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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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揺りかごの相性


 その後、「皆さん外へ向かい始めましたよ」と魔族の侍女から声をかけられ、リンティナは館の外へと出て行った。振り返って少し手を振り、「スタヴローノをよろしく」と言い置く様子がどこか母親じみている。


 魔族達が楽しそうに会場へと歩いて行く中、私はスタヴローノを見上げた。


「儀式を見に行かないのでしたら、少し先生のお話を聞かせて下さいませんか?」

「はい、良いですね。私もお話ししたい事があります」


 私達は魔族の侍女に頼んで、来客用の一室を用意してもらった。


 案内された客室には、低いテーブルを挟んで向かい合った長椅子が二つ置いてあった。壁には山林の風景画、花瓶には淡い色合いの花が品良く飾ってあり、落ち着いた雰囲気だ。


 両開きの窓が半分開け放ってあり、初夏の夕風が外のざわめきと一緒に流れ込んでくる。風通り良いように部屋の扉を開けたままにし、私とスタヴローノは向かい合って座った。


「男爵夫人、貴女は狩りが嫌ではないのですか?」


 腰を落ち着けた途端、スタヴローノの若干咎めるような声音に、苦く笑んだ。


「正直に言えば嫌ですし、狩りなんてしたくないです。でも、そうしないと生きていけないのなら、割り切るしかないと思いました」

「しかし、自分が生き長らえるため、他を害するのは良くないことではありませんか?」


 眉根を寄せた顔に苦悩の色が見える。彼が滋養液だけで乗り切ろうとしたのは、その罪悪感のせいもあるのだろう。


「そうかも知れません。けれど思ったのです。仮に、エクディキシ商店店長の私が今いなくなったとします。カシィコン伯爵領とエレガーティス侯爵領に支店を持つ男爵夫人の店です。その後、この店はどうなるでしょうか? 後ろ立てはルフェイ男爵、魔族の長です」


 わずかに首を傾けた後、直ぐに彼は答えを出した。


「……つまり、全て魔族のものになると?」


 私はうなずいてみせた。


「はい。魔族達は、店の支店を『揺りかご』探しに利用するでしょう。更には店舗だけでなく商売の伝手も利用して、お世話になった仕入れ先や納品先にも手を伸ばすと思います。そうなったらと思うと、私は耐えられません。魔族達に良いようにされるなら、せめて私の幼体に渡す方が良いと思いました。少なくとも私の幼体は、私が店と商売を大事にしていることや、エクディキシ商店が儲けより信用に重きを置く店だと知っています。きっと店を守ってくれるでしょう。私の店を道具のように考える彼等に渡すより、ましです」


 私の頭の中で、リコフォスとの会話が思い出される。

 幼体に今後の要望をはっきり伝えること。不本意な形で利用されないように。

 そして、伝えるだけでは足りないと思う。望みの実現のために必要なことを、ちゃんとやっていかなくては。

 私は決意を込めて言った。


「ですから、もっと幼体に学ばせるため、まだ死ねません。店の引き継ぎには跡取り教育、準備が必要なんです」


 昔、お養父様が私にしてくれたように、色々なことを伝えておきたい。

 フォスアンティピナに、商売に付きものの人と人との約束事を、決して軽視せぬよう教えていく。人間相手の店を構える以上、大事なことだ。

 他にも、商品の善し悪しを見る目、仕入れと販売方法、帳簿付け等の事務処理、売り子や作業員の雇用、調味塩や入浴剤について等々、覚えることはたくさん有る。

 また、流れの商人のように、持ってきた品物を売り(さば)いて後はさようなら、ではない。今のお得意様には貴族もいる。もう庶民だけの店ではなくなったのだ。最低限の貴族向け礼儀作法も必須になった。


(うん、大丈夫。ティシアのやること、教えることは、私、全部おぼえられるよ)


 内側から頼もしい応えが返ってくる。


 スタヴローノは吐息を漏らした。


「ああ。貴女も、自分が居なくなった後のことを考えたのですか。……そう、まだ死ねません。僕も幼体に色々と示していかなければ。もっと沢山の資料も集めたいし、文書をまとめておきたい」


 少しスタヴローノの気持ちが前向きになったようだ。顔を上げしきりにうなずいている。

 彼は学者先生だから、沢山の伝えたい研究内容があるだろう。


(この人の中の子、まだ少し怒ってる。時々、不満感)


