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魔族の揺りかご  作者: 広峰
一章 契約者期間
5/26

商人会の解散と伯爵の隠居


 というわけで、初見の商人が塩の購入にやって来た。


 ルフェイ領では、塩が大事な財源だ。その流通は厳しく管理されていて、必ず領主の許可が必要になる。

 領内の小売店などは、事前に領主に売買許可をもらい、それから業者と契約を結ぶ。領主の許可証を得ていないと、塩の取引が出来ない。


 ところが、初見の相手が取引の際に見せるはずの売買許可証を所持していなかったので、領内の塩卸売業者は直前で取引を断った。


 商人は当然のように怒りだした。けれども、そういった領内の者なら当然知っているはずの諸々を知らない事で、業者は相手を不審に思ったそうだ。

 そこで業者は急ぎ役人を呼んだ。捕まえて身元をあらためたところ、相手がアルパーゾ商人会の者だと判明した。


 以前、アルパーゾ商人会は、お忍び中の領主子息とその婚約者に危害を加えようとし、ルフェイ領の出入りを禁止されている。にもかかわらず、密かに領内へ潜り込んで塩を不正に得ようとしたのだ。

 これは流石に見過ごせない。

 ルフェイ男爵家は、捕らえた侵入者を鞭打ちにし、領外へ追い出した。その一方で、アルパーゾ商人会に多額の謝罪金を要求した。


 カシィコン伯爵家にとって悪いことに、アルパーゾ商人会は伯爵家御用達の組織だった。

 エクディキシ商店が閉まったままなのと、若君様のお茶会の話が、塩の値段高騰と結びついたところに加え、アルパーゾ商人会の悪評が広がり、様々な憶測が出回った。


 一番広まったのは、カシィコン伯爵様がルフェイ男爵家の若い婚約者を手込めにしようとしてアルパーゾ商人会に襲わせたが、失敗したせいで塩を売ってもらえなくなった、というものだ。

 この噂は、面白おかしく尾鰭(おひれ)をつけて、あっという間に広まった。


 困ったことに、火消しに躍起(やっき)になった伯爵様には、喪中に愛人を屋敷へ呼んで一緒に暮らしているという、ちょっと不道徳な前科があった。

 色好みではとか、実は幼女趣味かとか、貴族女性の間で良くない話の種になっている、と魔族の侍女が含み笑いで教えてくれた。


 ひどい噂話が出回った頃、恐らく先代伯爵が私の出自を調査した結果が出たのではないかと思う。

 私は名乗りを変えただけだったし、トロッフィ商店に娘がいたことや、処刑されたのが夫婦だけだったことは直ぐに分かるはずだから、容易に素性が知れただろう。私の店の仕入れ先をいくつか揺さぶれば簡単だ。


 突然、現伯爵は何かの病気になってしまったとかで、早々と爵位をソストース様に譲ることになった。

 来年にはソストース様の婚姻式を行い、伯爵家の後を継ぐのだそうだ。


 その情報とほぼ同時に、ソストース様からの手紙が、クリス宛てに届いた。

 手紙の内容は、先日の非礼に対して丁寧に詫びるものだった。そして、私達の婚約を喜ばしいと祝福し、今後も友好関係を続けよう、まだ先であるが自分の婚姻式には男爵家を招待したい、と記すことで、私に手を出さないことを暗に示してきた。


 また、アルパーゾ商人会がトロッフィ商店に着せた濡れ衣が、先代伯爵の知るところとなったからか、カシィコン伯爵家は「ルフェイ男爵家が要求した通りの謝罪金を支払うように」と商人会へ命じ、会長を捕らえた。


 会長が捕まった後、アルパーゾ商人会は多額の謝罪金を支払った。更に幹部役員らがほぼ辞任した。


 商人会長が捕まった詳しい理由と幹部役員らの辞任理由、どちらも本当の理由は明らかになっていない。

 アルパーゾ商人会の伯爵家御用達の看板は取り消され、色々揉めた結果、商人会は解散となった。残りかすのように、元会長の実家がアルパーゾ小間物店という名を残したのみである。


