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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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魔族の商人 三


 オラニオがエレガーティス領の支店へ発った後、とうとう雪が降った。

 この冬の寒さは、少しだけ例年より長引いた。降雪量は例年より多めで、気温が低い。


 早く新店舗の視察に行きたいが、クリスが心配するので、せめて道から雪が消えるまではと、じりじりしながら私は雪解けを待った。


 ルフェイ男爵家本邸の中で、はやる気持ちを逸らせるのに、王都で手に入れた賽子(さいころ)を使う盤上遊戯が役に立った。手が空いている使用人の魔族に相手してもらい、ちょっと遊んだりした。


 盤上遊戯のルールは簡単だ。二人で対戦し自陣から相手陣へ進んでいく。賽子を振って出た目の数だけ駒を移動させる。ただし、相手の駒が先にいた場所へは駒を置けない。上がりは先に相手の陣へ持ち駒を全部移動させた方が勝ち。

 勝敗の半分くらいは賽の目の運次第、残りは戦略だ。そのせいか、良く賭け事勝負に使われるらしい。

 けっこう面白い。不思議と負けたときの方が、また勝負したくなるのは何故だろう。これは流行るわけだ。


 私はよっぽど良い賽の目が出ない限り、滅多なことでは魔族達に勝てなかった。クリスの手が空いている時は、彼にも勝負してもらった。彼には逆に良く勝てた。が、あれは絶対わざと負けてあげている不自然さだ。だってクリスは他の魔族に負けたことが無いのだ。


 他には、調味塩の改良で試行錯誤したり、春夏用の手袋をいくつか注文したりして過ごした。


 日がほんの少し長く感じるようになった頃、やっと雪が消え、とうとう視察の許しが出た。


 許可を出しながらも、クリスが「一緒に行こうか?」と聞いてきた。けれど遠慮した。

 雪が多かったせいで、今年の雪解け水は多そうだ。岩塩坑内への浸水が心配になる。万が一のことがあれば、対応で忙しくなるだろうに、これ以上迷惑はかけられない。

 それに、これは私の仕事だ。


 エレガーティス領支店の開店初日に間に合うよう、私は急いでルフェイ領を出た。

 護衛の魔族と侍女の魔族を多めに連れて、追加商品を荷馬車に積み、最速の速度と行程をとった。なお、魔族の最速は容赦なかった。二度としたくない。




 今回、私は二泊三日でエレガーティス領支店に滞在する。それ以上はクリスが心配してしまうので渋々やめておいた。王都ほどではないにしろ、往き来するのに時間がかる。

 婚姻前の約束通り私は自由にさせてもらっているけれど、目の届かない場所へ行くとなると、やはり幼体のフォスアンティピナのことが心配なのだろう。


 それに、きっと視察から戻ったら春の盛りだ。そうしたらまた、クリスは夏至の儀式準備に入る。


 今年も、婚姻の儀式に参加する魔族が森の館へ集まるはず。

 魔族の商隊と一緒に、スタヴローノが来るかも知れないので、あんまり他領でのんびりしていたくないと思った。


 この、ごく短い滞在期間で、侯爵様にお世話になったお礼の品を贈り、店の様子を確認し、支店の周囲を調査し、今後の方針を見定める。大忙しだ。


 それで、エレガーティス領に入ってすぐ、侯爵家へ出店の宣伝も兼ねたお礼状と、カシィコン産の一番良いワインとルフェイ産の上質な岩塩、エクディキシ商店の調味塩と入浴剤を、護衛の一部に頼んで前倒しで送ってもらった。


 そうしておいて馬車を飛ばし、何とかぎりぎり開店当日に支店へ到着した。

 私はよほど心配顔をしていたのだろう。出迎えたオラニオは、少しだけ苦笑気味に「どうぞ御覧になって、安心して下さい」と言って、店を案内してくれた。


 支店の外観は、周囲の建物と馴染む目立たない中古の店だったが、店は綺麗に手入れしてあった。

 客が見やすいように工夫して商品を並べてあり、明るく広々とした感じがする。富裕層向けの店内らしく、燭台や陳列棚などの調度品もしっかりと立派なものだ。確かにカシィコン領の支店と雰囲気が似ている。


