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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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閑話 食事処「馬の骨」にて 三


 アピリーが匙を手放すと、ロフィーダは手巾を出して小さな口元を拭いてやった。


「とても楽しいお話でした。大変興味深かったですわ、オストアロゴさんのお母様。……私達はそろそろ行きますわね。オラニオ、また会いましょう」


 そうして、椅子から子供を抱き上げた。退場だ。

 ひらひら手を振って見送りながら、オラニオが「はい、また」と言った。


 あ、お勘定。と、我に返ったイニアが早足で戸口へ急ぐ。


 エラスティは、ぐいっと酒杯に残っていた酒を飲み干し、はあ、と息を大きく吐いた。


 間に合ったイニアが、ロフィーダから金を受け取った。少し多めに手渡され、

「おつりはいらないわ。貴女が取っておいて」と言われて破顔する。

「わぁ、ありがとうございます」


 その様子を睨みながら、彼女は胸中の苛々を吐き出した。


「何なのあの女! 失礼ね! きっと本気の大恋愛をしたことが無いからそんなこと言うのよ。

 あの人が家の事情で結婚しちゃってたからって何なのよ。奥様なんて、あの人がお義理で妻で居させてあげてただけなんだから。あの高慢女、着飾って美味しいもの食べて優雅な暮らしして、散々良い目を見てたくせに、別れろなんて言ってきて。本当は、私が。私の方が……! やっと死んだと思ったら、今度は隠居したじじいとばばあが私達をよってたかって追い出して……っ! けど、あの人は私を捨てなかったし、私もあの人の傍にずうっと居るんだから!

 ふん、母子だけで引っ越して来るなんて、きっと子供ごと家を追い出されたんでしょ。性格が悪いみたいだから、仕方ないわね! 愛されなくってお可哀想に。いい気味!」


 彼女の、未だ(いぶ)ったままの嫉妬と、どろりとした独占欲と、(ひが)み根性と、思い通りにならなかった不満が口から(あふ)れ出ていた。

 最初は若い純粋な恋心だったのかも知れない。しかし、長い間に何かが変質し、そのままではなくなったようだ。


 それまで彼女を庇う様子を示していたオラニオだったが、一変し、笑みが消えた。


「ロフィーダは一族の者です。悪く言わないで下さい」冷たい声だった。

「……ところで、エラスティさんは私が何処の店で働いているのか、ご存じ無いのですね」


 ほろ酔いのエラスティは、手酌で己の酒杯を満たすのに気を取られている。


「え? 知ってるわよ。この前、エレガーティスで店長代理になったって言ってたじゃない」

「おや、多少は覚えておいでで。では、エクディキシ商店店主は誰かご存じですか?」

「ルフェイ男爵夫人なんでしょ。あの人が言ってたから知ってるわ」


 オラニオは肩をすくめた。


「それなら良いんです。……興が冷めました。帰ります」


 サッと席を立って、オラニオはイニアの方へ支払いに向かった。振り返りもしない。


「……は、え、もう?」


 一人、何が気に障ったのやら訳が分からず、男の後ろ姿を見送るエラスティ。


 テーブルには、飲みさしの赤葡萄酒と、手付かずの盛り合わせ皿。空のスープと酒杯。


「なんなのよ……」


 腹立ち(まぎ)れにエラスティは、がしっと薄切りチーズをまとめてつかんで口の中へ押し込んだ。

 咀嚼(そしゃく)しながら酒をぐいっと流し込む。


「何よ。ルフェイ男爵夫人が何なのよ、関係無いわよ」


 客を見送ったイニアが、空になった酒杯を下げに来た。軽い調子で「失礼しまぁす」と手を伸ばし、そのつぶやきに応えた。


「男爵夫人でしたら、今の親子の知り合いらしいですよ。それで、親子でここの二階に越してきたって」

「は? 何で?」

「だって、大家さんじゃないですか」

「はあ?」


 空の皿と酒杯を乗せた盆を片手に、空いた片手を器用に使って器の濡れた跡を軽く拭きつつ、物知らずの女にイニアは教えてやった。


「やだ、この店舗、ルフェイ男爵夫人の持ち物ですよ。私も勤めてから知ったんですけど」

「えっ、そうなの?」


 エラスティが(まばた)きを繰り返した。


「ほら、何年か前に噂があったじゃないですか。前の伯爵様のせいでルフェイ産の塩が高くなったって話。あの時にそうなったんですって」

「何それ。値上がりなんて知らないわ。だからって、何で男爵夫人がここの大家になるのよ?」


 まだ理解していない様子なので、イニアは親切にも最初から教えてやった。


「ええっ、知らないんですか?

