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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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28/30

盤上遊戯の賭け 二


 盤上遊戯は、庶民から貴族まで幅広く人気のある遊びだ。特に殿方に愛好者が多い。

 地方によってルールが微妙に違うらしいけど、帝国や隣のバルニバ国でも人気だそう。


 今、王都で流行っている遊び方を簡単に説明すると、六面の賽子(さいころ)を二つ使い、縦三列、横十列の合計三十目の遊戯盤で、各々七つの持ち駒を全て終了地点へ先に到達させた方が勝つ、というもの。

 駒の開始地点は手前の左角。自分のスタート地点が相手のゴール地点だ。

 ゴール前のマスに止まったときだけ後退可能だが、駒は基本前進のみ。

 自分の駒で、相手の駒一つを縦か横に挟むと、盤上から取り除くことができる。除けられた駒は手駒として戻す。

 そうやって妨害しつつ、全駒のゴールを目指す。


 さて。

 対戦の先手は向こう。

 一回に駒は二個まで動かせる。駒の歩数は賽子の出目と同じ数。ゾロ目のときは、片方の駒の歩数に一歩足す。

 ソストース様の最初の一投は、なんとゾロ目、六が二つだ。


「……あっ」


 うっかり驚きの声が出た。初手から運が良い人だ。

 それに気を良くしたソストース様が、得意げな顔で駒を二つ、六歩目と七歩目のマスへ置いた。


 次は私の番。賽子をつまむ。

 ……気のせいか、ソストース様が私の手元ではなく胸元を見てるような?