 自ら現地へ行かずに指示だけで出店準備を進めたのは初めてのことだから、かなり不安だった。だが実際に目にしたら、支店は思った以上の立派さでほっとした。


 贈り物が功を奏したか、公爵家から開店祝いの言葉が綴られた短い手紙をいただいた。有り難い。これで御墨付きだ。


 前評判が良かったのか、初日の開店直後から客が入ってきて、なかなかの賑わいを見せていた。


「とても良い店ですね、オラニオさん。お陰で安心しました」

「お褒めに与り光栄です、店主様」

「貴方がたの尽力に感謝します。開店の資金は不足無かったですか。追加の商品は間に合いましたか?」

「はい。何とかなりました。あちらで帳簿をご覧になりますか?」

「ええ、是非。露店の頃の様子なんかも、後で皆から詳しく聞きたいわ」


 私とオラニオが会話していると、ふと視線を感じた。

 客だろうか、と横目で見ると、若い女性が三人くらい固まってこちらを見ていた。ひそひそ話の最中だ。聞き耳を立てる。


「……でもあれ、若いけどどう見ても既婚者じゃないの。独身って言ってたわ。違うわよ」

「けど美人だし、あやしいわ。オラニオさん凄くにこにこしてるよ。恋人だったりして」

「絶対に違うって。ただの買い物客じゃない?」

「えー、なんだか距離が近くない? はっ、まさか人妻の愛人やってる?」

「やめてぇ夢が壊れるぅ」


 私はオラニオを見つめた。あの中の誰かが彼の『揺りかご』候補なのだろうか? それとも獲物?

 ひそひそ言っている女性達を、こっそり示して聞いてみた。


「オラニオさんは、ずいぶんお客様から人気があるのね?」

「まあ、それなりですよ。お客様に好かれるような店員になるのも仕事の内かと」


 オラニオは人当たりの良さそうな、明るい笑顔を作る。どこか胡散臭(うさんくさ)い。


「そうね。でも、お客様と個人的なお付き合いをするなら、店の外でお願いします。うちで働く条件として伝えてありますよね?」

「それはもう。分かっております」


 そっと注意すると、彼はにんまりした顔になった。軽い返答だ。これは獲物を探す気満々だと感じた。

 彼等が狩りをするのは生きるため。どうしようも無いのだ。魔族の在り方に口出しはしない。


 だが、私が危惧(きぐ)しているのは、店の中で問題が起きることだ。もし店内で客が倒れたりしたら、店の評判にかかわる。

 それくらい理解しているとは思うが、念押しした。


「一応言っておきますが、貴方達が私の店を目的の為に利用するように、私も貴方達の手を借りて商売しています。そちらの邪魔をするつもりはないですが、同じように私の店の邪魔をしないで下さいね。

 エクディキシ商店の信用を守って下さい。店の中で事故や不祥事などもってのほか。もし店とお客様に不利益をもたらしたら、即座に解雇します」


 オラニオは私の決意を込めた言葉に、ぎこちなく笑みが固まった顔で返答した。


「……無論です店主様。では、あちらで帳簿を」


 そして、手袋をはめた私の手をそっと持ち上げた。

 女性の群れから、小さく「きゃあ」という声が聞こえた。


(オラニオ、少しびっくりした匂い。ティシア、この店も大切? 他の店みたいに)


 フォスアンティピナが私の内側から、不思議そうに聞く。


 当然だ。エクディキシ商店は私が経営する店だが、決して私だけの店ではない。


 そこには品物を必要とする人がいて、店を支える従業員がいて、更に商品を作る者、材料を作る者など、多くの繋がりがある。

 本店も支店も、同じように多方面の人々と結んだ契約と信頼関係がある。


 相手の要望に応える努力をし、相手が望む物を売り、正当な評価と報酬を得る。それは大事なことだ。


(そうなんだね。ティシアは店のことが大切。やっぱり契約は大事)


