王宮の狩り場 一
来月の建国の記念日から十日間、王都はお祝いの雰囲気に包まれる。お祭りで人と物が集まり、賑やかになる時期だ。
王都近辺に屋敷を持っている貴族にとっては、地方から来た者とやり取りする、いわゆる交流期間になる。
私達にとっては、四年に一度の登城義務を果たす日である。
この建国祝いの時期に、王が遠方の領主を呼んで顔を合わせることで、権威を示したり忠誠を確認したりするのだ。
と言っても、毎回全ての領主と一々謁見してやりとりをしていたら大変だ。なので、爵位や関係性を考慮しつつ、年ごとに順番を決め、適度にまとめて謁見を行っている。
高位貴族になるほど、よく呼ばれるらしい。だが、男爵家はだいたい四年か五年に一度ぐらい。
ルフェイ領から王都までの道程は、馬車で十五日はかかるという。しかも夏季なので休憩を多めにとることになる。往復だけでも軽く一ヶ月以上は必要だ。
呼ぶ方も呼ばれる方も面倒臭い行事だなと思った。
クリスは「王都へ着いたら、すぐに王宮へ行って報告と事務処理をする。それが終わったら陛下に謁見して、速やかに帰途につくからね」と言う。
そもそも移動に時間がかかるので、あまり長居しない予定でいる。
領主夫妻が留守の間は、ルフェイ領をルルディア様が見ていて下さるそうだ。
私達は四台の馬車で領を出た。
その内、一台は私達が乗るためのもの、一台は王宮へ献上する品物用、あとは国へ提出する書類等の事務関係と、着替えや食糧や宿泊用具。護衛は御者も兼ねて同行し、侍女は馬車に分散して同乗する。これでいっぱいだ。
下位貴族のルフェイ男爵家が、王都へ頻繁に行く理由など無いので、わざわざ屋敷を王都に用意しておく利点は少ない。だからいつも市井の宿を利用している。
道中も、良さそうな庶民の宿を使うか、野営する。というか、周りに気を遣わなくて済むのでほぼ野宿だ。
もし移動の途中で盗賊や不埒者が出たとしても、普通の人間が魔族の護衛に敵うわけがない。気楽で悠々とした旅行だ。
王都へ行く途中でいくつか他領を通るが、クリスが事前に話を通していたお陰で、そちらも問題なく通過できた。根回しは大事だ。
私はルフェイ領とカシィコン領しか知らなかったので、移動中に見えたあらゆる物が珍しくてならなかった。
旅程は順調で、真っ直ぐ王都を目指して旅し、馬車の揺れさえ無ければとても楽しめた。
そして予定通りに、いつも利用するという王都中心部の宿へ到着した。
下位貴族や裕福な商人なんかが、この宿によく泊まるらしい。
宿の主人は中年の男で、手慣れた様子の安心感がある。彼は馬車から降りた私達を屋内へ案内し、帳場の前でルフェイ男爵家一行の全体を確認してから聞いた。
「今回もご利用いただき、ありがとうございます。……あの、男爵夫人は、ご一緒ではないのですか?」
少し誰かを探しているような目をする宿の主人に、クリスは貴族らしい微笑を浮かべた。
「ああ。今回、母は領地で留守を守ってくれている。それと、昨年になるが、領地と男爵位は私が継いだので、現在の男爵夫人は私の妻だ」
宿の主人は、一瞬浮かんだ残念そうな表情を消し、商売用の良い笑顔で言った。
「左様でございましたか。おめでとうございます。どうぞ今後もご贔屓下さいますよう、ルフェイ男爵様」
「うん、今後もよろしく頼むよ」
私は仕事用の笑顔を作り、ルルディア様の来訪を楽しみにしていたらしい主人に挨拶した。
「クリスの妻のティピナです。これからよろしくお願いしますね」
「これはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。……お綺麗な奥様ですねぇ」
目を細めて宿の主人はお世辞を言った。ルルディア様じゃなくてすみません、と内心で謝っておいた。
そのあと、一番広くて明るく良い部屋へ案内してもらった。
