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オルワディス ~異世界編~  作者: 星見風呼
11/11

第11話 新たな村






 山を下りて、徒歩数十分もしないところ。

 小川のそばで、僕たちは軽い休憩をとっていた。


「……」


 靴を脱ぎ、膝から下を水にひたす。

 これだけでも、大分と違うものだ。

 上昇していた体温が下がり、頭がスッキリしてくる。


「まぁでも、もうすぐ8月も終わりだからさ。

じきに涼しくなってくるよ」


 隣で、同じように脚を水につけているジウさんが言う。

 僕がさっき何気なく呟いた、『暑いですね』に対する

コメントなのだろう。


 ここまでの道中における会話で、どうやらこの世界には

”季節”という概念がはっきりあることが、判明している。

 しかし、それは…どうなのだろうか。


「君って、暑いのは苦手な方?」

「まぁ…どちらかと言えば。 寒い方が、得意ですね」


 よく、『日本には四季がありますからね。 オホホ』的な

言葉を耳にすることはあるが…。

 逆に、四季が存在しない国というか、地域というか…

そういったものは、どれくらいあるのだろう?


 そりゃまぁ、北極とか南極とか――そういう特殊な地域が

いくつもあることは、僕でも把握していることだけど。

 実際、『季節があること』の有難みというか、スペシャル感

というものは、どれほどのものなのか…。

 そんなことが気になりだした、今日この頃。


「ボクは、寒い方が駄目だな~。 昔、父さんに連れられて

北のリバイロって国に行ったことがあるんだけどね。

いや~もう、それがさ…外が基本、ブリザードな所で。

あんなとこ、人が住む所じゃないよね。 うん」


 両手を地面に付き、ポカンと空を見上げながら、彼女は語る。

 これまでにも、彼女から自身のエピソード的な話は

いくつか聞いているが…。

 『お父さん』がよく登場している――という印象が強い。


「そういえば、君……ご家族の方は?」

「あぁ…はい。 妹が、一人います」


 彼女の質問に答えながら、その人物の、あの無愛想というか

何とも言い難い表情の顔を思い浮かべる。

 杉山由奈――正真正銘の、血を分けた僕の妹。


「お父さんやお母さんは、何してる人なの?」

「……」


 ごく自然な流れの、それでいて何気ない日常会話の一コマ

と呼んで差し支えない質問。

 しかし僕の思考は一瞬ピタリと停止し、喉の奥に何かが

詰まったような感覚は、否応なく沈黙を作り出した。


「行方が、分からないんです。 ――もう、何年も前から」


 どこまでのことを、どのように答えるべきか。

 そんな葛藤を数秒挟んだ後、僕は再び口を開いた。


「…そう、なんだ」

「今は、母の友人の片桐まりやさんという人のお世話になって、

どうにか暮らしています」


 彼女の、純粋な好奇心に彩られていた瞳の色が、

戸惑いと哀れみを含んだものに変化する。

 僕は少々バツの悪い気持ちになり、新たな情報を発して

その場の雰囲気を和ませようとした。


「まぁ彼女とは、それまでに何度も会ってますし…家に遊びに

行ったりしたこともありますから。 親戚のお姉さんみたいな

感覚で…一緒に住むってことになっても、そんな別に――

よそよそしいような空気には、ならなかったですけどね」

「…へぇ~。 そうなんだ」


 まぁ勿論、その人の人柄によるものも大きいのだろうけど。

 しかし、『どれだけ同じ時間を過ごしてきたか』というポイントは、

時にそれ以上の影響を及ぼすものである。

 誰かに好かれたいのであれば、まずは『その人に馴染む』ことが

なんだかんだで、一番手っ取り早い方法なのかもしれない。






 澄み渡る青空の下、僕らは歩みを進める。

 ガサガサと茂みをかき分けていた道中は、やがて

人の手によって整備された道へと突入。

 それだけでも随分と、雰囲気は変わるものである。


「……」

「もう少しで、着くはずだからね」


 キョロキョロと周囲をせわしなく観察する僕に対し、ジウさんは

柔らかな微笑みを向ける。

 恐らく彼女は、単に見知らぬ土地へやってきたが故に、

僕が挙動不審な立ち振る舞いをしていると感じているのだろうが…。


 ……


 僕の住む花毬町も、まぁ田舎といえば田舎に分類せざるを

