領主の息子の招待
「久しぶりだな、ルフェイ男爵子息クリス殿」
「お久しぶりです、カシィコン様。お元気そうでなによりです」
ソストース・カシィコン様が声をかけてきた。クリスが丁寧に挨拶する。
私は無言で深々と頭を下げ、膝を曲げて腰を低くした。そのまま視線は足元へ、頭は下げっぱなし。私は平民であるから、相手貴族の許可を得るまで喋らないし、顔も見てはならない。
「クリス殿、こちらの女性はどのような人かな? 見ない顔だ」
ソストース様の視線を感じるが、動かずじっと耐えて待つ。
柔らかなクリスの声が返答する。
「彼女はエクディキシ商店のティピナ。私の婚約者です」
「そうか。……顔を上げて良い」
許しを得て、静かにゆっくりと顔を上げる。
目に入ったのは、きりりと締まった目鼻立ち、意志の強そうな口元。しかし視線が合うと相反するように眼差しが緩んだ。
年の頃はクリスより少し上に見える。二十代前半ぐらいか。
「愛らしいお嬢さんだ。初めまして、ソストース・カシィコンだ」
「お目にかかりまして、望外の喜びでございます。エクディキシ商店のティピナと申します」
目を合わせたまま、美しく見えるよう意識しつつ、もう一度膝を折って挨拶し、最後に微笑んだ。何度も練習した動きは我ながら完璧だ。
「これは素敵な娘さんだな。早春に咲く清らかな花のようだ。このような女性が居たとは、クリス殿も人が悪い。貴公に婚約者が出来たと知れたら、世の全ての御令嬢方が卒倒するだろう」
「まさか、ご冗談を。まあ、どのようなことがあろうとも、彼女以外を欲しいとは思いませんが」
「おや、惚気られてしまった」
ははは、と笑う二人の横で、私は頬に手を当て困り顔で微笑を作った。やりとりが空々しく恥ずかしい。社交辞令とはそうしたものだけれど。
御子息様は、目の端でずっと私の様子をうかがっている。
「少し座って話しても良いだろうか」
「どうぞ」
どうやら興味を持たれたようだ。
口では快く相席に同意するクリスだったが、ソストース様が椅子に手をかけ、視線が私から外れたたときに、無言で下がるよう合図してきた。私は小さくうなずき、言った。
「では、お邪魔でしょうから、私は支店長の商談結果を聞いて来ますわ、クリス。ソストース様、どうぞごゆっくりなさって下さいませ」
「ああ、気を遣わせて悪いね、ティー」
「……」
私は、何かもの言いたげなソストース様に気付かぬふりで、そそくさとその場を去った。最初の接触はこの程度で十分なはずだ。慎重に行くほうが良い。
しばらくして、私が泊まっている部屋へクリスがやって来た。とてもいい笑顔だ。
私はすっかり普段着に着替え、落ち着いて待っていた。今夜は何の予定もなく、あとは休むばかりの状態だ。
「上手くいった。カシィコン伯爵家の別邸に、ご招待いただいたよ。ティー、君も一緒にってね」
「もう? もっと時間がかかると思っていたわ」
「ティーが魅力的だからね。気に入られたんだよ。女性に配慮して午後のお茶だ。庭の花が見ごろらしい」
含み笑いをしてクリスがそう言う。そして、寝る前のいつものハーブ茶を淹れてくれた。
私は茶器を受け取り、肩をすくめた。
「まだ会ったばかりよ。少し挨拶した程度でそんなに気に入られるはずないわ。後で礼儀作法をおさらいしておかないと」
「心配ない。君にはちゃんと魅力がある。今まで頑張って色々と学んできただろう? どこから見ても、飛び切り素敵な女性型に近づいてるよ」
そうだろうか? そうだといいのだが。
手渡してもらったお茶を飲む。甘苦い風味と、えも言われぬ香り。今では少し癖のあるこのお茶が、私はとても好きになっていた。丁度良い温度でほっとする。
「まあ私も、君には並以上に魅力的になってもらいたいと思ってる。他の人間を惹きつけるような、良質で特別優れた個体へ成長してもらわないとね。大丈夫、しっかり成果は出てきている。商人会の雇われ者やソストース様が興味を持ったくらいには魅力的だ」