 この場所、昔トロッフィ商店だったじゃないですか。アルパーゾ商人会のせいで突然潰れちゃって、ヤツらが一時期仕切ってたけど。実はエクディキシ商店って、トロッフィの娘さんがお隣の領主様のところで起こした店なんですって。

 ほら、前のカシィコンの領主様が、お隣のルフェイ男爵子息の婚約者を手込めにしようとして、しくじったっていう噂、あったじゃないですか。アルパーゾ商人会に(さら)わせようとしたけど、失敗したせいで塩を売ってもらえなくなったって。それで責任取って辞めて、今の伯爵様に代替わりして、伯爵家がお詫びでエクディキシ商店の店主さんに返してあげたんですよ、ここを」

「はあ? 手込め? お詫びで、返す?」


 エラスティの顔から色が消えた。

 イニアの話は、広く知られている間違った噂と、トロッフィ商店の昔馴染みから伝わった正しい話が混ざったもので、町では一番事実に近いと思われている。


 それが本当なら、エラスティにとって聞き捨てならない話である。

 彼女は、自分が他の男に気持ちがフラフラしても、一線を越えなければ悪いとも何とも思わないくせに、自分の男が他の女に目移りするのは許し難いと思うような女だ。


「だからぁ、エクディキシ商店の店主さんが、男爵夫人になったんですよ。昔、ちょっと有名になったじゃないですか。平民が貴族の若様に見初(みそ)められたって」


 その噂があった時分、エラスティはカシィコン伯爵家に居座っており、すっかり新しい妻になったつもりで贅沢に暮らしていた。(ちまた)の噂や下々の騒ぎなど、誰も教えなかったし耳に入って来ていない。


 ティシアがティピナに名を変えて、クリスの元でエクディキシ商店を立ち上げた事も、まだ伯爵子息だったソストースが、ティピナを気に入ってクリスの怒りを買った事も、アルパーゾ商人会がその結果無くなった事も、全く気にとめていなかった。 

 彼女の興味は、恋人の気を引くこと、着飾ること、若さを保つこと、美食と酒と、たまに自分と恋人を繋ぐ理由の可愛い坊やオストアロゴに注がれていた。


 先代の伯爵だった恋人が突然隠居させられた時さえ、日陰者の長い我慢の末に、やっと最高のご褒美と輝かしい未来を手にしたはずが、何故か伯爵家から追い出されて、あっという間に終わってしまって悔しい、そう思ったぐらいのものだ。

 どうしてそうなったかまで追求していない。流れでなんかそうなった、なのだ。


「何それ、初めて聞いたわ。本当なの……?」


 愕然(がくぜん)としているエラスティに、イニアは少し強めに言った。


「さあ? でも、そういう噂でしたよ。塩が高くてあんなに騒ぎになったのに、知らなかったんですか? 信じらんない。

 で、ここは、エクディキシ商店の店主様がそのお詫びにもらった建物で、そのあと店主様は無事にご結婚なさって、今、男爵夫人になってるんです。だからここは、男爵夫人が大家さんです。

 今のお客様が、その男爵夫人のお知り合いなんですって。あんまりあの人に突っかかると、オストアロゴさんに迷惑かけちゃいますよ?

