魔族の婚姻式 二
騒ぎがおさまると、クリスと魔族達もテーブルへ戻った。ブロフィダクリヨンに誰も何も言わない。彼女の行動は、当然のことだったとでも言うように、平然としている。
彼等は次々と杯を置いて、テーブルを囲んで丸く並び立つ。
その頃には、滋養茶のせいですっかり私の体はだるくなっており、今一つ考えのまとまらない頭で、ぼんやりと緑色の衣の魔族達を見ていた。
契約者の彼女……アピリスティアはこれからどうなるのだろう。ぴくりとも動かない。
とうに辺りは暗闇に包まれており、燭台の灯りだけが明るく輝いていた。
六人の魔族がテーブルをの周囲を歩き回り出す。心なしか、彼等の体が淡く発光しているように見えた。
私の顔面も麻痺しているらしく、もう話すことも出来なくなっており、ただ座って、彼等が燭台の乗ったテーブルの周りを一周回るのを見ていた。
その一周するうち、いつの間にか中性的なすらりとした体つきだったクリスが、がっしりした大人の男性型になっていた。程良い筋肉がつき、上背も高くなっている。急速な成長だ。
目の前を横切った金髪の中性的な雰囲気だった女性型魔族も、めりはりのある体つきになっており、どことなく妖艶さが備わったように感じられた。成熟した大人の色香が滲み出している。他の魔族も言い知れぬ蠱惑的な空気をまとっていた。
彼等は妖しく魅力的に、変化していた。
二周目、気がつけば彼等の頭には、二つの突起物があった。角、かも知れない。いや、動きに合わせて揺れている気がするので、そんなに固くないのだろう。木の葉に似たような大きさと形だ。それが、気のせいでなく、存在していた。
そして三周目、いつの間にか衣装の一部のように、薄く透ける長い布が背に揺れていると思ったら、布ではなく足首まである翅だった。灯の光を反射してきらきらし、虹色の不思議な光沢がある。
蝶々の翅よりももっと透けていて、薄く軽そうだ。歩く拍子に擦れると、微かに乾いた音がしていた。
四周目、魔族達が私の前を通り過ぎる時には、黒く細長い、先の尖った尻尾のような何かが、服の裾でちらちらと見え隠れしていた。それ自体が意思あるもののように、ゆらゆら動いている。
角、羽、尻尾。人ではない、何か。
ああ、まさしく魔物の姿だ。
それから五周目、彼等はどちらからともなく手を繋ぎ、くすくす笑いながら、半ば宙に浮きつつふわふわ爪先で地を跳ね、軽やかに回りつつ踊っていた。
緑色の衣の大きく開いた背中から、薄く透ける虹色光沢の四枚翅が伸びて広がり、弱くハタハタと空気を打って柔らかな風を作った。翅の形はやや蜂に近いのかも知れない。
六周目、もう彼等の足は地面に触れていなかった。翅が忙しなく空気を掻き乱し、踊るようにふわりと舞い上がる。
彼等は互いに戯れるような動きで、空へと飛んだ。
月が雲の合間から姿を現し、淡い銀の光を撒き散らす。
勢い良く動く翅の唸るような音が、遠くから聞こえる。月光を浴びて浮かぶ影が、更に高く、高く飛んでいく。
豆粒のように小さくなった影が消えて、あとは無。
私の体は重たく、痺れたように動かない。
意識はまだある。かろうじて目だけは動かせるので、横目でうかがうと、私の他の契約者も、椅子に座ったまま動けないようだった。気絶したアピリスティアは、椅子にもたれる姿勢のままぴくりともしない。
テーブルの燭台だけが、夜風に時折揺らめいて、ジジ、と小さな音を漏らした。
……どれくらい時間が経ったのだろうか。
月が真上に昇った頃、無言の観客となっていた他の魔族達が、ごく静かに移動しだした。
私の視界の中の、ぎりぎりわかる範囲で、中央のテーブルと水差しや杯を片付け、その空いた場へ楽しそうに笑顔で薪を持ち寄り、重ね始めるのが見えた。
それへ、一人が燭台の火を焚きつけに移して、焚き火にした。更に、入れ替わり立ち替わりして、どんどん薪を足していく。木の燃える匂いが漂う。
やがて火柱が立つようになると、魔族達は跳ねるような足取りで、見たことの無い不思議な踊りを踊り出した。
片足でひょいと飛んで、宙をふわりと歩くようにして脚を入れ替え、地にトンと片足で降りる。そのままトトンと拍子を取って進み、また反対の足で飛ぶ。そうして炎の周りを回っていく。
腕は緩く自由に伸び、風に漂う花弁のようだ。宙を舞う彼等一人一人の周りに、ふっと虹色の光の輪が出来ては消える。
炎の前で、契約者の座る椅子の前や後ろを、一見好き勝手に軽やかに、忍び笑いを漏らしながら踊り回っている。この踊りに、何の意味があるのか分からない。けれど、楽しげにしている。
ひょい、ふわり、トン、トトン。ひょい、ふわり、トン、トトン。
目に映る虹色の舞いを、ただぼうっと眺めながら、回らない頭で思う。
クリス達は今何をしているのだろうか?