 そっとフォスアンティピナが知らせてくる。

 スタヴローノの幼体スタヴロドローミ。先程、折り合いをつけてくれるよう言った時は了承してくれた。だが、そう簡単に怒りが収まるわけでもないか。


 不満……まだ、お腹が満たされていないのが一番の理由だろう。

 そういえば、フォスアンティピナも少年と女性、二人分の生気を摂取していた。きっとスタヴロドローミも一回だけの狩りでは、生気が足りないのだ。


「先生。もしかして、たくさん食事をしても、まだお腹が空いた感じが残ってたりしませんか?」

「実を言えば、満腹になっているはずなのに、空腹感を感じることがあります」


 スタヴローノは眉をひそめ、胃袋の辺りに触れると声を落として控えめに肯定した。


「やっぱり。まだ生気が足りていないのですね……」


 私だって、美味しそうな匂いがする人が近くにいると、つい惑わされ目が行ってしまう。きっとスタヴローノは、物凄く空腹を感じているはず。


 彼は衝撃を受けた様子で、固まったように動きを止めた。


「っ、生気が足りてない?! また狩りをしなければならないと言うのですか?」


 スタヴローノは狩りが嫌いだ。でも幼体は栄養不足気味だ。幼体の飢えをなだめるため、このまま狩りをせずに滋養液ばかりだと、リンティナに負担がかかる。

 おそらく生気を摂った後の、あの圧倒的な満足感が得られるまで、幼体はずっと空腹を訴え続けるだろう。

 どうしたら良いだろうかと思案した。


 ……スタヴローノが狩りを嫌がるのは、人が倒れるのが嫌だからだ。

 じゃあ、人が倒れないようにすれば良い。そう、わざと食べ残したら良いのだ。

 ほんの一口。襲われた人間が貧血になったかと誤認する程度にとどめて、生気を摂取する。これなら倒れないし、気付かれまい。


 でも、そんな器用なこと、本能が優先されがちな幼体には無理なのでは。

 だいたい、食欲旺盛な子供がご馳走を我慢するなんて出来るのだろうか。加減してちょっぴり食べるなんて、フォスアンティピナもやったことが無いし……。


(大丈夫。私は、出来ると思う。ちょっとだけ、その代わり、たくさんの個体から摂る。ティシアが、調味塩を味見するときみたいに。そういうことだよね)


 そう。そういうことだ。分かってくれた。


 私のフォスアンティピナが出来るというなら、理性的なスタヴロドローミも出来るかも知れない。彼だって、その方が気が楽になるはず。

 思い切って私は幼体へ問いかけてみた。


「あの、スタヴロドローミさん。ただの思いつきなんですけど、ほんの少しだけ生気を摂取するって出来るのかしら?」

「は? 何を言ってるんですか夫人」


 スタヴローノは怪訝(けげん)な顔をした。


「先生は、狩りをして人が倒れてしまうのが嫌なのですよね? なら、一人から生気を食べたいだけ食べて空っぽにするのではなく、人間が倒れない程度に少しだけ生気を(かす)め取るのを、複数の人間でやることって、出来そうですか? それならきっと、人間は貧血を起こす程度ですむでしょう?」

「馬鹿な。そんなことを()に聞いたって、どうにもならない!」

(ティシア。あの子……スタヴロドローミ、肯定した。歓喜、納得、高揚感)


 スタヴローノの幼体は、どうやら分かってくれたらしい。やはり賢い子なのだろう。

 フォスアンティピナが伝えてきたことに安堵した。妥協点が見つけられそう。


「ああ良かった。やれそうなら、その方が良さそうではありませんか。ね、先生?」

「何を言っているんですか。幼体が勝手に人を狩るのを、()が止められるわけがないでしょう」


 少し怒ったように声を荒げるスタヴローノ。まだ、幼体が突然狩りをしたことを納得できていないようだ。


「でも今、スタヴロドローミさんは出来るって」


 落ち着いて欲しくて私がそう言うと、彼は目を()いた。


「僕はそんなこと言っ……? は? ()()()()()()()()が?」

「ええ。フォスアンティピナが、肯定したと教えてくれましたけど。あ、もしや、先生のほうで無理な理由がありましたでしょうか?」

「何だって? 待って下さい、男爵夫人」


 スタヴローノが手を上げて制止した。驚き顔で私を見つめている。

 何か変だ。


「順番に聞きます。いいですか。まずその、フォスアンティピナというのは、貴女の幼体のことで合っていますか?」

(うん。名乗り、してなかったね)

「……あっ。と、言ってませんでしたか。ええ、そうです。失礼しました」


 すかさず私の幼体に突っ込まれてしまい、謝った。紹介し忘れてごめんなさい、フォスアンティピナ。


「その貴女の幼体が、スタヴロドローミに何が出来ると?」

「人間から生気を摂るとき、ちょっとだけにすることです。味見程度に。わざと食べ残すんです。全部ではなく。そうしたら人は死なずにすんで、無事でしょう?」

「馬鹿な……! どうしてそんなことが出来ると言えるんです?」

「どうしてって……。フォスアンティピナが、肯定の匂いを()ぎ取ったからですけど、違っていたのですか?」


 嗅ぎ間違いなど今まで無かったのだが。

 ためらいながら答えると、彼は驚きを隠せないようで、頬をみるみる紅潮させ、声を大きくした。


「なんてことだ。つまり、幼体同士は匂いで意思の疎通が可能なのですか? 貴女はそれが分かるのですね!?」

(面白がってる。 興奮、好奇心?)