 って、息子さんの店のことなのに、なんにも気にしてなかったんですか? ちょっと冷たくないですか?」


 エラスティの紅が取れかけた口が、力無く開いた。


「なにそれ……」


 すっかり客の居なくなった店内に、つぶやきが虚しく響いた。


 言ってやったわ、と鼻息を荒くして、イニアは盆を持って厨房へ戻った。

 そして「余計なお喋りしてんじゃねえ。遅いぞ」と、オストアロゴに叱られた。


 余計なことをした自覚はあった。しおしおと頭を下げ「すみません」とイニアが謝ると、少し決まり悪そうにオストアロゴは横を向き、「けど、お袋に注意してくれて、ありがとな」と小声で言った。イニアの強めの声が聞こえていたようだ。

 イニアはちょっぴり恥ずかしくなって、「いえ……」とうつむいた。




 それからしばらくの間、エラスティは「馬の骨」へ来なかった。

 彼女は、隠居している前の伯爵を問い詰めて、昔、商人の小娘を掠おうとして隣の領と騒動を起こしたのか? と、また揉めたのだが、今度は飛び出す先のオストアロゴが引っ越してしまっていたのと、「馬の骨」で息子相手に騒ぐ度胸が無かったせいだ。

 何かの拍子で男爵夫人に迷惑をかけて、再び塩の値が上がったら、と弱い頭で考え怖じ気づいた。


 エラスティの姿を見た者はいる。イニアも、通りの反対側から店の外観を眺めているところを見た。けれど、店近くまでやって来ても、ロフィーダかアピリーを見かけると彼女は引き返してしまうのだった。


 そして、新たな住人になった親子は、店舗の二階の一室に住み着いた。かつてオストアロゴが使っていた部屋だ。

 ロフィーダは、他の全ての部屋の管理をも任されているらしく、二階全体を綺麗に維持することに腐心した。


 彼女らが引っ越して来てすぐ、オストアロゴが使っていなかった二階奥の部屋から、派手めな女物の服や装飾品が数点出て来てた。

「寸法からして、男爵夫人の物ではありませんし、貴方がご存じ無ければ、こちらで廃棄しても良いですわね」と、ロフィーダは木箱に詰めて古着屋へ持って行く準備をしたが、その中に、オストアロゴに見覚えのある服が一つ交じっていて、彼は嫌な予感がした。

 そこで、店の近所でうろちょろしていたエラスティを見つけ出し、オストアロゴが問いただしたところ、彼女の私物だと判明した。


 エラスティがオストアロゴの部屋へ転がり込んでいたとき、駄目だと言ったのに勝手に使っていたらしい。彼が知らなかったせいで、父親の使いが荷物を引き取りに来た際、置きっ放しになっていたようだ。

 ちょっとした問題になりかけたが、とりあえず、それまでの部屋の使用料をオストアロゴが支払う事で、一応解決とした。

 後日、二階へ至る階段は、新たに扉が付いて鍵がかかるようになった。




 少しして落ち着いてくると、ロフィーダとアピリーの親子は、良く二人で出掛けた。


 最近、少し離れた貧民街辺りで、行き倒れや行方不明者が増えたから、店の皆は、美しい婦人と可愛い子供だけでの外出を案じた。

 だが、「大丈夫ですわ」と彼女らは笑顔で心配を退けた。



 

 暖かさが増して、ロフィーダは肩掛けを外し、アピリーは頭巾を脱ぐようになった。

 子供の成長は早い。アピリーの背が伸び、舌足らずの語彙が増えた。


 オストアロゴは、冬の間仕舞っていた虫除けの香を出した。

 男爵夫人からいただいた帝国産の品物だ。暑くなれば虫が増える。そろそろ使う時期か、と思って久しぶりに家の寝室で()きしめてみた。癖のある燃焼臭で、人によっては好き嫌いがありそうな匂いだ。


 次の日、彼がおしゃまなアピリーに会うと、「(ちゅご)(くちゃ)い。それきらいよ」と避けられて、ちょっと悲しかった。

 ロフィーダには、口元を押さえた意味深な良い笑顔をされ、「悪い虫除け……。ふふっ、大事にされてますのね」とすれ違いざまささやかれた。何故か無駄にそわそわした。




 そうこうするうちに日が長くなり、夏季が近くなってきた。


 夏至の頃、オラニオが「馬の骨」へ一度立ち寄り、再び親子と食事して、エクディキシ商店のエレガーティス支店へ帰って行った。


 食事中、彼は酷くしょげていた。

 オラニオがロフィーダに愚痴るのを、イニアがまた盗み聞きして、彼の婚約者が詐欺師だったと知った。


 まさかのお涙頂戴の同情詐欺師。しかも、彼から巻き上げた金を持って逃走中、馬車の事故で死んだらしい。

 オラニオは、

「私はそういった人の悪意を見抜くのが下手なんです。人の喜怒哀楽や好悪(こうお)は、ある程度察せても、悪意と強い欲望の違いの判断が難しくて……。前の、儚く散った人を助けたかったという、心残りが強すぎるのかも知れません……」と肩を落としていた。

