第57話 アイゼンリウトの姫として
一方姫は城壁に打ちつけられ、自分に憐みの目を向けながら苛立ちを他で解消するカースドラゴンをみながら、薄れ行く意識の中で悔しさに身を焦がす。
生まれて記憶がある時には、既に祖父によって手解きを受けていた。薄っすらとした記憶の中に誰かが居た気がしたが思いだせない。剣を使わせても一流で槍を使わせても一流。そして軍を率い国を導いた祖父を尊敬していた。そんな祖父になりたくて手解きの時以外も絶えず練習していた。中でも槍を気に入り槍捌きを念入りに鍛錬し続ける。
記憶の中の祖父は笑顔だった。自分の成長をとても喜んでくれていた。女だてらに槍を振るう姿は勇ましいと褒めてくれた。王とは、民を護り民を導く為に強く在らねばならない。その祖父の言葉を一日として忘れたりはしない。
父と初めて会ったのは、祖父が亡くなった後の初陣時だった。祖父の言っていた言葉に相反する姿にジレンマを感じていた。これが王の姿なのかと。それでも父であるのは変わらない。自分が亡くなった祖父の分まで奮闘し、国を民を護らねばならないと戦った。誰よりも先陣を駆け、死地に置いては殿を務めて誰よりも傷つき倒れず、兵を奮い立たせた。
父から出た言葉で感激を受けた記憶が無い。心から喜んでいないと分かる。自分は本当は実の子では無いのではないかと思ったりもした。祖父の笑顔と言葉だけが自分を支えていた。
父に生贄をやめようと進言したが、祖父から続いているのだと言われ黙るしかなかった。だけどずっと苦しかった。護るべき民を生贄に捧げ、自らは安穏として過ごすなんて、ずっとずっと身を焼かれる思いだった。
そんな時に竜と生贄が逃げたと聞かされ、嬉しかった反面悔しかった。自分がしたかったが先にされてしまったからだ。更に民を救ったのは弱そうな冒険者だと知って、漸く自分は本当は強くないのではないかと思い始める。
ただ見たくないものから眼をそらしていただけに過ぎないのではないか、と。その冒険者と対した時、魔族と戦った時、変わり果てた父と対した時に思い知らされ認めざるを得なかった。
何と言う無様。
自分が強かったのも祖父が強かったのも、魔族の血が流れていたから。王族だから民を統べるのは当たり前だと思っていたのではないか。軍を引き入れたのも王族だからではなく、自分の器量によるものだと思っていたのではないか。
民を喰い自らの欲望に身を任せた父は魔族であり王族だから成せたのだ。民ならこんな真似は出来ない。権力を持つならば、自らを律しなければならない。
私はそれが出来ていたのだろうか。王族と言う地位に甘んじ、偉そうに自己犠牲そして自己陶酔に浸っていただけではないのか。
ああ、何も見えない……。
――勇ましいき姫君は、頭の中は夢見る乙女なんだな――
そうだ。その通りだ。
――生贄をささげる行為を国の基盤とし続けるなら――
何れ滅びる定めだったのだ。
――竜に頼り竜の所為にして逃げる統治者を誰が望む?――
呆れるな。
――互いが互いを陥れ生贄としようとする国のどこに魅力がある?――
全く無い。だから滅びる。
相対した弱そうな冒険者が言った事は一々心に刺さった。そしてそれが今この事態を招いたのだ。コウ殿。
――姫、アンタが真に国を思うなら――
あの時は立ち向かうように叱責された言葉も、共に戦っている今ならコウ殿の厳しくも優しい激励に聞こえた。そう私は立たなければならない。
王族に甘んじ自己陶酔をしていただけでは終われない。祖父が愛した国を、兵士と共に戦った日々を、全て無に帰さない為に私は今こそ立たなければならない。祖父から巣立ち、両の足で立たなければ。
こんな所でぐずぐずしていられない。罪を犯したのが父ならば、落とし前をつけるのは自分で無ければならない。一番肝心な所を、民に任せたまま己を攻め絶望する訳にはもういかない。真実を見つめ誤りを正し、立つんだ。あの方が、コウ殿が待っている!
「黙れ雑魚……。私はもう屈しない。眼を背けない。私は弱い。だが民の前では、あの方の前では自らを律し隣に居続ける! その為に貴様などに構う暇はない!」
姫は竜槍を支えに立ちあがる。その瞳は炎を宿していた。体の奥底から湧き上がる不思議な熱が全身を駆け巡り、全てを活性化させているように感じる。
全てを断ち切る為に、前に進む為にコイツを先ずは倒す!
「へぇどれだけやれるものかね」
カースドラゴンはつまらなそうにその姿を見ていた。だが次の瞬間、その尻尾の先は落ちていた。さっきまで見ていた人物は残像を残して消え去り、いつのまにか自分の尻尾を今までより数段力強く鋭い一撃で斬り落としたのだ。
「人間……貴様……」
カースドラゴンは瞳孔を開き、姫に飛びかかる。姫はそれに対して突っ込んで行く。逃げずに、一歩でも前へ! 動きを良く見てかいくぐり、腹へ竜槍を突き立てる。
さっきまでなら絶対に通らなかった一撃。それでもカースドラゴンは尻尾を切り落とされたので警戒し、防御を厚くしていた。だがそれは竜の鱗を貫き心臓を貫いた。
魔族と人間の混血如きが何故……!? 人間を飼育し自らの欲を満たす様な下賤な生き物に何故自分のような高等生物がやられる!?
分からない……あの王と対峙する人間と呼ぶには強力過ぎる生き物でもなく、伝説の竜であるファフニールでもないこんな奴に何故!?
「何故こんな力が……」
「お前は竜だから強い。だが真実から逃げないと決めた私の敵では無い!」
カースドラゴンは憎むように姫を見たが、それを誇らしそうな顔をして胸を張り見る姿を見て、何だか負けても仕方が無いと言う気持ちになってしまった。
これが人間の力なのか。事前の知識では到底計り知れない力を出す種族なぞ聞いた覚えが無い。……ああだからファフニールは人間の姿になったのかもしれないな。
カースドラゴンはそうして色々な疑問に自ら答えを出し、小さく笑いながら幻のように消えて行った。
「姫、よくぞ一度で急所を貫いたな」
ファニーが駆け寄り肩を貸す。彼女の力からすればこれでもまだ少ししか解放されていないと思ったが、それでも漸く殻を破ってくれて嬉しいと思った。
人間はやはりこうでなくてはな。混血だろうと何だろうと、生まれ育った自分には変わりない。自分を国を愛せばそれが自分であり自分の国。
肌の色も血の色も関係ない。愛しているかだけが重要なのだ、とファニーは考える。そんな風に思えたのもあの洞窟から連れ出してくれた男の御蔭だなと思い小さく笑う。
「解りません。ただただ夢中で」
「姫の一念見せてもらった。姫のお陰で我は力を温存できた」
「コウ殿の所へ急ぎましょう」
「ああ、急がねばな。我ら全員の力が必要になる。敵は一人では無い」
「え?」
「何れ解る。我ら全てが見落としている点を」
ファニーは意味深な言葉を告げつつ、姫を抱えて王座の間へと急ぐ。
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