得ない地域ではあるものの…。

 こんな風に、見渡す限りの地平線というものには、なかなか

お目にかかれない。


 今更ながら、地球という星の大部分は、『人の気配』が

何かしら感じられるものなのだと気付かされる。

 視界の中に、何かしらの人工物が入り込む光景が、

僕にとって…そして、多くの人にとっての『日常』なのだ。


「…?」


 蝉の声に混じって鼓膜を震わす、奇妙な音があった。

 次第に大きくなるその音は、飛行機やジェット機を思わせる

空気を切り裂くようなものだった。


 ……


 視線を空へ――斜め上へとやる。

 そこには、この自然豊かな景色にはそぐわない、

実にゴテゴテとした飛行物体があった。


 この距離からでは、その物体の詳細な外観までを

確認することはできないが…。

 単なる飛行機や熱気球などの類でないことは、

明白かと思われた。


「ロンベア帝国の飛行要塞…。 アイアン・ソニックだよ」

「…えっ?」


 震える背筋と、ざわつく脳内に意識が搔き乱される中、

ジウさんの落ち着いた声が耳に届く。

 ”それ”を見上げる彼女の表情もまた、驚きの欠片も

感じられないものであった。


「心配しなくていいよ。 見た目はあんなだけど…

特に何か、してくるってわけでもないし」

「……」

「まぁでも、ロンベア帝国は名実ともに世界最強って云われてる

軍事大国だからね…。 その気になったら、そりゃマズイことに

なるとは思うんだけど」


 苦笑いを浮かべるジウさんの言葉を聞きながら、

その頑強さが滲み出ている無骨なボディを観察する。

 中でも目を惹くのは、左右に伸びた巨大な翼と――

機体の中央下部から突き出た、砲台らしきもの。


「あの砲台、機体の中にしまっておくこともできるらしいんだけど…

飛んでる時は大抵、あんな状態なんだよね」

「……」

「まぁ、かなり凄い兵器らしいんだけど。 わざわざ、あんな風に

見せびらかさなくてもね」


 ――恐らくは、見る人を威圧するのが目的なのだろう。

 強大な力というものは、なにもその力が表沙汰に発揮される

場面だけが全てではない。

 『その場面を想像させる』ことにより生まれる畏怖こそが、

実は何よりの脅威であったりもする。






「じゃ~ん! ここが、ボクの村だよ」


 ジウさんに案内されるがまま歩みを進め、程無くして

僕らは目的地と思われる場所に到着する。

 『LENON』と書かれた看板が掲げられている、塀に囲まれた

集合住宅地帯らしきもの。


「――って言っても、そんな大袈裟に紹介するトコでもないけどね。

自分で言うのもなんだけど…どこにでもある、普通の小さな村だよ」

「……」


 『アハハ…』と自嘲気味に笑うジウさんを尻目に、僕はその

目の前に現れた光景を注意深く観察する。

 確かに、彼女の言葉通り――僕が思う『どこにでもある、普通の

小さな村』のイメージにピタリと当てはまる代物であった。


 ……


 ただしそれは、飽くまでもそういった世界観…ゲームや漫画などに

登場する、いわゆる中世ヨーロッパ風といか――ファンタジーな

雰囲気を加味したものである。

 当然ながら、そういったものをこんな風に、リアルに、実寸大に

”肌で感じる”ような体験をすることは、滅多にない。


「……」


 それまで、自分のイメージの中だけで”完結”していたものが、

こうして目の前に現れ――そしてそれが、イメージと寸分違わぬ

ものであるという、…この感じ。

 驚きと歓喜と、好奇が溢れ出す頭の中――じわじわと確実に、

言い知れぬ不安と焦燥が広がっていくのがわかる。


「なにボーッとしてるの? ほらほら、行くよ」

「…あっ、はい」


 ここで立ち止まり、考え込んでいても仕方がない。

 少なくとも、まだまだ有力な情報を集める機会はありそうだ。

 そう感じた僕は、フワフワと心が宙に浮かんでいるような気分を

どうにかたしなめ、歩みを再開させる。


 『新たな村』に来たとなれば、まずするべきことは…探索と情報収集。

 そんな、完全に”ゲーム脳”と化した、僕の頭の中心から発せられた指令。

 だが、今の状況では、それに従うのがベストのようにも感じた。






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