が、夫婦用の大きな寝台が、部屋のど真ん中に置いてあった。当然クリスと私用のだ。護衛や侍女の魔族は、また別の部屋を取ってある。
戸惑って素に返り、寝台を凝視しながらつぶやいた。
「わ、どうしよう」
私達は契約上の夫婦だから、同衾したことは無い。新婚への配慮は、申し訳ないが無駄になる。
クリスは美青年ではあるけれど魔族だし、たまにドキッとする事はあっても、彼に対して恋愛感情は無いに等しい。
「私は別に一緒でも構わないけれど。ティーが気になるなら、別の場所を探して余所で寝るよ」
クリスが私を心配してたずねてきた。しかし別の場所と言っても、新婚の夫婦が違う部屋で休んでいたら、あらぬ疑いを持たれそうだ。
「……いえ、そのままで大丈夫よ」
「そう? 気を遣わせてすまないね。夜伽も出来なくはないけれど、君は望まないだろう? 魔族と人間では子が出来ないから無駄なことはしないよ」
「そ、そうね。夜伽はいらないわ」
ちょっと顔が赤らむ。振り返ってクリスを見上げると、彼は可笑しそうに笑っていた。
「やだ、からかったのね?」
「ごめんごめん。でも、私は嘘はつかないから安心して。寝台の端を借りても大丈夫かな?」
そうだ。魔族は契約者に嘘をつかない。何もしないと言うなら、本当に何もするまい。
私はうなずき、ため息を吐いて話を変えた。
「それで、王宮へはいつ登城するの?」
「明朝だよ。今、使いをやって事務処理をしてもらっている。さっさと終わらせて帰ろう。今回はティーがいるし、誰かに捕まると面倒だ」
明日か。周りは全部お貴族様だ。もう一度礼儀作法を見直ししようと思った。
城下の街から見る王宮は、綺麗な白い城だけれど、壮麗というよりも伝統と若干の古さを感じる石造りだ。
リリパルド国は小さいながらも何度か王朝を変えて長く続いている。
だが、何代か前の王様の時、隣のバルニバ国まで進出してきた帝国の勢いに押され、戦をするまでもなく帝国の圧に屈してしまった。
それからは、国として体裁を保っているが、帝国の柵封国扱いだ、と貴族教育で教わった。
当時、貴族階級から小心王とか弱腰王と誹られたその王様は、後世の平民の間では、戦を回避した賢君と伝わっている。
現在の王家は、王と王妃、王太子夫妻、王孫の男児と女児が一人ずつ。他に、王女が遠く離れた帝国で、後宮の側妃という名の人質兼貢物の一人になっていて、末子の王子が公爵家に婿入りしている。
現王の治世は、まあまあ平和と言える。
その、国王の前に出るため、私とクリスは地位に見合ったように身を飾る必要があった。
私の髪は侍女に結い上げてもらう。その上から薄地のベールが付いた帽子を被った。既婚女性の印だ。濃緑色のチュニックドレスを着て、腰に黒と銀灰色の飾り帯を重ね締めて垂らす。ドレスは袖口が広がって華やかなのが好まれる。宝飾品は緑玉の耳飾りと首飾り。服に合わせた手袋も忘れない。
クリスは髪を襟足でまとめてくくっている。私と色を揃えた濃緑色で袖口が広がった膝丈チュニック姿だ。更に、銀灰色の短いマントを緑石の飾りブローチで右肩に留める。王族の前で武器類の所持は基本不許可だ。黒地に銀模様のベルトと服の隙間に、革手袋を挟むだけ。足は黒の下穿きと靴を履いている。
これで、高位貴族に叩かれたり侮られたりしないよう整ったと思う。
二人して暑そうだが、夏でもなるべく肌を人目に晒さないのが上品だとされているから、だいたい普通の装いである。
ただ、色合いが黒髪と濃い緑で、あまり目立たない。服の生地は宗主国である帝国産の絹で、薄く軽い高級品であるし、仕立てはとても良い。染色具合も良く形も古びていないが、やはり華やかさは足りない。総じて地味めだ。
でも低位貴族は、派手で目をつけられるより、こんなのがちょうど良いらしい。
旅の荷馬車でなく、貴族的で上品な馬車に乗って護衛と侍女を伴い登城した。