お茶を飲み終えると、だんだん目がしょぼしょぼしてきた。
意外と疲れていたのかも知れない。今日は少しだけ眠くなるのが早い気がする。
「君を、一族の他ならぬ私が選び、そして君は私との契約を受け入れた。君は将来産まれる私の子の、もととなるものだ。……私は君をかっているんだよ。大事な君という『揺りかご』をつくっているんだ。……ことりが卵をうむまえ、えだに巣をつくり、羽毛をなかにしくように。けものが仔をうむまえ、あなをほって、ねどこに、このはをためたりするように……」
ああ、クリスの声が子守唄のようだ。耳に心地良い声音が素通りする……。
「……はちやありが、すあなにしょくりょうを、たっぷりため……ょぅに……、ちょうちょぅ……ぁおなをぇらんで……ごをうむよぅに。すべては、ふかしたようたぃの……。……そして、われわれの……ゅりかごも、ぉなじく……」
とろとろと目蓋が下がってきて、いつの間にか私は眠りについていた。
魔族の侍女が、寝てしまった私を世話してくれたと、後から聞いた。
カシィコン伯爵家の別邸は、ちょうど早咲きの薔薇が盛りだった。
わざわざ伯爵家の馬車が、宿まで迎えに来た。私とクリスは、前と同じようにめかし込んで、護衛の魔族と侍女の魔族を一人ずつ連れ、馬車に乗った。
そうして到着した別邸は、馬車から降りた時点で、馥郁とした甘い香りが鼻先をくすぐった。
「ようこそ。待っていたよ」
なんと玄関までソストース様が出迎えに来ていた。使用人の間から出て来て、声をかけてくる。その後ろには、更に伯爵家の侍女が数名付き従っていた。
「ご招待ありがとうございます」
「お招きにあずかり、大変光栄に存じます」
まずクリスが挨拶し、私も頭を下げた。それから護衛に目配せする。護衛は一礼して手土産を使用人へ渡した。包みの中身は調味塩と塩漬けした加工肉、入浴剤がそれぞれ三種類ずつだ。
膝を曲げて貴族に対する慇懃な礼をした後は、終始微笑を絶やさず、黙って控えていることにする。
ソストース様は満面の笑みで言った。
「そう堅苦しくせずとも良い。どうか気楽にして欲しい。領地が近い者同士、親しくなりたいと思っているのだから」
「嬉しいことを仰る。こちらこそよろしくお願いします」
微笑みを浮かべてクリスが言うと、ソストース様は、すっと私の方へ手の平を差し出した。
随分と積極的だ。しかし婚約者がいる場では、他の人の手を取ってはならないと教わった。
さり気なく私は横を向いて、辺りを観察するような顔をし、手など見えていないふりをした。
かわりにクリスが腕を伸ばしてソストース様の手を捕まえ、ぎゅっと握手する。
にっこり笑うクリスと苦笑するソストース様。
ちらちらソストース様の視線を感じたが、話しかけられるまで平民の私はクリスの添え物だ。直接顔を見ないように私は俯き加減でいた。
クリスはソストース様と反対側になるようにして私の手を腕に掛けさせ、ゆっくり歩いてくれている。わざと私を気にしていないような様子で、会話をこちらへ振らないようにしていた。
「それにしても、庭の向こうから花の良い香りがしてきますね」
「そうだろう? 是非、見ていってくれ」
「先代伯爵様のご趣味ですか?」
「うん、祖母がこの花色を好んでいるんだ。祖父の道楽のひとつだ」
「それはそれは。では、先代様はお元気でお過ごしなのですか?」
「ああ。二人ともすごく元気でいる。多趣味で忙しくしているよ」
私達は屋敷に入ることなく、案内されてそのまま真っ直ぐ庭へと回った。
華やかに薄紅色の薔薇が咲き誇る庭の、ちょうど良い木陰にテーブルと椅子が用意されていて、席の準備が出来ている。使用人が数人、給仕として控えていた。
花の香りに混じって流れる茶の香りが、ルフェイ領のハーブティーだと教えてくれている。皿の上の茶菓子は、エクディキシ商店お勧めの、ハーブティーに合う軽い焼き菓子だ。
