最終回 無職のおっさんはRPG世界で生きて行く
「皆、時間を稼いでくれ!」
「おう!」
俺の声で皆がアーサーを囲む。だがアーサーは揺らめく体に浮かぶ目と口をニヤリと笑っただけだった。俺はそれを見て思い出す。ここはアイツが作り出した空間だ。
ロリーナが一部破壊してこの中に来たがまだこの空間は壊れていない。元々王座の間だったものが洞窟のままになっている。
「行くぞ!」
「ま、待ってくれ!」
ファニーの合図で皆アーサーに向かって突撃を開始したが、俺は嫌な予感がして呼び止める。
「イラッシャイ」
ニヤリとしたままアーサーが言うと、皆の足元が真っ黒になりそこから蔓のようなものが出て来てあっという間に包み込み、そのまま沈んで行ってしまった。
「み、皆!」
「ウシャシャシャシャ! 冷静ニナレバイイノダ。ココハ私ノ世界ナノダカラ!」
皆を飲み込んだ真っ黒な地面がアーサーの元へ集まると、アーサーは徐々に巨大化していき最終的には黒い影の竜となり咆哮する。
「コウ!」
幸いロリーナとアリス、姫にリムンは大丈夫だったようでホッとする。
「どうする? このまま結界に封じ込めたところで仲間もそのままよ」
イーディスは上空に居て無事だったようで、俺の横に降りてくるとそう問う。確かにイーディスの言う通りだ。このまま封じ込めても意味がない。
どうすれば良い? 皆を助けてアーサーを倒す方法は何かないか? 俺は考えあぐねて右手に握る相棒に心の中で語り掛ける。
黒隕剣よ、俺の愛剣よ。俺はこの世界に来て色々な人に会った。全てが良い目にあった訳じゃないけど、今ある絆は俺が愛してやまないものであり、元の世界で欲しかったモノだ。
俺も間違えばアーサーのようになっていたかもしれないが、あの人たちの御蔭で俺はこうして真っ直ぐ立っていられるんだ。今まで頼ってばかりだが、どうか俺に力を貸して欲しいあの人たちを助けさせて欲しい。
相棒、俺の全てを捧げる。だからあの人の悪夢を終わらせ、愛する人たちの世界を救い護る為に力を貸してくれ!
俺は黒隕剣の鍔を額に当てて祈る。
――我が心通わせし持ち手よ――
――長く冷たい闇を抜けて逢えたのが――
――お前で良かった――
――我もまたお前の為に力を振るおう――
俺もだ、相棒。共に行こう!
俺は眼を閉じたまま黒隕剣を高く掲げる。この一撃で全てに決着を!俺の魔力、俺の力、俺の命をこの一撃に賭ける!
「見て、コウの周り……」
「光が……」
俺の体にこの世界のあらゆる命の輝きが集うのを感じる。誰もが幸せになる可能性を秘めた世界を終わらせたくない。日々を懸命に生きていたい。夢を見たい。そんな声が聞こえてくる。
無職で引きこもりのおっさんである俺が、変われたこの世界を俺は皆と共に生きていたい。だからこそ!
「いくぞ!アーサー!」
俺は眼を開く。皆が場を整えてくれ、離れたのを見て解き放つ。この世界の生ける人々全ての輝きを!
「命輝斬!」
俺は全てを賭けて振り下ろす。
残すモノは何も無いように。
思い残す事が無い様に。
そう念じながら。
「ギャァアアアアアアッ!」
アーサーは光の剣に飲み込まれ、全て消し飛んだ。そして世界はガラガラと音を立てて崩れて行く。
もしかすると、俺の夢の終わりかもしれない。
それでも救われるならそれも良い。
俺も皆に救われたのだから。
共に生きられなくとも、皆に明日があるなら。
俺は瞼が自然と降りて行き意識が途切れるまで、アーサーの陰から解放された皆の姿を見ていた。
忘れないように。
いつまでも。
・
「おめでとうコウ」
その声に目を覚ます。目の前には例の絶世の美女が居た。
「ありがとうございます」
「見事あの男を倒したわね。貴方の働きに私達は感謝しています」
「いえ、自分がしたくてしただけなので」
「それでもよ。あの男は最初はそうでも無かったけど、長い間生きている内に悪へ浸かってしまった。私たちが色々手を打ったけど、貴方でなければ成し遂げられなかった。本当にありがとう」
「あの人は?」
絶世の美女は難しい顔をしている。あの人は、アーサーは結局絶望を抱いたまま消えて行ったのだなと思い、苦笑いする。取り合えず俺には幸せを祈る他無い。
「で、今回の貴方への報酬なんだけど」
「え、良いですよ別に」
「そうはいかないわ」
絶世の美女は真剣な顔で俺を見る。
「どうする?元の世界へ戻る?それとも……」
報酬と言われてそれを聞かれると思った。だが答えは決まっている。
「あの世界に、皆と共にもう少し居たいと思います。まだ何もしてないし」
「そう、それならそのようにしましょう」
「ありがとうございます」
「いいえ、貴方が来てくれなければもっと酷い状況になっていたから当然よ。それからご褒美だけど、また改めてするわね」
言葉が終わる前に俺はまた意識が薄れて行き、絶世の美女は笑顔で手を振る。また会えるのだろうか。
・
俺が目を開けると、そこは見知らぬ豪華な天井だった。上半身を起こすと、立派なベッドに寝かせられていた。そして窓を見ると夜になっている。
