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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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33/37

偽りの葬儀


 


 あの後、ひと月あまり経ってエレガーティス子爵令嬢から手紙が届いた。

 時間的に見て、自宅に着いてから書いたのだと思う。


 ルフェイ男爵家へ送っているくせに、表の宛名はエクディキシ商店店主ティピナになっていた。敬称も無いし、格下どころか平民扱いだ。

 意図的かどうかわからないが、(かたく)なに私を男爵夫人と呼ばないところが、何をか言わんやだ。


 嫌な予感と共に手紙を開封して見れば、流麗かつ力強く美しい文字が並んでいた。整っているが、何というか繊細さが無いので若い女性の字に見えない。男の使用人が代筆したみたいだ。

 しかも貴族的で分かりにくい持って回った言い回しで、「私も貴女とお友達なんだから、伯爵夫人にあげた物よりもっと良い物をこっちへ贈りなさい。特別にもらってあげますから感謝しなさい」と書いてあった。

 解読した直後、貴族教育を受け直しておいて本当に良かったと思ったが、内容を理解したらどっと疲れてしまった。とんでもなく横柄だ。


 どうもカシィコン伯爵夫人のアミーナさんに贈ったのと同じような手袋が欲しいらしい。手紙から察するに、自慢されたらしく羨ましかった様子だ。


 私が贈った五本指の手袋は、きっちり作ると時間もお金もかかるお高い装飾品だ。

 富裕層以外の平民は、小袋に親指部分だけ飛び出した形の防寒手袋か、固くてごつい作業用防護手袋ぐらいしか使わない。


 ええー……。また、勝手なことを言う人だなぁ。


 エクディキシ商店は服飾用品店ではないので、私が懇意(こんい)にしている職人に今から頼んだとする。そこからどんなに急いだ所で、出来上がるのは冬目前だ。

 それに、ルフェイ領からエレガーティス領へ運んだら、手元に着く頃もう真冬になっていて、おしゃれな薄い手袋の出番なんかほぼ無いに等しい。

 そもそもエレガーティス子爵令嬢の寸法が分からない。


 大体、友達だから贈れとか、どうなのか。友達って強請(ねだ)るものなのか。本気で言っているのだろうか。

 いや、あの人のことだ。本気なんだろうな。

 ため息をつくと、フォスアンティピナがたずねてきた。


(ティシア、面倒な個体の言うこと聞くの?)

 いいえ。悪いが贈るつもりは微塵も無い。

 とはいえ、相手は格上の貴族だから下手に逆らっては危険だ。


 仕方なく「材料をエレガーティス領の支店へ送るので、そちらでお気に召す生地等をお探しになって、ご自分でお好きに仕立てて下さい」という内容の返事を、頑張って貴族的で遠回しな美しい文章を使って書くことにした。

 うちで作るよりその方がまだましだ。


 眉根を寄せ、荷物を送る算段を漠然(ばくぜん)と考えつつ、言葉を選んでどうにか返事を(ひね)り出す。


「手紙かい。苛ついてるね。どうしたの、怖い顔だよ?」


 ふと気が付くとクリスが横にいて、私の眉間をちょんと突いた。

 魔族が気配を感じさせないのにも慣れてきた。


「面倒だけど、これの返事を書こうと思って。とりあえず材料をエレガーティス支店へ送っておくわ。あとはオラニオにお願いしようと思うの」


 私は子爵令嬢の手紙を見せ、愚痴をこぼした。返事を書き終わらせ、眉間に皺が寄っていたのを指先で()む。

 彼は軽く令嬢の手紙を一読した後、私の手元を覗いて良い笑顔を見せた。


「おやおや。手伝ってあげよう」

「私の仕事なのに、悪いわ」

「これくらい構わない。手紙の返事は書き終わった?」

「ええ、今さっき」

「それじゃあ、私が預かろう。材料と一緒に持って行かせる。こういうのは時機が大事だから同時が良い」


 私は返事の手紙をクリスに預けてお礼を言った。


「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうだ。ちょうど私も、ルルディアに頼まれてエレガーティス領へ送る物があってね。そのついでに材料と君の手紙も渡してこよう。

 これに、侯爵様に母の体調が悪くなったと伝えるのに一役買ってもらうよ。君は義母の看病で忙しいので、令嬢の無茶なお願いなど聞いていられない。しかし、辛うじて材料ならお譲りすることが出来る。そういう風に取られるはずだ」