はっとした顔を隣に向けると、口角の上がったクリスがうなずいた。私はゆっくりソストース様を見た。
彼はどこか少し期待するような顔で、こちらをうかがっていた。まるで褒められるのを待っている犬のようだ。
私は嬉しさを表情に出し、ただ、にこりと笑んだ。
とたんにソストース様の頬がほんのり上気して、晴れやかな表情になった。気分が顔に出やすい方だな、と思う。
「あれから、宿で飲んだルフェイ領産のハーブティーが気に入ってしまってね。どうぞ。座りたまえ」
「それは良かった。ティー、君も一緒にいただこう。ほら、椅子を引いてあげよう」
「ありがとうクリス。失礼いたします」
勧められるまま座ると、ソストース様が椅子をずらして私の向かい側に腰掛け、私の頭の天辺から指先まで、しげしげと見はじめた。笑顔一つで随分と距離を詰めてきたものだ。
不躾にじろじろ見るなど、令嬢に対して失礼だと思うが、平民の女相手なら気にしないのだろう。
「それにしても、本当に可愛らしいお嬢さんだ。商才があるだけでなく、出しゃばらず品もあり、何より美しい。新月夜のように艶やかな黒髪、深海のごとき神秘的な瞳、紅薔薇色の唇……。クリス殿が大切にするわけだ」
「……恐れ入ります」
手放しで大袈裟に褒められてしまった。私は控え目に礼を言って愛想笑いを作り、頭を下げた。
「やはり愛らしいな。どうだ、クリス殿から私に乗り換えないか?」
冗談めかして言い放ち、ソストース様は私の様子を観察している。
……は? 乗り換え?
言われたことを理解するのに少々時間がかかった。
彼は未婚だが、親の決めた婚約者がいるのではないか? いなかったとしても、彼の身分からいって、平民なら愛人がせいぜいだ。まさか、父親のように愛人が欲しいとでも? 気に入ったからと、正式な婚約者を男爵家から横取りして、愛人にする気だろうか。そんなのは断固拒否だ。
「そんな、畏れ多いことです。ご辞退申し上げます」
笑顔できっちり断ると、クリスがくすくす笑った。彼の笑みに、控え立つ侍女が何人か頬を染める。
「おお、カシィコン様、御勘弁を。私も彼女を手放す気などありませんので」
クリスがおどけた口調で冗談にしてくれたので、ちょっとほっとした。だが、粘つくような視線が突き刺さる。
「残念だ。振られてしまった。だが惜しいな。どうしたらあなたのような女性に意識してもらえるのだろうか? 私なら、クリス殿以上にあなたの後ろ盾になれると思うが。私にしたまえ。私の元に来たら、もっと商売がやりやすくなるぞ? 悪くない話だろう?」
……ああ、そう。
愛人にするかわりに、支援者になってやるというのか。まだ家を継いでもいないのに、とても偉そうなことを言うものだ。
第一印象で感じた、好感が持てそうな気持ちはすっかり霧散した。
気まぐれなお貴族様の遊び相手をつとめるなど、ごめんだ。
私は内心のむかつきを隠し、作り笑顔で問いに答えた。
「お戯れはお許し下さいませ。カシィコン伯爵家の若君様でしたら、きっと他に相応しい方がいらっしゃると思いますわ。きっと皆様こぞってご縁をお望みになるでしょう。もし商才をお求めでしたら、向上心と気骨ある有望な他の方をお選び下さいませ。愚昧な私などより、よほど益になるでしょう。あるいは、若君様の御心と御身をお慰めする方をお求めなら、そういった場所へどうぞ。畏れながら、私はクリスに大きな恩がありますし、身の程はわきまえております。今も充分満足しておりますから、高望みしようとは思いませんし、慎みを捨てる気もございません。何よりそのようなことトロッフィの娘には決して」
「ティー。それ以上言わなくていい」
笑いを消し、眉をしかめたクリスが、こちらへ手の平を見せて制止した。私は苛立ちをこらえ、きゅっと口を引き結んだ。
しまった喋りすぎた。
ソストース様の眉間に、不機嫌そうな皺が寄っていた。
「トロッフィ? それは何だ?」
