第43話 冒険者、上級魔族と交戦する
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「はぁっ!」
「はい♪」
まるで子供相手に遊ぶように、俺の斬撃をいなす。黒隕剣はビルゴの魔剣を打ち破った形態から突如レイピアモードに戻ってしまった。
恐らくまだその時ではないのだろう。剣を振っても疲れが少ししか無いのは、省エネモードを習得したのかもしれない。来るべき時まで持つように。
だがそれまで持つのか。斬るつもりで攻撃しているし、そうでなければ殺られる。斬りかかっては下がり、黒い衝撃波をかわしては斬りそれを繰り返しているがかすりもしない。
剣は一流以上でも俺の腕も経験も三流以下だ、というのを突き付けられている。黒隕剣は多分その腕をもフォローしてくれているんだろうけど、魔族の動きに付いていけて居ない。
黒隕剣は俺を振り回さないように気を付けている感じすらする。もどかしいが現実だ。受け入れる。だがそれでもここを何とかしなければ。
今の俺に対するどんな低評価も非難も受け入れるから、この場を切り抜けさせてくれ!
「神の吐息」
何故か不意に間合いが開いた瞬間、苦し紛れに魔法を使ってみたところ、両腕を顔の前で交差させ初めて相手に防御の体制を取らせるのに成功した。そして風は魔族を後ろへ下がらせる。
「づあっ!」
俺は間髪をいれず、勢いを付けて飛び上がった後で斬りかかった。それを避けて横へ跳ぶ魔族。何か変だ……さっきまでなら余裕な顔をしてひらりと避けていたのに。俺はもう一度
「神の吐息」
と唱える。それに驚き目を見開いた後、魔族はもう一度防御の体制を取った。ダメージを与えられている!? これはチャンスだと思いたたみかける。
「……くっ!」
魔族は爪を伸ばして回転し、俺の攻撃を弾く。しかしダメージが蓄積したのか動きが一瞬遅れ、羽に切り傷が残った。
「やるじゃない……。まさか神聖魔法を使ってくるとは。どうやら情報と少し違うようね。そろそろ私も本気を出させてもらおうかしら」
魔族は頬に流れた冷や汗を拭い、身構える。
「おい、遊ぶだけじゃないのか?」
「面倒だから殺すわ。貴方が死んだところで問題無いもの」
そう言い終わるや否や、魔族は視界から消えと同時に黒隕剣は自ら背後へ剣を背負うような形になるよう動いた。
「遅いわ」
背後から声がすると共にカン、という軽い音が聞こえ攻撃を防いでくれた。さっきまでなら防げはしなかっただろう。
やはり魔法が聞いてダメージが蓄積してるんだ。そう言えばさっきまで纏っていた黒い炎が消えている。黒隕剣はそれが無いからこそ背後に回り防いでくれたのかもしれない。あの炎さえなければ倒せる、そう俺に教えてくれた気がした。
「神の吐息」
俺は振り向きざまにそう唱える。見事魔族に直撃し、僕らの戦いで倒れた木より更に奥にある木へ叩きつけられた。
「ホント凄いわオジサン。でも今一歩遅かったわね」
魔族は木に寄りかかりつつ態勢を立て直すとそう言って空を指差す。空はいつの間にか夕暮れから夜に変わろうとしていた。
「魔族が弱い昼の内に私を討伐するべきだった。オジサンの剣は判断を誤ったようね。あのマヌケを打ち破った形態なら私を倒せたかもしれないのに……可哀想」
夕暮れが夜に飲み込まれていくと同時に、魔族は黒い炎を再度大きく纏った。なんて圧迫感だ。距離があるのに、下がらざるを得ないほどの力が伝わる。
「貴方にあの街の最後を見せてあげられないのは残念だけど、私を本気にさせたのだから仕方ないわよね」
魔族は自らの親指に犬歯を当てて、血を出す。そしてその血は魔族の周りをぐるぐるととぐろを巻いた。
「黄昏よりいでし魔の力を持て、敵を締めあげん!魔姫血界」
その血の帯は俺に向かって飛んできた。避けてもそれは俺に対して蛇が得物を捉えたように巻き付いた。
「ごめんなさいね。貴方にこれ以上の力を使うのはもったいなくて。この程度の消費なら、死にかけの貴方から血を奪えば事足りるから」
可哀想にと言いながら、俺はタコ殴りにされる。前に寄ってたかって十人位に殴られたり蹴られたりしたのはあったが、あんなものとは比較にならないほど一撃が重い。
一撃目を顔の正面でまともに受けた後、気を失いそうになるも、
二撃目の腹への直撃を、少しずれつつ、くの字になりながら受ける。
ダメージは多少抑えられたが痛いには代わりが無い。
「……いい加減イライラしてきたわ。貴方確か引きこもりとかいう、何もせずに家に閉じこもってた人なんでしょう? 何で私の術に抵抗出来て、
尚且つ当たる寸前でダメージを軽減させるなんて高等技術をやってのけるの?」
「さあな。だけど言えるのは俺には女神の祝福があるってことだ」
「ウザ」
魔族はキレて先程よりも早く攻撃を繰り出して来た。だが最初は直撃を食らったものの、目が慣れてきたのか受けつつも直撃を減らせてきた。痛いしダメージは受けているが、体力は回復している。小さく細かく相手の流れに合わせて少し動くだけで良い。姫と対峙した時のように、致命傷でなければ良いんだ。元々戦士でもない俺が、何のダメージも無くいなせるなんてない。
「解ったわ。貴方本当に凄いのね。でももう終わり。付き合いきれないわ」
魔族はそう言うと距離を取り、今度は人差し指に犬歯を当てて血を流す。するとそれは宙に浮き、槍へと姿を変える。
「魔血の槍」
今まで見た表情のどれよりも冷たい顔と目で俺を見て、魔族はそう言った。そして犬歯を当て血を流した指を俺に向ける。宙に浮いた槍は俺目掛けて高速で飛んで来た。
どうする。
直撃を受ければ死ぬ。
まだ死ねない。
何もしていないのに、死んでたまるか!
――魔力充填完了――
俺の頭の中に声が飛んでくる。槍がまさに鼻先まで来た所で、
それを遮るものがあった。俺の愛剣。
その姿はビルゴの魔剣を打ち破った形態に変化している。剣身は鍔から三つ又に分かれ、その間に光で刃を形成した剣。魔族の放った槍は粉砕された。防御も一級品とは凄過ぎるな黒隕剣。
黒隕剣は俺の周りを飛び、血界を切り刻んで俺の手に納まる。この時俺はかつてないほどの充実感を感じた。黒隕剣と俺は一体となり、魔力が吸われるというよりは互いの魔力が合わさっているように感じる。
「何なのよそれは……聞いてないわ!」
狼狽する魔族。聞いていないというのはなんだ? 黒隕剣は俺がリードルシュさんに貰うまで、リードルシュさんの箱の奥深くで眠っていた筈だ。形態が変わったのは今日のビルゴとの戦いの時。この黒隕剣の事を誰かが知っていたのか。あの絶世の美女が気まぐれで祝福を与えたこの剣を?
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