第54話 背中を任される男
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ダンディスがアイゼンリウトの兵士になったのは、退屈だった故郷を出て直ぐだった。首都に付いた瞬間、兵士がダンディスを見つけ”丁度兵を募集を開始したタイミングなんだがどうか”と言われ、手持ちも無かった為二つ返事で入隊する。
今代の王と違い、前王は領土拡大に熱心で遠征に次ぐ遠征。国庫は領土拡大に応じて潤っていく。軍費も十分あり前王の武力も手伝って周辺諸国は怯えていた。更に竜を奉じているとあってわざわざ仕掛けてきたりもしない。
だが一度戦が起これば無傷ではいられない。軍は人を随時募集状態。前王は徴兵には反対で、居なければ居ないで良いと自ら突撃し撃滅せしめるほどの人物。
その圧倒的武による攻撃は当時は神々しく見えたが、今思えば飢えていたようにみえた。どれだけ屍の山を築こうが王の快進撃は止まらない。
人口が減少するような重大な問題に発展するどころか、王の勢いに負けじと増える一方だった。ダンディスのように稼ぐ為という民も多くいたし、周辺からはいち早くアイゼンリウトに付いて上に行こう、と言う者たちが後を絶たず国にやってきていた。
老いても尚精強な前王の圧倒的なカリスマにより、他国からの入隊者も一週間もすれば王の忠臣に変わっていた。かく言うダンディスもその一人である。まるで底知れぬものに魅入られる様に傾倒していく。
前王と共に戦場を行く度も駆け抜けていたある日。前王が突出していた所をダンディスがフォローした。前王はダンディスを呼び称賛し、褒美を与えた。
――そなたは神狼のようだな。その疾風は我をも凌ごう――
この時の情景をダンディスは一日として忘れたりはしない。神狼はダンディスの二つ名となる。風を置いて走り戦場を赤き血に染め上げる狼。
味方からは畏敬の念を込めて呼ばれていた。そしてそのあまりの強さにより段々と兵士の中でも孤立して行く。ダンディスが格上げされなかったのも、軍を率いるより先陣を行かせた方が良いという多数の意見によるもので、その中には同族である獣族からのもあったの後押しする。
要するに味方としては有り難いが、なるべく近寄りたくないという理由で常に前線を駆けた。
幾度の戦場を駆け抜けても生き残るダンディスに、誰もがお門違いの感情を集中させた。そんなダンディスが唯一心を許せたのが、前王の側近だったアグニスと王家御用達の鍛冶屋だったリードルシュである。
訪れた前王の死を期にダンディスは除隊願いを出る。小隊長などは一応止めはした。だが前王や宰相となったアグニスに次ぐ実力者であり、
異形とも呼べる者の除隊に内心ではホッとし間を置かず了承される。
国に命を捧げてきたかと問われれば嘘になる。最初は金銭の為、その後は前王の為。片方は満たされ、片方な亡くなり。ダンディスにとって虚しさだけが残っていた。それ以来戦うのを止め、隣国のエルツにて肉屋を開き冒険者の後押しをすべく、なるべく高値で買い取りをしていた。
そんな時に一人の男が顔を出す。懐かしい顔だった。リードルシュも王に魅せられた一人であり、同じような理由からあっさりと放逐された。ぶらりと来た街で見知った顔が居たから来てみたと言う。ダンディスは得も言われぬ嬉しさに小躍りし、二人で酒を交わした。
「もうお前は戦わないのか?」
「ああ、もう戦う理由もない。護るものも無い」
「そうだな。俺達は一人の王に魅せられていたのだからな」
「だよな」
二人は寂しく笑い乾杯した。王の冥福を祈って。
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「ホウ……流石獣族。スタミナもパワーもスピードも、そこらの者たちとは比べモノにならないデスねぇ。何故彼らの味方ナド?」
そう攻撃を交わし合いながらレッサーデーモンは問う。ダンディスは前王の死によって戦う理由を無くしていた。それが今は全力で魔族と戦っている。もしかすると前王と戦場を駆け抜けていた時よりも、今の方が強いかもしれないと自分で思っていた。