「侯爵様? 待って、子爵令嬢への返事なのよ」

「侯爵様で良いんだ。あちらもエクディキシ商店じゃなくルフェイ男爵家に送ってるだろう? これでおあいこになる」

「そんな、大丈夫なの?」


 見上げると、クリスはにっこりうなずいた。


「侯爵様は、こういう権力の威を借る理不尽がお嫌いなんだ。先代の侯爵様がやらかしたせいでね。何なら、子爵令嬢が君へ寄越した手紙も()()()()同封してやろう。楽しいことになる。ちょっとそれ、もらえるかい?」

(何するの? クリオスアエラス、楽しそう)


 フォスアンティピナがわくわくしている。クリスにはちょっとした企みがあるようだ。

 私はおずおずと子爵令嬢からの手紙をクリスに手渡した。

 すると彼は、私の返事と子爵令嬢の手紙を一度広げて重ね、一つにまとめて紐で括ってしまった。


 それから、控えていた使用人の魔族を呼んで頼んだ。


「すまないが、明日、小包み一つと手紙を二通と、ティーの指定した材料を、エレガーティス領へ持って行って欲しい。特に急がなくて大丈夫だ。先にティーの材料をエクディキシ商店の支店へ。私の手紙と小包みはその後で良いが、侯爵様へ直接お渡ししてくれ。

 その時、このティーの手紙を侯爵様の目の前で()()()()()()落として散らかすように。侯爵様が拾ってくれると大変良い。拾って回収したらエレガーティス子爵家へ渡して来て欲しいが、もし侯爵様にお預け出来たら、とても良い」


 使用人の魔族がさっきのクリスと同じくらい良い笑顔になった。


「ははぁ……。かしこまりました。必ずうっかりそう致しましょう」

(わあ、面白い!)


 無責任にフォスアンティピナが楽しんでいる。

 うっかりって何。意図的にという意味だったっけ……?


「よしよし。これでしばらく令嬢も大人しくなるよ」


 クリスは、戸惑う私の肩をぽんとたたいた。




 その後ひと月くらいかかって、エレガーティス領から戻った魔族の使用人は、クリスの頼み通りにやってのけたと報告した。

 私の手紙は、子爵令嬢の手紙込みで侯爵様が預かったそうだ。侯爵様は大変お疲れのご様子だったとか。何だかすみません。


 そして冬に入る前には、ルフェイ男爵宛に、エレガーティス侯爵から丁寧なお礼の手紙が届いた、とクリスが教えてくれた。

 子爵家からの連絡は無かったが、手袋の材料は侯爵様がまとめてお買い上げ下さった。

 そちらはエレガーティス支店のオラニオから報告が届いて、後から知った。やっぱり色々すみません、侯爵様。






 冬の一番寒い頃、大雪が降った。


 最初は小降りだったが、降り出した次の日になっても雪は止まず、これは積もるな、と本邸の皆が予想した。

 そのうち吹雪いてきて、人の行き来が途絶え、三日経ってから降ったり止んだりして徐々に弱まり、四日目にやっと降り止んだ。その間にルフェイ領はすっかり雪にまみれてしまった。


