魔族との契約
次に目覚めたときは、きれいに晴れた朝だった。
私はすっかり元気になっており、驚くことに傷や痛み、不調がすっかり消えていた。打ち付けた痣もなく、膝がつるつるだ。しばらくぶりに体調が良い気がする。
寝台から出て来た私のために、クリスは大量の食事を用意して待っていた。
たっぷりの茹でた野菜、半熟の炒り玉子、他国産の香辛料が効いた燻製肉、焼いた腸詰め肉、具沢山のスープ。パンは白っぽいのと木の実入りの茶色の二種類、薄く切ったチーズも二種類、作りたてらしきバターとジャム、温めたミルク、デザートに季節の果実盛り合わせ、食後にハーブ茶。贅沢でしっかりとした朝食だ。
料理を作ったらしい使用人が、美味しくなかったら遠慮無く言って下さい、と言ったが、どれも美味しかった。
ただ、多過ぎた。食べきれなかった。
「小食だね」
そう言うクリスも、男性にしては少ししか食べていない。
「あなただって、あまり食べてないわ」
「幼体じゃないから、それほど必要ないんだ」
そんなことを言ってクリスは笑う。
私には十代後半くらいの食べ盛りの年頃に見えるのだが。
「クリスさんは、何才?」
「だいたい三十七か八くらいかな」
「っ、嘘でしょう?」
思わず言うと、クリスは説明した。
「いやいや、本当にさ。私は『揺りかご』と二十年余りいたんだ。『揺りかご』の外に出てからなら、十五、六年かな。だから、おおよそそのくらいだよ」
「えっ、二十年も卵をあたためるの?」
「まさか。卵期間は平均半年ほどだ。ただ、孵化後の幼体の期間は個体差があってね。十五年から二十五年の幅がある。私達は総じて人よりも長生きなのさ」
それはものすごく大変な気がした。二十年近くも、成長が遅いお子様の面倒を見続けるのは、さぞ骨が折れる仕事だろう。子守しているだけでおばさんになってしまう。願いを叶えるという大きな対価もうなずける。
いつの間にか、朝食の皿が片付いているのに気がついた。横を見ると、給仕の若い女の使用人が食卓の上を綺麗にしていた。
私達のおかしな話が聞こえていただろうに、お代わりのハーブのお茶を注ぎながら平然としている。
ちらりと使用人に目をやると、微笑まれた。とても美しい人だ。
それに気づき、出された食後のお茶を飲みながら、クリスはさらりと言う。
「この館に居る者は私の身内、同じ一族に連なる者ばかりだよ。気にしなくて大丈夫」
「身内……」
「そう。皆、私の仲間だ。人間風に言えば魔族。全員が子育ての終わった成体だよ。みんな暇だから、暇つぶしでここに居るんだ」
そういえば、この侍女らしき使用人も非常に整った顔立ちをしている。美しすぎるのは魔族だからか。だが、性別不明な感じは無く、ちゃんと大人の女性に見えた。
「それはそれとして、ティシア嬢、君の家がどうなったか調べてきてあるけど、知りたい?」
「……はい」
私は居住まいを正して、真っ直ぐクリスを見た。
「トロッフィ商店の建物と敷地は、アルパーゾ商人会が買い取ったそうだ。ソヴァロスとキリアの夫妻は、処刑されて亡くなっていた」
顔から血の気が引く。
そうなる予感はあった。
しかし、実感がわかないせいか、涙は出ない。ただ、動悸が激しい。
「亡くなった……?」
「残念だったね」
私は言葉に詰まってしまう。
そんな。
ついこの間まで二人共元気で、優しく笑っていたのに。
……そういえば、トロッフィ商店はたびたびアルパーゾ商人会から、傘下に入らないかと誘いをかけられていた。
カシィコン領のアルパーゾ商人会は、組織としては中程度だ。会費を納めることで、口利きとか競売や出店など、商売する上での様々な便宜を図ってくれるという。
が、急激に大きくなったことで注目を浴びていた。陰ではずいぶんと強引な方法をとると、一部から嫌悪されていたのだった。
「……アルパーゾ商人会って、まさか。お養父様は商人会のやり方をとても嫌っていました」
