第44話 冒険者、不思議の国に迷い込む
「おい、聞いて無いってのは何だ? 誰かから聞いたのか?」
「黙れ人間! たかが偶然出来ただけで驚く訳ない!」
「なら偶然だけじゃないって証明して見せたら答えるんだな?」
「ウルサイ!」
黒い炎を纏ったままこちらに向かって突っ込んでくる魔族の少女。さっきまでの威圧感はそのままだが、慣れて来たのか体は動く。何より
「チィッ!」
長い爪による斬撃や黒い炎の投擲を、黒隕剣が素早く反応して弾いてくれている。それに対して魔族の少女は、怒りで歪ませた顔に少しずつ焦りと恐れの色を含んで行く。
「こっ……のぉおおおお!」
彼女の力を籠めた連撃の全てを黒隕剣は弾き、逸らし、押し返した。距離が開いて魔族の少女は肩で息をしながら唖然とした表情で立ち尽くす。
これは完全に驚いてるだろ間違いない。
「驚いたよな今」
「え?」
素っ頓狂な声を上げる魔族の少女。え、も何も無いけど俺は敢えて少し待って見る。プライド高いから追い詰めると絶対に認めないだろう。それに何となくおっちょこちょいな感じするし、自爆するんじゃなかろうか。
そう考えている間に、彼女は視線を逸らし斜め下を見たり横を見たりと、面白い感じでまさに目を泳がせていた。
そして何か良い案が浮かんだらしく一瞬顔が輝く。分かり易い奴。
「ち、違うわよ!狼狽したのよ!」
「いや余計悪くないか?」
間髪入れずにツッコんでしまった。それに対して恐れ戦きたじろぐ少女。今までどうやって生きて来たのかとても気になる。悪事を働くの初めてなんじゃないのかなかつ丼とか出した方が良いのかな。
「ぐぬぬぬ」
まるでリムンのような唸り声を上げる魔族の少女に対して、俺はあまりのかわいらしさについ吹き出してしまった。不味い、と思って視線を向けると顔を真っ赤にして俯いている。
「わ、笑わなくても良いじゃない!」
「いやごめんごめん。ついつい可愛らしいものだから。くっ……」
俺は笑みが止まらず手で口を押さえた。それに対して彼女はどうして良いか分からず地団太を踏んで怒りを露にしていた。
リムンは元気でやっているだろうか。置いてきて正解だった。こんな戦いに巻き込まれたら、今の俺の技量じゃリムンを守りながら闘うのは不可能だろう。
だからさっさと片付けて帰ろう。俺達の根城へ。
「さて、驚いた事を納得してくれたら質問に答えてくれるんだよな」
「……ぎぎぎぎぎぎ……」
そう言われて今度はあからさまに悔しさを言葉と態度で表す魔族。実に子供っぽい。リムンと気が合うかもしれないな。
さっきまで言っていた悪行は本当なのかよく分からない。ただ俺の目の前に居るのはただの十代の少女にしか見えなかった。元の世界の荒れてる子って感じ。
まぁそれも近くに居たのではなく受け売りでしかないから、実際に相対して互いに本気をぶつけ合うとこんな感じなのかもしれない。
俺は正義の味方になりたい訳では無い。ファニーと共に旅をしたい、リムンの自立の手助けをしたい。その為には俺たちを逃がすまいとする者たちを、先ずどうにかしなきゃいけないから来たんだ。
人間でも恐ろしい悪事を働く奴もいるし、とんでもなく人の良い奴も居る。魔族だから画一的な者ではないだろう。こうして刃を交え言葉を交わした今、改めてそう思う。
と言うかこっちに来てからも人間に酷い目に遭わされて来た。そして俺を救ってくれたのは同じ引きこもりの竜。その俺まで画一的に見て囚われる必要は無い。
「俺の名はコウ、お前は?」
「は?」
名を問われてまたたじろぐ少女。リアクションがとても面白い。
「いやだからお前の名前だよ。魔族としか知らないんだ」
「……アリスよ」
「なるほどね」
アリス、か。そういう主人公の童話を遠い昔に読んだ覚えがある。あの話も別の世界に行って、と言う話だったよな確か。そう考えると異世界に相応しい名前だな。
仮にもしそうだとすれば、ハートの女王はどうでるかな。ハンプティダンプティは? 配役で言えば俺はダンプティでは無いだろう、今は何故か体型も絞れて贅肉も落ちてるし。
「この場合俺がチェシャ猫なのかな」
「……? 何の話?」
「いや何でもない。独り言だ」
俺の心の動きに合わせてくれたのか、黒隕剣はレイピアモードになった。そして相棒を鞘に納め、アリスに近付き手を差し出した。
何が何だか分からずおろおろするアリスの手を強引に取って握手をする。
「宜しく」
「???」
困惑するアリス。人間と握手を交わしたなんて人生で初めてだろうから仕方ない。俺はそう思いながら手を放して空を見上げる。
俺が歩んでいるこの世界では、ハートの女王が作ったのはパイではないだろう。そしてそれを盗んだのは……。
「アリス……無事?」
そこへいきなり地面からアリスと似た、髪が長く黒いタイトな鎧に身を包んだ魔族が現れた。
「姉さま!」
アリスは息も絶え絶えになっているその魔族に近付き、肩を貸す。魔族というのは種族であって、そこには家族に対する情とかもあるんだなと改めて思った。
そして俺も近付き肩を貸す。それに対してアリスの姉は驚いていたが、もう振り払う力も無いのか項垂れてしまった。
人間なんかの手は借りたくないだろうが、彼女の言葉からして何かがあったのは間違いないので、こちらとしては無理にでも貸す。俺が護りたい者を護る為にも。
「さぁ案内してもらおうか。今回法廷を開いたハートの女王ではなく、白ならぬ黒の王の元へ」
「くっ……」
アリスの姉は苦虫を嚙み潰したような顔をして下を向く。恐らくこれまで彼女たちの思うように進んで来た。だが実際は掌の上で踊らされていたんだろう。でなければ今頃俺は跡形も無かったろうし。
「アリス、時間が無い」
俺はアリスを促し首都アイルというこの童話の最後の舞台へと向かう。
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