 いや、まさか。屋外だし虫でもいたんだろう。


 彼は少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 私が賽子を投げる動きと合わせたように言う。


「ときにルフェイ男爵。男爵家に赤子が産まれると小耳に挟んだが、本当だろうか?」


 えっ、何それ……と考えてから、はたと思い当たった。

 間違った情報からの噂話を指しているのだ。直接クリスに確認してくるとは、大胆というか無神経というか。

 いけない、淑女は心を表に出さないこと。

 (頑張って)と幼体の励ましが伝わる。


 私の出目は三と二。

 あまり勢いがない。駒を二つ盤上へ。手前の列の三歩目と二歩目のマスへ置いた。


 クリスがいかにもな驚き顔を作る。


「おや? 初耳です。何処からそのような。残念ながら子供はまだです。しかし、カシィコン様のように、早く我が子を抱き上げてみたいですね。女神様の思し召し次第ですが」


 ソストース様が賽子を振る。五と四。

 新しく駒を五歩目と四歩目のマスへ置く。彼の駒は四個連続して並んでいる。


「……失礼した。やはり聞き間違いのようだ」


 まだ疑わしい目をしているソストース様に向け、クリスは顎に拳を当てて思案顔をする。


「ああ、もしかしたら、我が家の別邸に身を寄せている客人が、たまたま子を宿していたので、それが間違って伝わったのかも知れません」

「そちらの別邸に客人が?」


 クリスは軽くこくりと頷き返し、説明した。


「春頃、別邸に吟遊詩人の一座を招き、母の無聊(ぶりょう)を慰めていたのです。その内の一人が身重と知れまして、成り行きでそのまま面倒を見ています」

「先代の男爵夫人? そういえば隠居したのだったか……」


 次に私が振ると六と五が出た。

 新たな駒を二つ、五歩目と六歩目のマスへ追加して置く。


「はい。母は少々病を得まして療養中なので、気晴らしにと」

「それはそれは。早く回復するといいが」


 つまらなそうな色を隠しもせず、伯爵は口先だけ案じてよこした。


「ご心配いただきありがとうございます」


 クリスの礼と一緒に、私も頭を下げておいた。

 すると、やっぱり首の下辺りに視線を感じる。ちょっと嫌だ。他人の妻の胸をじろじろ見ないで欲しい。


 ソストース様の番だ。賽子を手の中で転がしてから盤上へ注ぐ。六と五。

 五歩目にいた駒が真ん中の列の端、十一歩目のマスへ出て来た。そして新たな駒を空いた五歩目のマスへ追加した。


 私の駒が真ん中の列に出る前にぶつかるだろうか。彼の最初のゾロ目が効いている。私は出遅れ気味だ。


 ……対戦中、時折彼の視線が私の頭から指先まで、行ったり来たりした。

 値踏みされているようで、気が散ってならなかった。

 私の内側からフォスアンティピナが励ましてくれなかったら、淑女らしい態度が崩れていたかも知れない。


 その後、運がソストース様の味方をした。

 結果は、あと一齣の差で私の負け。


 それでも早々に決着がついたのでほっとした。負けは少々悔しいが、下手に勝ってご機嫌を損ねるより良かったと思う。


 渋々罰杯を手にすると、ストース様は猫なで声で制止した。


「ちょっと待て。やはりご婦人に酒を無理強いするのは良くなかった。申し訳ないことをした。それは呑まずとも良い」

「まあ。よろしいのですか?」


 何かたくらんでいるのでは、と警戒しつつ、上目遣いにうかがって見る。


「代わりにルフェイ男爵、私の相手をしてくれないか? 君のお手並みも見てみたい」


 ソストース様がクリスにゲームを持ちかけた。

 うーん、あっさり終わったせいで物足りなかったか。


 彼は、王都で見た盤上遊戯に夢中になっている人々と同じ目をしていた。

 勝負事にのめり込み易い性質なのかも。先代伯爵も盤上遊戯が好きらしいから、案外そういう血筋なのかも知れない。

 上気した頬で、期待していると分かる。


 クリスはにこりと微笑んだ。


「お望みでしたら。下手ですがお相手をつとめましょう」

「よし、ならば手加減しよう。先に二回賽子を振りたまえ」


 フォスアンティピナが(この個体、すごく嬉しそう)と伝えてきた。ゲームでご機嫌らしい。


 罰杯用だったワインを、ソストース様はグイとひと息に飲み干した。ちろりと舌で唇を撫で、酒杯を置く。


 何だか気合が入っているみたいだ。

 私は品よく椅子から立ち、クリスに席を譲った。


 新たな一戦のための準備をしている間、私は宿の給仕を呼んで、改めて新しい酒を用意してもらった。

 出来れば一番良い酒で、ソストース様がお好みになりそうなものを、と頼む。


 そこでちらっと先生を見た。良かった、微笑してくれた。この対応で大丈夫なようだ。


 直ぐに、良く冷やした琥珀色の酒が大ぶりの酒杯で二つ運ばれて来て、盤の横に添えられる。宿の給仕がお代わり用の瓶を篭に入れ、日の当たらないテーブルの下へ置いて下がって行った。


