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マイ・ワールド

作者: 塚本あおい

クリスタ:ねえ、お姉ちゃん。

エイダ:なに? スターちゃん。

クリスタ:ハヤットアージュがなんか元気ない。

エイダ:え? うそ?

(二人の王女は城を出て、空中を飛行し、ハヤットアージュという木の生えている中央広場の中心に降り立った)

エイダ:どれ? あ、ほんとだ。もう枯れかけている?

クリスタ:新しい人間探してこなくちゃ……。

エイダ:二十年しか持たなかったわね。地上行く?

クリスタ:どっちが行く?

二人:…………。

二人:じゃーんけーん、ぽん。

二人:あーいこーで、しょ。

(あいこが五十八回続く……)

(そしてエイダがチョキで勝った)

エイダ:わーい。いってら〜。

クリスタ:ちぇ。行くかぁ。

エイダ:行ってらっしゃ〜い。

クリスタ:行ってきまぁす。


     ☆


ハムヤマ・ロクミは記憶障害で、記憶が八時間しか持続しない。記憶が消えるのを治してもらうために魔法使いを訪ねる旅をしている十六歳の少女である。旅をしていることも忘れてしまうので、自分が何者かを思い出すために、生活の全てを記録した分厚い日記帳を、リュックの中に入れて持ち歩いている。八時間の間に行動したことも、全てを記録しながら旅をしている。ロクミは日記帳のことを、親しみを込めてこう呼ぶ。『アキシゲ』と……。


『こんにちはアキシゲ。いっぱい歩いたから疲れちゃった。まだ夕方だけれど、今日はもうテントを張ってしまおうと思います。いま、わたしは大きな湖のほとりに来ていて、風が水面を揺らすのが目に心地よいです。水は透明に澄んでいて、まるで鏡のよう。空には星も見え始めました。』草むらに腰を下ろして、アキシゲに記憶を預けていた。その時だった。

「ごめんください……」


背後から聞こえたその声に驚き、振り向くと、

「ごめんください……ハサミかナイフはありませんか」

そう言ってきたのは、ロクミと同い年かわずかに年下くらいの、赤い大きな瞳におろした長い黒髪の男の子だった。あまり見ない服装で、見るからにさらさらした不思議な生地の、つなぎのように上下がつながった黄土色の服を着ている。ロクミは戸惑いながらも、ポケットに持っていたトラベルナイフの、つかのほうを彼に向けて差し出した。

「ああ、ありがとう」

彼は受け取ると、右手で髪をまとめ上げ、首の後ろでその髪の束をばっさりと切った。そして三歩ほど歩いてロクミの右に出ると、いま切った黒髪を湖に投げ捨てた。ロクミは彼の行動に戸惑っていた。

「実はいま、追っ手から逃げていて。この髪型をしているとぼくだとばれてしまうから、髪を切りたかったんだ」と彼は説明した。

「どうして追われているの?」やっとのことでロクミは声を出した。

「ぼくがツリガネ族だからさ。きみ、ツリガネは知っているかい」

「知らないの、わたし、記憶がすぐになくなるの」

「記憶がなくなる?」

「うん。」

「そっか、大変だね」

「うん。」


ツリガネ族とは、魔法材料の「ツリガネ」を代々作っていた、いまとなってはほとんど滅びた民族だ。赤褐色の瞳に、男女ともに腰まで伸ばした黒色の髪という見た目の特徴がある。ツリガネは、これを使うことで魔力を持たない人でも簡単に不思議なことを起こせるようになったことから、画期的な道具だということができる。自分や相手の体に着けて使用する。効果はその形状によってさまざまで、空を飛べるようになるものや、着けた相手を自分の意のままに操れるものや、病気を治すもの、寿命を延ばすもの、眠りにつかせるものなど……他にも色々な効果がある。


少年はツリガネについての説明を始めた。

「簡単にいうとね、魔法使いじゃなくても魔法を使ったみたいになる、魔力を持ったアイテムなんだ。絨毯の柄みたいな形をしていて、形と効果は色々あってね、『羊の角』というツリガネとか、『狼の足跡』というツリガネとか、『井戸』とか『足枷』、『流れる水』とか、『陰陽』とか『髪飾り』とか『さそり』とか『悪魔の目』とか……、形ごとに呼び名があって、形ごとに色々な効果があるんだ。例えば空を飛んだり、他人を思い通りに操ったりできる。魔法と何にも違いはないね。そのツリガネを生み出すことのできる唯一の種族が、ぼくたちツリガネ族なのさ」