「うん。そのようだね。でも、家屋敷の買い取りをカシィコン伯爵が許可したらしいよ」
私は唇を噛んだ。
家があった場所は街の一等地だ。トロッフィ商店と我が家があった所は、大通りに面しており店舗として最高の場所だった。
後から参入してきた新参者が、街の中の一等地を得るのは難しい。
それを、得た。アルパーゾ商人会が。
「……あの、倒れた奥方様は、どうなりましたか。領主様は……」
「奥方のエピファミア様はお亡くなりになったようだ。領主のプロカッロ様はとりあえず喪に服されている。跡継ぎのご子息ソストース様は、先代伯爵の邸宅に身を寄せたままだそうだ。
なんでも、領主が奥方様の代わりにと、本邸へ愛人とその子供を迎え入れたっていうんで、先代様はカンカンさ」
「は? 喪中に愛人を家へ?」
それが本当なら、ひどい話である。
喪に服している間ぐらい、身を慎むべきだ。それに、次代を継ぐべき嫡子が居るなら、騒動の元になりそうな愛人と子供を遠ざけるべきだ。
養子の身である私でさえ、そう思うのに。
私は続ける言葉も無く目を見開いた。
クリスは肩をすくめた。
「きっと、君の家は利用されたんだね。毒入りワインを用意したのはアルパーゾ商人会だろう。報酬として、トロッフィ商店の持っていた土地や権利を、要求したのだと思う。
元々、奥方が愛人とその子供を頑なに認めなかったせいで、夫婦仲は最悪だったそうだよ。それで嫡子のソストース様は、居心地の悪い伯爵邸じゃなくて、先代伯爵のいる別邸で暮らしてるという噂だった。
伯爵は、アルパーゾ商人会にそそのかされたのさ。トロッフィ商店を利用して、邪魔な奥方様を毒殺する案を聞き、良い方法だと思ったんだろう」
まさかそんな理由で?
個人的な欲望のため、私の義父母を犠牲にしたのか。ただ自分の望むようにしたいがため、平気で他人を利用し、冤罪を着せたというのか。
じわりと腹の底から怒りがわき上がってきた。
許せない、と私は思った。
今までどんな人が領主だろうと、興味は薄く、気にしたことは無かった。
狭い範囲での幸せ、家族やご近所、商売関連や店など、私の周囲が満ち足りていれば、良かった。
私は、ありふれた平民の一人だったのだ。
だが、こんな目に遭った後では、もう駄目だった。
そして、仕事に誇りを持っていた養父母を思うと、アルパーゾ商人会のやり方にもむかついた。
毒を入れるなど、ワインの製造元に顔向けできないではないか。農家の苦労を思えばそんな事は出来ない。お店のお得意様方の信頼も裏切った事になる。
何より、養父母の信念と矜持を踏みにじる行為だ。
「クリスさん」
「さん、は無しでいいよ。なんだい」
呼びかければ優しく返された。
「じゃあ、クリス。昨日の話だけど」
「うん」
「もし、私がお義父様とお養母様の冤罪を晴らしたい、って言ったら、叶えてくれるの?」
「もちろん協力するよ、我が契約者殿」
クリスは美しい微笑を浮かべて、そう言った。
私はクリスの屋敷で暮らすことになった。季節は秋も終わりで、冷たい冬は目の前だった。
実家を頼ることも連絡することも諦めた。養父母が処刑された今、そんなことをすれば、かえって迷惑がかかるかも知れない。むしろ、ティシアは死んだと思われた方が良い。
私はクリスに、養父母が受けた冤罪を晴らしたいと願った。
貴族に向かって復讐なんて、無茶なことだとわかっている。それは無理でも、せめて二人のお墓を作って、ちゃんと弔ってやりたいと頼んだ。
だからその為に、頑張ると決めた。
泣いたのは三日間だけ。その間、クリスは私をそっとしておいてくれた。
その三日間で彼は色々な準備を整え、私の新しい生活の方針が既に決まっていた。
クリスの世の中での立場は、男爵の地位を持つ裕福な下位貴族ルフェイ家の、成人したばかりの年若い息子だった。三十八才くらいとか言っていたのに、どのようにしてそうなっているのか、さっぱり分からない。
