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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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盤上遊戯の賭け勝負 三


 後日、ルフェイ男爵家はカシィコン伯爵家へ賭け金の請求を行ったのだが、その結果、私はカシィコン伯爵夫人に屋敷へ招かれてしまった。


 カシィコン家へ使いに行った魔族の使用人によると、たまたまソストース様が留守だったので、伯爵夫人とあちらの家宰が対応に出たそうだ。

 ところが、あの宿での賭け事を、ソストース様は夫人や屋敷の皆に黙っていたらしく、伯爵夫人達は何も知らなかったらしい。「勝利報酬とは何のことですか?」と説明を求められたという。


 幸いその時、ソストース様に同行していた使用人が屋敷に居たので呼んで来て、証拠の紙の自筆署名を出して問うと、正直に盤上遊戯の賭けの結果だと白状したそうだ。どうも口止めされていたらしい。

 もちろん伯爵夫人は大変不機嫌になった。それでも渋々ながら報酬を支払っていただけたそうだ。


 そんな訳で一応、約束通りお金を貰って来たけれど、後日伯爵夫人から私宛の招待状が送られて来たのだ。

 明後日、カシィコン伯爵家のお屋敷でお茶会という名の親睦会を開くという。

 インクの跡も黒々と気合いの入った力強い字で、「是非お越し下さい。女性同士で色々なお話しをしましょう」と文末に添えてあった。


 急なお誘いに頭を抱えてしまう。

 盤上遊戯で賭けを言い出したのはあちらで、こちらのせいじゃないと思うんだけど。


「これから毎月支払う予定の金が、当主の賭け事の負債と知って、伯爵夫人は腹が立ったんだろう。情けなくも不名誉な話だが、事を荒立てて、カシィコン伯爵家が無粋にもルフェイ男爵家に盤上遊戯での結果に文句を、となったら、またいらぬ話の種になると思ったのではないかな。少なくとも、世の盤上遊戯愛好家からは馬鹿にされるに違いない。再び収まった噂を蒸し返されるのも、ね。

 それより、女性の平和的なお茶会にティーを招待して、内々の雑談に紛れたように装いながら、当事者から直接詳細を聞こうと考えたんじゃないかな」


 クリスが招待状を軽く突いて言った。

 まあ、そんなところかと思う。


 招待されたのは私一人だ。

 あちらは、平民生まれの私ならちょっと何か融通してやれば、丸め込めると思ったのかも知れない。あるいは逆に、勝負結果の無効や撤回を高圧的に命じてくるかも知れない。

 面倒なことになってしまった。


「うーん、流石にこれは断わらない方が良いわよね?」


 情けない声でクリスに言うと、そうだね、と返された。


「もし断ったら、隔意が有るとか盾突いているとか思われるかもね。私は特に招待されていないが、付き添ったほうが良いかい?」

「ううん。そういうことなら、呼ばれてもいない男性のクリスが顔を出すのはどうかと思うわ。明らかに女性の集まりみたいなんだもの」


 そうは言ったものの、げんなりした気持ちになる。

 クリスは少し考えて、軽くうなずいた。


「そうか。万が一、あちらが謝罪してきて、ティーが赦せると思ったなら、賭けの報酬金は無かったことにしても良い。私としては、試合に勝ったことで相手の自尊心を(くじ)いてやったから、それなりの報復になったと思っている。実害は無かったし、あとはどうでも。その辺はティーの好きにして構わないよ」


 賭けの報酬は、クリスにとって終わった事らしく興味が無さそうだ。


「うん……ありがとう。でも、やっぱりちょっとだけ怖いな」


 正直に弱音を吐くと、侍女が励ましてくれた。


「大丈夫です。外出のとき、ご婦人が誰か伴を連れて行くのは普通のことですから、侍女なら同伴出来ますわ。お気を強く持って」


 あ、それは心強い。クリスも賛成した。


「うん、是非そうしておくれ。作法は今のティーなら平気だと思う。折角だから、何か手土産を持って行って差し上げてはどうかな」


 それは良い考えかも。伯爵家は店のお得意様だし、何か商品を贈ったら、多少は矛先が鈍らないかな。


「……そうね。難しい相手との商談だと思えば、頑張れそうな気がしてきたわ」

(私も一緒に頑張るよ)