そこまで言ってから、少年は黙った。その少女が、分厚いノートに少年のいうことを一文字も漏らさず記録していたからだ。少年は、今度はもう少しゆっくり、説明を続けた。

「ツリガネは、生き物の体に着けることで効果を発揮するんだ。ボジジという神さまの宿っている木の皮から作られる。だからツリガネってどれも茶色いんだよ。大きさはピンからキリまであるけれど、どれも鍋で煮込んで作るから鍋よりは小さいよ」

ロクミは黙って記録を続けた。

「ツリガネを作るのはとても楽しいよ。でも、悪用しようとする奴らもいてさ、そういう悪い奴にぼくはいま追われているってわけ……」

少年は黙った。ロクミのペンがそこまでを書き終えると、ロクミはいま書いた文章の全体を読み返し、ぽつりと呟いた。

「そんなものがあるんだ……」


「記憶障害を治せるツリガネもあるの?」ロクミは尋ねた。

「記憶がなくなるってそういうことか。きみ、記憶障害だったんだね。あるにはあるけど、病気を治すツリガネは少し難しくて、ぼくには作れない。多分、作れる者はもういないんじゃないかな。ぼくたちツリガネ族は、もともと少数民族だったけど、十年くらい前に悪い奴らの迫害にあってから、本当に数が少なくなってしまったんだよ。手に入れるのは、難しいかもな」

ロクミは内心で落胆したが、表情には出さなかった。

「よかったら、きみの名前を教えてよ。ぼくはシャノロ。ツリガネ族のシャノロ」

「わたしは、ロクミ。ねえシャノロ、もしよかったらわたしと一緒に行かない?」

「どこへ?」

「わたし、大魔法使いウィンさまのもとへ行く旅の途中らしいの。魔法で、八時間ごとに記憶がなくなるのを治してもらいに行くの」

「そうか。いいよ。どうせぼくには他に行くべきところもないんだ。一緒に行こう。ひとまず髪も切れたことだし、ツリガネ族の特徴の一つはもうないから、少しは気を緩めて旅をできる」


     ☆


いつからだろう、ハヤットと呼ばれるようになったのは。

ハヤットアージュという木を探している。その木については文献でも調べ上げた。だけど、それだけでは足りない。もっともっとよく知りたい。自分のこの目で、実物を見たくて仕方がなかった。数年前の秋の日、探しに行くと決意して旅立ってから、まだ一度も見つけられていない。ハヤットアージュがあるとされる天空の土地へ行くには、まず、翼の形をしたツリガネを手に入れなければならないけれど、ほとんど滅びたというツリガネ族に会える可能性は極めて低いし、そもそも雲の国なんて本当にあるのかどうかすらわからない。もしかしたら、雲の国も、ハヤットアージュもツリガネも、全部おとぎ話であるのかも。ハヤットアージュは誰かが犠牲になってできた木なのだから、本当はそのほうがいい。それでもわたしは、見たいと願う。だからわたしは、旅を続ける。


     ☆


ツリガネ族を捕らえようとしている組織は二つのグループに分かれていた。一つは、ツリガネを悪用するためにツリガネ族を捕まえたいというていの(見せかけの)悪役。もう一つは、その悪役から守ってあげると言って近づく味方役。組織の一員でありシャノロを連れ去った人物であるワニガネ・トモルは、味方のふりをしてロクミとシャノロに近づいた。

ワニガネはその夜、あの湖のほとりに大きな黒い車で現れた。ヘッドライトが、水辺に座り込んでいたシャノロの顔を明るく照らし、「その瞳の色は、ツリガネ族だな」と彼に確信させた。車から降りてシャノロに近づき、彼はこんなふうに言ったのだ。

「あなたがたのツリガネを作る技術は素晴らしい! ぜひその力をたくさんの人の幸せのために使ってほしいと思います。あなたがたは素晴らしい技術をお持ちなのに、一般の人々に周知されていない。これは非常に勿体無い! あなたがたの力で、人々を幸せにするのを、我々に手伝わせてほしいのです」

シャノロはその場に立ち上がり、その長身の男をじっと見つめた。

「ぼくの力で……人を幸せに?」

「ええ。あなたがたがお作りになるツリガネを我々が管理して、手頃なお値段で一般の人に提供します。これは世のため人のためになる立派な行いです。あなたがたのツリガネを悪用しようと企む者もいますよね、それも承知です。あなたがたが彼らに追われていることもね。ここは、どうです? 我々と手を組んで、人のためになることをしませんか? 我々がツリガネを管理するからには、悪いようには使わせやしませんよ。悪い話じゃないでしょう?」