私や、契約者達はこのあと、どうなるのだろうか。
漠然と考えていると、翅が忙しなく羽ばたく音が近づいてきて、身動き出来ない私の目の前を、緑色が覆った。
黒く長い髪。今では大きくがっしりした体に程よく筋肉がつき、芸術品のように均整の取れた体。微笑している稀に見る麗しい顔立ちは、より凛々しく涼しげで、はっきりと大人の男性らしい色香を放つ。魅惑的な、……魔族。
成体のクリスはとても魅力的だった。美しく力強く、甘く色気に溢れ、思わず何でも許したくなるほど危険な匂いがする。
同時に、目に入る異形の特徴。透けるように薄い翅が恐ろしくも自然に背にそなわっている。虹色の光沢がぴたりと似合っていて、これが本来の姿であると納得できてしまう。
「可愛いティー。ティピナ、ティシア」
ぼんやり見蕩れていると、クリスは今までとは違う甘やかな低い声音で、私の耳に囁いた。
「君に私の卵を托すよ。契約通り、この子を守り育てて欲しい」
そして、片膝をついてかがみ、椅子から私をそっと抱き寄せた。痺れた体が傾ぎ、彼の胸板に当たる。嫌な予感に胸が騒ぐ。
霞のようなベールをかき分けて、露わになった背中を確認するように片手が撫でていき、背骨のあたりを指が這う。
優しい手つきと、ぞくぞくする感覚が、私の不安をかき立てる。
次の瞬間、グサッと何かが背に刺さった。
激しい痛みが麻痺したはずの体を痙攣させる。
多分、槍かナイフかそんな何か。尖った鋭いものが私の体に埋まった。
「……っ!」
思わず呻きかけたところを、クリスの唇が降ってきて声を押さえ込む。くぐもった声が殺された。
同時に甘苦い味が口中に広がる。滋養茶の味と同じだ。注がれる味が喉に染み込んでいくにつれ、頭が一層ぼんやりしてくる。
それから呼吸五つを数えるくらいの間があって、背の刃がずるりと抜けた。
本来ならば、同時に大量の血を流す大怪我のはずだ。だが、みるみる痛みは引いていき、何も感じなくなる。
私の出す声がおさまったところで、クリスの唇が離れた。
そして、急速に訪れる猛烈な眠気。
「お休み、ティー。お休み、可愛い我が子」
クリス、貴方は私に、今、何をしたの。
問いを発することはなく、私に闇が訪れた。
婚姻式は、明日の夜明けまで続く予定だ。
あの後すぐに、クリスが私を寝台へ運んでくれたそうで、目が覚めたのは夕方頃だった。日中丸々寝て過ごしたことになる。
目覚めたとき世話してくれた侍女が、教えてくれた。
早い時間にクリスは空から戻ってきたが、他の魔族達……角と翅と尾の生えた繁殖期の……が戻ってきたのは、もっと後だったそうだ。
魔族の産卵後、気を失った契約者を一時休ませるのだが、それまでは、契約者達は麻痺したまま、椅子に座りっぱなしでいるらしい。
産卵。そう、産卵だ。
私の体の中に、魔族の卵が埋まっている。
彼等の言う『揺りかご』とは、魔族の幼体の寄主のことだった。
私は勝手に、乳母か子守のようなものだと思っていた。
彼等は人間じゃないのに。最初から、身体と命を対価として要求されていたのに。
あの背中の激しい痛みは、卵を産み付けるために産卵管が刺さったせいだった。そして濃い滋養茶味の口付けも、痛みを鈍らせ傷を早く癒すためのものだった。
お陰で背中の傷はすっかり癒えており、ちっとも痛くない。傷痕も残っていないのだろう。
が、夢でも何でも無い証拠に、私は異様に疲れており、背中に違和感があって、少し体が重たい気がする。動こうとすると酷く怠くて、寝台でじっとしていたいと思う。
正直まだ休んでいたいが、儀式と宴の最中ということで、眠くだるい体を無理矢理起こした。
皆の前へ出る為の用意をせねばならない。