ルフェイ家の領地は、王都から遠く離れた田舎にあった。平地は少なめだが山々と川と、点在する小さな森があり、領民はさほど多くない。近隣の領地持ち貴族達とは、わりと友好的な関係を保っている。
特産品は一部の山から採取できる岩塩と、いくつかの品種の野菜や森で採れるハーブ類。あまり農地には向かないらしく、あとは特にないそうだ。
だが、先代の頃に見つかったという、この良質な岩塩があることで、中々の財産が築けているらしい。他は、まあまあ長閑な所と言っていいだろう。
クリスは時々、視察という名目で『揺りかご』候補を探し、自領内や隣接する他領をうろついていたそうで、私を見つけた日も、そうした散策の日だったという。
ルフェイ領は、私が住んでいたカシィコン伯爵の領地と一部隣り合っているのだ。
見つけた『揺りかご』候補の私を家に置く理由として、彼はなんと、婚約者候補で行儀見習いという立場を用意してきた。
他領で見初めた乙女を口説いて連れ帰った、などという大嘘を流したのである。
婚約者候補は荷が重いと思ったが、将来、周囲に違和感を持たれず『揺りかご』が子を育てるには、結婚してしまうのが一番良いそうだ。なるほど、そうかも知れない。
ただし未成年であるため、それに関する具体的な話はまだ先になっている。
そういうわけで、すっかり体調が元通りになった私に、クリスが家庭教師をつけてくれた。貴族の礼儀作法と知識を身につけるためだと言う。
また、私の素性の目隠しに「ティピナ」という新しい名を用意した。普段は「ティー」と私を愛称で呼ぶことにしてくれたので、元の名前ティシアと近いせいか、違和感は少ない。
なお、クリスの父親、すなわち男爵は、十七、八年ほど前に亡くなっているそうだ。
そして、ずっと男爵代行を務めていた男爵夫人は、近頃お体が弱ってきていて、寝たり起きたりの状態という噂が流れているらしい。
ここと離れた静かな森の館で療養生活中という話で、私はまだ会っていない。
それから、クリスの他に彼より若い子供が居るそうだが、男爵夫人が引き取って一緒に館で暮らしているとか。本邸であるこの屋敷には来ないと言う。
それで現在、領主業務は本邸に住んでいるクリスが、代わりに行っているのだそうだ。
そんなクリスは領民に人気があった。
それは、若く美しい見てくれも理由の一つだが、領地には人間に擬態した魔族もいくらか住んでおり、彼らの支持があったからだという。
落ち着いた平和な生活が営める場所というのは、魔族にとっても大切なものらしい。
もうクリスが後を継いでも良いのでは、と何も知らない領民は言っているが、一族には代替わりするための条件があるそうだ。
成体になっていること。もっとはっきり言えば、産卵済みであることだ。
人間で言うところの、婚姻していることと同義だそうだ。
だから、クリスはまだ跡継ぎ予定で止まっているらしい。
それに他の候補は、未だに『揺りかご』が必要な幼体なので、幼体を脱している彼でほぼ決まりだろう、という話を、魔族の侍女が教えてくれた。
彼に仕えるルフェイ家の使用人は、男爵家にしては多く、現在この屋敷に十三人居るそうだ。都合により、時々、男爵夫人の住む館の使用人と入れ替わったりして増減するらしい。全員魔族で彼の一族だ。
彼らは総じて容姿が美しく整っており、角も羽も尻尾も見当たらず、全く人間と変わりない外見である。ただ、血の色が違うという。
そして全員が大変に若々しい。子育てが終わった成体というが、どう見ても二十代から三十代ぐらいだ。老人は一人もいない。
彼等は、使用人として大変優秀だった。
男性型は執事や護衛など、女性型は侍女などの仕事をしているけれど、寿命の長い彼らにとって、仕事というより一種の道楽らしい。人間の真似は楽しいのだそうだ。
彼らは、平民の私に対してとても親切で、丁寧な礼儀正しい態度をとる。まるで女主人に対するように。
部屋を整えたり、食事の支度をしたり、着る物や身を飾る物を用意し、日々の生活の世話や、些細な事柄にも気を配ってくれる。
