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魔族の揺りかご  作者: 広峰
一章 契約者期間
6/26

義父母の葬儀


 クリスとソストース様の交渉は、両者が妥当と思う範囲でまとまったらしい。塩の値段をほぼ元に戻し、伯爵領の特産物の優先権を得て、領間の通行税を少し下げることになったそうだ。

 帰ってきたクリスがそう教えてくれた。


「私のいない間に、何か変わったことは?」

「カシィコン伯爵様の庶子の、オストアルゴさんが来たわ。伯爵の代わりに謝罪と、家から自由になれたって、お礼を言いに来たの」


 そう報告すると、侍女と護衛が付け足して言った。


「オストアルゴは、大変良い個体ですわ。ティピナ様と同じくらい大層良い香りがいたします」

「それに、生気に勢いがあって外側も良いです。運良く誰にも取られていません。今日、ティピナ様が好意を得ました」

「本当に? それは凄いね。よくやった、ティー。流石だ」


 クリスは喜んで、私の腰を両手で持ち上げて浮かせると、踊るようにくるくる回った。急に視界が高くなって焦る。どうしてそんなに喜ぶのか分からない。


「きゃ、ただ手巾を借りただけよ。降ろして」 

「いいえ、また来ると言いましたし、雄が雌を気に入るように好意的でした」


 魔族の侍女が言う。魔族の護衛も言った。


「若君は『揺りかご』をティピナ様に決めておいでですが、そちらの個体も確認なさいますか?」

「いいや、オストアルゴはいずれティーに任せるよ。きっと美味しく使ってくれるだろう」


 すっ、と私を床に降ろすと、クリスは優しく私の頭を撫でた。


「クリス、どういうこと? 美味しく? 何を言ってるのか分からないわ」

「そのうち分かるよ。それより、明日は空いている? ソストース様が、昔トロッフィ商店があった場所をティーに返すと約束してくれたよ。自由にしていいと言っていた。見に行かないかい?」

「えっ、……本当に?」


 突然の事に頭が真っ白になる。あの家が、店が返ってくる?


「彼なりのお詫びのつもりなんだろう。貰っておくといい。店の造りなんかは、変えずに使用していたと言うから、きっとトロッフィ商店と同じままだと思うよ」


 胸が一杯になって言葉に詰まった。

 とうとう家まで取り戻せた。嬉しいおまけ だ。


 懐かしい気持ちで思い出す。

 トロッフィ家は、通りに面した一階の大部屋が店舗で、その隣の部屋が倉庫だった。一階の残りは住み込み店員の部屋と作業部屋、二階が私達家族の住居だった。

 いつも活気があって、沢山の商品と、明るい店員の声で満たされていて、優しい義父母が楽しげに働いていた。


 けれど、全く同じ形で残っているとは思えない。あれから三年近く経つ。

 それでも、胸がどきどきした。


「クリス、私、何て言ったら良いのか……。ありがとう。嬉しい。でも、家を見るのがちょっと怖い気もするわ」 

「大丈夫。私も一緒に行ってあげよう。それと、トロッフィ夫妻の埋葬許可が降りたよ。遺体は無いけどお墓は作れる。どうする?」

「お墓、作りたいわ」


 私は一も二も無くうなずいた。

 トロッフィ家の先代の墓がカシィコン伯爵領にあるから、その隣にお墓を作りたい、と言うと、にっこり笑ってクリスは分かった、と言った。


「ありがとう」

「どういたしまして」






 翌日、私とクリスは無人の店を訪れた。いつも通り、男性型魔族の護衛を二人連れている。


 商店街大通りの賑わいも、店の中に入れば良く聞こえない。かつて店だった建物は、人の気配が無いだけで、がらんとしてどこか埃っぽく感じ、静かで寂しいものだった。


 もう、店の陳列棚の上に商品類は何も無いが、隣の倉庫部屋は、不要品と見なされたらしい木箱や、多少ガタがきた古い椅子など、がらくた類が残っていた。住居の方の間取りや壁の色は変わっておらず、造り付けの衣装箪笥、寝台などの大きな物はそのまま使っていたようだ。それが懐かしくも悲しい。