正門をくぐり、城の入り口で馬車を降りる。広い敷地を連れ立って進みながら聞いた。
「何か気を付けることは?」
「私から離れないことかな。我々二人だけになると思うから。受け答えは私がするよ。ティーは黙ってて構わないからね」
夫婦や家族はともかく、随行したお供は、許可が下りなければ護衛だろうと侍女だろうと王宮の奥へ連れて入れない。きっとクリスと二人きりだ。
平民出身の私を、周囲から守るつもりなのだろう。心配性なクリスらしい気遣いだ。
なお、高位貴族の場合、お供を連れて行くことを、目こぼししてもらえることがある。高位貴族の使用人は貴族に連なる者が多い。貴族だと身元がはっきりしているから安心だ、という理由である。平民の使用人だと嫌がられる。出自がよく分からないからだ。
お偉い人の護衛や侍女が貴族の血縁者ばかりなのは、そういう理由なのだ。
案の定、私達は護衛と侍女を連れて奥へ進むことが出来なかった。どちらも貴族ではないので当然だ。正直に言えば魔族だし。いや、言えないが。
専用の控え室があるから、そちらで待ってもらう。
さて、と気合いを入れた。
爵位が低い貴族は、王と謁見するまで時間がかかる。
まず、身分が下位の者ほど先に到着しておく。下位の者が上位の者を待たせてはならないからだ。そして男爵はほぼ底辺である。
登城したら一度控え室で待つ。
控え室には、城仕えの警備の者と取り次ぎ係の者が部屋の中と外に居て、まるで見張りのようだ。
低位貴族は高位貴族のように、しょっちゅう登城することがない。そのため顔が知られていないので、ここで不審者ではないか、予定と合っているか、きっちり確認をとってもらう。
確認が済んだら、謁見の間の前へ案内される。
ここでも警備の者と係の者が扉の両側に彫像のように立っている。雑談しにくい雰囲気だ。
というか、話す内容は全部聞かれているので、迂闊なことが言えない。
しばらくして扉が開き、やっと謁見の間に入るが、扉の内側にもやっぱり城仕えの人が居て、「そのままお待ち下さい」と言われる。
入って来た扉のすぐ横へ退いて、立ったまま待つ。奥には、玉座が乗った三段くらいの高座があった。
ややあって、伯爵だか子爵だか分からないが、こちらより少し身分が上らしき貴族の中年夫婦が、案内と一緒に入って来た。
私達は丁寧に頭を下げ、会釈する。
目の前を通る貴族夫婦はちらりとこっちへ視線を巡らせただけで、返礼も何も無く無言だ。身分の高い方は低い方の貴族に会釈されるが、その返しは特に無い。それが普通。
少し離れて私達よりも奥の位置で立ち、彼等も待ちの体勢に入る。
そうやって、あと二組のお偉いお貴族様がお供を連れて私達の前を通り過ぎ、奥へ進んだ。その度に私達は頭を下げた。
立ち位置が玉座に近い方が身分が高く、装いが華やかだ。年齢は様々。私達が一番若い。
最後の一組がお供をぞろぞろ連れてやって来て、玉座に近い位置についた。今回の謁見は五組。
程なくして奥の立派な扉が開いた。
途端に、全員がさっと頭を低くする。私も膝を曲げて身をかがめる。と、ゆっくりした固い足音が聞こえた。
コツコツ音は高い位置の玉座へ移動したようだ。ドサ、という重そうな音と「よい、楽にせよ」という声がして、皆が身を起こす。
私も静かに顔を上げる。と、ばっちり玉座の主と目が合った。国王陛下の目をこらすような動きに慌てて視線を下げる。
うっかり見つめ返したら不敬に問われかねない。視線を合わせないようにしてそっと様子をうかがった。
国王陛下は少しふっくらした男性で、銀髪で額に皺がある。金冠の他にも、宝石を散りばめた金色の豪華な襟飾りを着け、濃い赤紫地に金糸の派手な刺繍が施された丈長の衣装を着ていた。大変立派であるが、暑くて重そうだ。
と思ったら、羽造りの大きな煽ぎ具で風を送る係が両脇に立って、パタパタしていた。