 ソストース様は黄金色の光が透けるお酒を見て、満面に笑みを浮かべた。お好きらしい。お酒と楽しいゲーム。お気に召したらしく喜んでいる。

 賽子をクリスへ渡すと早速お酒へ手を伸ばす。

 準備がすんだ二人は、軽く酒杯の縁を合わせた。

 試合開始だ。


 クリスが最初の賽子を二度振り、駒を進める。三と四、そして三と二。

 まず三歩目のマスに一つ、四歩目のマスに一つ駒を置いた。次に三歩目の駒を五歩目へ移動。空いた三歩目のマスへ新しく駒を置いた。

 これで三、四、五歩目のマスにそれぞれ一駒ずつ、合計三つの駒が並んでいる。

 一回分の優遇措置をもらったが、まだ可もなく不可も無い。


 次にソストース様が賽子を振る。六と五。やはり調子が良いようだ。

 そのまま五歩目と六歩目のマスへ駒を置いた。


 クリスが賽子を振って、一と二を出した。

 駒を二つを盤上へ。一マス目と二マス目に置いた。クリスの駒が並んで五個になる。


 続けてソストース様が賽子を振る。五と四。

 新しい駒を四歩目へ出し、五歩目の駒を端の十歩目へ。空いた五歩目へまた新しい駒を出した。盤上のソストース様の駒は三個。


 酒杯に片手を添え、ソストース様が言い出した。


「折角だから、酒とは別のものを賭けないか。良いだろう?」

「……私に出来ることでしたら」


 クリスは静かに頷いた。

 格下の者は、余程の事がない限り格上の者の頼みを受け入れる。

 お酒の席で賭け勝負をするなら、一般的なのが罰杯だ。他には金銭や食事代、ちょっとした贈り物など。


 ソストース様は、うきうきと一口酒を含んだ。よほど飲みたかったようだ。


 クリスが賽子を振った。二と五。

 二歩目のマスの駒を七歩目のマスへ、新しい駒を空いた二歩目のマスへ。クリスの手駒はあと一つ。


 待ち構えていた手つきでソストース様が賽子を拾って転がす。四と五。

 五歩目の駒を九歩目のマスへ。新しい駒を五歩目のマスへ。ソストース様の盤上の駒は四個。積極的に真ん中の列へ進もうとしている。


 かなりお好きな味だったのか、ぐいっと器を空にして、早くもお代わりを催促した。お付きの執事が進み出て、瓶を開けトクトクと音を立てて注ぐ。

 嬉しそうにソストース様は酒杯を持ち上げた。クリスもそれに合わせて酒杯を持ち上げる。互いに一口呑む。


「で、何を賭けますか?」


 聞きながらクリスが賽子を振る。一と五。

 少し駒をずらして、七歩目の駒を八歩目へ、四歩目の駒を九歩目のマスへ。


 ソストース様が賽子をもてあそぶ。降り出された数は二と五。


 新しく二歩目のマスへ駒を置き、十歩目のマスの駒を十五歩目のマス、真ん中の列の中ほどへ移動した。

 駒の隣、手前列側にはクリスの五歩目の駒、反対隣の奥の列にはソストース様の六歩目の駒がある。


「そうだな。私が勝ったら、夫人を貸してもらおうか」


 ……は? どういうこと?

 声に出さなかったのは、ひとえに礼儀作法の特訓のお陰だ。

 強張(こわば)ったであろう顔を上げると、ソストース様は陽気な様子で、少し頬を紅潮させていた。


「なに、ほんの一晩でいい」


 そして、ちらりと私を見てにやっと笑った。瞬間、むわっと酒精と蒸れた皮袋の匂いがした。


 うわっ、気持ち悪い。

 ザッと血の気が引く。


 え、ちょっと。主人の暴走を止めないのですか?

 しかし、ソストース様の傍で控えている執事らは動かず無表情だ。


 ふと見れば、ソストース様の酒杯は空になっていた。

 空けるのが早い。もしや酔ってる? まさか酒に弱い? それとも強いお酒だったとか?


(うん。酔ってる。楽しそう)

 フォスアンティピナの肯定に、まさかと思い酒瓶の印を見る。すると、帝国で一番高価な美酒、皇帝秘蔵酒と言われる蒸留酒だったことに、やっと気が付いた。

 うわ、宿はそれをソストース様に出しちゃったの? 仕入れ元は多分私の店だろうけど。


 クリスは賽子をつまみ上げ、品良くふふふと笑い声を立てた。


「ご冗談を。伯爵は面白い方ですね」


 顔は笑っているが、目は全く笑っていない。


 ソストース様は楽しそうに肩を揺らした。彼の方から不快な匂いが笑い声と一緒に漏れ出てくる。吐息が酒臭い。


「ははは、冗談ではないぞ。私が負けたら同じくらいの金をやろう。中銀貨二枚ぐらいで良いか? 勝ったら毎月一晩借りるぞ」


(この個体、酔ってるとすごく不味そうで嫌い。ティシアは?)

 フォスアンティピナの問いかけに、私も同意する。私も以前から嫌いだったが、更に嫌いになった。


 中銀貨二枚は、庶民ならそこそこの金だ。高級な娼館で丸一昼夜居られるほどの金額だろう。

 同じくらい? 娼婦扱い?