 私は、その衣装箪笥の中に取り残されていた古着の中に、端がまだらな飴色に変色しかけた古い革袋と、複雑な刺繍が刺してあるが、ひと昔前流行った型のほつれた肩掛けを見つけて、そっと取り出した。


 革袋は養父ソヴァロスが小物入れに使っていたもの、肩掛けは養母キリアが自ら手直ししながら使っていた物だ。

 どちらもそれぞれの持ち主が愛着を持っていた品だ。が、いかんせん傷んで古すぎるので、元の質が良くても売り物にならなかったのだろう。放置されていたと思われる。

 それらを胸に抱いて目を閉じ、少しの間だけ感傷に浸った。


 それから私達は、カシィコン伯爵領の女神教会へ行き、墓地にあるトロッフィ家の墓の横へ、新しく二つの墓を並んで作るよう、手筈を整えた。


 次の日には、早くも二つのお墓が出来ていた。教会に無理が通ったのは、寄付金をはずんだお陰と、ルフェイ男爵家のクリスが、領主カシィコン伯爵の名前を出して、急ぎ用意を頼んだからだ。

 お金と権力は教会にも有効だった。


 喪服を着込んだ私は、花を手向けて墓前で祈りを捧げた。平民の簡素な略式葬儀だから、あっさりしたものだ。

 参加者は親族どころか、たったの四人しかいない。私とクリスと護衛二人だ。

 遠縁から養子をもらうくらい、身近な親族がいなかったし、死んでからだいぶ時間が経っている。

 それぞれの棺の中身は、遺体の代わりに革袋と肩掛けを納めてあった。


 教会の巫女が唱える女神への祈りを聞きながら、私は約三年間耐えていた分の涙を静かに流した。


 クリスと魔族達は私と一緒に並び、巫女が養父母二人が天上へ招かれるようにと女神へ願う間、敬虔に首を垂れていた。

 彼等の姿はまるで宗教画の一部のように美しかった。


 しかし私は、その姿を見て、ふと、本当は魔族が女神に頭を下げているのだと思いあたり、不思議な気がしたのだった。

 だって、お伽話の魔族は悪者で、女神にお仕置きされていたのに。実際はこうして教会に入れるし、巫女にも追い払われない。


 ともあれ、これでもう一つの、養父母の墓を作るという願いが叶った。






 たった一日で葬儀を終わらせた次の日、オストアルゴが支店に顔を出した。


 店員から、彼が訪れた知らせを聞き、私は急いで借りていた手巾を持って出迎えた。

 綺麗に洗った手巾と一緒に、店で扱っているハーブティーと調味塩を差し出して言った。


「オストアルゴさん、ありがとうございました。ささやかですが、これはお礼に差し上げます。どうぞお試し下さい。うちの店のハーブティーと調味塩です」

「礼とか気にしなくていいのに。でも、ありがとうよ」


 オストアルゴは受け取ると、人懐こく明るい笑顔を見せた。


「今日、会えて良かったです。用が済んだので、そろそろルフェイ男爵領に戻りますから」

「えっ、早。もう行っちまうのか。次はいつこっちに来るんだ?」

「決めていません」


 そう言うと、彼は顎に手を当てて考える様子を見せた。


「そうか。なあ、ルフェイ領の景気はどんなだ? 飯屋をやったら客が来るかな?

 俺、近々、伯爵家の屋敷を出るんだけど、前お袋と住んでた家が取り壊されて無くなっててよ。たぶん頑固ジジイの差し金だろうが。……親父とお袋のところに行く気はねえんだ。けど、世話になった居酒屋にもこれ以上迷惑かけたくねえし……」


 彼の問いに答えたのは、私ではなかった。


「うちの景気は悪くないと思うよ。しかし君は、ルフェイ領よりカシィコン領で店を開いた方が、土地に馴染みがある分、まだしも働きやすいのでは? ……失礼、私はティピナの婚約者で、ルフェイ男爵家のクリスだ」