 身を乗り出してたずねる彼の勢いに、気圧されて少し体を後ろへ引いた。


 どういうこと?

 得た情報を教えないくらいスタヴローノの幼体が怒ってた?

 もしや、スタヴローノとスタヴロドローミは、匂いで分かった情報について、やり取りしていないのだろうか。


「えっ、ええ。あの、分かるというか、私の幼体は、空腹感を伝えてくるように、感情や考えも伝えて来ますが……。幼体同士の意思の疎通と言うより、フォスアンティピナは匂いで察しているようですけど。……まさか、先生の幼体は何も伝えてこない、のですか?」


 いや、それ以前に。

 スタヴローノは幼体の感情に(うと)いようだ。それって、彼に幼体の気持ちが伝わってないせい、とか?


 でも、恐怖のような強い感情や、空腹などの本能的なものには、どうしても体が反応する。だから、同じ体に存在している以上、ある程度は分かってしまって、それなりに影響があると思う……のだが。


 スタヴローノは一度口を開いて、閉じて、ぐっと黙った。

 それから、ちょっと耳を澄ませているような様子の後、ハア、と溜息をついた。


「何も、伝えて来ません……」

(あの子、空腹感。諦め気味、軽い苛立ち)


 彼は残念そうに言った。フォスアンティピナの助言で、私はおずおずと聞いた。


「でも先生、空腹感は感じるんですよね?」

「それはまあ、感じますが。しかし、それが私のものか幼体のものかは分かりません」

「じゃあ、何か同意や否定をしたり、意見を伝えてきたりは……?」

「ありません。というか、貴女は幼体の意志が分かるのですか?!」

「その、なんとなくですけど。先生は本当に何も感じないのですか? こう、我慢してるとか、いらいらするとか」

「よく分かりません……」


 なんてこと。彼等は話し合えていないのだ。

 残念そうに言った後、スタヴローノは口元を隠すように片手を当てた。


「そうか、そういうことか。……これが、幼体と相性が良いということですか!」

「は? え、相性?」


 どうやら彼の口は自然と笑んでしまうようで、手で隠しきれない声音が弾んでいた。


「貴女は幼体と、とても相性が良いのですね。『揺りかご』は、幼体の相手をつとめ、考えや生活について教え、人間の生き方を学ばせる教師になるそうですが、どのようにしてそれを行うのか疑問でした。

 しかし意思疎通が可能なら、納得です。貴女と幼体は、身体だけでなく、意識というか精神的、あるいは波長とでもいうような何かの相性も良くて、うまく通じ合えるのでしょう」

「待って下さい先生。あの、『揺りかご』になった人は全部が幼体と意志の疎通が可能なんじゃないのですか?」


 戸惑いながら聞くと、彼は首を振った。


「さあ。分かりません。全部ではないでしょう。少なくとも僕は、体調の変化などに気が付けても、幼体の詳細な考えなどは感じ取れません」

「じゃあ、幼体の気持ちは、『揺りかご』に分からないのが普通なのですか?」

「おそらく。夫人、詳しく教えて下さい。幼体はどんなふうに意志を伝えているんですか? 声か何かが聞こえたりするのですか?」

(ええー? 皆、『揺りかご』と話せない? 知らなかった!)


 余程驚いたのか、フォスアンティピナが内側で叫んでいる。うん、私も知らなかった。


 目を輝かせてスタヴローノが食いついてきた。若干及び腰になってしまう。


「その、感情というか雰囲気というか……思いみたいなものが伝わってくるだけです。はっきりした声などは聞こえません」

「ふうむ、大変興味深い。それはいつからです? 最初から?」

「多分、昨年ぐらいから……。私はてっきり先生も幼体の考えが分かるのだろうと思っていました」


 私が呆然として答えると、スタヴローノは首を振った。


「全く分かりません。分かっていたら、突然の狩りで驚いたりはしなかったでしょう」

(あっ。あの子、また不満と空腹の匂い)