 この人は何を言ってるの?

 これまでの態度で、彼も根が選民思想の貴族主義者なのだと分かる。男爵家を下に見て、私を平民上がりの女と舐めているのだ。

 やはりこの男、嫌いだ。


 賽子を手の中で転がしながら、クリスが念押しした。


「本当に賭けますか?」

「もちろんだとも」


 この酔っ払いめ、と私は心の中で彼を(ののし)った。

 しかし、お付きの執事は嗜めることもしない。変わらず無表情だ。

 湧き上がるむかつきを我慢していると、クリスの口角がくいっと上がった。


(あ、クリオスアエラスが怒った) 

 フォスアンティピナがつぶやいた。


 カツン、と盤上にクリスの賽子が転がる。

 一のゾロ目だ。一のゾロ目の場合、もう一度賽子を振る決まりだ。次に出たのは六と六。連続のゾロ目。一歩の追加。

 クリスは八歩目の駒を十歩目へ移す。それから九歩目の駒を十五歩目へ。真ん中の列のソストース様の駒横に置く。

 そして、十歩目の駒を七歩進めて、十七歩目のマスへ。ソストース様の駒の反対隣に置いた。

 挟まれた駒は取り除かれて手駒に戻る。


 ソストース様が驚き声を上げる。


「お、……おぉ、運が良いではないか」

「はい。本当に」


 ほんのり笑みを浮かべ、クリスが軽く返事する。

 賽子を手渡し次を譲った。


 ソストース様が賽子を振る。

 同時に、木陰を渡る風が木の枝を渡り、葉擦れのさやさやいう音が聞こえた。


 一と二の目が出た。あまり良い目ではない。

 ちょっと渋い顔をし、一歩目へ手元の駒を一つ出す。六歩目の駒を八歩目へ。ソストース様の手駒はあと二つ。


 クリスの番だ。軽く賽子を振る。四と三だ。

 三歩目にあった駒を六歩目のマスへ。五歩目の駒を九歩目のマスへ。


 眉を上げてソストース様が言う。


「ほう。意外に慎重だな」

「はい。小心者ですから」


 クリスがちょっと首をすくめた。

 私は彼が小心者とは全く思わないが、ソストース様は気弱な発言をしたクリスに、少し機嫌を直したようだ。


 ソストース様の賽子が転がる。ふわりと頬をそよ風が撫でた。

 二と一。少し彼の頬が引きつった。出目が悪い。

 一歩目の駒を三歩目へ、四マス目の駒を五マス目へ移動するにとどめた。

 でも、まだソストース様に余裕がある。


 クリスが私へ酒杯を手渡した。


「ティー、ちょっと持っててくれないか。テーブルにあると、うっかり手に当たって倒しそうだ」

「ええ。いいわ」


 テーブルが気持ち広くなる。

 少しだけ減っているクリスの酒杯から濃厚な香りがした。私は両手で器を包むように持ち、試合を見守った。


 クリスの賽子。四と四。

 ゾロ目で一歩追加。五のマス目へ手駒を新たに置く。十七歩目の駒を二十一歩目のマスへ。奥の列の一番端だ。これでクリスの駒が出揃う。


 ソストース様の賽子、一と三。

 むっとしながら果敢に八歩目の駒を十一歩目へ。

 真ん中の列端でクリスの駒に上下を挟まれた場所だ。これでこの駒が取られることはない。新しい駒を一歩目へ追加。


 クリス、五のぞろ目。ゾロ目は一歩追加だ。

 五歩目のマスの駒を十歩目へ。二歩目の駒を八歩目へ。


 ソストース様が賽子を振る。

 枝の影が揺れ、羽虫のブンと羽ばたく音が耳を掠めた。

 出目は二と一。

 ソストース様は小さく舌打ちし、細かく駒を移動させた。二歩目のマスの駒を三歩目へ。一歩目の駒を二歩目のマスへ。


 クリスが賽子を拾ってコロンと落とす。二と六。

 淡々と奥の列の二十一歩目の駒を二十三歩目へ。十五歩目の駒を二十一歩目へ。ソストース様の九歩目の駒と十一歩目の駒の二つを挟んで排除した。


「お、おぉ。凄いではないか」

「ありがとうございます」


 頬を引きつらせながら、それでもソストース様は称賛した。クリスは穏やかに礼を言う。


 ソストース様が振る。

 風が通り抜け、はらりと木の葉が散った。

 また一と二が出た。

 四歩目の駒を六歩目へ。手駒を一つ一歩目へ。


 苦い顔だ。酒杯をぐっと傾ける。

 私の時と違って運が悪くなった。賽子を転がす度に、ソストース様が段々と追い込まれていく。


 クリスは女神様の御加護か祝福でも貰ったのか。

 そうでなければ、クリスが良い目ばかり出て、ソストース様が悪い目ばかり出るなんて不自然だ。

 けれど、いかさまの様子は無い。


 何にせよ、負けたら屈辱的な目に遭う。どうにか勝って欲しい。

 というか、目の前の最低な酔っ払いをこてんぱんに負かしてもらいたい。


 試合中、私の望み通りストース様の駒が何度も手駒へ戻された。


 ソストース様の酒杯へ酒を注ぐのが早くなっている。苛ついているのか減りが早い。段々と伯爵家の執事らの顔の血色が優れなくなってきた。それでも無表情なのが凄い。


 盤上へ駒を出しては除かれるのを繰り返していたが、とうとう懐へ入り込まれてしまったようだ。クリスの駒がゴール前に集まりつつある。


 と、ゴール一つ前のマスにクリスの駒が止まった。

 そこは、女神の地とあだ名される特殊マスだ。賽子を一つ振って出た目の歩数だけ後退できる。もし移動先に駒があったら、先にあった駒は取り除いて手駒に戻し、移動してきた駒を置ける。