侍女が着替えを手伝ってくれた。服は再び緑の古風な衣装だ。昨日と同じ格好で、腕輪は身に着けたまま、髪は結い上げる。頭から被っていたベールを外し、肩掛けのように肩と背を隠してゆったりと羽織り直した。
大人しく着付けてもらう間、私は思い返していた。
……卵期間は平均半年。孵化後の幼生期間は個体差があって、十五年から二十五年の幅。
では、少なくとも、半年はこの卵が埋まった状態が続くということだ。
魔族は契約者に嘘をつかないという。
騙されたような気持ちになるが、確かに彼が私に嘘を吐いたことは無い。
ただ、言わなかっただけ。
そして私も、何も質問しなかっただけ。
もし事前に、婚姻式についてや『揺りかご』について、卵について、魔族というものについて、色々と質問していれば、何かが変わったのだろうか。
でも、と私は思う。
一度は死にかけたティシアが、こうしてティピナとして生きているのは、間違いなくクリスのお陰だ。
仮に、時が戻ってもう一度同じことが起きたとしても、きっと私は同じ願い事をするだろう。
助けて欲しい、と。
義父母の冤罪を晴らしたい、お墓をつくってあげたい、と。
ゆえに私は、対価に見合った報酬を、彼に支払わねばならない。
すなわち、命には命を。
だから、これで、いいのだ。
しかし何故か、ほんの少し涙がこぼれた。
昨日と同じ場所に、やっぱり背もたれ付きの椅子が六脚丸く並んでいた。
中央には焚き火の跡があって、その上へ更に新しい薪が盛ってある。
同じ庭が会場だが、昨夜と違うところは、外側の椅子の間にテーブルがいくつか用意してあるところだ。
あるテーブル上には大皿に果実や菓子が乗っていて、別のテーブルには串に刺さった肉料理とパンが、また別のテーブルには酒瓶と角杯が用意されていた。
私は前と同じ椅子に誘導されて座り、やや斜め後ろに体を預け、周囲をうかがった。
契約者の椅子に背もたれがあって良かった。そうでなければ体がだるくて、とてもいられなかっただろう。
徐々に、契約者達が魔族の侍女に連れられて、席に着いていく。皆が一様に疲れたような顔をしていて、足取りが重い。
ぽつんと空いたアピリスティアの席には、一輪の白い花が寂しげに置いてあった。
気がつけば、私の横にはクリスが立っていた。
彼の背中には相変わらず翅が生えており、薄く透けていて、なおかつ不思議な虹色の光沢が浮かんでいる。
昨日夜空で羽ばたいていたその翅は、今きちんと身に沿って畳んであった。頭部の突起もやっぱり存在しており、角と言うよりは針葉樹の葉のようだった。触角に近い。
「クリス」
小声で呼びかけると、彼は慈愛に満ちた微笑みで私を見た。
その瞳に、私は理解する。これは親が赤ん坊を見る目と同じもの。
「私……」
あと半年後、卵が孵ったらどうなるの? そう続けたかった。
その時、薪に火がついた。
わっと歓声が上がる。油でも染み込ませていたのか勢い良く炎が高く上がって、皆が拍手した。
燃える薪の横に、ルルディア様が立っていた。
彼女は傍らに子供を置いていた。十歳くらいの男の子のようだ。色とりどりの花で編んだ花冠を被っている。
ルルディア様はその背を押して、一歩前へ進ませた。
皆が注目している中で、男の子は貴族の子のように綺麗な所作でお辞儀し、挨拶した。
「新たに一族に加わりました、リコフォスと申します。皆様よろしくお願いします」
ちょっと落ち着いた感じがする子だ。穏やかな話し方をする。男の子の髪色は薄い茶色、瞳の色はくすんだ緑色。顔立ちは、きりっとしていて少年らしく可愛らしいが、ルルディア様には似ていない。