 そんなことがあった少し後、カシィコン伯爵家は、前回より下手に出て、塩の交渉に関し譲歩してきた。

 今より少々高値でもいいから、これ以上出荷を減らさないで欲しい、出来れば前と同じ出荷量にして欲しいとのことだ。

 言葉にしてはいないが状況から見て、アルパーゾ商人会と伯爵様を仕置きしたので、これで(ゆる)せということだろう。


 ルフェイ男爵家は、要求をのんで出荷をもとの量まで増やした。代わりに値段は前よりちょっと高めである。

 その後で、私の店のカシィコン伯爵領支店も再開することになったが、こちらの塩関連商品の値段は二倍に設定し直した。一般庶民には高級すぎな贅沢品の位置づけだ。

 支店は、塩以外の商品で利益が出れば上々だと私は思っている。馴染みの取引先があるため、仕入れ窓口に使いたいので、伯爵領から撤退したりしないけれど。


 ……かつてクリスは「こう見えて私は、人の世界でまあまあお金持ちだからね。それなりに力もある」と言っていた。


 それは、近隣一帯の塩を握っている影響力と、それによる財力だ。

 加えて、領主代理を務めていたクリスの母君の男爵夫人は、誠実な領政を認められ王からお褒めいただいたこともあるという。ただの代理と軽んじるべきではない。


 実を言えば、まあまあどころか下手な高位貴族よりもルフェイ男爵家の方がお金がある。見えるところで派手に使っていないだけで、私のエクディキシ商店のように、余所へ資金援助なんかもしている。


 カシィコン伯爵家が、たかが男爵家と見下しながらも、頭を押さえつけることが出来ないほどの力。


 塩を使ってあくどく儲けようと思えば、いくらでも儲けられる。

 でも、そうせずに適量の塩を出荷し管理することで、人々の生活をほどほどに保ってやっているのだ。






 更に少し経ってから、カシィコン伯爵領の店を再開するに当たって、私は再び伯爵領へ足を踏み入れた。


 クリスも伯爵領へ一緒に来てくれたが、一応、彼も仕事があった。ソストース様と交易の交渉を行うことが主な目的だ。

 伯爵様が隠居するため、早くもソストース様が領政を見ているそうで、彼は、なんとか塩の価格上昇を抑えておきたいらしい。

 それで、クリスは塩の値段をもう少し下げる条件として、伯爵領の特産品を仕入れる際に、何らかの優遇措置を要求することにしたそうだ。


 私はその間、魔族の護衛と侍女に守られつつ、店から出ないで仕事に集中することになった。

 私が危険な目に遭ったり他人に目を付けられたら大変だから、とクリスは言い、外出を禁じたためだ。

 私としても、正直に言ってソストース様と会わずにすむのは有難かった。


 そんな訳で私は、地味な焦げ茶色っぽい服と厚手の生成り色の前掛けという、目立たない作業姿で店内にいた。

 店員達が接客等の仕事をしている横で、支店長と新しい価格設定について小声で話していると、声をかけられた。


「なあ、あんた。もしかして店の人? ここの、店長さんよりえらいティピナって人、知ってるか?」


 見れば、若い男性だった。おそらくソストース様とそう変わらない年頃だと思う。金髪に青い目の陽気そうな雰囲気の青年だ。

 見覚えは無いが、薄く笑みをたたえた顔で、人懐っこい態度だ。ちょっと上質な革の胴衣と揃いの脚衣、白い長袖で下穿きが黒、身だしなみを整えた平民っぽい格好だ。


「ええ。何か御用でしょうか?」


 客かと思い笑顔で首を傾げると、ヒュウ、と口笛を吹いた。


「へえ。いい感じ! あんたけっこう可愛いじゃないか。良い店だな」

「あの……? ティピナは私です。どちら様でしょうか?」


 困惑気味にたずねると、若者は目を見開いて、んんっ、と咳払いし、居住まいを正した。

 背筋を伸ばして真面目な表情になると、顔立ちが存外整っていることに気付いた。


「失礼しました、俺……んん、私はカシィコン伯爵家次子、オストアルゴと申します。この度、父が御迷惑をおかけしたこと、真に申し訳なく思います。お陰で父は当主の座を追われ、生涯片田舎にて飼い殺しが決まりました。当人に代わり謝罪すると共に、個人的に御礼を申し上げます」