「えーと、そうですね……」

シャノロはちらっと、向こうの夕闇の中に潜ませるように張ってあるテントのほうを見た。ロクミがテントの中にいる。ロクミに意見を聞きたかった。本当にこの人を信用していいのか、自分一人では、わからなかった。

「すでに三名のツリガネ族のかたが我々に賛同してくれています。彼らは我々の施設の中でご安全に過ごしています。ここで会ったのも何かの縁、あなたも我々と一緒にどうですか?」


     ☆


雲の国とは、分厚い雲に覆われていて地上からは見えない、天空に浮いた土地である。そのため、天気はいつも曇り。この大陸は、中央に生えているハヤットアージュという木の魔力によって浮いている。ハヤットアージュは、元は魔力を持つ地上の人間だった。天空人は、木が枯れかけてきたらまた新たなハヤットアージュになる人間を探してこなければならない。その人間の魔力があればあるほど木は長生きすると言われている。天空で行われるハヤットアージュの儀式には、人を木の姿に変える特別なツリガネが使われる。そのため、長らく天空人とツリガネ族は仲良くしていた。


天空人とは、雲の国に住む、生まれつきツリガネなしで空を飛べる人種で、いまとなっては二十人ほどの少数民族だ。寿命が長く、二百年もの時を生きる。群青色の瞳に銀色の髪という見た目の特徴があり、皆普段から天空人の伝統的な服(裾がギザギザした薄手の上着やズボン)を着用している。空気の薄い上空が彼らにとって最適な環境であるため、気圧の大きい地上に長くいると体調を崩しやすい。天空人はただ飛べるというだけで、魔力を持つ者はいないので、ハヤットアージュになる人間は地上から探してくるしきたりだ。


「早いとこ見つけなくちゃね」

地上に降り立った天空人の王女、クリスタは空中を飛行し、町へと向かった。魔力のある人間は、天空人の目には光って見える。だから、それを探すのは極めて簡単なことだった。

その町で、生まれつき強い魔力を持つ少女アーネを見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。とある邸宅の庭で、彼女の放つとても強い光を見つけると、クリスタはすぐに、この少女にしようと決めた。邸宅の敷地内に入り、「こんにちは。お名前は?」と少女の背中に向かって尋ねると、赤い髪の少女は振り向き、小さな声で「アーネ……」と答えた。

次の瞬間だった。クリスタは少女の頭部を、後ろに隠し持っていた棍棒で思い切り強く殴ってしまった。少女は倒れた。クリスタは棍棒を地面に投げ捨てると、気絶した少女を抱きかかえて、空に舞い上がった。


人間を木に変えるのには、『生命の木』という樹木を象った形のツリガネが必要だった。クリスタはそのツリガネをもらいに、ツリガネ族の集落を訪れたが、そこはひと気がすっかりなくなり、荒れ果てた無人の土地と化していた。

「あれ! ツリガネ族は?」「誰もいないの?」

二十年前の様子からすっかり変わり果てた集落の姿に、クリスタはショックを受けた。地上の気圧にやられて、すでにこめかみの辺りが痛んでいた。クリスタは、この少女を連れて、とりあえず一旦天空に帰ることにした。


クリスタ「アーネ、という名らしい」天空の城の部屋の中で、気絶している少女を寝台に寝かせてクリスタは言った。

エイダ「ふうん。ほんの小さな子供なのにこんなに魔力が……」

クリスタ「親は苦労しただろうね」


エイダ「で、ツリガネ族の集落がなくなってたって?」

腕を組んで壁際に立っている、双子の姉エイダはクリスタに尋ねた。

クリスタ「人の住んでいた跡はあるけれど、どこもボロボロで、まるで何年もそうだったみたいな佇まいで、人は誰もいなかった」

エイダ「そう……」

クリスタ「地上人は野蛮だからなあ、もしかしたら迫害にあったのかも。いるかどうかわからないけれど、ツリガネ族の生き残りを探さないと……」

エイダ「今度は、わたしが行くわ」

クリスタは驚いて姉を見た。

クリスタ「お姉ちゃん、地上の人間嫌いだよね、大丈夫?」

エイダ「親愛なるツリガネ族の危機かもしれないのだもの、黙っていられないわ。スターちゃんは、人柱のこの子をここで見張っていて。行ってくる」

クリスタ「行ってらっしゃい」


     ☆


「ツリガネ族を解放して。元に戻して」

「それはできない。これはビジネスなんだ!」

とある施設の入り口付近に、三人の人間がいた。一人は天空人の王女エイダ。一人は、施設の内部の人間であった。そしてもう一人は、もめている二人の様子をただ見ていただけだった。

