地元と甘酸っぱい想い出が、恋しい刻(とき)
「……はぁー、終わったあ」
年末前の仕事を終えた、私……こと坂名こころ。
「ここちゃん、お疲れ様。ねえ、これからいつもの居酒屋で一杯でもどう?」
上司である、音下先輩が話しかける。
「はい、私で良ければ」
「それじゃ、6時半に集合ね」
(よーし、荷物を持って出ますか)
そう思い、私は私物を持ってロッカーへと向かった。
▪▪▪
「「かんぱーい!」」
行きつけの居酒屋で、女二人の飲み会が始まった。
「そういえば、先輩。年末はどうします?」
毎年恒例の話題を振る。
「わたしー?そりゃあ、一人寂しくよ」
笑いながら、音下先輩は返す。
「そう、ですか」
「ここちゃんこそ、今年はどうすんのよ?」
そう返される。
「……実は、その……」
「何よ、今年もわたしみたいに一人で~……ってじゃないの?」
先輩に言われ、私は慌てる。
「あ、あの、その」
「勿体振らないで、言っちゃいなさいよぉ」
先輩が、迫ってくる。
「こ、今年は……その、実家に帰ろうと思って」
「へえ、良いことじゃない。勿体振る必要なんて無いじゃないの」
そう言われて、私は思っている事を話した。
家を出て、早15年。そろそろ顔を見せても良いのではないか、と。
「ふぅん、そうなの。……でも、それだけじゃ無さそうね」
「……ふぇっ!?」
私の反応を見て、先輩は笑った。
「その反応をするってことは、やっぱり隠しているじゃないの」
顔が紅くなるのが分かる。
自身、度々隠し事がバレると「ふぇっ!?」っていう口癖が出るのを思い出した。
「……も、もう。正直に話しますよ……本当のところ、私の初恋だった人から久し振りに連絡があって」
「へぇ、そうなの!」
先輩は興味津々に返す。
「で、その人が地元に戻ったって事を話して。それで、私の事を話したら『久し振り会いたいな』って彼から言ってきたんです」
「あらぁ、良いんじゃないの?折角だし、行ってきなさいよ。家族も彼も、喜ぶんじゃないかしら?」
それは、先輩の言う通りかもしれない。
……まあ、家族からも『一度は帰ってきて欲しい』ってせがまれていたし。
「出発は明日?」
「……はい、午前中のうちに電車に乗ろうと思いまして」
音下先輩は頷く。
「それじゃ、飲み会は程々にして帰りましょうか」
▪▪▪
翌日。
新幹線と電車を乗り継いで、地元へ帰ってきた。
「あっはは」
駅を降りたら、周りは相変わらずの雪景色。
なんだか、この雰囲気……懐かしいな。
「……って、あっ!」
思い出した。降りた駅から家までは、そこそこの距離がある。
両親にはタクシーで帰ると言ったのだが、肝心である電話の予約を忘れたのだ。
(うぅ……どうしよう)
帰るのが楽しみだったのか、頭が回らなかった。
今、駅前にタクシーは停まっていない。
「駅員さんに、電話番号聞こうかな」
そう呟きつつ、駅の中へ入ろうとした時だ。
「ヨォ、こころちゃんか?」
懐かしい声がした。
その声の主は、そう……初恋の彼、樹島聡汰だった。
▫▫▫
「どうしてまた、聡汰さんが?」
車に乗せて貰い、私はそう言った。
「この時間に来るって話したろ。最初に挨拶だけしとこうかな、と思ったんだ。……そうしたら、タクシーを呼ぶのを忘れたって?」
含み笑いで、そう話す。
「……え、あ、はい、その……」
久しぶりの再開に加え、トラブルを解決させてくれ……そして今、隣に居る。
緊張どころの話ではない。今にも心臓が張り裂けそうだ。
「……顔、真っ赤だぞ。こころちゃん」
「ふ、ふぇっ!?」
私の反応を見て、彼が笑う。
「相変わらずだな、その反応。仕事場でも度々出ているんじゃねぇか?」
「わ、分かりやすい……ですよね、その」
「そりゃそうよ。でも、それがこころちゃんの可愛いところさ」
一つ、気になっている事を聞いた。
「その、聡汰さんって……彼女とか、居るんですか?」
「あ、あー。地元に帰るまでは居た、とでも言っておこうかな」
彼曰く、どうやら脱サラして地元で農家を始めたらしい。
……のだが、それを期に彼女とは別れたという話だ。
「……そうだったんですか。その、聞いてすいません」
「いいさ、別に。昔を思ったって仕方がない」
その話をしていると、実家に着いた。
「ほんじゃ、またな。折角だから、帰りも駅まで送ってやろう」
「そんな、家のこともありますし……いいんですか」
「だー、気にすんなよ。会えた記念にって、な」
その言葉に甘えよう、そう私は思った。
「そ、それじゃあ……年明けに、よろしくお願いします」
私が返すと、彼は笑顔で頷いた。
▪▪▪
久々の実家の年越しは、なかなかに豪勢だった。
母が沢山の料理を振る舞っては、家族の笑い話など……
たまには実家に帰ってもいい、そう思った。
そして、帰る日になった。
家族に別れを告げ、聡汰の車に乗せてもらう。
「楽しかったか、実家の方は」
道中、彼が話しかける。
「はい、久々に帰るのもいいかなって思いました」
「そうか、それなら良かったな」
二人の思い出話に、浸る。
電話越しよりも、実際に話す方が楽しくて嬉しい。
――その時間は、駅の前で終わりを告げる。
「聡汰さん、ありがとうございました」
私はお礼を言う。
「なんてことないさ……そう、だ」
彼は私の方を見つめる。
「こころちゃん、目を瞑って貰えるかな」
私は言われるまま、目を瞑る。
そして、私の口唇に彼のモノが触れた。
(……これって、もしかしなくても)
感触で、私は悟った。
「目を開けて、こころちゃん」
私は目を開く。
「……また、こころちゃんに会いたい。良いかな」
「は、はいっ!」
▪▪▪
地元と甘酸っぱい想い出が、恋しい刻 (とき)。
私はまた、帰ろうと思いました。