 うっかりスタヴロドローミを苛つかせてしまったようだ。早めに何とかしてやった方が良いだろう。


「あのう。後でリンティナさんに頼んで、ルフェイ領の狩り場へ一緒に行ってもらってはどうでしょう」

「狩り場ですか……」


 彼はまた苦り切った表情になった。


「はい。魔族にとって安全だそうですし、獲物は一般の方ではなく、多分、罪人です。あの、本当に幼体が食欲を我慢出来るかどうか、ちゃんと確認したほうが良いのでは?」

「確認……。人が無事かどうか、幼体が自制出来るかどうかの、検証実験ですね」


 が、私の言葉でうなずいた。やる気を出したようだ。リンティナが言っていたように、実験するのが好きなのだな、と思う。

 これで、少しはスタヴロドローミも飢えをしのげると良いのだけれど。


スタヴロドローミ(あの子)、意欲的、期待感。私も、出来るのか気になる)


 楽しそうなフォスアンティピナ。この子も興味があるようだ。


 ふと、孵化したばかりの頃の、下町での狩りを思いだした。

 あの時は侍女と護衛にすごくお世話になってしまった。


「先生、以前狩りをしたときに、魔族の侍女が忠告してくれたことがありました。幼体が中途半端に食べ残してしまうと、もし死ななかった人間が目を覚まして騒ぎ立てたりすると困るから、獲物は食べ切った方が楽で良いと。それから、人目がある所で狩りをすると、何か気付かれたりして周囲から不審に思われるかも知れません。良くない噂を流されるとか。だから、そういうときは偶然亡くなったように見せるのだと」


 フォスアンティピナが、考える雰囲気を伝えてきた。


(そうなの? 良く覚えていない。私、小さい子供だった。たぶんそのとき、後でどうなるか、気にしてなかったと思う。でも今は、分かる。後始末しないと、面倒くさいことになる)


 ふうむ、と彼が唸った。


「成る程。狩りの後、疑われないようにするため、後始末や偽装が必要なのですか……。私の場合は、野営中の夜でしたし、賊と我々商隊しかいませんでしたから、さして問題ありませんでした。後始末もリンティナ達が亡骸を土に埋めてくれました。町の中よりも後始末が大変でないのは、旅をする利点なのかも知れませんね」


 今思えば、それは仕方なかったのだと思う。

 孵化して日の浅い幼体に、人間達がどんなふうに思うかなんて、きっと分かるはずも無い。欲望のままに生気を摂取して、満足したら途中で止めて食べ残してしまう。幼体は普通そういうものなのだろう。


 だからそれもあって、クリスは私に護衛と侍女を付けていたのだ。

 リンティナがスタヴローノと一緒にいて彼の面倒を見ているように、忙しいクリスも、仕事で動き回る私の面倒を見てやろうと思ってくれたのだ。

 その我が子への気遣いは、まだ続いている。多分、幼体が成長して分別がつくまで、ずっと。


「要は、人間に気付かれない程度に、生気を掠め取ることが出来れば良いんです。もし幼体にその加減が出来なければ、従来通りの食べ切る狩りの方が安全なのだと思います」


 思案しながら言うと、スタヴローノは大きくうなずいた。


「確かに。気付かれたら大変です。襲った相手を化け物だと思うでしょうから。バレないようにするのは当然ですね。……うん、難しい。そして危険だ。だが、人を死なせずにすむなら、その方がずっと良い」


 私だってそうだ。

 自分の薄い手袋をした両手をちらりと見る。勝手に幼体が狩りをしないよう用心でつけた手袋。人に直接触らないためはめたもの。


「試す価値ある提案を、ありがとうございます。夫人のお陰でしのげそうです」

「お礼を言うのは早いですわ。実際に上手くいくかどうか、分かりませんもの」

「そうですね。しかし大丈夫でしょう。この案は、幼体の欲望に歯止めがきかなかったり、『揺りかご』と意思疎通が難しい場合は、為し得ないことです。幸い、夫人とフォスアンティピナさんが私と幼体の仲立ちをしてくれましたので、何とかなると思います」


 スタヴローノは微かに笑った。


 開けたままの窓から夕風に乗って、遠く人のざわめきが聞こえる。


 もう日没だ。

 夏至の短くも長い夜がやってくる。


「それで、私と話したい事って何でしょうか」


 改めてたずねると、彼は背筋を伸ばした。


「……旅の間、各地で色々な話を聞くことがありまして。……突然ですが夫人、伝承の類に興味はありますか? 具体的に言うと、若返り泉のお伽話や、呪われて目覚めなくなった姫のお伽話はご存知ですか?」


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