくれているし、今更催促なんて必要ないじゃん?」
懐かしい栗色の長髪を揺らしながら、彼女は小さくはにかむ
僕は彼女が微笑んでいる画面に指を触れながら、続きを確認していった
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「ん〜。これさ、お母さんに届けて貰うように頼んだんだけど、あらかじめ予告した通りに届いたかな?」
「って、ビデオを見ている成海の返事が聞けるわけじゃないのに、何言ってんだろうね。あはは…」
「でもね、私は返事を聞けなくても…成海に聞きたいことがあるんだ」
真面目な顔つきで彼女はカメラを…否、その先にいると想定している僕を見つめる
「ねえ、成海。どうして私を好きになってくれたのかな」
どうしてと問われたら、上手く答えきれない
笑顔、誰にでも優しいところ、前向きなところ…挙げだしたらきりが無い
けれど、新菜が聞きたいのはそういうことではない
わかっている。自分でも不思議な話だと思っているのだから
でも、一目惚れだと言ったところで信じてはくれないだろう?
外見が好みだったことは否定しない
言い訳にしか聞こえないだろうけど、好きになってから、内面をその時以上に好きになった
こんな照れくさい話、死んでもできるわけがない
「あ、なんでこんなこと聞くんだろうって思ったでしょ?」
「ずっと聞きたかったんだけど、聞いても教えてくれないからさ」
「成海は昔からそうだよね〜。寡黙っていうのかな。そういうところも好きなんだけどさ」
「でも実際はただの口下手で、思ったことを伝えるのが苦手」
「それぐらい、わかっているよ」
「でも、皆が皆、成海のそういうところとか、考えていることをなんでも理解できるわけじゃ無いんだから」
「もう少し、口数を増やしてみたり…思いきって考えていることを伝えたりして欲しいなと思ったりしています」
うん。そうする
けれど、先程の質問に関しては答えを述べない
こればかりは墓場まで持って行くつもりだから
「それから、もう一つ聞いていい?」
「成海はさ、私と結婚して…幸せだった?」
なんだよ、その質問
そんなの、わかりきっていることじゃないか
物の配置とか、目玉焼きにかける調味料が醤油か塩か程度で喧嘩する時もあるけれど
僕はこの選択を、今歩んでいる人生を後悔したつもりはない
だからこそ、次に進みたいと願ったんじゃないか
「私はもちろん幸せだよ!」
「些細な事で喧嘩をしちゃうときもあったけどね」
「それから、最後に一つ。あーーー」
ふと、ポケットの中に入れていたスマホが揺れる
発信先は病院
そろそろ、時間らしい
ビデオレターを一時停止したのち、あらかじめ準備をしていた荷物を持って、僕は家を出た
・・
病院に到着してからしばらく
やっと面会できるタイミングで、俺は目の前の彼女に問う
「で、あのビデオレターはなんなんだ?」
「成海への愛のビデオレターさ…!」
洗うのが面倒くさいとショートカットにした栗色の髪を揺らした新菜は、疲れた表情で僕にビデオレターがなんなのか伝えてくれる
勿論、その解答は欲しい解答ではない
「まあ、そうだね。これは愛のビデオレターでもあり、私から成海への、お誘いのビデオレターって思ってくれていいよ」
「…よくわからない。てか、ビデオの新菜はロングだったな。あれ、いつ撮ったんだ?」
「半年より前かな。正確な日付は忘れた」
「そ」
「でもでも、やっぱり成海はロング時代の私が好きなんだねぇ。後ろに日めくりカレンダーを設置して撮ったから、成海から見たら日付はわかるはずなんだけど」
「え」
「いつもの成海なら、日付を探るために周囲を注意深く見てそうなのに。そんなものより私の髪かぁ。好きか?好きなのか?」
「…そうだよ好きだよ」
「さ、左様ですか…また伸ばそうかな」
一瞬だけ、新菜の動きも止まってしまった
滅多に言わない一言は、彼女を動揺させるのに十分な力を持っていたようだ
…狼狽えている姿を見るのは滅多にないからか、新鮮だ
こういうのも、いいものだな
「で!あ、あのビデオ!」
「ああ。あのビデオな」
「全部見てくれた?」
「いや。途中で電話がかかってきたから。最後までは見れていない」
「そんなぁ。じゃあ、どこまで見た?」
「…結婚して、幸せだったって話したところ」
「あと二つで最後じゃん」
あれで終わりだと思ったが、まだ折り返しだったのか
「じゃあ今、続きを聞かせてくれ」
「うん。まず、三つ目ね」
新菜は数回深呼吸をした後、ビデオ撮影時と負けず劣らずの顔つきで次のメッセージを告げる
「産まれた子の名前、何にする?」
「そういえばまだ決まってなかったな…バタバタしていたせいで、産まれても決められていない…」
「そうだよ。だって、成海が「愛」は駄目だって言うから」
「絶対に駄目だろ」
親として名前を呼ぶのが恥ずかしいと思うし、そういうのキラキラっていうんだろ・・・
娘にそんな名前をつけてみろ。絶対に将来苦労させてしまう
最悪、グレてしまうかもしれない…!
「新菜」
「なにかな」
「想像力を持ってくれ。らぶりぃという名前を否定したりはしないが、その名前でお婆ちゃんになるまで過ごす事になる娘の事を考えてやってくれ」
「…確かに、不便だね。当て字だし」
「うんうんうんうん!だから、その間?をとって…愛菜。とかどうでしょうか?」
「愛菜かぁ…うん!いいと思う。意味は?」
「全てを愛しめるような、優しい子になって欲しいから」
「菜は?」
「新菜みたいに、人のことを思いやれる優しい人になれますようにと」
「…ストレートに言われたら照れるんだけど」
「そういうところを含め、好きになったものですから」
「そっか。じゃあ、愛菜ね」
「ああ」
メモに漢字を書いて、決まった名前を控えておく
話が終わった後に、書類を全部片付ける予定だ
まずは話を、ビデオレターの続きを聞き終えよう
「それから、最後にね」
「ああ」
「ビデオが届いたってことは、今日か明日には私たちは親になります。事実、もう親になったよね?」
「そうだな」
「他人から同級生、そこから友達、親友、恋人、婚約者、夫婦と…色々と関係を変えてきて、何度も「新しい関係のスタートライン」に二人で立ってきたね」
「うん」
「今度の道のりは今まで以上に大変だよ。それでも、新しいスタートを一緒に初めてくれる?」
「聞かなくてもわかるだろ」
「聞かないとわかんないや」
そうだな。言わないと、伝わらないもんな
何度か、心の中で準備をする
告白した時よりも、プロポーズをした時よりも…緊張するのは気のせいだと思いたい
「勿論。むしろ僕が頼むべき事だ。これからも一緒に進んでくれ、新菜」
「うん!」
確かに、あれは新菜の言うとおりな代物らしい
未来へ一緒に進もう
そんなお誘いをするために、回りくどい真似をして用意された愛情が籠もったビデオレター
もう二度と再生ボタンを押す必要の無いそれは、俺たちが親として過ごす初日の思い出の中にしっかり刻まれてくれるだろう
ここからまた、新生活が始まる
その始まりは、いいものとなってくれたようだ