 滅多に無いほどの雪だ。数日続いた悪天候のせいで、王都からルフェイ領へ至る道は閉ざされている。

 流石にわざわざ田舎の領地を訪れる者もいないだろうと考えて、クリスはこれ幸いと母親が亡くなったことにした。


 翌日、晴れて目に痛いほど白い雪景色の中、魔族達は前男爵夫人ルルディア様の葬儀をすると決めた。


 葬儀はルフェイ領にある女神信仰の教会で行われた。私の人間向け婚姻式の際も、この教会の巫女が屋敷へ来てくれていた。


 田舎領地の教会だからそんなに大きくはないが、それなりに綺麗な建物だ。

 礼拝堂の祭壇前には、領主家に対する礼儀で、そのとき教会に居た全ての者が揃って整列していた。男巫や下位の巫女の姿まであった。

 寒い日に駆り出されて彼等も大変だ。


 かねてからの計画通り、身内だけしか参列者が居ないとてもひっそりした式となった。

 葬儀が始まると、この教会に在籍している中で一番位の高い年かさの巫女が、丁寧に祈りを捧げ始めた。

 私は密かに、教会の誰も棺を開けて故人の顔を見ようと言わなくて良かった、と思った。


 棺の中には、勿論ルルディア様の身体が入っていない。でも万が一に備えて、似た髪色で同じくらいの背格好の知らない誰かが納められている。

 顔は何となく本人に似通って見えるように、侍女が厚い化粧で誤魔化したそうだ。

 多分、先代の男爵様の墓も似たような感じなんだろうなと思う。だって、クリスの殻は今も別邸に保管してあるのだ。


 領の教会の一番良い場所にあるルフェイ家の墓地には、代々のルフェイ家のご先祖様達が眠っている。

 その、先代のルフェイ男爵クリティアス様の墓の隣に、雪をかき分け土を掘り、黒い棺が地に埋められた。

 盛り土の上から新しく墓石を据える。凍えるような寒さの中、黙々と作業が進む。

 雪のせいで寒すぎるから、という理由で埋葬の儀式は手早く簡素にしたものの、それでも領主家の葬儀だったせいか、真冬だというのに墓の前にはたっぷりと花が供えられた。何処からかき集めてきたのやら。

 雪の白に花々が映えて、とても美しかった。


 巫女が墓の前で祈っている間、ルフェイ家に仕える魔族達は、神妙に首を垂れて手を合わせ、いかにも敬愛する女主人を悼む様子だった。

 喪主のクリスは言わずもがな、悲痛な表情をきっちり作っている。私も皆と同じように手を合わせて祈りを捧げ、顔を覆うように垂らした薄布越しに、無言で墓を見つめた。


 (おごそ)かな雰囲気だ。

 しかし、この葬儀自体が偽りだというのだから、何とも言えない気持ちになる。

 

 儀式が終わり次第、雪道の難儀さを理由にそそくさと教会から出た。

 巫女からお悔やみと励ましの言葉をもらって、言葉少なに礼を言い、ぞろぞろ皆で本邸へ帰った。

 屋敷に着いてすぐ、だめ押しのようにまた雪がちらついてきた。魔族達は空を見上げ、満足そうにしていた。


 翌日、現領主の母である先代の男爵夫人が亡くなったので葬儀をいたしました、という知らせを王宮へ送った。

 全部が終わってから伝えるのは、もちろん余計な詮索をされないためだ。雪のお陰で連絡が遅れるのも計算の内である。


 これからルフェイ家は喪中になるので、極力外へ顔を出さないで過ごす。


 通常、貴族の服喪期間は最短三カ月、長いと三、四年だ。亡くなった人物と親しい間柄だったら長くなる。期間は喪主が自分で決めて教会に伝える。

 その間、王様の命令でもない限り華やかな社交の場へ行く事は控えるし、結婚や祝賀会等のお祝いにも参加しない。派手な衣装は避け、装飾品もほとんど身に付けない。

 その代わり、教会と墓参りに好きなだけ行って祈りを捧げる。教会の教えでは、服喪期間は悲しみを癒やし前を向く為の時間とされている。


 平民の場合、いつまでも引きこもってじっとしていたら生活に支障が出るので、長くて一年くらいで終わりにする。なんなら二、三日で切り上げる。喪中の過ごし方は似た感じだ。


 クリスは「表向きから考えると、隠居していたし、長らく伏せって住まいも別だった。とはいえ、たった一人の母親だ。息子が喪に服するのは二、三年くらいが妥当だろう」と言った。

 だから私も、それに準じた過ごし方をする。その為、「しばらく、あまり外出などなさいませんよう」と言われた。


 領内全体も喪に服す。

 賑やかな催しやお祭り騒ぎは基本禁止。領民の結婚等のお祝いごとは、禁止こそしないが、なるべくひっそりと行われる。

 こちらは慣例でだいたい一年間。あまり長くなると町に活気が無くなるので、そんなものだ。




 葬儀が終わって十日以上過ぎてから、付き合いのある近隣の貴族家が、お悔やみの言葉を伝える手紙や使者を送って来た。

 遠方の貴族家等からは、更に二十か三十日ぐらい経ってぽつぽつと届いた。


 恐ろしいことに、王宮からも手紙が届いた。既にひと月以上過ぎていたし、形式的で型通りの短い文章だったが、ど田舎の一男爵家が王家から慰撫(いぶ)の言葉を(たまわ)るということ自体、異例過ぎる。