 納得したらしいフォスアンティピナが、内側でうなずいている気がした。




 宿を取って一泊した翌日、何故かエレガーティス侯爵様ではなく、子爵令嬢から私宛てに、一緒に盤上遊戯をしませんか? というご招待の手紙が、支店へ届けられた。

 しかも日にちは十日後を指定してきた。

 侯爵様経由で私が支店へ来ることを知ったのだろうけど、凄く行きたくない。

 そして何故に盤上遊戯。賭け事勝負をお望みなのだろうか。


 私は招待状を見せながら、侍女に相談した。


「すぐ戻るつもりでいたのに……どうしたらいいかしら。困ったわ」


 お嬢様のお相手をして遊戯に付き合うとか、無駄な時間にしか思えない。

 良い商談が見込めるならともかく、あのご令嬢相手では、無理難題を吹っかけられるか自慢話で終わりそうな予感がした。


「お断りしてよろしいのでは?」

「大丈夫かしら? 悪く受け取られないかしら」

「手紙と一緒にお詫びの品をお贈りすれば良いかと思います。 むしろ、それが相手の目的なのではありませんか? すぐ帰る予定の若奥様を、このような日取りで誘うのですから、詫びとして商品を手に入れる口実ではありませんの?」


 ああ、あり得る。

 わざと遅い日を指定した可能性を、否定出来ない。もし都合がついて参加できたとしても、あのご令嬢だったら、友達なら商品の融通をきかせろ、とか言い出しそうだ。


 助言に従い、入浴剤を数種と、貴族令嬢が好きそうな商品を見繕ってまとめ、儀礼的な断りの手紙と一緒に贈ってやることにした。


 その一方で、私は近所の店へ挨拶回りに出た。店主代行のオラニオと、念の為に侍女と護衛を連れて行く。

 連れ出されたオラニオは、不思議そうな顔をしていたが、周囲への気遣いは大事だ。一言挨拶が有るか無いかで随分印象が変わるものだ。


 支店の周囲は、割合に老舗店が多いらしい。

 私の店が入る前は、ここに豆や干し茸などの乾物屋があったそうだ。うちと微妙に商品が被っている気がする。主力商品は違っているが雰囲気は似た感じになるだろうし、大丈夫やっていけるだろう。

 右の店は鍋などの金物屋で、左の店は桶や木皿などの細工道具屋だった。幸い客の取り合いにはならなさそうだ。


 お近づきの印に、ここでも調味塩を贈った。

 私は視察と同時に、追加で新製品の王都風調味塩を持って来ていた。ルフェイ領内ではまあまあの評価を得たので、侯爵領ではどうか知りたくて、持ち込んでみたのだ。

 これを、従来のハーブ入り調味塩と合わせて笑顔で配って歩いた。商品の宣伝も兼ねている。


 精一杯愛想の良い笑顔で、オラニオと挨拶したつもりだ。近所の反応は、まずまずといったところ。

 一通り回った後で、オラニオが聞いてきた。

 

「店主様、そんなに近所へ気を遣う必要があるのですか?」

「ええ。こちらが友好的であることを先に示しておかないと。新参者は爪弾(つまはじ)きにされやすいものです。頭を下げて仲間入りさせてもらうくらいの姿勢でないと、地域に溶け込めません。商売敵になるのではと、皆さん警戒していたはずですわ」

「ははあ、ご近所付き合いとは、厄介(やっかい)なものですね」

「店舗を構えたのですから、きちんと礼儀を示しておきましょう。……何かあっても、店の皆が疑われることの無いように、最初が大事です」


 オラニオは、はっとした顔になり、頭を下げた。


「失礼しました。一族のことを考えてのことだったのですね。今まで一カ所に留まらない行商ばかりでしたので、周囲への配慮など思い至りませんでした」

「いえ、そんなではなくて……。私の店のことですから。王都のように常に人が入れ替わる場所ならともかく、古株の店が多い場所にとって、新規参入者は余所者でしかありません。常に見張られているものです」


