第68話 役者は揃った
「俺が知る限りは、男と女の双子だったはずだが?」
リードルシュが疑問をぶつける。
「お母様は出産前に堕天使から元の力を少し取り戻した。何せ生命を誕生させる母という存在は、昔から神秘的な存在とされてきたからね。それで宰相の存在が変だと気付いた。そして男の子の人形に魂を分けてそれらしく仕立て上げ、アリスと僕は乳母に託され村へ逃れていたんだ」
その後、アグニスに生贄にされるまでに偶然母親が死産してしまった子供を見つけ祝福を与えて蘇らせ、人形と取り換えたとロリーナは言う。
流石に全員を逃がせないと泣く泣くイリア姫のみ残した。だがその姫にありったけの加護を授けた結果、力を取り戻したにも拘らずアグニスの思い通りになってしまったようだ。
アリスはその後乳母によると行方知れずになってしまった、と聞いてイーリスは乳母は今何処に居るかと尋ねると、自分が一人で生きて行けるようになると出て行ったと言う。
イーリスは一人大きな溜息を吐く。何処まで暗躍しているのかと考えると呆れてものも言えない。そして自分の逆転の目ももう無いと悟り、この上はある程度知る自分が喋るだろうと思っているに違いない養母に対し、黙って魔界に帰るのがささやかな復讐だろうと考え黙った。
「流石元天使と言ったところか」
「そうだね。さぁアリス、姫、中央へ三角形になるように並んで」
「……しょうがないですね」
「何一つとして納得いかないし腹が立つけど、アイツに借りを返さなきゃいけないからそれが優先よ。それだけだから」
アリスは自分の出生の秘密を知って衝撃を受け動揺していたが、今となっては確かめようも無いし、優先すべき問題があるので心の中に一生懸命押し込めた。
アリスと姫は王座の前に向かい合うようにして離れて立つ。二人とも互いを見て動揺を隠せないが、
「失敗したらコウは死ぬからね」
と笑顔で言うロリーナを睨み付け、動揺を怒りで再度押し込めて立つ。二人の動揺が収まったのを確認し、ロリーナは王座の正面に立ち手を突き出した。
「リムンちゃん、私達の丁度真ん中に結界を王座を頂点にして三角形に立ててくれる?」
「あい!」
リムンはたたっと素早く移動すると、結界を素早く三枚三角形になるように展開する。連戦で結界を張るのに慣れたのかスムーズだった。
「オッケー。アリス、姫、手を前へ突き出して」
「はい!」
「フン!」
アリスと姫は言われた通りにする。今他に取るべき手段が無く従うしかないので素直だった。
「念じて魔力を放出して。他の人たちは穴が開いたら直ぐ飛び込んで」
「良かろう」
「それしか方法はなさそうだしな」
「うっし行くぜ!」
「リムン、俺につかまっていろ」
「お父お願い」
「鬼が出るか蛇が出るか……」
ダンディス達は様子をジッと窺う。ロリーナとアリス、姫の魔力がリムンの結界に当たるとそれを包みこみ空間を歪ませる。そしてガラスが壊れるような音と同時に黒い渦が現れる。
「さ、行くわよ! お先に!」
ロリーナは一番にその渦の中へと飛び込んだ。自分が飛びこまなければ誰もこないだろうと考えてそうしたのだ。乳母に教えて貰ったのは日常生活に困らない程度の教育に剣技、それと魔力を使用した結界破りと自分の出生。
村娘Aとして息を潜め、人知れず修行を積み暮らして来た。全てはこの先にある元凶に対して復讐する為。母の仇を取る為にここまで耐え忍んで来たのだから、確実にその結果を自らの手でもぎ取ってみせる。心に燃える復讐の炎を叩きつけるべく、ロリーナは最後の戦いへ挑む。
「気に食わないわ」
アリスは文句を言いつつも、勢い良く飛びこむ。ロリーナの考えは魔族としてコウたちに合流した自分だからこそ分かる。
今更仲間面したところでそうはなれない。だが目的の為に引く訳には行かない。ロリーナは敵ではない証拠を示す為にいの一番に飛び込んだのだろうとアリスは考えた。
自分としても最早コウに借りを返すだけではなく、母を殺されたのなら魔族としては黙ってそれを許す訳には行かない。そう考え姉に倣うべく、自らも飛び込んだ。
「私達も参りましょう」
イリア姫も思う所があり過ぎて混乱の極みにあった。だがもう分からないものは今は分かりようもない、とすっぱり切り替えられる強さが今の姫にはある。
何より恩人のコウ一人に全てを背負わせてはこの国の主として立つ瀬がない。祖父が命懸けで守ったこの国を、自分の感情で捨てられない。今ひと時だけ押し込め全てが終わったら気持ちの整理を付けようと考え渦に入る。
「当然!」
「だな」
「あい!」
「ならば行くぞ!」
「おう!」
全員が渦の中へと飛び込んだ。その先にどんな空間が広がるのか。コウは無事なのか。それぞれが思いを抱き決戦の場へと赴く。
「ここで私一人行かない訳にはいかないわよね。良いわ、最後まで見届けようじゃないの」
イーリスは皆に後れて飛び込み、渦は消滅した。
静まり返る王座の間に黒いローブを着た絶世の美女と、白い口髭を蓄え緑のローブを着て樫の杖を持った男が現れる。そして渦のあった場所に掌を向け光を放った。
「これで御終いね」
「ああ、あの男の夢は見果てる。コウとの違いは己に対する過信。憎しみを持ったまま生きれば元の世界に居た時と同じような運命を辿ると気付ける筈なのにな。私も他人のことは言えんが」
「貴方は違うわ」
「同じだよ。自らの過ちによってここに来て役割を与えられた。僕もいつアレと同じ目に遭うか分からない。君の役目も僕の監視だろう? だが良い。元の世界に居た時と同じように自分らしさを加えながら役を演じ切るのみ。神と言う名の役をね」
会話を終えると二人は景色の中へスゥっと溶けて行った。
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