貴族は張り合うもの
その後、スタヴローノとリンティナが彼等の宿泊している部屋へ引っ込んでしまうと、私はまた暇になった。
しかし、宴に交じって見知らぬ魔族達と過ごす気にもなれず、結局、私は独りで部屋に戻ってさっさと休んだ。
翌朝、役目を終えたクリスと共に、護衛や侍女を連れて本邸へ帰った。
今年の儀式はどうだったのか、馬車の中でクリスに聞くと、「『贄』に落ちた人間はいないが、すぐ目が覚めた契約者は一人だけで、あとはまだ目覚めてない」と言う。
クリスは領主の仕事のため、本邸へ戻らなければならないのだが、とても心配そうだった。
代わりに、ルルディア様が「しばらくの間森の館で様子を見てあげましょう」と言ってくれたので、とりあえずはお任せするらしい。
それで、いつもより多くの魔族が、長めに逗留する予定だそうだ。
契約に抗う人間がいなくても、やはり儘ならないものなんだな、と思った。
三日後、リンティナ達の魔族の商隊が、エクディキシ商店ルフェイ領本店へやって来た。
彼等の仲間の『揺りかご』は、翌日無事に目を覚ましたので、森の館から離れたんだそうだ。まだ他の『揺りかご』のことは不明だが、ちょっとほっとした。
彼等の商隊のうち、私の店まで来たのはスタヴローノとリンティナを含む数人だけだった。
他の者はルフェイ領内を自由に動いていると言う。いつも落ち合う時間と場所だけ決めて、それぞれで行動しているのだとか。効率重視なんだそう。
魔族の商隊は、珍しい良い商品を取り揃えていた。多くは隣国の産物で、私は気になった雑貨や乾物類と香辛料、絹の布地と糸等を買い取り、いくらか調味塩や入浴剤、日持ちする食品類を売った。
それと、リンティナに魔除けの香を欲しいと言ってみた。
彼女は少し嫌そうな顔をしたけれど、ルルディア様が言った通り一定の需要はあるらしく、手元に有った少量を分けてくれた。もっと欲しければ、時間がかかるけど入手出来るそうだ。「ならば是非」とお願いしたら、次回、他の品と一緒に香炉と魔避けの香も持って来てくれるという。
そんなわけで、今後も商隊と定期的にいくつかの品物をやり取りする約束をした。
ついでに、ルフェイ領の荒れ地でも育ちそうなハーブの種があったら欲しいと伝えた。興味がわいたのか、スタヴローノが「調べてみます」と、乗り気で請け負った。もし噂の砂糖が手に入ったら見てみたいとも言っておいた。けれど、これは難しいかも。
そうして、彼等との商談がほぼまとまった頃に、カシィコン伯爵領の支店から使いが来た、と知らせが入った。
返答が欲しいようだと言うので、リンティナ達に断りを入れて席を外し、ひとまず連絡を聞いてみることにした。
商隊の皆に、ルフェイ領のハーブのお茶と焼き菓子を振る舞うよう店の者に頼んで、一時休憩とする。
いつものように護衛と侍女がついて来た。
連絡を持ってきたお使いは、支店長の手紙を差し出した。受け取ったその場で目を通す。
内容は、上客からの問い合わせで、エレガーティス領の支店で売っている王都風調味塩を、カシィコン支店でももっと売れという要望だった。
それだけなら良かったが、この上客は、エレガーティス領の店員の質がカシィコン支店よりも良いのは何故か、とか、エレガーティス支店の客の方へ便宜を図ってやってるようだし待遇が良いようだが、贔屓しているのか、とか、文句を言ってきたという。
どうも、エレガーティス支店との違いが気に入らないらしく、カシィコン支店の品揃えが貧相なのは、こっちに来る客を侮っているんだろう、などと言ったそう。
商品については、王都風調味塩はエレガーティス領の方が売れるので、そっちへ優先的に卸しているが、カシィコン支店にも少しなら出している。
店員については、優秀で美貌の魔族ばかりの侯爵領の支店と、普通の人間を雇っている伯爵領の支店では、質というか、種が違うのだから仕方がない。
そもそも、地元の商品を主に扱っているカシィコン支店と、他領のお取り寄せ商品が主軸のエレガーティス支店とでは、色々なことが違ってくるのは当たり前だ。
けど、上客がそういう感じだと、周囲に対する影響が心配だ。あまり放置したくないという支店長の気持ちはわかるが、今すぐ対応という話でもなさそうに感じる。
しかし、急ぎ本店まで使いをやるほどなら、それなりの理由があるはずだ。
……それにしてもこの客、私の店のやり方に文句をつけて、どうするつもりだろうか。
うちの評判を落としたいのか? まさか、第二のアルパーゾ商人会のような輩では?