 フォスアンティピナも伝えてきた。うん。そうだ、少なくとも私は一人ではない。


「うん。ティーは頑張り屋さんだね。私に手伝えることはあるかな? 何かして欲しいことは?」

「いいえ、そんな。いつも頼りにしてしまって、申し訳なく思っているのに。きっと大丈夫よ」

「ふふっ。私達は家族じゃないか。気にしなくて良いのに」


 クリスは目を細めて、小さな子供の頭を撫でるように私の頭を撫でた。






 明後日、私はいつものように護衛と侍女を連れて家を出て、伯爵夫人のお茶会に参加した。

 まだ暑い時期が続いているので、私の装いはあの水色のチュニックドレスだ。

 女性の集まりということで、護衛には馬車で待ってもらい、侍女を伴った。


 伯爵邸は、少し重厚な印象の建物だ。左右対称な造りで、茶色い石壁の広くて立派な古いお屋敷だ。歴史と伝統を感じさせる。


 久しぶりに顔を合わせた伯爵夫人は、結婚式でお会いした時よりも、産後のせいか少しふくよかに見えた。元気そうだが、少し疲れているのか顔色はあまり良くない。


 未だ残暑が残る気候だからか、彼女は風に揺れて涼しそうな青色の衣装を着ていた。付け袖と胸の縁取りに、赤葡萄の模様が刺繍してあり、夫人の赤みの強い髪色によく合っている。


(この人間、不機嫌だ)

 伯爵夫人の顔を見てすぐ、フォスアンティピナが私の内側で忠告してくる。

 やはりそうか。


 礼儀に沿った丁寧な態度で、侍女と一緒に頭を低くして待つと、伯爵夫人は表情を硬質な笑顔に変えた。


「ようこそ。来てくれて嬉しいわ。いつもお忙しそうで、今回もご都合がつかないのではと心配していましたわ」


 前も来なかったし、呼んでも来ないんじゃないかと思ってた、という軽い嫌味に笑顔で返す。


「お招きに預かり大変光栄に存じます。幸いなことに時間が取れまして、こうしてお伺いすることが出来ました。機会を与えて下さった女神様の御慈悲に感謝しております」


 招待の礼を述べ、本当に忙しいんだけど時間を割いて来たんです、という意味を込めて返す。

 そのまま流れるように「少しですが」と、あちらの使用人に手土産の入浴塩を渡してやると、伯爵夫人の頬がちょっとゆるんだ。効果があったのか分からないがそれ以上の嫌味は無く、中へ招き入れてくれた。


 室内へ案内されると先客が居り、年配の貴族夫人が一人、テーブルの向こうに座っていた。他には使用人が数人壁際に控えるのみ。

 お茶会とやらは、どうも三人だけのようだ。


 部屋を見回すと花の一輪も無かった。客を迎える楽しい趣向とか華やかな雰囲気等は無い。むしろ仕事用の応接室みたいだ。

 どう見ても茶会は建前でしかない。


 奥に座った年取ったご婦人は、かつて金色だったであろう白髪を一筋の乱れも無くきっちり結い上げ、紫色の濃淡でまとめた落ち着きのある衣装を着ていた。金の耳飾りや腕輪が身分の高さを物語っている。客の私が来ても立ち上がる気配がない。


 私は格上に対する作法通りに頭を下げて、紹介を待った。

 伯爵夫人が私を老婦人に説明する。


「お祖母(ばあ)様、こちらがあのルフェイ男爵夫人ですわ」

「そう。顔を上げてもよろしいわ。私はカシィコン伯爵の祖母クロディアです。隠居していますから、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」           


(この古い個体、少し機嫌悪そう)

 おっとりした声音だったが、フォスアンティピナが警告してくれたので、額面通りに受け取ってはならない。

 そんなにかしこまらなくても、は大袈裟じゃない程度に礼を尽くせってこと。

 私はいったん顔を上げてから、もう一度頭を下げた。

 

「恐れ入ります。ルフェイ男爵の妻、ティピナと申します」

「ルフェイ男爵夫人、こちらへいらして。お話を聞かせてちょうだい」


 ソストース様の祖母は、優しげな声音でそう言った。

 伯爵夫人が椅子に座る音がして、そっと顔を上げると、老婦人がくいっと顎でテーブルの端を示した。言葉と違って態度は格下相手のもので、こちらを見下している。


 私は静々とテーブル近くまで進み、立ったまま待った。

 というのも、そこに座るべき椅子が一つも無かったからだ。まあ、普通のお茶会では席へ案内され、椅子を引いてもらってから座るのだが。

 しかし、控えている使用人が足りない椅子を用意する気配はない。


 ふむ……なるほど?