 いつの間にかそばへ来ていたクリスが言った。すっと彼の腕が伸びて、私の腰の後ろに手の平を当てた。


 オストアルゴは急いで頭を深く下げた。伯爵家を出ることになった彼は、領主の子ではなく隠居の庶子で、ただの平民なのだ。


「初めてお目にかかります。オストアルゴと申します」

「よろしく。頭を戻していいよ。ティー、あの大通りのトロッフィ商店のあとは、何か利用予定がある?」


 家を手に入れたものの、どうするか決めていない。それなりに大きいし、住むことも出来るが、やはり立地が良いので店舗がいいだろうと思ってはいた。けれど、あの場所をどう使うか、まだ何も計画を立てていなかった。


「いいえ、無いわ」

「ならば、彼に貸すのはどうかな。一階の一部をちょっと厨房に改造すれば、飲食店でも使えると思うよ」


 クリスの提案で、私はオストアルゴを見やる。……それは良いかも知れない。


 今、自分があそこに住みたいかと言われたら、多分、いいえと答えるだろう。良い思い出も辛い思い出も有りすぎて、きっと苦しくなるだろうから、まだ無理だ。

 しかし、折角手に入れたものを手放したくはないし、使わないのは勿体ない。貸す、というのは良い案だと思った。


「オストアルゴさん、商店街の大通りに、お店、開いてみますか?」


 オストアルゴはやや緊張の面持ちで、私とクリスを見つめ返した。


「商店街の空いてるとこって……まさか、あのアルパーゾ商人会が後ろについてたぼったくり商店があったところですか? え、めちゃくちゃ良い場所だろ。本当か。俺みたいな若輩者に貸して良いんですか?」


 そう言ってゴクリと喉を鳴らした。

 私はこくりとうなずいた。


「はい、良いですよ。折角の場所を放置しておくのも勿体ないですし、家賃を支払っていただけるなら、お貸しします。改装してからの話になりますけど」

「ありがたい、借りたいです。だけど、家賃か。どれくらいするんですか?」


 ちょっと相場が分からない。私は少し考え、首をかしげながら聞いた。


「最初は金額を決めず、売り上げに応じた家賃をいただくのはどうでしょう? 様子を見て、お店が軌道に乗ったら金額を決めましょうか」

「本当に? 物凄く助かります。是非、お願いします」


 オストアルゴは深々と頭を下げた。私がクリスを見上げると、彼はにっこりとした。

 そういうわけで、家の利用方法が決まった。






 カシィコン領の家の改装工事を進める一方で、私は婚姻可能な成人年齢の、十八才になっていた。


 成人後、私とクリスは結婚する予定なのだが、それはすなわち、クリスの男爵家相続に繋がる話でもあった。

 婚姻と同時に、クリスは長年男爵代理であった夫人から、正式に男爵位を譲り渡されるという。


 私の成人に合わせたのか、結婚式は十八になった夏の初頭と決まっていたけれど、なんとなく彼はまだ魔族の成体ではないような気がする。

 相変わらず天の御使いのように美しいが、どこか若く中性的で異性を感じない。


 けど、もしかして成体になる兆しがあったのだろうか。産卵とやらも一体どうするのか、私にはさっぱり分からない。

 しかし周囲は分かっているようで、特にそれらの説明が無いまま、結婚式の準備が着々と進められていった。


 が、約束は約束だ。形ばかりの婚姻を、拒否しようとは思わなかった。


 伝統的な式はルフェイ家の森の館で行うが、本邸でもお披露目のために結婚式をするそうだ。

 二カ所でする理由は、それぞれ招待する客層に違いがあるからとのことだった。


 本邸には、付き合いのあるや貴族や、教会から巫女が来たりする。が、森の館での儀式は、貴族も平民も関係なく、一族のごく身内だけで行うのだという。


 屋敷の皆の様子から察するに、どうも森の館の婚姻式の方が重要らしい。


 侍女達は、とても張り切って私の婚礼衣裳を用意してくれていた。森の館の婚姻式用と本邸のお披露目用の二種類だ。勿体ないと思ったが、同じ物を着回したりしないのだという。


 仮縫いで見せられた、本邸のお披露目用の衣裳は、上位貴族が好む金銀の刺繍や染め技術を駆使した華やかな濃い色合いの物ではなくて、質素な白い色だった。形も首元が詰まっていて、袖も長く肌の露出があまり無い。清純さを前面に押し出した地味なものだ。