 クリスが賽子を振る。出目は四で、そこにはソストース様の駒があった。


「う、しまった……」


 悔しそうにソストース様がつぶやく。

が、どうにもならない。ソストース様の駒が排除され、クリスの駒がそこへおさまる。


 ソストース様の固く握った手が心なしか震えている。何回やっても彼は良い目が出せない。駒が何度も戻されて、手元に三個もある状態だ。

 きっと、こんなにはっきり負け試合になったことなど、今まで一度もなかったのだろう。青い顔の喉がこくりと鳴った。


 それから何度か賽子が転がり、駒が行き来した。


 終盤、クリスが賽子を振ると駄目押しの六が二つ出た。

 最後の駒が終了地点に到達する。

 あがり。クリスの勝ち。


「終わりです」


 なんでもないことのようにクリスは静かに告げた。


 伯爵家の執事らが、ついに感嘆の吐息を漏らす。

 惨敗したソストース様は言葉も出ない。


 そっと酒杯をテーブルに戻した。

 良かった。もし負けたらどうなっていたことか。


 まだ盤上を見つめたままで呆然としているソストース様に、クリスが言った。


「すみません、賭けですが、後日清算でも良いでしょうか? 実はずっと馬車を待たせておりまして」

「あ……あぁ。かまわない」


 上の空でソストース様が答える。


「ありがとうございます。一応、忘れぬように内容を書いておきます。署名をよろしいでしょうか?」


 言いながら、クリスは宿の筆記用具を借りてその場でサラサラと紙に簡単な文を書き、ソストース様に渡した。

 紙を受け取ったソストース様は、ろくに読みもせず酒に酔った字の殴り書きでそれに署名した。

 クリスは控えていた伯爵家の執事を手招きして呼び、署名を指して見せる。 

 執事が苦い顔で頷いたところで、暇を告げた。


「慌ただしくて申し訳ありません。ではまた後日に。失礼いたします」


 立ち上がったクリスと、夫婦揃って頭を下げる。

 きちんとした形の礼が出来ただろうか。見ると、先生が小さくうなずいたので、多分合格だろう。


 私達は、ぞろぞろと魔族達を連れて宿を後にした。




 馬車の窓から宿が見えなくなると、私はほうっと息を吐いた。


「ありがとうクリス。勝って良かった。……凄かったわ。女神様の助けがあったみたいに、良い目ばかり出てきてたわね」

「どういたしまして。クッ、女神様の助けか。それは良いね。ははは」


 急に笑い出したクリスに首を傾げると、フォスアンティピナが教えてくれた。


(賽子を投げるとき、欲しい目が出るように加減して転がすんだよ)

 分からなかった? と幼体が無邪気に聞いてくる。


「は? 待って、欲しい目を出すのって、可能なの? それはいかさまじゃないの?」

「うん、可能だ。コツがある」


 しれっとクリスはそう言った。


「ええ? 賽子は適当に投げるものなんじゃないの? どんな技術?」