相手が強い魔族であるからというのもあるかもしれないが、コウというどこか不思議な男に魅せられたのかもしれないと思う。
最初会った時はヘンテコな格好をした人間だった。全く強そうには見えなかったが、リードルシュが認め誰にも渡さなかった剣を渡したのを知って驚いた。
アグニスから竜と共に逃げた人間と聞かされ、更には姫と共に国を変えると言いだした。自分の見立てを軽々と飛び越え空を飛ぶ鳥のように感じる。
それは前王を見るようだった。そしてレッサーデーモンを受け持つと伝えた際の短い別れのやりとり。前王の元では決して得る事の出来なかった信頼と信用、そして再会の約束。それら全てが詰まった良いやりとりだった。
ダンディスにはそれだけで十分だった。思い返せば、自分はより多くの者と心を通わせたかったから肉屋を始めたんだなと思う。戦場では背中を任せるものなど誰もいなかった。唯一心残りがあるとすればそれだった。
それが叶った。
王やアグニスとは身分が違い、リードルシュとは職種が違う。だがコウにはそれが無い。軍人としてなら隔たりはあったと思うが、今は一市民で同じような立場だった。他人のしかも他国の為に命を掛けた戦いを挑む無謀な男に対して、今は思う所が多い。
ただアイツが望んでいるのは、偉い立場や身分ではない。元の冒険者に戻ること。そんな小さな望みを叶える為に戦う男に任された。それだけで満たされている。
「お前は何のために戦っている?」
「ワタクシは阿鼻叫喚が見らレルのでアレば、主は問いマセン」
レッサーデーモンはダンディスの眼差しを見て少し気圧される。何故だか本能がこの目に流されてはならないと告げたように感じた。
魔族で無ければ、いや召喚されたのでなく自力で来たのであれば。そんな得体のしれない想像が急に頭に過ぎり、咄嗟に払う意味でも言葉を早く発したくて適当な言葉を口にする。
「だから弱いのか」
「何デスか?」
ダンディスの攻撃速度が更に上がり、レッサーデーモンの視界から一瞬消えた。そしてザシュっという音と共に元の位置に現れた時、レッサーデーモンの腕は無くなっていた。
「な!?」
可笑しい。あの目と言葉に動揺したからなのか。魔族で相手より優位にある筈の自分が、目で追えないだけでなく斬られる時も気付かないなんて。
体が冷えているのに汗が止まらない。こういう場合はどう対処すれば良いのだ。どうしたら生き残れる……いや何故自分が必死に生き残る方法を探る必要がある!? それはコイツらこそが必要な筈だ!
「決定的な違いだ。誰に背中を任せられたかで、強さは決まる」
「馬鹿な……そんなものごときで」
魔族に生まれた自分たちは、常に弱肉強食の中で生きて来た。相手を欺き倒し力を得て更なる上を目指す。それこそが魔族だ。誰かに背中を取られた時は死ぬ時だ。
だが今劣勢なのは自分であり、この獣族が自分を圧倒しているのはその背中を任せられたかららしい。可笑しな話だが獣族の後ろに薄っすらと自分を睨む男の姿が浮かんで見える。この男は王に挑んでいる筈の男。何故それが見える!?
「命を掛けて戦う時に必要なのは大概そんなものだよ。最初は金の為、名誉の為、立身出世の為。だがこの戦いにはそんなものは一ミリもない。この戦いの主はな、平凡な冒険者の生活を過ごす為に戦っているんだ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、いっそ清々しい。対価として成り立っていない。味方も少ない。俺を頼りにして背中を任せてくれた。だからこそやってやろうって気にもなる。そして相手が魔族なら、俺が全力を出しても困らないだろう?」
「くそぉ!」
「どうした。腕一つ飛んだくらいで余裕が無くなってるぞ?」
魔界に帰り態勢を立て直そう。その為にはどんな手を使ってでも生き延びる。だがこの状態ではこの獣族に圧倒されて終わりだ。ならば……!
「おのれぇええええっ!」
レッサーデーモンはおのれの腕を拾い、くっつけるとリードルシュの所へと向かった。
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