リコフォス……どこかで聞いた名前だ。
ルルディア様が辺りを見回しながら言った。
「皆、新しく一族に加わった我が子リコフォスを頼みます。そして私の後継、新たなる一族の長にクリオスアエラスを据えます。これに不満がある者は、今すぐ去って良い」
我が子。
では、あの男の子はクリスの兄弟なのか? しかしクリスにも全く似ていない。
辺りがしんとする。誰も反対などしないようだ。動く者はいない。
やがて誰かが拍手を始め、全体がつられるように拍手した。
「ありがとう。皆、これから私とリコフォスをよろしく頼む」
軽く片手を上げ、クリスが微笑むと、拍手が更に大きくなって、止んだ。
満足そうに、にっこりと笑むルルディア様が告げた。
「今宵は、新しい命と我等の繁栄を願う宴。皆、楽しんでちょうだい」
わあっと歓声が上がる。
日が落ちた後、夕陽の名残が残る時間から、二日目の宴が開始した。
魔族達は和やかに談笑し、楽しそうに飲み食いを始める。
そんな中、クリスの元へリコフォス少年が歩いて来た。クリスは目の前にやって来た花冠の男の子を見下ろす。男の子が見上げながら言う。
「こんばんはクリオスアエラス、改めて初めまして。リコフォスです。どうぞよろしく」
「ああ、やっと会えたね。初めまして。まだ脱皮して日が浅いんだろう? 体の調子は大丈夫かな、どうだい?」
「幸いなことに体の調子は良いです。ありがとうございます。あの、これからのことですが、もう少し自分の体に馴れるまで待って、その後は森の館に滞在し、オミヒリルルディオンとしばらく一緒に居ようと思います」
「うん、リカルドはすごくルルディアが好きだったから、良いと思うよ。好きにしてかまわない」
「どうもありがとう。私が繁殖期になるまでは、そうしようと思います」
リカルド? 何故、彼の名が出るのだろう。
そういえば、ここに来てから全く執事の彼を見かけていない。
……今、気づいたが、この子は髪の色も瞳の色もリカルドさんと同じだ。顔つきも似ている気がする。子供になったリカルドさんみたいだ。
ふと一瞬、リコフォスがリカルドさんと重なって見えた。
「……リコさん?」
思わず声が出た。リコフォスは私を目に映すと、にこっと優しい笑顔になった。小さな八重歯がのぞく。笑うと彼にますます似ていた。
「こんばんはティーさん。はい、リコです。『揺りかご』のリカルドの体から、無事に出られました」
は? ちょっと待って。
『揺りかご』? リカルドさんが?
体から無事に出た、とは?
そういえばリカルドさんが、魔族の名前はリコフォス、と言っていなかったか?
私は必死に動揺を隠して聞いた。
「あの、リカルドさんは今どこに?」
「ええっと、殻のことですか? でしたら棺に入っています」
「え、殻、……棺?」
私の頭に、物置小屋で見た黒っぽい箱のことが思い浮かんだ。クリスのお父様の人形が横たわる、大きく長い箱だ。
……いや、前男爵の人形だと思ったもの、だ。確かに箱が棺のようだと感じたが。まさか。
「ああ、そう言えばティーには言ってなかった。脱皮が終わって『揺りかご』が外殻だけになったら、棺に入れて取っておくんだ。いずれ死んだことにするとき、人間の葬儀には遺体が必要になるから、色を付けたおがくずなんかを詰めて、代わりに使うんだよ。我々は人間と寿命が違いすぎるから、時々長く生きていると不都合があってね。適当なところで葬儀をしておくんだよ」
事も無げにクリスは言うが、理解が追いつかない。
ひょっとして、殻とは、抜け殻の意味だろうか。そういえば、あれは半分透けていたような。
じゃあ、あれが元は『揺りかご』だった外殻、だというのか?
