第56話 レッサーデーモンのあがき、そして姫とファニー
「生意気な獣族!こいつの命がどうなっても良いのか!?」
レッサーデーモンの声が希望に満たされた心を遮る。友人は二つ名を全力で発揮して追いつめた。惨めな魔族。怠惰に溺れた自分より情けない生き物を見て、リードルシュは渾身の一撃を立ち上がりつつ放つ。
「ぐぎあ」
その一太刀はレッサーデーモンの右肩から胸、腰まで斬れた。レッサーデーモンは驚きのあまり声も出せない。回復はしただろうがこの短時間でこんな力を出せるほど回復するなど、ダークエルフが出来る筈が無いと思っていた。
ここで初めて気付いた。自分はどれだけ取り繕っても、魔族としての本能がそうさせたのか彼らを下に見ていたし、当たり前に勝ったと処理し次を見ていた。だが彼らはこの戦いをしっかり見ていたと気付く。
寿命があってないような魔族になど生まれなければ良かったなとも思った。長い時間は自らの心を容易に腐らせる。
「うぅ……」
「あばよ。俺達は見届けなきゃならないもんがあるんでな」
リードルシュの目の前には、相棒の中華包丁がレッサーデーモンの左肩から腰まで斬り込んでいた。
「はぐぉ」
「確か魔族ってのは上位になると二つ心臓があるらしい」
「ならばこれで終いだ」
リードルシュとダンディスは、魔族を挟んで向かい合い、剣と包丁を治める。断末魔すらなく砂のように崩れて行くレッサーデーモン。
最後に見る光景が、この二人の背中であったのは良かったのかもしれない。暗い中でもあの二人の背中は輝いていたし、その先には光がみえるようだった。
死ぬときくらい美しく輝いているものが見えて本当に良かった、と思いながら灰となり風に乗って消えて行った。
「さぁ行こうか」
「ああ、もう休養は十分だ急ごう」
レッサーデーモンが消え去った後、顔を合わせるリードルシュとダンディス。こうして二人は王座の間へとゆっくり歩き始めた。
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一方広間では、黒い竜が退屈そうに尻尾で攻撃しながら城を壊していた。姫とファニーはそれを避け攻撃を加えが決定打に欠けた。竜槍は鱗に傷を付けたがかすり傷だった。
「おいおい暇すぎるぞ。お前達やる気があるのか?」
カースドラゴンはわざと尻尾を広間に垂らして攻撃し易いようにし挑発する。悪竜の中でもまだ自分はそれほど強い部類では無いのに、何故この二人はこれほど梃子摺るのかと思って笑う。
カースドラゴンもレッサーデーモンと同じように、これから上を目指して力を付けようとしていたところを呼び出される。呼び出されたのだから戦いが必ずあるだろうと楽しみにしていたし、相手があの伝説の竜ファフニールとなれば名を一気に上げるチャンスでもあり心躍らせていた。
だが実際は自分たちよりも全てにおいて格が下の人間に化けて戦う羽目になった。これでは倒したところで名を上げようもない。
王は間違いなく伝説の竜ファフニールだと言っていたが、どうも話と違う。このファフニールらしき竜人からは恐怖も何も感じない。
カースドラゴンはその時ふと魔界で聞いた噂話を思い出す。それはファフニールは一度人間に敗れて転生したらしい、というものだった。
敗れるのは誰にでもあるだろうが、下等生物の少し上くらいである人間に敗れるなど有り得ない。そうその時一笑に付してそれ以上聞かなかったのを今後悔している。もう少し詳しく聞いていれば他の竜に譲ったのに、と。
「はぁっ!」
姫は竜槍を振るい尻尾を斬ろうとするがやはりかすり傷だった。あまりの固さに斬り付けた姫の方が顔を歪める。竜槍であるのは間違いないが、竜と戦うなどそうあるものではないという祖父の言葉を思い出す。
要するに作られたのは竜槍だがそれを揮った時、竜に効果があるかは対戦する機会が無いので試しようもないのだ。姫の中で自分の腕ばかりか槍そのものにまで疑念が生まれてしまう。
「竜の吐息」
その傷口にねじ込まんとファニーは炎を口から吐く。ここで全ての力を消耗する訳には行かない。少しでも多く力を温存しておかねば一番大事な場面で何も出来ないと考え、力のコントロールを更に難しくしていた。
「マジかよ」
カースドラゴンは退屈さにあくびが出ていた。結果炎は効果なくかすり傷が残るのみだった。回復していないのが救いと言えなくもない。姫はそれを見て驚愕するも、ファニーは驚かない。その程度の力しかだしていないのだから結果は分かっていたからだ。
だが姫の動きの鈍さが予想外で、どうしたものか頭を悩ませている。血や力は人間レベルではない。コウが居なければ姫が勇者になっていただろうと思うほどの人物だったはずだ。昔の王に頼まれ退屈凌ぎに竜鱗を分け血も分けてやり、竜槍を作らせた。今こそそれが役に立つ時が来たと言うのに。
「あんまのんびりやってると、傷が回復しちまうんだが」
カースドラゴンは眠たそうな眼をしてそう二人に告げる。事実カースドラゴンはほぼダメージを受けていない上に、実力の一分も出していなかった。自分の調査不足もあるが騙されたような気分になり失望し、王があの男に倒されるまでの暇潰しをするにはそれくらいで十分だろうと考えていたからだ。
カースドラゴンとしてはさっさと倒して寝ても良かったが、あの人間の姿形をしている男は、この二人とは何から何まで違うと思っている。このフロアを通り過ぎて行った時に直感が告げていた。あれは勇者の類だ。勇者をねじ伏せてこそ自分の格も上がる。寝込みを襲われたり寝起きで満足に戦えないなんていう状況になる訳には行かない。
終わる頃合いを見てこの二人を倒し、そのまま勇者との戦いに臨みたい。そう考えてファニーと姫に対して積極的に攻勢には出て居ない。
「体面を気にしなくても済むようにあの王様が邪魔者を一掃したじゃないか。何で竜に戻るのを躊躇うのかねぇ」
カースドラゴンはファニーにそう語りかける。伝説の竜が眉唾であったとしても、この女は間違いなく竜が変身した竜人だ。元の姿に戻れば多少は楽しませてくれる可能性がある。
「黙れ。貴様など、我が竜槍の錆にしてくれる」
「いやもう飽きたんだよアンタのチクチクには」
そう言った後、カースドラゴンは姫を尻尾で薙ぎ飛ばした。この女は確か王の娘だと言っていた気がするが、混ざりものとしては弱すぎる。魔族の血と人間の血が混ざればそこらの魔族よりは強いのは間違いない。それも自分を呼び出すレベルの魔族の血を引いているのだから弱いはずは無いだろうと思っていた。
だが蓋を開けてみればこの有様。その上顔に出易いのか怯えているのが窺える。だからさっきまで何とか対応出来ていた薙ぎ払いの直撃なんて受けるんだ、とカースドラゴンは半ば呆れていた。
ああ退屈だ……退屈なだけならまだ良いが、弱い者虐めはうんざりする。
カースドラゴンは姫に対して憐みの目を向け、不快な行為をさせられイラついたので周りの柱や壁や床に尻尾を叩きつけて憂さを晴らし始めた。
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