第47話 冒険者、試される
「コウ、平気か?」
「おっちゃん大丈夫だの?」
アリスとイーリスが離れた所で、ファニーとリムンが近付いてきた。本当なら色々聞きたいし聞いて欲しいし、何より生きていてくれて本当に良かった会いたかったと言いたい。
だけどあの王の目が頭から離れなくて言葉を飲み込む。まだ勝ち目が見えない戦いが終わらない。最悪刺し違えてでも倒すべき相手だ。多くの人々……よりもこの二人の未来の為にも。
だからおっさんの俺が未来を夢見て縋る前にやるべき仕事をこなす為にも、その言葉は後に取っておきたい。
色々な気持ちを隠す様に後頭部を擦りながら視線を落とし
「ああ、だけど寝てないから疲れたかな」
誤魔化す様に下らない言葉で答えた。二人はそれを聞いて小さく笑ってくれる。どっちが保護者なんだかわかりゃしないなぁこれじゃ。
「当たり前だ。夜通し戦っていたのだからな。少し眠ると良い」
「そうだのよ。おっちゃん、アタチの新しい力を見てみて!」
嬉しそうに言った後、リムンは顔をキリッとさせて
「我が魔力によりて、紡ぐは安らぎの場、誰も阻む壁なり。大きく囲いて紡ぎ、魔力よとうりゃんせ!」
そう言いながら俺達の周りの地面を、水晶が頭に付いた杖でトントンとリズム良く叩いて行く。すると地面からスウッと半透明で薄緑の壁が出てきて囲まれる。
す、凄いなこれは。俺が唖然とした表情でそれを見るとリムンは腰に手を当て胸を張った。本当に驚きしかない。この短期間でこんなものを身に着けるなんて天才じゃないか!?
俺はこういう時どうしたら良いか分からず、大きく深呼吸をして自分を落ち着けた。それを見て二人は笑った後
「あの時より大きく囲えるようになったな」
「うん、ここまでに本を読んでおいただのよ」
そう言ってリムンはローブの中から取り出した本を開いて指をさした。その部分は見えないが、あの本何か特殊な感じがするんだけど何処で手に入れたんだろうか。
「有り難い、安心したら眠くなってきた……」
「我の膝を貸してやるから休むが良い。起きたらこれまでで一番の闘いに臨まねばならぬのだからな。良い夢を……」
考えようとしたところで急に眠くなってしまい、俺は地面に座り込む。疲れも一気に襲って来た俺はファニーの声を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちて行く。もしかすると眼が覚めたら、元の引きこもりに戻っているかもしれない。その方が幸せだと今までなら思っただろうが今は違う。
あれをこのままにはしておけない。あれをどうにかしなければ、この俺が心を通わせる事が出来た人たちの世界が終わってしまう。それだけはダメだ。
まだまだ俺にはやるべき仕事が……。
・
「ギャー!」
俺は両眼を強引に開けられ、何かを垂らされそれが眼に入って激痛が俺を目覚めさせ、飛びあがらせた。
「あら、そんなに痛いの?」
「めちゃくちゃ痛い! 冗談抜きでスゲー痛い! ……ってあれ?」
俺はかすむ目をこすりながら前を向くと、何処かで見た事のある人が居た。
「また逢ったわね坊や」
うーん。この絶世の美女に逢うのは二回目だが、相変わらず凄まじい威厳を感じる。
「元々規格外なのだから、縁があったらというのも変な話よね」
「あ、魔法どうもでした」
「あら気付いたの?」
「勿論。忘れない声ですから」
「ふふ、有難う。でもね、あまりお世辞を言い続けると、あちらにいる女の子達が怒るわよ?」
「いえ、本当にあれが無ければ俺はとうにくたばってましたし」
「そう言ってくれると嬉しいわ。で、今回貴方を呼んだのは他でもないわ」
「あの王の話ですか?」
「そう。あれはもう規格外というよりも、新たな魔神になろうとしている」
「ちなみに神と魔神の間でも、ああいう存在はダメだという意見で一致したんですか?」
絶世の美女は眼を見開いて驚くと
「神様が人々の前にずっと居るのは反則よね」
と笑って答えた。それはそうだ。
「で、あの激痛は何だったんです?」
俺はその正体が知りたくて聞いてみる。
「それは……」