 丁寧に一礼して、ニヤッと笑った。


「いやあ、伯爵家なんか継ぎたくなかったから助かりました! あなたが親父と浮気しかけてくれたお陰です。面倒臭い領主のお仕事は、兄のソストースがやってくれるってんで、ほっとしました。俺、超自由になったんで、本当にありがとうございます! ……しかし、えらい上に可愛いんだな。親父、クソ野郎のくせに目だけは肥えてやがるわ」


 凄く酷い誤解だ。

 私は慌てて首を振って否定した。


「いいえ、浮気なんかしてません。私、伯爵様にお目にかかったこと、一度もございません」

「え。そうなのか?」

「根も葉もない噂です。お目にかかったのは御子息のソストース様だけです。それも私の婚約者と一緒で、一人でではありませんでした」

「えっ、どういうことだ? ええ? 違うの? 悪いけど、ちょっと詳しく教えてくれねえかな?」


 眉尻を下げて、すっかり素に戻ってしまったらしいオストアルゴと名乗った人は、親指で店の外を示した。


 私は表をちらりと見て首を左右に振ってから、奥の商談用の部屋の方へ目をやった。店に居るとクリスと約束したのだ。外出したくない。


「お話はこちらでどうぞ」

「ありがとう支店長。私の侍女を呼んで下さる?」

「はい」


 支店長は私の意を汲んで、溜息を吐くものの、案内してくれた。申し訳ないけれど、打ち合わせはまた後でだ。


 支店長が呼んだ魔族の侍女が、気を利かせて護衛も連れて来てくれた。

 私が応接室に入ろうとすると、侍女はうっとりした目でオストアルゴを見た。そしてこっそりと伝えてきた。


「とてもいい匂いがします。あの人は良質な『揺りかご』になれますわ。ティピナ様、今からでも捕まえておくべきです。貴重な個体ですわ。それに『揺りかご』にせずとも、他の使い道だってありますし」

「そうだな。俺もお勧めしたい。強い生気がある。外側も合格だ。是非とも手に入れて下さい」


 護衛が後押しする。

 どういうこと? 彼が、私と同じ『揺りかご』候補?


「手に入れるって、どうやって? クリスに紹介するってこと?」

「別に若君じゃなくても。とりあえず、他の魔族(ヤツ)に狙われる前に仲良くなっておきましょう。手っ取り早く、ティピナ様に惚れてくれたら楽なんだが」


 妙なことを言う護衛と侍女に背中を押され、私はわけが分からないけれども、彼の前に行って座った。

 オストアルゴは私の顔をみて、まず頭を下げた。


「突然来ちまって悪かった。俺、平民育ちだし礼儀とか苦手なんで、こういう話し方でも許してくれっかな? 嫌なら頑張って貴族ぶってみるけど」


 最初に彼はそう聞いた。取り繕うのが面倒になったのだろう。

 私は気にしないで、とうなずいた。


「大丈夫です。私も平民ですから」

「いや、助かるわ。で、何で親父があんたと浮気したことになってんだ? そんで、クソ親父の、あ、カシィコン伯爵の噂ってどこまで本当なんだ? あいつ、イマイチ信用ならなくてよ」


 緊張を解いたオストアルゴは、真っ直ぐに聞いてきた。

 きっとこの人は嘘を嫌う。そう感じた。


 クリスやルフェイ家や魔族のことはさておき、私は、自分が養子にきてからのことを、正直に話すことにした。ちゃんと仲良くなるには、嘘を避けるべきだ。


 養子であったこと、養父母が冤罪で処刑されたこと、ルフェイ男爵家が助けてくれたこと、店を持ったこと、クリスの婚約者になったこと、ソストース様と会ったこと、お茶会のこと。

 私が一通り話し終えるまで、彼は黙って聞いていた。


「……そうか。養い親が。やっぱクソ親父だな。すまない、悪かった」


 がばっと頭を下げて、オストアルゴは謝った。彼自身は悪くないのに。それから彼の事情、身の上話を始めた。


「俺は庶子ってやつで……俺のお袋は、若い頃から居酒屋で働いてて、親父と知り合ったそうだ。相手がもう結婚してたとか貴族だとか知らずに、俺を身ごもった。つまり愛人になっちまってた」