寝る前にはよく眠れるようにと、必ずあの甘苦い味のお茶を用意してくれる。滋養のお茶だという。実際よく眠れたし、翌朝は不思議なほど疲れが回復する。
商家の娘であったときよりも、毎日の生活が快適だ。
男爵家で暮らすようになってから、あのたっぷりの美味しい食事の成果か、私は急激に背が伸びた。
滅多に風邪など引かなくなったし、毎日体調が良くとても元気だ。どんなに疲れていても、翌朝には元気いっぱいなのだ。
体つきもましになり、田舎の小娘から乙女ぐらいに変わってきたように感じる。たぶんだけれど。少しは見られるようになったと思う。
この恵まれた環境で、私は用意してくれた機会を存分に活かし、自分を磨くことに専念した。まずは、貴族と相対できるだけの基礎が必要だった。
身なりや容姿に気を配り、家庭教師から学問と礼儀作法を習い、クリスや周囲の使用人達から、この領地や貴族について話を聞いた。
元より読み書きが得意であったことから、私が必要最低限度の学問や知識を修めるのは、わりと早かったようだ。
逆に貴族の礼儀作法には苦戦した。それでも一年半が経つ頃には、「だいぶ様になったよ」とクリスに言ってもらえた。最近になって、ようやく屋敷の魔族達に「男爵家としてなら問題なし」と褒められた。
……ルフェイ家の皆が、私に優しく、良くしてくれる。
不安になると「大丈夫、立派に成長していますよ」と励ましてくれる。「日々の成果がでています。随分と仕草も美しくおなりです」と褒めてくれる。
養父母を失った悲しみは未だ消えないが、私は前を向くことが出来ていた。
たとえ彼等が魔族であろうと、あの雨に濡れて倒れた日のことを思い返せば、ただ感謝しかない。
クリスは死にかけの私を助けてくれた。なのに、未だに何の対価も要求されていないのが、ちょっと心苦しい。
お返しになるかどうか分からないが、男爵家の利益が増えるような、何かが出来ないかと考えた。
……領で採れる森のハーブ類を、乾燥させて細かく砕き、同じく領で採れた塩と混ぜ合わせ、風味と香り付きの調味料を作って販売したらどうだろうか。
なぜそれを思いついたのかと言うと、以前、料理人担当の魔族が「人間の味覚と我々の味覚は、ちょっとだけずれているので、美味しくなかったら遠慮無く言って下さい」と言っていたからだ。
もし、最初から美味しい組み合わせが出来上がっていたら、誰が料理担当になっても悩まずにすんで、少し楽になるだろう。
また、彼等でなくとも、忙しい時に、調理の面倒を省ける配合済みの調味料があったら、便利に使えて喜ばれそうだ、と思ったのだ。
もう一つの理由は、王都で流行りの他国産の香辛料だ。
肉や魚の臭みをおさえて風味が良くなり、食品が少し長持ちすると評判で、上流階級の間でとても人気なのだが、輸入品だからかなり高価だ。庶民では手に入りにくい。
しかし、塩とハーブで肉や魚等の食材を漬け込んでも、似たような臭み消し効果がある。何よりルフェイ領の塩には旨味があり、それで作る塩漬けはぐっと食材の美味しさが増す。勿論、保存も効くようになる。
ハーブの利用は、貧しく幼かった頃、実母のお手伝いで知った田舎暮らしの知恵だ。
ルフェイ領にあるハーブで香辛料の代用品が作れたなら、高価な他国産の輸入品よりもっと安価で利益が見込めるはず。
クリスにこの考えを相談してみた。
話を聞いた彼は、なかなか面白そうだね、と試作することをすぐに認めてくれた。
早速、試験的にハーブ入りの調味塩を作ってもらった。何度か塩の量や加えるハーブの種類を変えて改良した。試行錯誤の末、味と保存効果が良さそうだった物を選び、少量を瓶に入れ、試しに領内の飲食店へ渡した。そして、使った感想を教えて欲しいとお願いした。
結果、随分と好評だったらしい。
「さすが、ティーには才能があるね。原材料が領内で調達出来るところが気に入ったよ。上手くいったら、利益は君のものにしようか」