「それは我が話そう」
別の方向から声が飛んでくる。その声は重くて低く良く通る声だった。
「初めまして規格外。どうかな? 心眼の滴を受けた心地は」
横を向くと、そこには縁なし丸眼鏡を掛け長い銀髪に月桂樹を被り、黒いファーの付いたローブに身を包んだ男が立っていた。
「ちょっと、アンタがここで出て来たらダメじゃない」
「そうは言うがな、事は急を要する。今さら何を派遣してもこれを使う方が早いのは先刻話し合った通りだ」
「何か魔神みたいな人ですね」
俺は思った事をそのまま口に出してしまう。するとその銀髪の男はニヒルに笑った。カッコつけるのが様になるタイプだ。おっさんにはまぶしい。
「生まれ持った資質は元の世界で巧く使えぬのに、ここへ来たら発揮できるとはな。確か戦国時代が終った後にもそういった者が居たな……」
「そうね、統一が成った後に生まれた者が居たわね。統一前なら子供の誰よりも活躍できたのにね」
「そう言った意味でも貴様がここに来たのは必然だったのかもしれぬ。あちらでは要らなくとも、こちらでは要る」
「……人を物みたいに言わないでくださいよ」
「すまんな。お前と同じで考えた事は口に出てしまうタイプなのだ」
銀髪の男はそう言うと、俺の顎を掴み顔を寄せる。
「ちょっ!」
「黙れ。息をかけるな」
暫く俺の眼をジッと見た後、漸く解放される。
「どうやら成功の様だ。確率的に五パーセント程度だったのに、悪運の強い奴だ」
「はぁ!?」
「ちょっとばらしたらダメじゃない」
五パーセントの確率って低すぎるよね!? ガチャだったらほぼ出ないよね!? 失敗したらどうなってたの俺!? この最終局面でそんな博打を勝手に打つな!
「しかしまぁこれで五分になるかどうかだな」
「それは問題無いでしょう。ただ見えるだけじゃないからね。確率五パーセントは伊達じゃないわ」
「すいません五パーセントって繰り返さないでください。
魂が抜けそうです」
この人たち悪質だ。性質が悪いなんてもんじゃない!
「どうやら理解が早くて助かる。お前の予想通り我は性質の悪い者共の頭目だ」
「……新しい魔神誕生を阻止したらさぞや良いご褒美がもらえるんでしょうね?」
「良い度胸だ小僧。お前が勝てたなら我が直々に褒美をやる。精々励めよ」
こいつ……
「はいはいストーップ。そこまでよ。ここで暴れたら二人とも消える事になるわよ」
絶世の美女が間に入り、銀髪は興を削がれたのか距離を取る。
「ふん、まぁ良い。兎に角トップ同士の久々の会談は楽しめた。それだけでもあれの存在は価値を得た。キッチリ後始末は頼んだぞ小僧。お前の働き次第によっては褒美の件は確約してやる」
「気に食わないなぁ」
「我は気に入った」
ニヤリと笑い、銀髪の男は霧のように消えて行った。ったく何で二枚目っていうのはああもカッコつけたがるんだかな。
「坊やもへそを曲げてないで、気を引き締めなさい」
「……そうっすね。やらないと俺が今守りたい者を護れない」
「そうよ。貴方には特別に力を与えたのだけど、あの魔族達が考えるよりもあの王はもっと悪魔だった。そしてその絶望は身の丈よりも更に上を望んだ。貴方にこれだけ与えても足りるかどうか解らない。でもこれ以上は過干渉になるし、相手がルールを破ったからと言ってこっちも付き合ったら負けじゃない?」
「大分破ってるような気もしますが」
「貴方は神では無いわ。そしてそこまでの力も無い。殺されれば死ぬわ。だから期待するのよコウ。人として、あの悪魔を退けられるか。試されるのは人としての力。それを忘れないで。貴方はもう一人では無い」
俺はその言葉聞きながら意識が遠退いていくのだった。
人……。
人としての力。
その言葉を繰り返す度に何故だか目頭が熱くなる。
そんなもの今までない。
人を恐れ
人を蔑み
人を遠ざけ
人から逃げた。
そんな俺に人の力はあるのか……。
この世界に来てから、俺は変われたのだろうか。
落ちる意識の中で自問自答し答えを出せずにいた。
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