つい眉根を寄せてしまう。
「この上客というのは名を伏せてあるけれど、誰なのか把握しているのでしょう? どちら様? 各店の違いを比較出来るような人ということですよね? どこかの商人会の者だったりします?」
聞くと、連絡を持ってきたカシィコン支店のお使いは遠慮がちに答えた。
「それがその、ご領主夫人でして……」
「あら。うちの店をご利用下さっていたの」
驚いた。カシィコン伯爵夫人が、か。
彼女は私とクリスの結婚お披露目で嫌味を言ったり、伯爵家の結婚式ではご挨拶した私を睨んだりしていたのに、店は使っていたんだな……。確かに領主家の夫人なら急ぎ案件だ。
「実はその、カシィコン支店の品揃えが悪いのは、伯爵家を軽んじているからだろうと仰って、もっと……、あのう、良い物をエレガーティス領よりカシィコン領へ優先的に持って来いと、そういうことらしいです」
ええー? 家の問題だと思われてる?
連れて来ていた魔族の侍女をちらりと見た。
目が合うと何か知っていそうな雰囲気だったので、意見を聞いた。
「もしかして、ルフェイ家が盾突いてると思ってるのかしら? それとも私の店に思うところがあるのかしら?」
侍女は頬に手をそえて、思案しながら教えてくれた。
「恐らくですが……現カシィコン領主夫人のご実家は、川を挟んでエレガーティス侯爵領のお隣の伯爵家です。聞いたところによりますと、どちらの領も同じような農作物の産地、発展具合も似た感じで、地位の差はありますが、ご実家の伯爵家は侯爵領と同程度の豊かさです。私の記憶では、昔は水の利権争いなどもあったはず。……察しますに、表面上はご近所付き合いで良い関係に見えますけど、裏では今も領地の仲はあんまり、なのかも知れませんね」
そっと護衛が補足してくれた。
「たしか、現カシィコン伯爵ソストース様の母君の、亡くなった前伯爵夫人エピファミア様の妹君が、エレガーティス侯爵様の弟君に嫁いでエレガーティス子爵夫人になっています。ですから、エレガーティス子爵令嬢のエフティフィア様はソストース様と従兄弟です。それで色々と噂が伝わるのでしょうな」
「まあ。そうだったのですか」
つまり、カシィコン伯爵夫人の実家である伯爵家と、エレガーティス侯爵家は水面下で張りあっているのか。実家を通しての対抗意識があるから、文句を付けてきたと。
あ。王宮で会った子爵令嬢が伯母のことを思っていたなら、前領主と噂になった私を敵視するわけだ。
地理的な知識はあったが、血縁関係はまだ勉強不足だなあ。
え、……とばっちりではないか。
(伯爵夫人も、面倒臭い固体?)
フォスアンティピナがむくりと頭をもたげるような感じがした。
夫人がというより、貴族とはそうしたものだろう。しかし、貴族の体面と自尊心は面倒臭いが、そこに商機もある。
(うん、そうだね)
お使いの従業員は上目遣いでぺこぺこした。
「お客様のご意見を大切に、とのことでしたが、ちょっとこちらの店だけで対処するのは難しいことなので、指示をもらってこいと言われまして……」
「ええ、そうね。教えてくれてありがとう。後で直接見にいきます。商品も送りましょう」
「ありがとうございます。お手数おかけしまして申し訳ありません」
「いいのよ」
路銀にといくらかお金を渡して、お使いを帰らせた。
お貴族様は、我が儘で扱いが難しくて、面子を大事にする生き物だが、飛び切りの上客であることに変わりない。
ちょうど良く商隊がいるから、何か珍しい品を仕入れてカシィコン支店へ持って行ってみよう。
商隊との取り引きの場へ戻って、待っていてくれたリンティナ達に、もう少し色々いただいてもいいですかとたずねると、快く応じてくれた。
五日ほど後に都合をつけて、エクディキシ商店のカシィコン領支店へ、侍女と護衛を何人か連れて出掛けることにした。
クリスに、ちょっと隣領の支店へ行ってくると伝えると、早めに戻っておいでと言われた。幼体への過保護ぶりは変わらないままだ。
支店から要望のあった王都風調味塩と新しい美肌入浴剤を、荷馬車へ大量に積み入れる。他にも魔族の商隊から仕入れた隣国の珍しい品物を、試しにいくらか積んでおいた。