「例えばゾロ目にするなら、手の平に一の目を二つ下向きに乗せて、くるっと逆さまに落とす。盤の上で目が揃って出るようにそっと置くんだ。そうしたら一のゾロ目になるだろう? その応用さ」

「……無理では?」

「大丈夫、慣れれば簡単だ。宙で一回転させると、自然に振って出したように見えるよ」

「絶対に無理」


 否定したら、フォスアンティピナが証言した。

(ティシアはいつも適当に投げてるけど、クリオスアエラスはティシアと盤上遊戯するとき、いつもそうしてる。皆も狙って出してる)

 何それ、そんなのゲームでも何でもない。


「魔族は賽子の目を好きなように出せるの?」 

「まあ、そうだね」


 道理で皆には勝てなかったわけだ。


(あとね、クリオスアエラス、怒ったとき、賽子を宙で押してひっくり返してた)

 そんなことも出来るの? それ、いかさまじゃない!


 ちょっと呆れていると、クリスはクスクス笑いながら先ほどの証文を私へ差し出した。

 広げれば「勝利報酬として、大銀貨二枚もしくはこれに相当するものを毎月支払う」と書いてある。


「えっ、毎月大銀貨二枚貰うの?!」

「最初に向こうが毎月って言ったんだから当然だよ」

「これ、酔ってたし絶対に気が付いてないと思うわ」

「そうかも知れないね」


 笑う魔族に、もう彼と盤上遊戯するのはやめようと思った。



 盤上遊戯のルール等は独自のものにしました。素人の考えなので、色々稚拙で矛盾があったらすみません。


 以下参考までに、ルールです。

……………

 縦三列、横十列の合計三十目の遊戯盤で、各々七つの持ち駒を全て終了地点へ先に到達させた方が勝つ。

 二個の賽子を振り、出た目の合計に合わせ駒を動かして移動する。

 駒の開始地点は手前の左角。自分のスタート地点が相手のゴール地点で、横十列方向へ右向きに進んでいく。端まで来たら真ん中の列を左向きに進む。

 駒の後退は不可。ゾロ目が出たら一歩プラス。一のゾロ目が出たらもう一回だけ賽子を振って駒を進める。

 一ターンで、賽子のそれぞれの出目に応じて、駒を二つまで動かせる。

 また、持ち駒を二個まで投入しても良い。駒を投入する場合も、それぞれ賽子の出目と合うように歩を進める。

駒は一マスに一つで、同じ所にたくさん重ねて置けない。

 相手の駒一つを、縦または横に自分の駒で挟んだ場合、その駒を除くことが出来る。二個以上並んだ駒を挟んだ場合は取り除けない。除けられた駒は手駒として戻される。

 動かせる駒がある限り、たとえ不利になろうとも必ず駒を進めなければならない。

 ゴールの一つ前のマスに駒を進めたときのみ、任意で賽子を一つ振り、出た目の歩数だけ後退できる。もし、後退した移動先に既に駒があった場合、先にあった駒は取り除いて手駒に戻され、移動してきた駒を優先して置く。

……………


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