 私が首を振って言うと、オラニオは微笑んだ。


「わかりました。そのような建前なのですね。万が一、店が潰れたならば、我々も狩り場を諦め撤退の憂き目に遭います。周囲には重々気を付けましょう」

(そうか。獲物達を油断させておく。狩り場にずっといられるように。なるほど)


 もう、フォスアンティピナまでそんな受け取り方をするなんて。でも、そういう解釈をしてもらった方が魔族には受け入れやすいのだろうか。

 ため息をついた。


 ……この日も店は盛況だった。

 開店直後は様子見の客がやって来て、一時賑わうこともある。

 しかし、本番はそれが落ち着いてからだ。お得意様を得られるかどうか。最初の勢いから継続の力に変えて、それを保てるかどうか。世間に認められるかどうか。上手く行くと良いのだが。




 滞在最終日になった。

 今のところ、私はこの支店に概ね満足していた。

 若干の不安要素は、オラニオが魔族寄りの考え方が強めなことだが、最低限の釘は刺しておいたので、何とかなるだろう。


「……そういえば、オラニオさんはエレガーティス子爵令嬢にお目にかかりましたか?」


 思い出して聞いてみると、彼はにこりとした。


「はい。最初の出店に関するご提案があった時に。大変愛らしい方ですね」

「えっ」

(美味しそうの間違いじゃない?)

 

 フォスアンティピナが私の中で、首を傾げるような感じを伝えてくる。

 いや、どこに愛らしい要素があっただろうか。ええと、外見? 


「自分の欲に大変正直で素直な方でした。何事も己を通そうとする姿勢は、どこまでも純粋無垢な心地がして、愛らしかったですよ」

「そ、そうでしたか……」


 つまり、我が儘で子供っぽいということでは? 

 しかし、彼が嫌味で言っている感じではないのが、何とも不思議だ。ひょっとしてオラニオは凄く趣味が悪いのかも知れない。

 微妙な表情になっただろう私に、オラニオが聞いた。


「もしや、店主様の獲物にとお考えでしたか?」

「いいえ。その、侯爵様の姪御様なので、どうか慎重に……」

「おお、ご心配下さったのですね。お優しいことだ。子爵令嬢様は大変魅力的な個体でしたので、今後も丁寧にお付き合い致しますよ。幸い私の外見をお気に召したようです。ご冗談で、召し抱えたいと仰いました。既に雇われておりますからと、ご遠慮申し上げましたが。とても楽しい方ですね」


 ……何だか物凄く心配だ。

 絶対に冗談ではない気がする。まさかと思うが、盤上遊戯に誘ったのは何か意図があったのかもと思えてきた。例えば、オラニオが賭けの対象とか。

 控えていた侍女が、そっと聞いた。


「あの。オラニオトクスは、もしや『贄』育ちではありませんか」

「そうですが、何故ですか?」

「少し『揺りかご』に選ぶ個体が独特なようで、ひょっとしてと思ったのですわ。贄でしたら申し分無いのですが」

「ふうむ、自分ではよく分かりませんね」


 本気でわからないのか、顎に指をかけて頭を傾げていた。


 『贄』の幼体が受け継ぐのは人間の外側のみ。その精神は学ばない……。


 ということは、魔族の本能がやや強いのかも。

 つい好奇心に負けて聞いてみた。


「前に選んだ『揺りかご』の女性は、何が気に入っていたのですか?」

「そうですね……ターシーは、うっとりするような良い香りがしました。外側は儚く繊細な美しさがありましたし、親に冷たくされてもじっと耐える力があり、金のために富豪老人の妻という介護役を押し付けられても、家を思って黙ってうなずく健気さがありました。それでいて、内に秘めた激しさは驚くほど強かった」