 使用人は主人の意向を()むもの。つまり、座らせるほどの客ではないと。

 ちら、と使用人達を見るが、全員目を伏せ気味にしている。

 主催者側も使用人を注意せず放置だ。


 招いておいてこれは無い。私を試しているのかな。フォスアンティピナはどう思う?

(多分そう。緊張感が沢山。皆、様子見してる)

 ううん。嫌な感じだ。

 

「……昨今は、どこも人手不足で大変ですわね。私もお陰で少し多忙ですの。申し訳ありませんが長居はあまり……」


 客の席も整えないような、気の利かない使用人しかいないんですね。歓迎されてないなら、もう帰りましょうか? と暗に言う。


 さっと顔を赤くする伯爵夫人と、口角だけくいっと上げる老婦人。

 伯爵夫人が鋭くトンとテーブルを指で突いた。


「あまり時間は取らせませんわ。こちらにお座りになって」


 逃がす気は無いようだ。

 その声で、やっと男の使用人が別の椅子を持って来た。示された場所に置き、すぐに下がる。

 本来は座るところまで世話するはずなんだけどな、と思いながらなるべく優雅に椅子の背へ手を掛ける。

 と、連れて来た魔族の侍女が、すっと椅子の位置を整えてくれた。

 微笑を作り「ありがとう」とつぶやくと、伝わったらしくにっこりした。魔族の侍女は私の後ろに回って控え立った。味方が近くに居ると少し安心する。


 ふと、目の前の老婦人から香ばしい麦に似た香りが漂う。横の伯爵夫人からは少し甘めのミルクのような香り。

 フォスアンティピナが(ちょっぴり美味しそう)と感想を述べる。


 続いて、給仕の侍女がお茶を目の前に差し出した。


「どうぞ」


 爽やかで豊かな香り。色は深い茜色。この国で流行っているお茶は、ほぼ宗主国の帝国を通しての輸入品だ。お茶会自体も帝国から伝わったもの。

 ルフェイ男爵領では、領内で作るハーブのお茶が主流だ。あれはあれで美味しい。

 このお茶は香りからして、高価で良質な輸入品と見た。


 作法として、まず主催者にあたる伯爵夫人が一口飲むのを待って、私もいただく。

 口に含んでみると思ったよりも渋味が強い。良い品なのに淹れるのが下手で残念だ。顔をしかめないよう我慢する。


(下手じゃなくて、わざと。どっちの個体も不機嫌)

 フォスアンティピナがささやく。

 見れば二人のお茶はこんなに濃くない。色味が違う。嫌がらせ。

 そう、なるほど。呼んだくせにやっぱり歓迎していないと。

 じゃあ、面倒なことは早く終わらせるに限る。


 私は飾らずに真っ直ぐ聞くことにした。


「それで、ご招待下さったのは、私に何をおたずねになりたいからでしょうか?」

「おや、気が短いこと」


 手の甲で口元を隠した老婦人に、困った表情を作ってやる。


「先程も申し上げましたが、あまり長居は出来ませんので」


 その方がお互いの為のようだし。


 すると、カッと頬を紅潮させた伯爵夫人が一気にまくし立てた。


「でしたら、私も率直に言わせていただきますわ。

 先日、我が領の宿で、大騒ぎをしたそうじゃありませんか。しかも、様子を見に行った夫に酒を飲ませ、泥酔させた上、盤上遊戯で負かして毎月金を払う約束をさせたと聞きましたわ。下手をしたら愛人になる予定だったそうね? あまりにも恥知らずな行いじゃありませんこと?」


 横で老婦人もうなずいている。


 つい、貴族教育の教えが頭から飛び、驚いて目を見開いてしまった。


「誤解です。どなたがそう仰いましたの? まさか、本当にそうお思いになったので?」


 理性を取り戻し真顔でたずねると、あらあら、と老婦人が苦笑した。もしや全部こっちのせいにされている?