と、クリスはご満悦で、ルフェイ領のハーブ入り調味塩を、領内で売り出す事に決まった。
便宜上、ハーブと調味料を扱う店を立ち上げ、エクディキシ商店と名乗り、私ことティピナが店主になった。
とはいえ、私は未成年なので、ルフェイ男爵家がその後見についた。店員は「お店屋さん」を面白がった使用人の魔族だ。
売り始めると、調味塩は料理下手でもそこそこ味が決まる調味料として、重宝がられた。
少しでも領の財政が潤えば良いなあ、と思っていたが、予想より人気が出たようだ。
「おめでとう。人間の味覚に良く合ってるようだね。順調に売れてるって報告があったよ。客が入荷を問い合わせて来たので、もっと売っても大丈夫かという質問が届いている。どうする?」
「それ、私が決めていいの?」
塩は人々の生活に欠かせないため、世の中への影響が大きい。ゆえに岩塩の採掘量、流通と価格には色々と気をつけねばならない。
ルフェイ領の塩は、領主が適量を市場に出すよう調整し、厳しく管理しているのだ。
「いいよ。それは塩じゃなくて、調味料扱いだから。この店を君の武器にするといいよ」
調味料としてだったらさほど規制は厳しくない、とクリスは言った。
ありがたい。しかも、私自身が商売することを認めてくれるとは。名ばかりの店長になるかと思っていたのに。
「なら、売って下さい」
「よしよし」
その後も、クリスは私の後ろ盾として積極的に動いてくれた。
忙しい時などは、ちょこちょこ屋敷の魔族達も手を貸してくれたり、クリス自身が手伝ってくれたりさえした。
彼も領政などで忙しいだろうに、常に気遣ってくれて、とても優しい。それに、クリスを頼るとなぜか物凄く嬉しそうなのだ。
最初は遠慮しながらの相談だったが、もう、思い切ってすっかり甘えることにした。
段々、私はクリスや屋敷にいる魔族の誰かと一緒に、領のあちこちへ商売のため出向くようになっていった。
エクディキシ商店の責任者ティピナとして、岩塩採掘場や塩の卸売業者、農家や飲食店等と顔を繋ぎ、クリスの許可を得て取引の契約をする。かつて商店で養父母と働いていたように、いや、それ以上の熱意で店に力を注いだ。
初めは魔族頼りのお試し開店であったが、投資した金額を越える利益が出たのは早かった。
クリスはその利益を、宣言通り私のものとした。お陰で私個人の資産が出来た。
一躍小金持ちになった私は、周囲からもクリスの婚約者としてそう悪くない。と見なされるようになった。
やがて私の店では、調味料はもちろん、塩を使った魚や肉の加工品とか、他の乾物等の保存食品や、領で栽培したハーブのお茶なども扱うようになった。
そして、それらはよく売れた。なんといっても、領主家の御墨付きだ。
しばらくして、新たに塩を使った入浴剤も作ってみた。これが密かな人気商品になった。
食用に向かない低品質の塩だが、これを入れたお風呂に浸かると、体が温まり体調が整って、肌が綺麗になる。
岩塩採掘場の作業員達から聞いた話をもとに、ちょっと試作したものだったが、健康と美容に関心がある富裕層が食いついた。
お風呂用のお塩なんて、良く風呂に入る習慣があるお金持ちぐらいしか買わないのだが、効果があると分かると愛用者が増え、立て続けに注文が入った。
そして、贅沢に慣れた人達は、気に入ったものに対して金を惜しまない。
エクディキシ商店は急速に拡大していった。
店から魔族を徐々に引き上げ、きちんと人を雇って経営するように変更した頃には、既に店が軌道に乗っていた。
その後「お店屋さん」を気に入った何人かの魔族が、もう少し店員をやりたいと言ったので、好きなだけ働いてもらうことにした。
いつか自分の店を構え、切り盛りすることは、養子になって以来の目標だった。ルフェイ家の協力があってこそだが、こうして店主になれて経営も順調で、嬉しく思った。
これがトロッフィ商店のものであったなら、どれほど良かっただろう……。