カシィコン支店は、度々私が訪れるものだから、段々と応接室の様子が長居したいほど充実してきた。
商談相手を座らせる椅子と低い机の他に、書棚、書き物机、壁掛け布、壺や絵画は良質な物を置いている。
奥の長椅子の上には大きなクッションがいくつも乗っていて、膝掛けと薄い毛布が用意してある。飾り棚の中には、軽く数人で食事が出来るくらい揃った食器まである。
これらは、以前私が倒れて運ばれてから、用心のために置かれているらしい。
私は支店長を呼んで、持ってきた隣国の珍しい商品を、この部屋に並べてくれるよう頼んだ。お高い品物なので、目立つが手が届きにくい場所へ飾ってもらいたい。
それで、商談に来た客が目に留めて買ってくれたら良し。どこかから呼ばれて商品を持っていくときに、一緒に持って行って勧めてみても良い。たとえ売れなくても飾りとして見映えがする。
ちなみに、濃紺色の硝子の蓋付き飾り器、鳥や花の形をした金の小型塩入れが数種類、繊細な銀細工のカトラリー類、極彩色の鳥の模様がついた薄い焼き物の皿のセット、紫色の水晶造りの女神像だ。自国には無い品ばかりで、どれも見るからに高価そう。というか、実際に高価だ。
私が持ち込んだ高額商品について支店長に説明していると「貴族家の馬車が到着した」と従業員から知らせがあった。
急ぎ表へ出たら、立派な荷馬車が店の前の通りを塞ぐように停まっていて、通行人の邪魔をしていた。
そして、降りて待っていたらしい男性が腕を組んで立ち、横柄そうにこっちを見ていた。なんだか高位貴族に仕えている下位貴族っぽい雰囲気だ。
支店長にそっと聞いた。
「どちら様?」
「領主様のお使いの方です。時々お見えになります」
「まあ。いつもこんなに威圧的な感じなの?」
「ええ、大体はそうですねぇ」
「何か予約してたのかしら?」
「いえ。ご予約はないです。とにかくお相手してきます」
支店長は肩をすくめ、愛想笑いを貼り付けると前に一歩出た。
先に出迎え対応していた店員達が、すっと場所を空ける。
「いらっしゃいませ。今日はどのような?」
カシィコン伯爵家の使いは、懐から手紙を取り出しぐいっと突き出した。
「至急で悪いが、今日中に品物を屋敷へ届けるように。必要な物の一覧はこちらだ」
「毎度ありがとうございます。失礼して拝見致します」
頭を下げへりくだって支店長が受け取ると、まだこちらが中身を確認していないのに、使いの者はすぐ背を向てしまう。そのまま馬車へ戻って乗り込んだ。
言うだけ言って後のことはこっちに丸投げ。信頼か横着か。
(あの個体、嫌がってる匂いがする。うんざり、苛々してる)
フォスアンティピナが教えてくれた。
支店長は一読して青くなり、急いで私にも見せてくれる。
手紙には思ったより大量の品物が記されていた。一番数が多いのは王都風の調味塩だ。小さい包みで五百個。加えて、以前からある調味塩が同じく二百個。更に美肌入浴剤を全種類百包みずつ。他にも、燻製の塩漬け肉や穀類や酒類などの食品もあった。
今しがた持ってきた荷物が無ければ、在庫が乏しくなるくらいの注文量だ。
一度にこんなに大量買いして、一体どうするのやら。というか、予約も無しにいきなり揃えろとは、伯爵家も無茶を言う。
私は急ぎ駆け寄り、呼び止めて聞いた。
「お待ち下さいませ。本当に、この量の商品を今日中に納品せよとのことですか?」
「そうだ。まさか、全く無いのか?」
相手は馬車に乗ったまま、戸口から首だけこちらに向け、顔をしかめた。
「いいえ、そのようなことは。ですが、いささか量が多過ぎますので確認を。数え間違ってはございませんか?」
「数はそれで良い。今日が難しいならば、明朝までにどうにかせよ」
(この個体、少し罪悪感があるみたい。無茶を押し付けてるって分かってるのかも)
フォスアンティピナが内側からささやく。
成る程。この人も、いきなりの命令で困っている感じか。伯爵家の誰かが我が儘を言ったんだろう。
「大丈夫です。幸い品物を先程運び込んだところです。ご入り用な数が今でしたら手元にございます。よろしければ、馬車に積んでこのままお持ち帰りいただけますわ」
「まことか!?」