なら、その殻の、中身は。
知らず知らず、指先が震えて冷えていくようだ。
私は、目の前のリカルドさんによく似た男の子を見た。彼がそのまま小さくなったような容姿の、幼い子供。
私は、前にした会話を思い出していた。
―― 幼体って、脱皮するのですか?
―― そうよ。ああ、でも外から見た場合ね。……どちらかと言えば、もう一度生まれる、と言うのが感覚的に近いでしょうね。
―― うん。ほら、生き物が卵から孵るとき、殻を割って出てくるだろう? 幼体が出てくるときも、それとちょっとだけ似ているんだよ……。
ああ。そうだったのか。
リカルドさんの中には、この子、リコフォスがいたのだ。
……じゃあ、本来の体の持ち主の、リカルドさん自身は。
「もしかして、リカルドがいなくなって悲しいのかい? でも、リカルドは望みが叶って、納得の上で契約の対価を差し出した。消えたからといって悲しむ必要は無いんだよ、ティー」
「はい、リカルドは満足していました」
クリスの言葉にうなずくリコフォス。
リカルドさんが、消えた。
私の体は勝手に震えていた。鼻の奥がツンとして涙が出そうになる。
これが契約。
人間と魔族の契約。
私は掠れる声で聞いた。
「リカルドさんは、その、彼の魂というか……彼自身は、いつ消えたの? もしかして、私が会ってお話したリカルドさんは、最初からリコフォスだった?」
「いいえ。あれはリカルドでした。私が外に出るまで、ずっとリカルドと共にいました」
リコフォスが、なぜそんな分かりきったことを聞くのだろう、という顔で私を見る。
そういえばクリスも、「私は『揺りかご』と二十年近くいたんだ」と言っていた。
ということは、幼体は何年もかけてゆっくりと寄主の中で育ち、少しずつ侵食していくので、すぐ寄主を殺しはしないということだろうか?
「リカルドは外に出る間際まで、私の『揺りかご』でした。そして私に栄養と彼自身の記憶と血肉の全てを与えてくれました。だから彼の心残りは私が解消します。それが私の支払う彼への対価だと思っています」
「うん、そうだね。そうしてあげると良い。我々は、契約者に義理堅く報いてやるべきだ」
二人の言葉を聞きながら、私は回らぬ頭で考えていた。
私の体の中で、たぶん半年後に卵が孵る。
孵化後は、少しの間かもしれないが、私は生かされる。しばらく魔族と共存し、一つの体を共有するのだろう。そうしてだんだんと中身が幼体に食べられていく。
早くて十五年、遅くとも二十五年もすれば、私という殻を割って新しい魔族が外に出る。
その時、私はこの世からいなくなり、抜け殻だけとなる。
でも、リカルドさんは、普通に自分の意思で彼自身として動いていたように思う。
だとしたら、共存していても『揺りかご』の体の主導権は人間が持つのだ。私の体も、ぎりぎりまで私が主導権を握ったままのはず。それでも、いずれ魔族に取って代わられる。
記憶と血肉と言っていたが、自由に『揺りかご』が生活していたとして、果たして幼体は寄主のことをどのくらい知っているのだろう。
「あの。リコフォスさんは、リカルドさんのお願いが何だったか知っているの?」
思い切ってたずねると、少年は愛想良く微笑んだ。
「どうぞリコと呼んで下さい、ティーさん。前みたいに。
はい、知っています。彼の願いはオミヒリルルディオン、ルルディアと共にいることでした。リカルドが死ぬまで一緒に暮らし、ルルディアを愛し、ルフェイ男爵よりも彼がルルディアを独占することでした」