「わたしたち天空人とツリガネ族は親しい関係なのよ。いますぐツリガネ族をわたしたちに明け渡して」

「ダメだ。ツリガネは、我々が独占する新しい商品なんだ。ツリガネ族を渡すことはできない。もし何か欲しいツリガネがあるのなら、我々から買ってくれたまえ」

「そんなこと許さないわ。お金儲けをしようとするから地上の人間って嫌いなのよ。特にあんたらみたいな業者はね。いいからツリガネ族を解放しなさいよ」

……長時間の言い争いのすえ、とうとう天空人が折れた。

「わかったわ……あんたらから買うわ、買えばいいんでしょう。最低限、いまのわたしたちに必要なのは『生命の木』……生命の木というツリガネを一つ売ってほしいのだけど? ううん、失敗したり、今後も続いていく儀式のことも考えて二つ、いや、三つはほしいわね。あと、『翼』のツリガネも一つ必要ね」

「翼はわたしが払います」と、見ていただけの女が言った。

「よろしいでしょうか? 全部で十万八千ホワーです」

エイダは吐き気を感じていた。地上の気圧に体が悲鳴をあげているのだ。

「わかった。急いで。一刻も早く戻らないと、雲の国が地上に落下してしまう」


     ☆


「ウィン、あの子は帰ったの?」

「帰ったよ、ママ。玄関で見送ってきた」

魔法師の少女ウィンは、廊下から家族の集まっているダイニングにやってきてテーブルに着いた。

「ロクミちゃん……といったかしら。大変だったわね、記憶がなくなっちゃうなんて」

飼い猫のシャナを膝の上で撫でながら、大人の女にしては小柄な母親が言った。

「でも、あたしの魔法でもうばっちり治したから」ウィンは答えた。そして、

「あなたにも手伝ってもらったわね、セドフ」と、猫に向かって囁いた。母親の膝の上のシャナは目を閉じた。この猫は、ウィンの弟子で召使いである青年セドフが魔法で姿を変えたものなのだ。


「ウィン、カルナ」

床に転がっている、以前夫婦喧嘩をした時にカルナの魔法によって頭と体を切り離されてしまったままの男の生首が、不意に自分の娘と妻に声をかけた。

「天空人が、魔法使い狩りにきているらしい。しばらく家から出ないほうがいい」

彼の目線の先の魔法のテレビが、そう教えてくれたようだ。

ウィン「え、そうなの? ってことは、ハヤットアージュが枯れそうなのかな」

カルナ「そういえば、気になることを言っていたわね、ロクミちゃん。ツリガネ族の男の子とはぐれちゃったとか……」

生首「ツリガネ族も、ずいぶん少なくなったからな。天空人は苦労すると思う」


     ☆


その集落は、ルーネス川のほとりにあった。この集落に住まう少女アゼリは、着せ替え人形の女の子リトを抱いて眠る。その人形は、数年前にこの集落を訪れアゼリの家に宿泊した、ハンゼロという男の置き土産だった。

この集落には、伝説があった。かつて、ルーネス川が氾濫し大洪水に見舞われた時、天上の国から女神さまが小さな太陽を持って降りてきて、大地に溢れる川の水をあっという間に蒸発させて、この集落を救ってくれた。その女神さまは、群青色の瞳に銀色の長髪をしていたという。その出来事があってから、この集落ではその女神さまを信仰するようになった。女神さまは、グロウウィアさまと呼ばれた。


この集落に生活する上で、きこりは特に大切な職業だった。きこり見習いの少年タイは、森にも女神がいるから、森の恵みに感謝をして木を切らねばならないと教えられていた。タイは葛藤していた。女神、女神、女神。そんな神聖な存在に、自分もなりたかった。清くありたい。とにかく清くありたいのだ。ある日のこと、タイは仕事のために一人で足を踏み入れた、集落のはずれの森の中で、一人でマンドリンを弾く不思議な少女に出会った。少女はタイの存在に気がつくと微笑んだ。少女はアリィと名乗った。この辺りの森の女神だった。その身なりから、タイはそうであるとすぐにわかった。そして思いの全てを彼女にぶつけた。

「清らかな存在になりたいんです。人間はあまりに汚れています。あなたみたいな、神聖な存在に僕もなりたい。僕はどうしたらいいでしょうか?」

アリィはタイに、人間こそが最も清らかな存在なのだと告げた。タイは、それを聞いて泣き出した。


その集落からは遠く離れた、ある町の町長の邸宅の子供部屋。少年ブンドーは泣き叫んでいた。玩具箱に入れていたはずの、母親の形見である着せ替え人形のリトが、探しても探しても、どこにもないのである。世話係のレティがなだめても、わずか七歳のブンドーは泣き止まなかった。父親で町長の、ハンゼロ以外は、その人形がどこへ行ったか知らないのである。