 それへロフィーダが、

「私も一度しくじっていますから、あまり威張れませんね。ですが、人間の性根の良し悪しを嗅ぎ分ける力は、段々と養われていくわ。商売では問題を起こしていないのだから、大丈夫ですわよ。まだ他にも沢山の良い人間がいます。希望はありましてよ。貴方は良くやっているわ。次は慎重にすれば良いのです」と励ましていた。


 こっそり聞いていたイニアは、二度も結婚が駄目になったらしいオラニオを気の毒に思った。と同時に、やっぱり世の中には詐欺師っているんだねえ、と妙なところで感心したのだった。




 春から暑い季節の終わりにかけ、カシィコン領では辛い料理が流行った。

 エクディキシ商店の新製品、異国風調味塩が大人気になって、かなりの勢いで売れている。


 この異国風調味塩は、容器の収集家が現れるほど人々の購買意欲をそそった。

 容器は、珍しく高価な硝子で出来ていて、その形が大小の二種類で違っており、大は五角柱、小は円柱形をしている。どちらも蓋付きで、蓋の天辺の丸い飾りつまみの色と容器の底色がお揃いなのだが、赤青黄緑紫……と、ひとつひとつ皆違う。それが綺麗だと欲しがる者が多い。

 オストアロゴの「馬の骨」でも、空になった容器を、「可愛いから」とイニアが店内に並べて飾った。


 肝心の中身の方は、ほんの少しでもかなりの辛さを誇り、単調な味の料理を別物に変える代物だ。お値段は既存のハーブ入り調味塩の約五倍で、安売りしない強気価格。

 彼の店でも人気の料理に使うので、オストアロゴは家賃の支払いも兼ねて、エクディキシ商店へ仕入れに行った。


 支店長は彼を歓迎した。

 オストアロゴの手を握ってぶんぶん振った。


「お客様の中には、オストアロゴさんの料理に触発されて、各種調味塩をお買い求めになる方もいらっしゃるんですよ。本当にありがとうございます」

「あっ、いや。俺はそんな、何も」

「ご謙遜を。異国風調味塩も上手く使って下さって、大変研究熱心なんですねえ。お蔭様でうちの支店は大繁盛です」


 うはは、と嬉しそうにされて、オストアロゴは照れくさくなった。自分の努力を褒められれば悪い気はしない。


「失礼します。支店長さん、私共はそろそろ出発しようと思うのですけど……」


 そこへ、若くてすらりとした金髪の女性が遠慮がちに声をかけてきた。

 薄くて丈の長い袖なし上着をチュニックの上から羽織っている。渦巻きや角張った模様を組み合わせた伝統刺繍が程良く効いた、他国の装いだ。帝国の属国の何処か、多分バルニバ国あたりだろうか。左右の布を合わせた造りで、開いた前側を胸元で重ね、その上から飾り帯を締めていた。理知的な雰囲気の美女だった。


「あっ、リンティナさん。ありがとうございます。よろしくお願いします」


 支店長はオストアロゴからぱっと手を離し、リンティナと呼んだ女性の方へ手を差し出した。

 彼女は作業用の革手袋のまま支店長と握手を交わし、小さな笑みを浮かべた。


「男爵夫人かエレガーティス支店への伝言があれば、承りますが」

「では、店主様に順調です、と。他は大丈夫です」

「分かりました。今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 女性は一瞬オストアロゴを見てから、軽い駆け足で荷馬車へ向かっていった。荷馬車の前には、三十手前くらいの気難しそうな、顔の美しい男が待っていた。