偉そうな文官が、書き物をつらつらと読み上げる。
回りくどく飾った言い方の内容は、要約すると建国記念日を祝う言葉だった。
頭を下げはするが、特に感動のない皆の様子からして、毎年同じ文言なのかも知れない。
謁見は、まず最初に玉座から最も近い場所にいた一組から始まった。
玉座の一段下で控える偉そうな口ひげの年配男性文官が、視線で促しながら言った。
「こちらへ」
呼ばれた高位貴族は、お供をその場に残して進み出る。玉座の下まで来ると深々と礼をした。流石に所作が美しい。
書き物を広げた文官が、要件を読み上げる。
「先代伯爵が亡くなったので、このたび嫡男が代替わりで領主になりました。領地は平穏無事に治まっています」
国王陛下は重々しくうなずいた。
「あい分かった。先代に恥じぬよう、励めよ」
「かしこまりました」
伯爵夫妻が頭を下げ、元の位置へ戻る。
そんな調子で以降やり取りが続く。
男性が書き物を読む。国王陛下は鷹揚にうなずいて一言言う。そして貴族がうやうやしく頭を下げる。
「先日、書面にて報告致しました通り、伯爵家の三番目の息子に、当主が持っていた男爵位の方を譲りました。領地は問題なく治まり繁栄しています」
「あい分かった」
「既にご承認済みですが、子爵家の当主が病気で直系不在の為、半年前に甥を養子に迎えました。成人するまで、一時的に当主の弟が代理をいたします。ただ今、領地経営の見直し中です」
「あい分かった」
「既に書面にて報告済みですが、子爵家の隠居していた先代が昨年身罷っています。他は何も問題なく、領地は平穏無事に治まっています」
「あい分かった」
そしてルフェイ男爵家の番になった。クリスと一緒に進み出て、綺麗に礼をとって頭を下げる。
玉座の後ろから、ふわりと漂う香炉の煙の匂い。植物の焼ける芳ばしく甘い匂いが鼻をついた。
帝国のものだろうか? 青白い焼き物の香炉なんて初めて見た。フォスアンティピナが(臭くて不味そう)とこっそり文句を言う。
「既に書面にてご報告済みですが、昨年男爵代理の夫人から、嫡男へ正式に代替わりしました。新当主は妻を迎え、領地は平穏無事に治まっています」
国王陛下は一瞬黙ってからたずねた。
「……して、前男爵夫人は変わりないか」
ざわっと雰囲気が変わる。
まさか型通りの「あい分かった」以外の言葉を、国王陛下がわざわざ男爵にかけるとは。
皆の視線がこちらへ向いたのを感じた。
クリスは動じることなく頭を下げる。私も真似て一緒に頭を下げた。
「は。母は体調が思わしくなく、療養を兼ねて隠棲しております」
「そうか……大事にせよ」
「勿体なきお言葉。ありがとうございます」
更に深々と頭を低くすると、国王陛下が小さく「うむ」と言った。
「本日は以上でございます」
広げていた書き物を仕舞いながら、男性が告げた。国王陛下はゆっくり立ち上がって、軽く告げた。
「明日、また会おうぞ」
そして背を向ける。
全員が頭を下げて退出する王を見送った。
奥の扉が閉まった直後、クリスは出口が近いのをいいことに、私の手を引いてさっさと外へ出た。
「さあ、帰ろうか」
明日って? と思ったが、クリスは私の手を握ったまま、走らず、しかし可能な限り急ぎ足で退出する。
控え室の護衛と侍女を呼ぶと、馬車に乗って王宮を後にした。
宿に到着すると、宿の主人が待ち構えていたように封書を盆に乗せて持ってきた。
「ルフェイ男爵様、お手紙を預かっております」
「おや、城からだ。ありがとう。まだ何か手続きがあったかな?」
礼を言いつつ受け取ったクリスが、手紙を広げた。一読すると珍しく苦笑した。
「やれやれ、明日の宴への招待状だ。呼び止めて誘われないよう急いで戻って来たのに、手紙とはね」
「宴があるの? 知らなかったわ」
聞くと、クリスは少し肩を上下した。