 また、領民が次々と教会へ花を供えに来た。ルルディア様贔屓(びいき)な方々からも、丁寧な手紙をいくつかいただいた。王都の宿の主人なんかも、綿々(めんめん)と綴ったお悔やみの言葉を送ってきた。


 それら手紙類はクリスが開封し、確認後、必要なものに返事や礼状を書いた。

 処理が終わると、全部森の館へ運び込まれている。出立準備の合間に当の本人が楽しそうに読んでいるという。


 ルルディア様の出立は、春分の頃に決まった。

 本邸の魔族達は、今まで仕えていた元一族の長が隣国の谷の館へ行くというので、出発前の挨拶をしておきたいと、交代で別邸へ顔を出しに行くことにしたそうだ。


 雪がだいぶ消えるまで待って、私もルルディア様とリコフォスに会いに行った。


 森の館の周囲はまだ雪が残っている。多少は地面に張った薄氷も()けて道がぬかるんできていたが、春はまだ遠い。


 館へ着くと早速、あちらに居ますよ、と居間へ案内された。

 暖炉の火が部屋を温めており、室内は外と段違いに暖かい。


 ルルディア様はゆったりと椅子に腰掛け、手紙をひとつずつ読んでは、テーブルの上に置いた読了済みの箱に入れているところだった。

 リコフォスも一緒だ。彼はすぐ隣の椅子で本を読んでいた。

 仲良し親子だな、と思う。


 軽く挨拶を交わし、勧められるまま彼等の向かい側の椅子に腰を下ろした。

 低いテーブルの上、手紙を入れてある箱をちらりと見ると、一番上はエレガーティス侯爵様のものだった。何通かその下に手紙が重なっている。

 思わず見たままを口にした。


「たくさんお手紙をいただいてますね」

「そうね。思ったより多く届いてるみたい。皆さん私の死を惜しんで下さって有り難いこと。これまでの頑張りが評価されてるって実感がわくわ。嬉しいわね」


 ルルディア様は読みかけの手紙から顔を上げ、微笑んでそんなことを言った。

 ちょっと言葉に詰まってしまう。


「ごめんなさい、これだけ読んでしまわせて。……あら、面白いことが書いてある。リカルドを返してもらえませんか、ですって。うふふ。馬鹿なのかしら?」


 ルルディア様が楽しそうにリコフォスへ手紙を振って見せた。

 しかめ面でリコフォスが横から覗き込んだ。本を閉じる。


「誰です。見せて下さい」

「どうぞ。でも、クリオスアエラスが返事を送った後よ。何も出来ないわ」

「はい。わかっています。……ッチ。あ、失礼」


 盛大にリコフォスが舌打ちしてから謝った。ルルディア様は目を細くし、面白がって笑っている。


「リカルドさんの家族からですか?」


 控えめに声をかけると、リコフォスからうなずきが返ってきた。


「はい。何も知らせてないのに、何処かからルルディアが死んだと聞きつけたんですかね。あわよくばと打診してきたんでしょう。永遠に放置してくれて良いのに」


 苦々しそうに彼がこぼすと、ルルディア様は肩をすくめた。


「仕方がないわね。念の為リカルドの形見とか、何か納得させる物を用意しておいたらどうかしら? リコを探しに来たら面倒だわ」

「それが良いかも知れません。ちょっと良さそうなのを探してみます」


 すいっとリコフォスは立ち上がり、部屋を出て行った。


 リカルドさんの家族は、今でも彼のことを大事に思っているのか。

 詳しいことは分からないが、全て捨ててきたと聞いている。私が知っている彼は、落ち着いて穏やかな印象の人だ。まだ家族から愛されていたのか。切ないな……。


 そんなことを考えていると、ルルディア様は見透かしたように言った。


「多少はリカルドを思ってのことかも知れないけれど、彼の家族は有能な働き手が欲しいだけよ。家が傾いてきたらしいの。自分を大きく見せたいし、我慢が出来ない人達だから、少しばかり散財が過ぎたのね」