「内に秘めた激しさ?」

「はい。契約で彼女は、家族全員の死を願いました。これ以上家族が悪の道に進まぬよう、周囲から更なる恨みを買う前に、せめて死という慈悲を与えたいと言ったのです」


 しみじみと綺麗な思い出を思い返すような表情を浮かべたオラニオ。……それは慈悲じゃなくて、絶対に彼女の復讐だと思うが。

 なんだか苦いものを飲み込んだような気分になった。


 侍女がふう、と息を吐き出して首を振った。顔をしかめた私を見て、肩をすくめてみせる。やっぱり侍女もそう思うようだ。


 おぼろげに、ターシーはとても静かな人だった覚えがある。契約が成った後、きっと彼女は復讐が終わって、もうどうでも良くなっていたんだろう。たぶん無気力だったのだ。

 もし、彼女がまだいたとして、生きる気力が無くなっているのに、幼体と上手くいったかどうか……。


(オラニオ、人間を選ぶの、下手? 人間って、色々な種類がいる。面白い)


 フォスアンティピナが、無邪気につぶやいた。


「あの、それで、オストアロゴのお母さんはどうするのです?」

「ああ、エラスティさんですか。そのうち会いに行きますよ」

「そうじゃなくて、子爵令嬢を『揺りかご』に選んだりは?」

「ハハハ、気が早いですね店主様。子爵令嬢は若すぎますし、まだ候補ですよ。どのご馳走を未来の我が子へ贈るか、じっくり吟味中です」


 朗らかにオラニオが笑う。

 ううん、オラニオが選ぶ『揺りかご』は、そういう感覚なのか……。




 昼過ぎに、私はエレガーティス領支店を発って、ルフェイ領を目指した。


 オラニオら魔族の従業員達には、くれぐれも店内で人間を狩らないようにと言い聞かせ、店をよろしくと頼んできた。


 ただ、残念ながら店の外で起こったことまでは、責任が持てない。

 出来ることと言えば、せいぜい魔族に目をつけられる人が少ないようにと、女神様に祈るぐらいだ。


 ルフェイ家の本邸では、クリスと魔族の使用人達が無事の帰宅を喜んでくれた。


 留守中の話を、本邸の魔族使用人達に少し聞かせてもらった。


 今年は春を迎えたところで、予想通り雪解け水が多い年になった。川の増水が気にかかっていたが、大丈夫だったそうだ。


 また、最近領内では、ハーブを専門に栽培する農家が目に見えて増えたという。

 それと、何故か薄い布地で作った春夏用手袋が富裕層で人気になり、とても売れているそうだ。指に沿ってぴたりとした五本指手袋だ。


「どこかで、ティー様が王宮で手袋をしていたと聞いたからですわ。それに、冬にも手袋を注文なさったでしょう? 領主夫人のすることを、誰かが真似て取り入れたのです。流行の始まりなんて、案外ちょっとしたことからですわ」 


 魔族の侍女がそう言ってクスクス笑った。なんだか気恥ずかしかった。


 それから少し経った日、エレガーティス領支店から商品追加願いの連絡が来た。


 近況報告も兼ねていて、興味本位で王都風調味塩を買って行ったお客様が、翌日になって何人かまとめ買いに来たそうだ。どうやら新製品は成功のようだ。一安心だ。

 それと、私がルフェイ領へ戻ったその日に、入れ違いでエレガーティス子爵様が、ご令嬢を連れて来店したそうだ。私と会えず終いで大変残念がっていたという。


 クリスに子爵家の事を言うと「放っておいて良いよ」と言われた。


「侯爵家に挨拶の手紙を贈ったんだろう? それで充分だよ。領主には伝わっているはずだ。ティーはとても綺麗になったし、うっかり見初められたら困る。心配だから子爵と会わなくて良いよ」

「私は既婚者よ。まさか」

「駄目だよ。後ろ盾をちらつかせるような人間は、下位の者の事情なんて気にしない。子爵は先代侯爵に気性が似ているからね」


 真剣な顔でクリスは注意した。別に彼を心配させたいわけではない。私はうなずいておいた。


「分かった、避けるわ」


 うん、と満足そうに言った後、クリスは私に聞いた。


「ところで、今年の夏至には森の館へ行きたいかい?」

「……行かなくても良いの?」

「どちらでも。好きにしていいよ」

「じゃあ、ついて行くわ」

「うん、そうか」


 向こうでスタヴローノに会えるかも知れないと思い、同行することにした。

 クリスは眼を細めて了承した。


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