「まあ……」


 単なる浮気か遅い本気か。どちらにせよ、感情あるいは欲望に伯爵の理性が負けたようだ。


「お袋は、俺を産んだ後も、頼み込んでそのまま居酒屋で働かせてもらって、俺も子供の頃からそれを手伝って、なんとか生活してた。親父はお袋に小っさい家を一軒買ってやったが、たまにしか顔を見せないし、親父っていうか、お袋の面倒臭えつきまとい男か何かじゃないかと思ってたくらいだ。お袋がうっかり(ほだ)されたとかそんなだと」


 オストアルゴは懐かしむような苦いような、複雑な表情で言う。


「そんで、俺は店で料理を習うようになって、いつか新しい店を持って、独り立ちしようって思ってた。そこへよ、いきなり親父がお供付きで迎えに来やがった。でもって無理矢理、これから貴族になれって言うんだから参ったぜ」


 言葉を切って、オストアルゴは溜息を吐いた。


「ところがよ。先日、先代伯爵の頑固ジジイがすげえ勢いで怒鳴り込んできて、伯爵家はソストースが継ぐから貴様らは出て行け、って大騒ぎしたんだ。

 で、ジジイが、奥様が死んだのは親父とアルパーゾ商人会の会長のせいだったって言ってよ。お袋は毒婦扱いされて泣いちまうし、俺は素性が知れない連れ子呼ばわりされるし、執事や侍女が首になって、家ん中はしっちゃかめっちゃかさ。だけどよ。そんでも、俺は領主教育ってのを嫌々やらされてたんで、やめになって助かったーって思ったぜ」

「……小さな頃からずっと、苦労していたんですね」


 そう言うと、カラリと笑った。


「いや全く。俺、料理が好きで、楽しくやってた。今の方が苦労してる。お貴族様、面倒臭えし色々難しいな! 鍋の火加減の何倍もわけわかんねえ。あ、もうしなくていいんだったわ。あははは」


 明るい態度だったので、私はつられて口元を緩めた。と、彼はまじまじと見つめて言った。


「……ああ、でもソストースの気持ち、ちょっとわかるわ。あんたイイな。いっぺん付き合ってみたいわ。あっ、いや、俺はあいつらと違うぜ。人の連れ合いに手を出しちゃいけねえだろ。そういう奴はロクな目にあわねえんだ。働いてた居酒屋でも馬鹿な痴話喧嘩なんか、さんざん見てきたよ」

「良かった、貴方はまともな人なのね」


 私は胸を撫で下ろした。親はともかく、彼自身は普通の青年のようだ。


「うん、あんたもこれで、養い親の仇が討てたことになるのか? アルパーゾ商人会は潰れちまった。クソ親父も生きちゃいるが、監禁生活決定だ」


 確かに社会的には、ご領主様もアルパーゾ商人会も終わってしまっている。どちらも復帰は難しく、この先、表に出ることなどもう無いだろう。

 でも、庶子のオストアルゴと母親はどうなるのか。


「あなたは、これからどうするの?」

「俺はジジイに、平民でいい、飯屋か料理人かなんかやって暮らしたいって言ったら、なら好きにしていいが、出て行ったら二度と来るな、もう他人だって言われてる。まぁ、有難くそうするさ」

「じゃあ、あなたのお母様は、今どうしているの?」

「お袋は、浮気者の親父と……あっ、あんたとは何もないんだっけ……一緒に居る。……馬鹿なんだよお袋は。クソ親父が見捨てられないんだ。一瞬、貴族の奥様になれるって夢を見たみてえだが、本当は、そういうんじゃねぇんだ。ずっと独り身で、他の男と一緒にならなかったくらいだ。あんな顔だけの親父なんかに惚れてんのさ。

 クソ親父も、家の事情で結婚した女とお袋を天秤に掛けて、結局お袋を取ったくらいだ。……まあ、色々しくじってやがるけど、今もそこは変わんねえみたいで、別れたくないって言っててなあ。お袋と二人で生きるってよ」