「え、そうなんですか。じゃあ、働き手って、執事を探してるんですか?」


 彼は生前、ルルディア様の執事をしていたはずだ。


「さあ。執事か家宰か知らないけれど、彼等の代わりに働いてくれる人が欲しいのは確かね。自分で働きたくない人達だから」


 ……何となく嫌な家族のようだ。

 それはリコフォスも舌打ちが出るか。


「はぁ。貴族って皆、身勝手なんですね」

「まあまあ、全部がそういう人間じゃあないから、そんなに悲観するほどでもないわよ。結構良い人間も居るわ。エレガーティス侯爵みたいな人とか、ね」

「あ、侯爵様からお手紙が来ていましたね」


 ルルディア様は可愛らしく微笑んだ。


「それは前に出した手紙の返事よ。寒くなる前、ずっと昔に侯爵様からもらったリュートをお返ししたの。もう弾けませんから元の持ち主へ返します、って」

「リュートって、楽器のですか?」

「そう。自分専用のを手に入れたから、他人のお下がりは不要でしょう? 時々芸をしたりして、旅を楽しもうと思ってるの。貴族仕様で目立つ楽器なんか、足がつくから持っていられないわ」


 あ、クリスが侯爵様のところへ送った手紙と小包はそれだったのか。

 侯爵様が、お貴族様仕様の楽器をあげるくらいルルディア様を気に入っていたとは。太っ腹だ。


 それにしても、旅路で芸をしながら路銀稼ぎするのだろうか。かつてルルディア様は吟遊詩人の一団に居たこともあると、ロフィーダが言っていた。


 私の考えに答えるように、ルルディア様は明るく言った。


「質素ななりで気兼ねなく身軽な旅をしたいの。貴族は堅苦しくて。なんといっても久しぶりに自由なんですもの!」

「そうなんですね……」


 と、居間の扉を軽く叩く音がして、リコフォスが戻って来た。手には小さな木箱を持っている。


「見てもらっても良いですか。これなんかはどうでしょう」


 リコフォスは蓋を開けて見せた。箱の中にはブローチが入っていた。硬貨のような金の円形で、真ん中に親指大の茶色い縞模様の石が埋まっている。なかなか綺麗だ。


「あら、良いわね。色味が昔のリカルドのようだわ」

「では、これにしましょう」


 あっさり決めると蓋を閉じ、私に差し出した。思わず受け取ってしまう。


「は、あの、これどうするのですか?」

「ティーさんが持っていて下さいませんか。虎目石のブローチです。誰かリカルドを探しに来たら、女神を追って旅に出たと言って渡して下さい」

「私、宝石は詳しくないのですが、高価なのではありませんか?」

「いいえ全く。誰も欲しいと言わなかったら、ティーさんがそのままもらっておいて下さい。彼が最後に話した人族は貴女ですから」


 手の中の箱に目を移す。

 女神を追って旅に出るとは、亡くなった人の後を追って死出の旅に出た事を暗に示す言い回しだ。女神の御許へ向かうという意味の。


「リコ、それは彼が買ったの? 私、知らないわ」

「彼の記憶では、貴女の所へ来たとき身に付けていましたよ。魔除けでした。天眼石は魔除けになるとか、そういう言い伝えの類いですね。リカルドは半信半疑でしたが、ルルディアのため付けるのをやめたんです。それきり箱に仕舞ったままでした」

「ああ、そういえばそんな民間伝承があったわね。魔を払う水晶とか玉髄とか……。まあまあ、そうなの。うふふ。人間って、可愛いわね」

「はい。わりと健気(けなげ)ですよね」


 二人は微笑ましそうに表情を柔らげた。


 最後に話した人族が私。リカルドさんの形見。

 木箱を持つ手が重くなった気がして、膝の上にそっと置いた。


 私は居住まいを正し、真っ直ぐ二人を見た。


「あの。きっと、人間の私は、お二人にまた会えるかどうか分からないと思います。だから今日は、最後かも知れないご挨拶をと思って……。こちらへ来てから、色々お世話になりました。ありがとうございました」


 頭を下げると、魔族の親子は優しく微笑んだ。


「気にしないでティーさん。私は一族の為に行動していただけ。貴女が『揺りかご』であること、それ自体が私への対価よ」

「そうですよ。どうかずっとお元気でいて下さい」


 そして幼体をよろしく。

 そう声も無く言われた気がした。



 2026,02,10 修正しました。 笠に着た→威を借る


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