 伯爵夫人が噛みつくように言う。


「夫がそう言いましたわ!」

「伯爵様に同行した人達も、そう言ったのですか?」

「執事は、こちらの落ち度だからと言って、穏便に済ませようとしていましたけど、私は誤魔化されませんわ」

「その、執事を信用いたしませんの?」

「夫を信じておりますから」


 伯爵夫人が睨んでくる。

 私はため息を吐いた。ずいぶんと酷いな。


 内側からフォスアンティピナが助言してきた。

(この固体、怒ってるけど、疑いと不安も混ざってる)


 無駄かも知れないが、事実を言ってみよう。せめて嘘だと訴えるぐらいはしないと。


「確かに、伯爵様は私共が宿で帰りの支度(したく)をしている頃、お着きになりました。その時、支度待ちの間に遊んでいた盤上遊戯をご覧になって、伯爵様が私と一戦したいと仰いましたので、お相手いたしました」

「やはりね!」


 ほらね、という顔をする伯爵夫人に、私は首を振った。


「試合は、私が負け、伯爵様がお勝ちになりました」

「えっ? 貴女が負けた?」


 ならばどうして、という顔になった伯爵夫人に説明する。


「私が罰杯のワインを飲む代わりに、伯爵様は夫と対戦を望まれました。それで、続けて夫がお相手いたしました。ワインは普通に飲み物として伯爵様が飲んでしまわれましたので、罰杯用の別のお酒を宿に頼みました。そうしたら宿の方は、帝国産の皇帝秘蔵酒を持って来たのです。

 伯爵様は、新しい罰杯用の酒を大変お気に召したらしく、負けたら罰杯ではないものにしようと仰いまして、そちらも飲み物として召し上がってしまいました。そのせいで酔ってしまわれたのでしょう」


 そこで一旦言葉を切った。

 私の眉間に、知らず知らず皺が寄ってしまっていたのに気が付いて、そっと指でもみ伸ばした。


 ああ、今思い出してもムカムカする。

 ……だめだめ、淑女は冷静に。


(大丈夫、落ち着いて)

 フォスアンティピナの励ましを受け、私は眉間に指を当てたままぎゅっと目を閉じ、絞り出すように言った。


「罰杯の代わりに、その……。負けたら月に一度、私を……一晩貸せ、と仰いました……」

「……!」


 誰かの喉元が鳴る音が聞こえた。


(どっちの個体も驚いてる。ティシア頑張って。うんと悲しそうにすると良いって、後ろの仲間が言ってるよ)

 フォスアンティピナが私を励ます。

 分かった、頑張ってみる。


 私は手を下げ、助言に従って悄気(しょげ)たようにうつむいた。


「とても信じがたい事でした。聞き間違いか、ご冗談なら良いと思いました。……夫は本当に賭けるのかと再度聞きました。ですが、伯爵様は重ねて仰せになりました。自分がもし負けたら、同じくらいの金を払ってやると。それが中銀貨二枚だそうです」


(どっちも動揺してる。ティシア、もう少し。憐れっぽく)

 うん、やってみるよ。


「あまりのことに恐ろしく思いましたが、どうして伯爵様に(あらが)えましょうか。ご存じかと思いますが、私は元々カシィコンの生まれです。まさか新しい御領主様が、このような理不尽を、かつての領民にお命じになるような方だったとは。大変悲しく思いました」


 ため息を吐いてそっと顔を上げると、伯爵夫人が真っ赤になって震えていた。対して老婦人は石のように顔が(こわ)ばっている。


(若い方は驚いてるけど、少し納得感。でも、まだ怒りがある。古い方は驚きと困惑、失望)

 多少説得できてるのかな。もう一息か。

 また少し目を伏せる。


「いくら平民の生まれだからといって、他人の妻を娼婦の如く扱われるとは。本当に胸のつぶれるような思いでした。……それとも、貴族ならこのような事は普通なのでしょうか。家格が下なら他家の妻女を慰み者にしてもかまわないと……。師事した教師には、貴族は誇り高く、民を憐れみ、人々の手本であれ、と教わりましたのですが」