 私はぱっと見て、リボンや寄せ縫いの(ひだ)などの装飾が少なく、男爵という下位貴族に相応しいごく簡素な形だと思っていたのだが、実際に試着してみると、極めて薄く軽い艶のある滑らかな白い布地を重ね、珍しい二重仕立てになっていて、光沢のある白糸で全体に精緻な花模様の刺繍をした、凝った品物だったので驚いた。


 下手に、一見して分かるほど派手な婚礼衣装を用意しては、身分的に色々と差し障りがあるらしい。しかし、金銭的余裕があるのに地味すぎるのも、また良くないのだそうだ。そういうわけで地味なのに派手だった。


 それに対して、もう一つの森の館の結婚式用の物は、やや後ろの裾を引く大人びた衣裳だった。

 正面から見ると、うなじから布を吊って両肩を出し、胸元にたっぷり襞が寄せてある。後ろから見ると、背中が腰近くまでぱっくり大きく開いた形だ。腰には前下がりの低い位置で飾り帯を垂らすそうで、大変に色っぽい。まるで神話に出てくるような、ものすごく古風な意匠だった。

 全体が深い緑色なのはクリスの目の色だからだろうか。色むらの無い濃い染色生地は、とても高価なものだと私も知っている。よく見ると金銀の正六角形の、網の目のような模様が裾に並んでいた。

 「一族に伝わる模様で『揺りかご』を密かに示しているのですよ」と魔族の侍女が教えてくれた。こちらも違う意味で地味なのに派手だった。


 私が「こんなに背中が開いた衣裳を着るのは恥ずかしい」と抗議すると、「大丈夫です。似合いますよ。夏が近いのですから気候にも合ってますし、頭から長いベールを着けますので、後ろが隠れます。こういった背中の開いた衣裳を着るのが、代々の習わしなのです」と返された。

 伝統や習わしと言われると拒否し難い。貴族は伝統を重んじるものだ。渋々だが受け入れた。


 他にも事前にやることがあった。結婚式をするに当たって、別邸で長いこと療養中だというクリスのお母様、男爵夫人と顔合わせしておかなければならい。


「男爵夫人はどんな方なの? お優しい方だと良いのだけれど。その……療養中と聞いていたから、今まで全く会えていないし、心配で。クリスの婚約者というか、『揺りかご』になる私のことを、夫人は嫌がらないかしら?」


 今まで一度も会ったことのない男爵夫人についてたずねると、クリスは軽く言った。


「心配しなくても大丈夫。こちらのことは特に気にしてないはずだ。使用人が行き来して定期的に連絡をしているから、ティーのことは知っているし、君と会えば確実に気に入られると思う。君は我々にとって、とても魅力的な人間だからね。

 実を言えば、病気療養中は表向きの理由で、彼女はあちらにいる『揺りかご』にかかりきりなんだ。本当は幼体の面倒を見ているのさ。

 私は、もう成体になるから、子育て対象外でとりあえず自由な身だ。だから、ずっと本邸で好きにしていたんだよ」


 思わぬ引きこもり理由にびっくりした。


「幼体……、別邸にもう一人『揺りかご』がいるの?」

「そうだよ。子供がいるって、前に聞いていただろう? 人間風に言えば私の兄弟さ。あちらの『揺りかご』は男性なんだ。仲良くなれるといいね」


 男が『揺りかご』。

 どうやって乳母の役目をしているのだろうか。なんだかすごい、と思う。どんな人なのかと少々興味がわいた。


 それと、すっかり意識の外だったが、もう一人子供がいる。クリスの兄弟ならば多少は彼と似ているのだろうか。もしそうなら、さぞかし美しい子なのだろうと思った。






 男爵家の別邸、森の館は、領地に点在する森林のうち、岩塩を産出しない普通の山の裾野の、ごく小さめな森に建っていた。


 私とクリスは、護衛と使用人の魔族を数人引き連れて館を訪れた。

 ほぼ森の真ん中に位置する建物は、品の良い二階建てだった。

 派手ではないが彫り模様のある趣味の良い家具、カーテンやタペストリー等も上質な品物。燭台や花瓶等、手の込んだ室内装飾品がそこかしこで見受けられて、本邸よりも立派だった。