体を触ると鎧は脱がされており、ベッドから出ると机の上に置かれていた。それを俺は手早付け終わると、傍にあった黒隕剣を手に取りこっそりと部屋を出る。
どうやら城の中らしい。静まり返っているが嫌な感じはしない。安心して俺は静かに歩き始める。そして姫の部屋があった所を足音や物音を立てないように通り広間に出る。
そこにある大きな窓から外を見ると、月が昇っていて月明かりが眩しいくらい差し込んでいた。この世界にも月があるのか。美しいなぁ。そう思いながら広間を下り、城の入口まで行くとそこはまだ戦いの跡があった。
昨日の事なのか、それとももっと過ぎているのか解らないが、修繕されていないのならそう経っていないだろう。誰かが工事していて見つかったら困るので、俺は足元だけでなく気配にも気を付けながら城を出る。
「何処へ行くのだ?」
聞きなれた声が後ろから掛かる。振り返るとそこにはファニーが居た。
「おはよう」
俺の返事にファニーはずっこける。まぁ間の抜けた答えだから仕方ない。
「挨拶をして行かないのか?」
「行かないよ。挨拶すれば、別れが辛くなる」
「そうか。ここに居れば英雄として不自由なく暮らせるが」
「そんなものは必要ない。元々俺は冒険者として過ごす予定だし」
「覚えていたのか」
「勿論。路銀をこれから貯めないとな」
「後リードルシュの鎧代もな」
俺はそれを聞いて頭を掻く。そうだった。それも稼がないと。
「しかし我を置いて行くとは酷い奴だ」
「ファニーなら俺の行く先は解ると思ってさ」
「いま思いついただろう」
「ああ」
そういうと俺とファニーは笑いあう。
「ようやく終わったな」
「ファニーと笑いあってそれを実感した」
「ならば行くとしよう」
「俺達の始まりの街へ帰ろう」
ファニーが俺の横に来るのを待って歩き出す。
「あの国はどうなるのかな」
「姫が居れば立て直せるだろう。まぁまた危機になったら駆け付けるさ」
「そうだな」
「俺はこの国から悪意を除いたけど、救ってはいない。救うのは姫だし、導くのも姫だ」
「うむ」
「ダンディスさんもリードルシュさんも残るだろうし、あの姉も居るから平気だろう」
「ああ」
ファニーと話しながら荒れた城下町を歩く。王の生贄になってしまったので今は無人になってしまった。だが姫たちが頑張れば賑やかな町に戻るだろう。
城門に辿り着き外へ出ると、横一列に並んだ騎馬隊がこちらへ向かってくる。この混乱に乗じて国を乗っ取りに来た他国の兵隊か。俺は黒隕剣に手を掛ける。
「アンタ達、俺は魔族を倒した男だ。ここから先へは一歩たりとも進ませない」
俺は黒隕剣を構え、そう啖呵を切る。その声が聞こえたのか、騎馬隊は俺の近くに来ると止まり、全員が馬を降りて膝をつき頭を下げた。
「コウ殿、この度は我が国を救って頂き、何とお礼を申し上げて良いか解りません」
一際立派な鎧を着た者が俺の前に来て頭を深々と下げた。
「アンタは?」
「私は王子とは別部隊で動いていた将軍です。貴方がお休みの間に、周辺国からの襲撃を抑え、今戻った次第です」
「そうか、良かった……復興頑張ってくれ。姫の為に、民の為に」
「それは身命に誓って。ですがコウ殿。どうか残って我らを率いては下さりませぬか」
「それは俺の仕事じゃない。姫が居る。姫に忠を身命を賭してくれ」
「勿論そのつもりです。ですが、周辺国の動向を思えば、貴方のような強力な抑止力があると無いとでは」
「解るが、それじゃあ王や宰相が居たのと変わらない。これからこの国は、変わらなければならない。それは他人の力じゃなく、この国の人間が自ら行わなければならないと俺は思う」
「……解りました。私達が姫を支え、国を蘇らせます」
「ああ、頼むよ」
「ですが、我々は諦めません。英雄たる貴方をいつの日かこの国に迎えたい」
「頑張ってくれ」
俺は頭を上げない兵達の横を過ぎて行く。ある程度離れて振り返っても、その姿勢を崩さないのを見て溜息が出る。
祀られるのも祭り上げられるのも好きじゃないんだけどな。銅像とか作らないで欲しいって今度手紙でも出そう。
「コウ、王様になりたくはないか」
ファニーが俺に問う。
「王様か……想像もつかない。でももし王様になるとしたら」
「したら?」
「うん、仲間達と共に国を築きたい。俺の心を許せる人達と共に」
「良い夢だな」
「ああ、でも先ずは路銀を稼いで世界を回ってみたい。この世界はまだまだ色々な不思議が待っている気がするから」
「そうだな、行こう。我はいつまでもコウと共にある」
「ありがとう」
こうして、アイゼンリウトの騒乱は幕を閉じる。俺は一人の冒険者へと戻る道を選んだ。王様なんてものになる気はないが、いつかそんな日が来るのか。それとも元の世界へ戻るのか。それはまだ何も解らない。ただ決まっているのは冒険者として稼ぐ事だけだった。
完
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