「カシィコン様。どうか、あまり私の婚約者を苛めないで下さい。ご冗談にしても、少々度が過ぎましょう。婚約は既に国と教会の了承を得ているので取りやめは面倒なことになりますし、まだこの子は成人前なのです。一部の御婦人方がするような、恋愛遊戯には早すぎます。それとも、私に対して何か思うところがお有りなのですか。でしたら、どうか御不興の理由を仰って下さい。謝罪致しますから。もう、彼女をそっとしておいてくれませんか」
眉間の縦皺まで美しいクリスが、そう言って庇ってくれている間、私は俯いて唇を噛んでいた。
いけない、つい感情的になってしまった。これでは駄目だ。
それにしても、ソストース様が、自分の母親を殺したことになっている店の名を覚えていないとは。興味がないのか、もしや知らされていないのか。あるいは、あの出来事は既に過去の出来事の扱いになっているのか。
当初の予定では、私が害のない人間であることを知ってもらい、養父母の冤罪を訴え、詳しく調査して下さいとお願いして、罪を撤回してもらうつもりだった。
その為に、先代の伯爵様にお目にかかれるよう、貴族の礼儀作法を習ったし、愚かな平民と無視されないよう、勉強も商売も頑張った。今日はその第一歩として、御子息様とお近づきになるのが目的だった。
そして疑いが晴れたら、改めて養父母を弔ってやりたかった。罪人にはお墓も許されないのだ。
「大丈夫かい、ティー。顔色が悪いよ。申し訳ないが、連れの体調が良くないようです。今日はここまでにさせて下さい」
心配そうに、クリスが私の肩へ手を置いた。慰めるふりをしながら、小声で「泣いた振りして」と言った。
私は力無くうなずき、そっと手巾で目元を拭った。
涙をこらえる姿の私を、気遣いながら優しく慰める麗しいクリス。その様子を、周囲に控え立つ大勢の使用人が見ていた。
とたんに同情的な雰囲気になったのを感じる。こういう時、美形は得だなと思う。
「あ、いや、これは。少々やりすぎたか……」
少しばつが悪そうにしているソストース様に一礼して、私達は一口も飲み食いせず、早々に伯爵家別邸を辞去した。
私達を咎める人はいなかった。
宿に戻ってから「もう嫌だ、ソストース様は嫌い」と私がこぼしたら、クリスは「じゃあ、切り上げて帰ってしまおう」とあっさり言った。
私は大急ぎで荷物をまとめた。支店長達には、急用で戻るが、皆はもう数日間ゆっくりしていくよう言い置いて、クリスとルフェイ領の屋敷へ帰った。
あのまま長逗留して、ソストース様からまた招待されたら、身分的に言ってクリスも私も断れないだろうし、あんな会話が何度となく続いても困ると思った。
ルフェイ男爵家の屋敷に着き、ほっと息を吐いた。「帰れて良かった。ご子息様が、じっとこちらを見ているあの視線も嫌だったわ」と言うと、クリスはフフフと笑った。
「彼はティーが気に入ったみたいだったよ。雄が雌を気に入ったときのような匂いが少しだけあった。それにしてもよく頑張ったね。何はともあれ、ちゃんと釣れたようだし、しばらく彼と会わずとも充分。先代伯爵が可愛い孫息子のため、君の調査に動くだろうから、そのうち息子の妻の死因も洗い直すと思うよ」
「先代伯爵様? お目にかかってないけれど」
「あそこは先代伯爵様の住処だよ。使用人も先代に仕えている者達だ。当然、私達は監視されていたはずさ。まあ、建物に入らせないあたり、先代は、私のような男爵の息子と平民の娘ごときに、顔を見せてやる気は無いようだけど」
成る程。言われてみればそうだ。
けれども、後でソストース様に何かされないだろうか。そう言うと、クリスは大丈夫と言った。
「彼はティーを諦めると思うよ。君の素性を知ったら、先代伯爵が許さないだろうから。それに、ささやかな抗議として、しばらくカシィコン伯爵領へは、ぎりぎりの線まで塩を出し渋ることにする。君の店も、もうしばらく休業にしておくといい」