 初めてお目にかかった男爵夫人は、クリスとさほど似ていなかった。

 黒髪のクリスと違い、栗色の髪と明るい若草色の瞳の小柄な女性だ。クリスは父親似なのかも知れない。

 ただ、夫人も魔族の一族らしく非常に若々しい。どう見ても人間の二十代後半ぐらいにしか思えない。既婚者で子持ちにもかかわらず、愛らしい魅力的な雰囲気の持ち主だった。


「ようこそ我が一族の森の館へ。あなたがティピナね。私の名はオミヒリルルディオン。世間ではルルディアと名乗っているの。一応、ルフェイ家の男爵夫人をしているわ。よろしくね。こっちの使用人達も、本邸と同様に魔族ばかりだから、気楽にしていいわよ」


 そう言ってにこりと微笑む姿は、まるで枝に満開に咲いた可憐な花のようだ。八重歯が可愛い。

 次に、夫人に付き添って隣に立った男性が、丁寧に会釈をして名乗った。


「初めまして。私はリカルドです。ここで執事の真似事をしています。魔族の名はリコフォスです。皆は私をリコと呼んでいるので、あなたも是非そう呼んで下さい。これからルフェイ家の一員になるのですから」


 男性は、物腰の柔らかい紳士のように感じた。薄茶色い髪にオリーブ色の瞳を持つ穏やかそうな人で、整った優しそうな顔立ちに、がっしりした男らしい体つきが頼もしい。年の頃は四十過ぎぐらいに見える。さほど若くないのは珍しかった。こんな魔族もいるのか、と思った。


「初めまして、ティピナと申します。では、私のことはティーと。リコさん」


 挨拶してそう言うと、リカルドさんは嬉しそうに笑んだ。素敵なおじ様だ。


「まあ。それなら私のこともルルディアと呼んで? ね、ティーさん」

「おそれ多いことです。ありがとうございます、ルルディア様」


 軽く頭を下げ笑顔で返答すると、ルルディア様も嬉しそうな顔をした。それから、私の隣のクリスに告げた。


「クリオスアエラス、式は慣例通り夏至の日に。前の日の夕方から夏至の翌朝までよ。本邸での婚姻のお披露目はその十日後でいいでしょう。それと、今年の晩春の頃には、幼体が『揺りかご』から出られそうなの」


 クリスはおや、と驚いてからちらりとリカルドさんを見た。リカルドさんが神妙にうなずくと、笑顔になった。


「なら、結婚式と一緒にお祝いをするかい? そうしたら、一度で済んで都合が良いよね。脱皮後のことは手配してあるの?」

「ええ。問題ないわ」


 会話を横で聞いていた私は、首を傾げた。脱皮だなんてまるで爬虫類のようだ。


「幼体って、脱皮するのですか?」

「そうよ。ああ、でも外から見た場合ね。幼体から見た場合、あれを脱皮と言ったらちょっと違和感があるわ。どちらかと言えば、もう一度生まれる、と言うのが感覚的に近いでしょうね」


 ルルディア様はうなずいて説明してくれた。が、よく分からない。


「もう一度生まれる?」

「うん。ほら、生き物が卵から孵るとき、殻を割って出てくるだろう? 幼体が出てくるときも、それとちょっとだけ似ているんだよ。まるで今、生まれたみたいな感じなんだ。我々は、人間の生まれた日、誕生日のように、それを皆でお祝いするのさ」


 私の質問に、クリスは微笑を崩さず言った。

 誕生日は分かる。脱皮も知っている。生き物が卵から孵るときはなんとなく分かる気がする。でも、もう一度生まれる? やっぱり、ちょっとよく分からない。

 どうも理解できそうにない気がするが、無理矢理納得した。


「お誕生日……。そうなのね」

「うん。そんなことより、この屋敷の周囲を案内してあげよう。かなり素敵なところだよ。……いいよね? さあ、おいで」


 私の手を取りながら、クリスはルルディア様とリカルドさんに聞いた。


 二人はうなずき、日暮れまでに戻ってきたら、私と一緒にお食事しましょう、とルルディア様が言った。


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