第71話 手を繋いで
気合を入れたと同時に体力も回復したようなので目を開くと、そこには悪魔然とした者がいた。肌は赤く目はギラつき犬歯も尖り、角は牛のように一度横へ出た後上へ曲がって伸びている。
蝙蝠の翼も背中に生やし、レッサーデーモンよりも小さいが上半身が大きく筋力もアップしているように見えた。下半身も腰と太ももが太く、ボディビルダーのような逆三角形の体型をしている。
俺が予想以上に割けたのが頭に来ているのか顔中に血管を浮き上がらせながらもニヤリと笑うアーサー。拳での攻撃を諦め二つの剣を手に取り俺に向かって力任せに振り下ろす。少し離れた位置なので可笑しいと思っていると
「ゆけっ!」
斬撃による風圧がカマイタチのようになって飛んできた。それも魔力が帯び、天井まで付く程のデカいのが。ギリギリで避けたせいで前髪が少し斬れる。髪くらいで済んだと思えば良いんだろうけど家系的に少し複雑だ。
何とかギリギリおでこや鼻先には触れておらずホッとしていると、それを見たアーサーは手ごたえを感じたのか次々にカマイタチを放ってくる。
これは参ったな……カマイタチを掻い潜りながら間合いを詰めれば、待っていたとばかりにあの二振りの剣が襲い来る。避けられたとしても風圧で吹き飛ばされ、大きな隙が出来てしまう。
しかもあの姿からしてスタミナ切れは当分期待できそうもない。この戦いで二度目の手詰まりだ。どうすれば良い? どうすればあれを打ち破れる!? 王とその妻に語りかけて自由を奪う方法も、最早あの姿になったアーサーに完全に制御されているだろうから無理だろう。
カマイタチをいなし避けながら俺は途方に暮れつつも無い知恵を絞りだそうとしていた。その時、
「おっまたせー!」
ガラスが壊れる音と共に、天井から変な人が降ってきた。何の前触れも無く現れたここに来るまで居なかった人で俺は驚きを隠せない。
このタイミングでアーサーの仲間かと思い見ると、あっちも怪訝な顔をしていた。となると俺の関係者か。だがここに来るまで居なかったし……何処かで会ったかな。
「ナイスタイミングみたいだね!お待たせ!コウ!」
その忠誠的な顔立ちでスカートをはいた人物をまじまじと見ると、段々何処かで見たような気がして来た。元の世界の知り合いってのは無いだろうし……。それに場違いなこの緊張感の無さがとても気になる。
「あちゃー忘れちゃったか。色々あったもんね」
「え?」
「おほん、お兄さんこれ余りモノで良かったら食べて下さいな」
中世的な人物は笑顔で膝を折り、壁へ両掌を上に向けて出してそう言った。俺はその言葉を頭の中で反芻していると、アーサーの方から一瞬小さいが強い黄金色の光が見えた。
「あー! あの時の!」
俺はその光に導かれるように思いだす。そうだ、最初の町で体も心も腐りながら道端に座り込んでいた時に、唯一食べ物を分けてくれた人だ! と。
あの時はもっと落ち着いた感じで優しい口調だったからすんなり出てこなかったし、味も思い出したがあの時はめちゃくちゃ美味しく感じたがミレーユさんの料理を食べた今思えば何か仕込まれてたような気がする……。
いやそれよりも何でその人がここに!? というかどうやってここに来たんだ!? 俺ですらどうやって来たのか分からないのに。
「久しぶりだね。僕が挙げたスープの味は美味しかっただろう? 何せあれは秘伝の増強剤をタップリ盛り込んだスープだったからね。ちなみに細かい内容物については墓場まで持っていくつもりだから教えないよ」
こちらを向きながら立ち上がり、笑顔でウインクしながら忠誠的な顔立ちの人はそう言った。内容物については聞かないしここでこの話は忘れるつもりだ。
それにしても声はハスキーだから女性っぽいが、かなり年下にみえるので声変わり前って可能性もあるのか?
「ってちがーう! ここに何しに!? どうしてここに!?」
そうだそんな点を考えている場合じゃない! 一体何のためにここに来たのか聞かないと! 場合によっては二体一になるかもしれないので呑気にやり取りしている場合じゃない。
「コウ殿!」
「おっちゃん!」
俺が突然現れた最初にこの世界で優しくしてくれた人に対して抗議すべく詰め寄ろうとすると、またしてもガラスが割れる音がした。
見上げると何か一杯降って来て押しつぶされてしまう。それを退けようと藻掻いていると、少しずつ体の上に乗っかっていたものが退いて行き、最後の一つが退いた後目を開けるとそこには会いたい人たちが俺を囲んで見ていた。
夢でも見ているのかと思い上半身を起こすと、リムンと姫が抱きついてきた。二人とも傷だらけでボロボロだけどこの感触は間違いない、夢じゃない!
「二人とも、生きていてくれてよかった」
俺は自然と目が潤み景色が歪む。こんなに他人が生きているのが嬉しくて安心したのは初めてだ。
「俺達も居るぜ?」
「約束は果たした」
「コウ、会いたかったぜ!」
ダンディスさんとリードルシュさんもボロボロだ。ビッドも傷ついていたが、姫とリムンから俺を取り上げ思いっきりさば折り状態にした。全く嬉しくない。
「ちょっ、死ぬ死ぬ!ギブギブ!」
「ビッドよせ、死んでしまうぞ」
「アンタ何やってんのよ!」
「全く……」
ビルゴも傷だらけで制止し、アリスはビッドの後頭部を叩く。それを見てイーリスは手で顔を抑え溜息を吐き、何とか解放された俺はその光景が嬉しくて楽しくて、笑った。
皆も自然と笑い始める。ファニーもバルムンクの姿から元に戻り、唖然として掌を見て居たり体を見ていたが、笑い始めた。
楽しい。
嬉しい。
素直にそう思う。
皆来てくれた。辿り着いてくれた。それだけでもう胸がいっぱいだ。
「貴様ら!」
そんな俺達ののほほんとした空気をアーサーの怒号が斬り裂く。皆が顔をキリッとさせてアーサーに対して構える。
さっきまでの劣勢で糸口が見えなくて苦しい状況が嘘だったかのように、俺の心の中は生まれて初めて前向きで、もう何でも来い退けてやるって気になっている。皆が居る、それだけで負けない……負けるはずが無いって信じられた。
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