 どうやら商隊のようだ。長旅だったのか、六台ある荷馬車はどれも薄汚れていて、荷台には木箱が重なるように積んであり、上から厚い覆いが被せてあった。

 更に、荷を積んだ驢馬(ろば)騾馬(らば)が十頭余りいて、先頭の方では騎乗用の馬がまとめられている。


 オストアロゴが集団をまじまじと観察する。


「すげえな、他国の商隊か? 初めて見た……」

「彼等は国を越える行商人ですが、これで小規模らしいですよ。同じくらいの商隊が別行動で先に行ってるそうです。もう少し後で合流するんだとか」


 支店長が聞いたばかりの話をして聞かせた。

 まぶしい物を見る目で、オストアロゴは商隊を眺めた。異国風の丈長袖なし上着を羽織った(たくま)しい男達や、珍しい意匠の腕輪をチリチリ鳴らして歩く、被り布を頭から垂らした女。皆、顔面が整っており身体もしなやかで麗しい。

 他国の奴らって美形しかいないのか、と彼は感心した。


「支店長さん、エクディキシ商店は、これから規模がでかくなるんですか?」

「そういう予定は聞いておりませんが、店主様から以前、他国の珍しい物や高価な物を仕入れたいか、と聞かれたことがあります」

「ああ、新しい調味塩の材料とか、か」

「はい。それもありますね。今日は、良い感じの雑貨類も入荷しましたよ」


 何かすげえ、と彼は集団をチラチラ見ていた。と、リンティナと呼ばれた女性が両手を広げて匂いを嗅ぐような仕草をした。そして革手袋を外しながら、彼女を待っていた様子の男性と言葉を交わし、一緒にオストアロゴの方を見た。

 彼等と目が合った。何となく会釈すると、向こうも会釈した。


 彼女は革手袋を嫌そうに指先でつまんで布袋へ突っ込んだ。

 虫除けの香を焚きしめた翌日、アピリーが嫌がっていたのと同じ顔だった。男が苦笑しながら布袋を受け取っていた。

 なんか、傷つくな。オストアロゴは自分の腕をクンクン嗅いで、支店長に聞いた。


「俺、何か匂いますか?」

「いいえ、別に。……あ。今、異国風調味塩の匂いが、少々」

「そうですか……」


 すっかり()()()()()()に慣れてしまったオストアロゴには、良く分からなかった。




 暑い夏季の空気が多少和らぎ、秋近い頃。


 再びオラニオが「馬の骨」へやって来た。彼は、仕事のついでにロフィーダと会うのが目的だった。

 誘われたロフィーダは、アピリーと一緒に彼のテーブルを囲んだ。

 店は混み合う時間帯で、イニアが客の間をくるくる動き回っていた。


 オラニオはロフィーダを姉のごとく頼りにしているようで、

「子爵令嬢が、ずっとルフェイ領で儀礼用手袋を作りたいと仰っているのです。ご自分のお抱えのお針子が作ったものを、お気に召さなかったらしく……。侯爵様が、男爵夫人の迷惑になるからとお止め下さっていたのですが、先頃、直々に呼び出されまして、内々に何とかしろと言われてしまいました」と、今回も愚痴をこぼした。

 ロフィーダはあらまあ、と眉をひそめ、

「男爵夫人もお困りでしょうね。ご令嬢が田舎男爵領へ採寸の為だけに来るはずも無いですし、かと言って、礼儀を知らない平民の職人を、エレガーティス領へやるわけにもいきませんでしょうし」と言った。

 するとアピリーが、「じゃあ、お作法(たほう)ができるエレガーティスの職人(ちょくにん)を、こっちで習わちぇたら?」と言った。

 大人が顔を見合わせ、にこりとした。


 オラニオが

「エレガーティス領の人間を使うよりも……。確か昔、裁縫師だった同胞がいましたね」と言い、ロフィーダも

「細工師だった同胞もいたわ。彼、エレガーティス支店で働いているはずよ」と言った。

「良い案ですよ、アピリーさん。長と店主様に提案してみましょう。上手くいけばもう一つ狩場が出来ます」


 アピリーは「んっ」と笑顔でうなずいた。


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