 ぽりぽりと指で頬を掻き、彼は困った顔をする。彼の両親は、地位を失っても互いに情はあるようだ。


「親父が全面的に悪いが、死んだ奥様もジジイも、頭の固いこと言ってねえで、気持ちぐらいなら許してやりゃあ、親父も暴走しなかったんじゃねえかと、ちらっと思ったんだけどな。肝心の領地は無難に治めてたんだし。お貴族様は体面とか面子とか、しんどいよな。

 奥様の実家の方が身分が高くて、どんなに嫌な女でも、ちゃんと息子を産んで一応義務は果たしてるから、離縁できねえし妾も必要ねえってことで、仕方なく親父は我慢してたんだってさ。

 けど、奥様が、余所に愛人がいるのは実家を蔑ろにしてるとか外聞が悪いとか言ってよ。ちいっと気位が高かったんだな。別れないのならお袋を消せばいいだろうって、安直な計画を立てたらしい。使用人が告げ口して、怒った親父が先回りで奥様をやっちまったってのが真相っぽい。

 毒とワインを用意したのはアルパーゾ商人会長だってさ。自分のとこの店のワインだとばれるってんで、余所の店で買ったワインを使ったんだってよ」

「それが、トロッフィ商店の物だったのね」


 そんなこんなで、私の養父母は冤罪を着せられた。


「ああ。こっちの内情はそんなんだが、俺は、あんたに親父を赦せとは言えねえよ」


 ポツリと低い声で彼は言った。

 そして、皮肉気に口を歪めた。


「……俺、奥様が死んだ直後、よく分かんねえままカシィコン家に連れて行かれてさ。あいつ、兄貴がいるってぇのに、あの女の産んだ息子が後を継ぐのは業腹だからお前が替われ、とか言うんだぜ。本当にコイツ頭沸いてんのかと思ったわ」


 肩をすくめ、オストアルゴは左右に首を振った。


「で、よ。そのオニイサマだけど。死んだ奥様は、乳母任せにして全く見向きもしなかったって言うし、親父は、跡取りだけども、奥様の産んだ子ってだけで嫌ってたから、ジジイと婆さんが面倒みてたらしい。だから俺は数えるくらいしか会ってねえ。お陰で、親嫌いのジジババっ子で、いかにもお貴族様らしい若君になっちまったみてえだ。

 俺は平民が合ってる。けどあいつは、貴族以外の何にもなれねえ奴だ。考え方が貴族なんだよ。一人の女に慕われるより、沢山の領民から敬われたいし、どんな遊びよりも今年の収穫量や街の治安の方に興味があるんだ。

妻にするなら家に利がある相手、好きな女は愛人に、子が出来なかったら妾か養子を、ってな。

 そういう奴が領主やりゃいいのさ。そういう割り切りが出来る奴が」


 沈黙が降りる。


 領主様やオストアルゴのことは分かった。ソストース様があんな人である理由も。

 それでも、知った今でも。


「……ごめんなさい、あなたのお父様は赦せないわ。死んだ人は、帰ってこない」

「だよな。いいんだ、あんたはそれでいい」


 赦せなくていい、と彼が言ってくれたことで、なぜだか急に泣きたくなった。


 私は、私にやれる範囲で(あだ)を返した。義父母を()めたアルパーゾ商人会は消え、領主は代替わり。精一杯努力してもこの程度だが、それでも一矢報いることは出来た。

 けれど、お養父様もお養母様も生き返りはしないのだ。


 目頭が熱くなって、指で押さえるとオストアルゴは慌てたように手巾(ハンカチ)を差し出した。


「うわっ、泣くなよ! あんたは何も悪いことしてねえだろ。クソ親父も商会も自業自得ってやつだ」

「うん。……ありがとう。オストアルゴさんは優しいんですね。ごめんなさい……あの、これは洗ってお返ししますから、また店にいらして下さいませんか。もう四、五日は滞在しますので」


 手巾を借りて目元を拭き、無理矢理笑んだ。すると彼はさっと頬を赤くし、困ったようにもぞもぞ体を揺すった。

 壁際に控え立っていた魔族の侍女と護衛が、満面の笑みでうなずいている。


 オストアルゴは目をそらしながら赤い顔でうなずいた。


「ああ、うん。その。そのうち、また来るわ」



 2024,08,27 誤字及び脱文修正しました


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