「建国記念の酒宴だ。毎年、王家が気に入った者を招待して、小規模な宴会をしているんだ。招かれた貴族にとっては、名誉なことだからちょっと断りにくい。
しかし、国王はルルディアを招待したかったんだろうが、当てが外れたな。居なくて残念そうだったし。今回も登城すると思っていたんだろう」
「陛下はルルディア様をお気に召していたの?」
表向き、今まで未成年だった嫡男のクリスに代わって、ルルディア様が男爵代理として領政を見ていたことになっている。
加えて四年ごとの登城も、ルルディア様がしていたのだから、ご心配下さっていたのだろうか。
お褒めのお言葉をいただいたこともあると言うし、ああ見えて陛下はお優しい方なんだろう。
「うん。ルフェイ家の爵位を上げる話が出る程度には気に入っていた。ルルディアの方は領主の代理でしかないのに、不相応なことでございますって言って辞退してたけどね。それはその通りだから、嫡子が後を継いでから再考しませんかと周囲が諫めて、うやむやになった。
まあ、そんな感じだ。ルルディアは登城するたびに色々な貴族達から気にかけられていたよ。体が弱いってことにしてなかったら、きっとお誘いで大変だったろう」
「そうだったの」
確かにルルディア様は、優しくて皆に好かれる人柄だろう。しかも子持ちに見えないほど若々しくお可愛らしいし、明るい雰囲気の持ち主だ。
感心してうなずくと、クリスは肩をすくめてみせた。
「恋愛遊戯にもってこいだったからさ。考えてみてごらん。若さと美しさを保ったままの男爵夫人だ。跡取り息子が既に居て、妻の最低限の義務を果たしているから、余所に恋人がいても目こぼしされる。うるさいはずの夫は死別済み。しかも地位が低いから上に逆らえない、何かあっても田舎住まいで噂が届きにくい、そこそこ金も有る、とくれば好都合。いかにも御しやすそうで遊び相手に最適だろう?」
「ああ、そういう意味の人気……」
理由を聞いてがっくりする。
貴族の婚姻は、ほぼ政略的な思惑で結ばれる事が多い。だから恋愛はそれと別にする。そういう考えがあると、前にソストース様のこともあって分かってはいるが、貴族のそんなところがやっぱり好きになれない。私の根が庶民だからだろう。
クリスがにっこり微笑む。
「まあ、ルルディアにとって、逆に獲物を誘う手でもあったよ。そうやってリカルドを見つけたんだしね」
「えっ! リカルドさんって貴族だったの?」
「そうさ。元は貴族の息子だったが、仕事も婚約者も何もかも捨ててしまった。きっちり身綺麗に片を付けた上で、さっさと家と縁切りしてきものだから、あの時は潔すぎてかえって感心していたな」
懐かしそうに言うクリス。驚いて目を見開いた。クリスは私の頬に片手を添えて顔をのぞき込み、言った。
「フォスアンティピナは大人しくしておいで。まだ君がここで狩りをするのは早い。もし欲しい獲物が貴族だったら、時と場所と影響を見極めないと難しい。準備さえ整ってしまえば容易だが、あまり考え無しに手を出さない方が良い。そういった獲物の善し悪しや手法は少しずつ学ぼうか」
思わず息をのんでしまい、喉が変な音を立てた。
なんてこと、王宮を狩り場扱いしている。そもそもお城で獲物探しとか、危険過ぎるのではないか。
それに、私は魔族じゃなくて人間の『揺りかご』だ。
「そんな、狩りなんて無理よ」
(……分かった。期待と不安。興味深い)
震え声でつぶやいたら、意に反して何かがざわつくのを感じた。フォスアンティピナだ。
「うん、そうだね。良い子だ」
頬に置いた手をすっと離して、クリスは優しげに笑みかける。
「しかし、すぐ帰る予定が駄目になったな。とりあえず、明日の夜会までに、ついでにやりたいことを片付けてしまおうか」
確かに国王陛下の誘いは断れない。
クリスの言葉で、魔族達が雑用を片付けるために動き出した。