馬車の扉がバンと音を立てて開き、急いで人が出て来た。
「いや助かった。礼を言う」
「いえいえ。運が良うございました。丁度、品物をこちらへ運んできたところです。こんなに沢山ご入り用とは、何か催し物でもなさいますので?」
「そうだ。料理にも使うが、一部は客への土産にしたいと仰せだ」
「まあ。うちの品物を? ご贔屓いただきありがとうございます。それで、何のお土産ですの?」
笑顔を向けると、安堵したのか使いの者の雰囲気が柔らかくなった。
「若様に跡継ぎがお生まれになったお祝いで、お身内だけで酒宴をなさるのだ」
なんと出産祝いか。しかも跡継ぎということは男子だ。早くも新領主に子が生まれて、伯爵家は大喜びだろう。
なら、この大量注文も納得だ。生活に必要な塩は繁栄の象徴でもある。パンや穀類の焼き菓子と合わせて渡すと、富と繁栄の意味を持つ。
「それはそれは。おめでとうございます。ご注文ありがとうございます。ただいま品物を積ませましょう」
「ああ。頼む」
笑顔で言って軽く膝を折ると、伯爵家の使いは頬を緩めた。
私は支店長へ目配せした。支店長がうなずき、店員が小走りに駆けていく。私が運んで来た積み荷を馬車へ移動するためだ。
「あっ、そうですわ。お得意様のお祝いに、私共から些少ですが一つ贈らせて下さいませ。支店長、さっき見せた銀のスプーンをお包みしてくれるかしら」
思いついてぽんと手を合わせた。
少し歓心を得ておきたい。出産祝いとして帝国で流行っていると噂の、子供の幸福と裕福を願う銀のスプーンだ。また面倒な難癖を付けられては嫌だし、蔑ろにしていないと示しておこう。
支店長は「かしこまりました」と答え、急いで品物を箱に納めてリボンをかけてくれた。
すっかり態度が軟化した使者へ手渡す。
「どうぞよしなに」
「殊勝な心掛けですな。お伝えしよう」
使者がほっとした顔で、荷を積んだ馬車へ乗り込む。
御者が鞭打って馬が高く嘶き、荷馬車が出た。
荷馬車が行ってしまうまで待って、支店長と二人して胸をなで下ろした。もし今日来てなかったら、きっと危なかった。
「……いやあ、店主様が荷を運んで来て下さって、本当に良かった」
「ええ。また苦情が寄せられるところだったわ。早速、減った分をまた後日持って来させましょう」
「お願いします」
それまで控えていた侍女が、そっと言う。
「若奥様、お祝いをお渡しになりましたが、あれはエクディキシ商店からカシィコンのご領主様へ、という扱いになります。それとは別に、ルフェイ家からもお贈りになった方が良いかも知れません」
「ああ、そうね。男爵家からも必要だわ。後でクリスと相談してみます。それにしても、ご懐妊だったとは知らなかった。私が貴族の社交に出ていないせいで、情報に疎くなっているのかしら」
「いいえ。私共も把握しておりませんでした。生まれるまで情報を伏せていたのでしょう」
「前領主が、庶子の方を後釜に据えたがっていましたからね。若奥様のせいではございません」
護衛も顎を撫でながら言う。
ああ、貴族家にありそうな話だこと。やれやれだ。
ルフェイ領へ帰ってから、隣領の跡継ぎ誕生の情報をクリスに知らせると、早速お祝いを贈ることになった。
ちょうど、魔族の商隊から買い入れた商品があるので、そこから花の蕾を模した金の塩入れを選んだ。塩のルフェイ領らしい選択だ。
私が銀のスプーンを贈ったことを言うと、クリスは「銀か。深読みしてくれたら楽しいね」と綺麗な笑顔で言った。
私の義父母は、毒入りワインの冤罪で処刑されている。それを思い出したら、毒に反応する銀製品は結構な嫌味だ。
つい、くすっと笑ってしまった。
それから十日近く後になって、カシィコン伯爵家からエクディキシ商店の店主宛てと、ルフェイ男爵家宛ての礼状が届いた。
ルフェイ男爵家への礼状は、儀礼的な普通の文だったが、エクディキシ商店へのカードの末尾に、女性らしき手蹟で「素敵な贈り物をいただき嬉しく思います。貴女にも早くお子が授かりますよう、お祈り致します」と書いてあった。
苦笑が漏れた。
どうも、自分の方が先に子を授かった、という自慢のようだ。
お祝いの品はお気に召したらしいので、良しとした。




