第4話 引きこもり、生贄にされる
牢屋に放り込まれて幾日が経ったか。鉄格子には見回りに来る者もなく、向かい側の牢屋にも誰も居ない。何か変だ。当たり前のように見ていたこの街の住人の視線からして、牢屋に誰かいるかと思ったが誰も居る気配が無い。
「ほら」
まるで犬に餌をやるかのように袋を投げつけるフルメイルというのか、顔まで隠れた鎧を着たやつが、毎日一回来る。俺はそれを目安に壁に「正」の字になるようにかきこんでいる。今”正”が二つ出来た。
「……はぁ」
引きこもりとはよく考えて見ると、テレビを見たりネットをしたりと安全な場所で何不自由なく出来るから引きこもりたくなるのであって、この何もない空間で引きこもったところで何にもならない。
ふと思い立ち、床の割れたところから破片を取り出して壁に瞳を書いてみる。二つ目を描いてみた時その目が父親の目に似ていた。もう二つ目を描いてみたら母親に似てた。もう二つ目を描いてみたら弟に、更に書き足すと叔父に叔母に同級生たちの目更には弟の下級生の久遠とか言う奴の目。一心不乱に何故か思いつく限りの人の瞳を書き続けた。気付くと壁一面に目があり、俺を見ているように感じていた。
「なるほど」
自分で書いた人間の目。それは見ている訳もなく、そこに何も感情がある訳ではない。でも見ている俺は蔑むような視線や、親の怯えたような視線、怒りを露わにした視線などに見える。例えばこれが本物であったとしても、実際どう思っているかなんてこっちの想像を出ない。
もしかするとここに連れてこられた時の住民たちの怒りを露わにしていた目や表情は俺が連れ去られた事に対してかもしれないし、石を投げていたのも同じかもしれない。そういうかもしれないのも俺の想像だ。以前はそれに怯えたり、それに対して逆に蔑んだりしていたのかと想うとなんと馬鹿馬鹿しい事をしていたのかと呆れて笑った。
「何が可笑しい?」
不意に声を掛けられ振り向くと、そこには最初捕まえられた時と同じ位の鎧たちがずらりと並んでいた。改めて見るとフルメイルも怪人も同じに見える不思議。
「別に」
俯きながら笑いつつそう短く答えた。すると一人が牢屋の格子のドアを開け、一際立派な金色の鎧が中に入ってきた。
「お前の罪は償えるものではない。だがその贖罪として生贄にささげてやろう。そうすれば許される」
「あっそう」
許されるも何も、ただ生きる為に戦っただけだ。だけどこれで街の人間が俺を見た時の目が納得いった。
何でもいいから生贄となる人間をこの国の人間は探していたのだ。運命の悪戯にしては何とも皮肉なことだ。現実世界では何の役にも立たないごく潰しだった俺が、異世界で力を得て襲われた村を助けて良い事をしたのに、生贄にされて最期を迎えるとは。
これで現実世界の清算を出来るということか。
「ひっ立てろ!」
金色の鎧が後ろの鎧に声を挙げると、大挙して牢に入ってきて俺を囲んだ。力があるし体力も回復しているからもしかすると切り抜けられるかもしれない。でも逃げるのも疲れる。
俺は抵抗もなく鎧たちに引き摺られ、陽の光を久しぶりに浴びた。陽の光がこれほど暖かいものだと感じたのはもう遥か昔の事のように思える。外にあった馬車の荷台にあった牢屋に入れられ、街中を通り過ぎる。
街の人々は最初に訪れた時のように、生贄に行く俺を自然現象の様に見ていた。この国はおかしい。生贄とは誰に何をされるのかも知っているんだろう。
色々と考えて見たが、ドラゴンとかそういう強そうなものだろうと最終的には適当に結論づけて鉄格子の中から空を見上げた。
綺麗だ。
空を綺麗に感じ、陽の光の暖かさを感じたことが、勿体なかったと思う。もっと早く思い出していればと。
「さらばだ!」
走馬灯のように昔の出来事が頭をよぎったが碌な事が無くてぼーっと空を見ていると、目的地についたのか馬車は止まり俺は下ろされ放り込まれた。
そして鎧の声とともにまた暗闇の中に戻った。暫くすると目が暗闇に慣れてきた。ここは洞窟らしい。今度は洞窟に引きこもりか。扉を殴れば開くかもしれないが、面倒だし逃げたところで追われるだけだ。
鬼が出るか蛇がでるか。待ってみるのも一興かもしれない。俺は引きこもり体質を全開にして待つ事にした。
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