 少し嫌味を混ぜたら、目の端に伯爵夫人の白く握りしめた拳が見えた。続けて言う。


「試合のほうは、女神様の御慈悲と御加護があってか、どうにか夫が勝ちました。伯爵様はかなり酔っていらっしゃいましたので、対価を忘れぬようにとその場で署名をいただきました。それで後日、約束通りの金額を請求した次第です。

 私の言葉をお疑いでしたら、どうぞお調べになって、宿に確かめるなりなんなりして下さい。男爵家の使用人にも、おたずねになってかまいません」


 そっと後ろに目をやると、つられるように伯爵夫人と老婦人が魔族の侍女を見た。

 侍女はうなずいて肯定してくれた。


「当日その場に私もおりました。若奥様のお言葉は真にございます」

(あ、古い方の個体、凄い怒り)


 まとう雰囲気が険しくなった老婦人が、無言でさっと手を上げて使用人の一人を手招く。

 すすっと傍に来たのは、以前見た無表情が得意な執事で、深々と頭を下げた。


「あの日、ソストースが予定より遅れて私の所に来たのは、酔って宿で休んでいたからですか?」

「は、はい。若君様に酔いをさましてから出発すると命じられまして、落ち着くのを待っていました」

「お前、何故それを私に伝えなかったのです?」

「大奥様に心配をおかけしたくないと若君様が言われました。……その、若君様をお止め出来ず、大変申し訳ありませんでした」


 あの時、ソストース様をただ見ていただけのくせに、今になって冷や汗をかている使用人。

 フォスアンティピナが興味深そうに観察している。

(あの固体、凄く焦ってる。面白い)


 あんまり新しい当主に忠誠心が無い使用人なんだろう。あっさり白状している。老婦人が怖いのか、彼女には正直だ。


「それじゃあ、酔わされたのではなく、あの人が勝手に飲んで酔ったんじゃありませんか……」


 伯爵夫人が顔色悪くぼそぼそ言うと、使用人は申し訳なさそうに頭を下げた。


(おおむ)ね、男爵夫人の仰る通りでございます」


 老婦人が深い吐息を漏らす。


「そう。どうやら非はこちらにあったようですね。仕方ありません。アミーナさん、諦めなさい」


 諭されて、伯爵夫人は声を張り上げた。


「そんな! それでは、馬鹿馬鹿しい賭け事のお金を、今後も毎月支払わなくてはならないんですの? いえ、金額はどうでもよろしいの。理由が愚かしいのが問題なんです。冗談じゃありませんわ!」

「静かに。客の前です、落ち着きなさい」

「でも、お祖母様、このふしだらな女の言うことを信じるんですの?! 見目の良い男を店に集めて、いつも侍らせているような下品な女を!」


 伯爵夫人は私の悪い噂を真に受けているらしい。

 思わず顔に不快感が出そうになって、我慢と念じ、反論した。


「失礼ですが、カシィコン伯爵夫人。私の店の者達を男娼のように言うのは止めて下さいませ。外見で雇っているのではありませんわ。それに、私が常に同行させているのは、元からルフェイ家に仕えている護衛と侍女達です。夫が付けてくれた者で、自分で選んだのではありません」


 すると、老婦人が聞いてきた。


「それにしては、エレガーティス店の売り子は、ずいぶん容姿も態度も優れていると評判ですけどね」

「それもたまたまです。あちらの店員は、先方の要望に添って開店を早めたせいで、現地採用が間に合わず、ルフェイ家の縁故を頼って優秀な者達を集めました。その際、容姿は考慮していません。それに、カシィコン支店の者達にも接客を教えてあります。もし対応に御不快な点がありましたら、改めさせますのでお教え下さい」


 店のことを悪く言われたままではいられない。でも、悪意は許し難いが、こちらに改善点すべきがあるなら聞かなくては。

 (へりくだ)って問うと、老婦人の眉がピクリとした。


「……いえ、態度に不満があったとは聞いていませんね」


 少し考えて彼女はゆっくりと答えた。

 老婦人も伯爵夫人も、少し微妙な顔になっていた。


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