第6話 引きこもり、竜と出会う・その二
「いや別にそうじゃないよ。俺が何もしてないけど、俺の所為にしたかった人たちの望みで牢に入れられ生贄にされただけの事だよ」
「ならばこれは天の恵か」
「ただの偶然だと思うけど」
「それを人は運命というのだったな」
「どうだろう。それは今後のアンタ次第じゃないか? 俺との出会いでその後の道が変わったのなら、それは運命と呼べるかもしれない」
「かもしれないとは?」
「うん。運命は自ら選択するものだからね。宿命は前世がどうとか言うけど、結局は自ら望んで背負ったものが宿命だと俺は勝手に思っている。引きこもりは宿命だったけど、今こうして生贄になったのは運命」
「お主が選んだのか?」
「そうだね。何だか人を殴って暴れるのもメンドくさかったし。自分で選んだ引きこもりが人にとって罪なら、生贄で償えるのも良いかと思って」
「……お主は馬鹿なのか大きな器をもっているのか解らん」
「馬鹿一択だよ」
「そうか、しかし困った事になった」
竜は俺の答えを聞いてそう言った後洞窟の壁にぶつかりながら首を横に振った。
それでも崩れないのは凄いなぁと間の抜けた事を思っていた俺に
「お主名前は?」
「名前……」
そう問いかけた。名前を問われたのはいつ以来だろう……中学生の時だとすれば十年以上前か。
っていうか自分の名前なんて忘れてた。親にも呼ばれず何処にも行かずネットでは何時も名無しだったから。
小さい頃、まだ両親に愛されていた時に何と呼ばれていたっけ。
「……コウだ」
「コウ? ……良い名前だ。短く呼びやすく忘れにくい」
「そうかな……昔まだ愛されていた時に聞いた名前だからそうなのかもしれないな」
「愛おしいものを呼ぶ時にわざわざ全ての名前を言う奴は居ないからそうなのだろう」
「で、何で名前を訊ねたんだ?」
「ああそれは簡単なことだ。コウ、お主が私の主になるからだ」
「はい?」
「我は竜という生き物で、恐らくこの世界の生態系において、神の下にある生き物だ。それ故千里眼という遠くを見渡す力や、聴力が長け知識も豊富で空を駆ければ国と国を直ぐにでも渡れるほどの能力を持っている」
「体が大きい事は解るよ」
「うむ。で、その我に問われ答えられないことは無いと思っていたし、我が問う事も予測範囲内の答えしか返ってきた試しが無かった。それをお主は飛び越えた。故に我より優れている。だからお主は我の主なのだ」
「それは突飛過ぎでしょ」
「そうだな、そうかもしれない。なら言い換えようか。我はお主流で言う宿命を運命に変えたいのだ」
「具体的には」
「我はそなたと共にここから抜け出したいと、覚えていないほど遠い昔の感情を持ったからだ」
「抜け出してどうするの?」
「知らぬ。だが良いではないか。お主と居れば退屈する事はないだろう。それにお主も飽きただろう? その引きこもりというのに」
「いや、飽きてない……こともないか。もうこの世界に来てから引きこもりじゃないし」
「ならば共に世に出てみんか? どうしても嫌ならまた引きこもれば良い」
「そうだね。この世界を見て回るのも悪くないかも。ここにはネットもテレビもないし。違う場所から空を見るのも悪くない」
「ネットとかテレビとかはよく分からんが、了承してくれたのならそう話は早い」
そういうと竜の顔が眩い光を発した。俺は眼をつぶり、光が収まるのを待った。眼を閉じていても解るほどに暗くなったところで眼を開けると、そこにはモデルのようなスラリとした体型で腰まである長い黒髪に金色の角を二本生やした女性がいた。
白無地のワンピースに身を包んだそれは神々しくも見えた。
「さぁ行こうではないか主よ。我は運命を選んだのだ」
そう言ってほほ笑みかけられ手を引かれ洞窟の奥へと進んだ。暫く進んで行くと、
目の前に妙な札が付いた行き止まりに着く。恐らくこの竜を閉じ込めているものだろう。
俺は引かれていた手を今度は逆に引き空いている右手で拳を握りその札を思い切り殴りつけた。
するとそれはキンッ! というガラスを弾いたような音とともに破れ、
行き止まりが崩れて陽の光がまるでスポットライトを浴びたかのように降り注いでいた。
暫くして目が慣れて開いてみると幻想的な景色が広がっていた。
うっそうと茂る森に湖や山などが見える。
絶景と言っても良いかもしれない。
初めて景色に感動した。
「良いなぁ。我らの門出としてこの絶景に陽の光は祝福されているのではないか!?」
竜はそう言いながら俺の手を強く握り震えている。
千里眼があるんだから景色は見えていたんだろうけど、
やっぱり直に見るのは違うのか。まして初めて外へ出るんだから当たり前か。
「さぁ気の向くまま行こうぞ!」
「そうだな。というか一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「生贄の人たちは?」
「ああ、洞窟には人が這いつくばれば出れる穴があってな。それを教えて出て行ってもらった。あいにく人を食う趣味は無いのでな」
「なら何で生贄?」
「暇つぶし」
そう悪戯小僧の様な顔をして笑う竜を見て心臓がバクバク言い始めた。
そして手を握っていることに気付き離そうとするも強く握られてしまった。
「なるほど、引きこもりとは女人にも免疫が無いのだな。面白い」
これまた悪戯小僧のように笑う竜にイラッとしたが、諦めが早いのも引きこもりの特徴だ。
見た目的には俺より十以上若く見えるが、俺より長く生きているようなので色々セーフ。
「あともう一個」
「別に一つと言わず二つでも三つでも良いぞ?」
「いや一つで良い。名前は?」
「ファフニールという種類らしいので、ファニーで良い」
「あっそ。じゃあ行こうかファニー」
「うむ! コウ行くぞ!」
俺ははしゃぎ走るファニーに引き摺られて山を降りる。
こうして引きこもり同士のおかしな旅が始まった。
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