ブンドーはそのまま泣き寝入りをしてしまった。夢の中で彼はメオという名前になっていた。メオは、ソラウオという魚を食べて、空中に浮くようになった少年だ。メオは宙に浮いて気ままに空中を散歩することができた。そうしていたら、夕方の岸辺で、ホシゾラスという名前のドラゴンに乗って旅をしている作詞家の少女ミエタと出会った。そして、メオとミエタは、星空を眺める時の歌を二人で一緒に作り上げた。

そんな夢を見ていた夜の、ブンドーの外側、つまり現実でのことだ。この静かな部屋の窓辺に、ふわりと影が降り立った。

「……ブンドー。一緒にリトを探しに行こう」

そう言ったその影は、緑色の髪をした不思議な少年だった。十二歳くらいだろうか。ブンドーはハッと目を覚まし、その少年を見上げた。

「ぼくはジナだ。ブンドー、一緒に人形を取り戻しに行こう」

ジナは部屋に侵入すると、ブンドーの体を両腕で持ち上げ、ブンドーを抱えたまま窓から飛び立った。彼の背では、翼のような形をした小さなツリガネがはためいていた。


     ☆


やがてアーネは目を覚ました。クリスタが、アーネの運命について、雲の国が浮き続けるための木になってもらうことを説明すると、アーネは静かに涙を流したが、抵抗はしなかった。やがて、お金と引き換えに『生命の木』のツリガネを手に入れたエイダが城に帰ってくると、クリスタはアーネをなだめている最中だった。

「大丈夫、もう痛い思いはさせないからね。あ、お姉ちゃん、お帰りなさい」

エイダの後ろに人影を認めると、クリスタは少しの間、言葉を失った。

「お姉ちゃん……地上人を連れてきたの?」

「あのね、ツリガネ族を探す途中で、このハヤットという女と出会ったの。ハヤットアージュを見たくて、雲の国にどうしても行きたくて仕方ないというから、儀式を見学するだけという約束をして連れてきた。『翼』のツリガネで飛んでもらって」

「そうなんだ……」

「初めまして、天空人の王女さま。わたしはハヤットと申します」

ハヤットは天空人の目に、光っては見えなかった。


エイダ「ツリガネ族の生き残りはみんな、ツリガネで商売する組織に統合されちゃったみたいよ。ツリガネ族を解放しろと言っても聞かなかった」

クリスタ「なんてひどい話!」

エイダ「それな。仕方ないから今回はそいつらから買ったのよ、ツリガネ」

クリスタ「先が思いやられる……」

エイダ「まあとにかく儀式を始めてしまいましょう」


エイダとクリスタ、ハヤット、そしてアーネは城を出て、いまにも枯れそうなハヤットアージュの生えている中央広場に移動した。留守番をしていた間に、クリスタが儀式を行うことを天空人の民衆に知らせていたので、広場にはすでに十人ほどの天空人が集まっていた。四人は広場を歩いて移動し、ついに枯れかけのハヤットアージュを前にした。ハヤットは、その木を見て息を飲んだ。

ハヤット「意外と小さいんですね……!」

エイダ「枯れかけだからね」

クリスタはアーネに囁いた。

「じゃあ、服を全部脱いで」

アーネは怯えた様子でクリスタを見上げ、「え……?」と言った。

「服を脱ぎなさい」

クリスタより強い口調でエイダが言った。するとアーネは、黙って従った。


民衆が見守る中、エイダは裸のアーネを、中央から少しずれたところにある塚の上に立たせると、全長二十センチほどの『生命の木』ツリガネを、アーネの小さな背中に差し込んだ。


みるみるうちに、背中から順番に、少女は木の姿に変わっていった。その木は、決して小さくなんかない、力強い幹といっぱいに広がった枝葉と根を持つ、まごうことなき神聖な樹木だった。木になってもまだ、光っていた。

その瞬間の直後、拍手が起こった。この分ならきっと五十年は持つだろう。エイダもクリスタも、民衆も皆、安心したようだ。だがハヤット一人だけは、アーネを思ってぽつりと涙を流した。

「こうやって犠牲者が木になるんですね……」

「本当はわたしたち天空人の力だけで、この大陸を浮かせられたらいいのだけど、こればっかりはね」

クリスタが言った。


旅の目的を果たしたハヤットは、やがてエイダに送られて地上へと帰っていった。ハヤットは最後に、「今回見せていただいたものは、きっと文章で記録に残そうと思います。なるべく多くの人に、この物語を知ってほしい」と、言っていた。

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