「揉め事にならない?」
「揉め事? 私の契約者に手を出そうとしたんだよ? 仕返しとしては優しい方だ。だいたい、国も教会も我々を認めているのに、横やりを入れようとしたあちらが悪い。もし伯爵と先代伯爵が塩の文句と報復を言い出したら、頃合いを見てやめてあげてもいいけど、その場合は、こちらを軽んじているって事だからね。今後の付き合い方を変えるよ」
クリスの緑色の瞳が一瞬不穏な光を放った。
「君のことは私が守ってあげるし、望みを叶えるために手伝う。そのかわり、君は私のものだからね。奪おうとするなら阻止する」
その後、カシィコン伯爵領に対して、クリスは本当に塩の出荷量を最低限に引き下げた。
私も研修という名目で、支店長以下店員全てをルフェイ領の本店に呼んだ。
都合が悪くて研修に来られない者には、カシィコン伯爵家の若君様がルフェイ男爵家の婚約者、すなわち私に手を出そうとしたことを伝え、万が一のため店を閉めておくのだと、内緒の衣を被った噂の種を話しておいた。
結果、カシィコン伯爵領内の、塩の値段が跳ね上がった。
伯爵領内で出回る塩が減ったこと、ルフェイ男爵家との関係が悪化したという噂が流れたこと、その両方で、もしや塩不足になるのではという不安が、価格上昇を招いた。
と言っても、決して庶民が全く買えないほど高いわけではなく、まだ手痛い出費程度に留まっている。
この突然の塩の減少で、伯爵家は不満も露わに塩の出荷を増やすか値を下げるよう、使者を寄こして抗議した。
これは現伯爵の指示のようで、使者は身分をに笠に着て、強気な態度で交渉を持ちかけてきた。
だがクリスは、体調不良や多忙などの曖昧な理由で、交渉の場に着くことを、のらりくらりと躱し続けた。
クリスが、俯き加減で悲しそうに首を横に振ると、なぜか使者はそれ以上強く出られなくなってしまうのだ。
彼の美は武器だった。
ところで。
私は、アルパーゾ商人会は利益のためなら悪いことでも平気で行う輩だと思っている。
しかも、私の店のせいでだいぶ羽振りが悪い状態だ。
私なら、敵が休んでいる間に稼いで利益を上げ、なんとか挽回したいと思う。きっと奴等は私の店が閉まっている間に、どうにか大儲けがしたいだろう。
ひょっとして、この状況を利用できるのではないだろうか?
私はクリスに聞いてみた。
「もし、アルパーゾ商人会に、ルフェイ領で直接塩を買ってカシィコン領で売れば儲かるんじゃないか、と囁いたら、乗るかしら? いくらなんでも、出入り禁止を食らっているのに、それはしないわよね?」
「おや、面白い実験だね。試してみようか」
気軽にクリスは使用人をしている魔族を二人呼んで、やってみてと頼んだ。頼まれた方も面白がり、大乗り気ですぐに出かけていった。
そして、商人会傘下の飲み屋で、魔族二人は酔ったふりをして大声で騒ぎ、
「ルフェイ領内なら、前と同じ値段で塩を売ってるそうだぞ。何なら余所より安いらしい」
「じゃあお前、ルフェイ領で塩買って来てくれよ」
「馬鹿か、ただで行けるか。嫌だよ。重たいだろ」
「じゃあ手間賃払うぜ。俺、転売してもうけるからよ」
「ふざけんな、なら俺が売るわ。お前にゃやらん」
「ずるいぞ。先に考えたのは俺だ!」
というやり取りをしてきたらしい。
そうしたら、本当に商機だと思ったらしいアルパーゾ商人会が、こっそりルフェイ領へ塩を買い付けに向かってしまった。
近隣の領地は皆、塩をルフェイ領に頼っている。ゆえに塩を他から買えば、上乗せ手数料や輸送費で結局は高くついてしまう。
ならば、やはり直接ルフェイ領へ行って買ってくれば儲かって良いだろう、となったらしい。
クリスと屋敷の魔族達は、しばし欲深い人間の愚かしさについて談笑していた。
そして「ティーが直接手を下すことにならないけれど、いい機会だし、もうアルパーゾ商人会を潰してもいいかな」と私に聞いた。
私はこくりとうなずいた。