第34話 冒険者、愛用の剣が目覚める。一方冒険者少女たちは
ビルドの魔剣による連撃を避けていると、黒隕剣の鼓動が強くなってきた。何が起こっているんだ? 何かを求めているのか?
「止まるとは愚かな」
一瞬動きが止まってしまい、俺の頭上目掛けて魔剣が振り下ろされた。……これは避けられない!
何とか直撃を免れようと黒隕剣を掲げ剣腹に腕を押しあてたその時、意識がブラックアウトする。
・
まさかここで死ぬとは……あまりに唐突、だけど俺の未熟さ故の死だからどうしようもない。リムンには父親を引き摺ってでも連れて行き謝らせて一からやり直させたかった。
……何よりファニーには謝っても謝り切れない。折角俺と共に旅をする為洞窟を出たと言うのに相棒の俺が情けない。
無念と後悔の念を抱いていると急に一筋の光が瞼に映り、目を開けるとそこは真っ暗な空間で俺の体が浮いている。
地に足が付いていない不思議な感覚に驚いていると、光の正体が目の前に寄って来た。それは黒隕剣だった。
――我は聖剣に有らず――
ああ。
――我は魔剣に有らず――
そうだ。
――怠惰の眠りより覚めた――
俺と同じ。
――この世でただ一振りの剣――
俺愛用の剣だ。
――持つ者に聖者を求めず――
有り難い。
――持つ者に悪しき者を認めず――
だろう。
――ただ変わりたいと願い――
うん。
――ただ護りたいと願う者と共にありたい――
行こう。
――ならば我も変わろう――
共に。
――我は一振りの――
最後まで。
――汝の剣――
「我に斬れぬもの無し」
俺が口にすると、黒隕剣は光を放ち剣身を変化させる。鍔から三つ又に分かれその中央はレイピアの様に細く先がダイヤのような形になっていた。その剣身を包むように光が出てロングソードのようになる。光の刃で出来た、黒隕剣の新しい姿。
俺が少しずつ変わってきたように、黒隕剣も俺の手を通して変わりたがっていたのか。持ち主と同じような口下手だが、持ち主より余程気遣いの出来る剣だ。
「ふん。手品の類か。だがそれでお前が有利になった訳ではあるまい」
「いいや終わりだ」
俺は離れた距離から黒隕剣を薙ぐ。その太刀筋は光の弧を描き、ビルゴに向かって
飛んでいく。ビルゴはそれを剣で叩き落そうと振り下ろしたが、魔剣は砕かれ黒い霧を上げながら粉々になる。
「まだ終わったわけではない」
「見苦しい」
俺は一言で片づけて黒隕剣を鞘に納める。黒隕剣は形状を鞘に収まる前に光の部分だけを消して納まった。
「貴様ごときに!」
殴りかかって来たビルゴを避け、拳を腹にねじ込む。この世界に来て得たアドバンテージであり、絶世の美女からのお墨付きの力。ビルゴは腹を抑えながら悶絶する。
「言っただろう? もう終わったんだ。俺の場合、特に力比べでは早々負けはしないのさ」
ビルゴは地面を叩き、悔しさを露わにした。まぁ普通に俺とビルゴの体格差を考えれば、誰が考えてもこの結末にはならない。ビルゴもそう思って大きく振りかぶり、隙だらけで殴り掛かって来たんだろう。
もっとも、元々斬れないものが無くこの世界のどの剣よりも強いという黒隕剣なのだから、変化前に片付いてるはずだ。しかしそれは黒隕剣の変化したいという気持ちによって、斬れなかっただけだった。
何にしても命拾いした……。俺は大きく息を吐いてから空を見上げ、ファニーとリムンを想う。早くこの面倒事を終わらせて、この世界を旅したい。三人でのんびりと。
そう遠くないであろう結末へ向けて、俺はもう一度気合いを入れ直した。
「あれ……」
立ち上がり皆のところへ行こうとするとふらつきそのまま仰向けに倒れ込み、空を見上げながらまたしても意識が遠のいてく……。
・
「どういう事だ!」
「そうだのよ!」
その頃、冒険者ギルドのカウンターで、ファニーとリムンは怒りをミレーユにぶつけていた。
「どういう事だも何も、コウは刺客に追われて出て行ったのよ」
ミレーユは笑顔を浮かべて、そう優しく諭すように言う。あの騒ぎの中でもぐっすり眠っており、目が覚めた時にはギルドも平穏を取り戻していて、少し場違いな空気を物ともせず二人は抗議を続ける。
「何故我らに声を掛けてくれなかったのだ!」
「そうだのよ!」
ファニーとリムンの怒りは収まらない。置いて行かれた事が納得いかないのだ。
ファニーもリムンもコウが共に旅をしようと誘ったのだから起こっても無理はない。コウ自身も怒られるのは覚悟の上での出発だ。
ミレーユはそれを口にするのは野暮だと思い、当たり障りのない感じで言う。
「急だったから仕方ないわね」
ミレーユは笑顔を崩さずそう言い、それを聞いたファニーたちはカウンターのテーブルを掌でぺちぺちと叩く。バンバン叩かないのはミレーユには今後もお世話になるし、コウが後で困ると思ってそうした。
「だが我らは仲間だ!」
「そうだのよ! おかしいだのよ!」
「はいはい、ミルクでも飲んで落ち着きなさい」
「落ち着いていられるか! 我らも後を追わねば!」
「うん! そうだのよ! 行くだのよ!」
「待ちなさい」
ミレーユはミルクを二人に出しつつ制止した。今この二人が行ったところで恐らくまだ何も分かっていない。
相手は国そのものを動かせる存在だと言うのをファニーは理解していない……いや忘れてしまっているんだな、とミレーユは想い軽挙妄動は慎むよう諭すべきだろうと考えた。
「待たん!」
「だのよ!」
「貴女達はここから出る事は出来ない」
ミレーユは笑顔から急に真顔になりそう言う。ファニーとリムンは動こうとするも体が動かない。もがいてみたものの数十分何も出来ず。
魔法のある世界だからある程度誤魔化しも聞くだろうから良かったとミレーユは思う。
ファニーが冷静であれば気付いたかもしれないが、今なら大丈夫だと言う確信があってミレーユは己の力を行使し二人を止めた。
「気がすんだらミルクを飲んで落ち着きましょう」
ミレーユはその様子を眺めて暫く経ってから、ミルクを再度勧めて笑顔に戻る。
「お主……何者だ」
「おかしいだのよ。アタチはお母から受け継いだ力があるから、束縛術なんて効かないはずだのよ」
「まぁまぁ。取り合えずミルクを飲みましょう」
ミレーユは取り合わない。そして何よりそれ以上追及はさせない。コウですら自分の正体を語れていないのだから、語れるはずも無いのだ。
自分は出来る範囲内で力になるしかない存在。そんな自分を笑う様に目を瞑り小さく微笑む。
二人は観念したのか仕方なくミルクを飲みながら確認した。今は腕と口だけが動き、飲む事以外出来ない。
これ以上追及したところで答えないだろうと考え切り替える。ファニーがリムンを見ると頷いた。
ミレーユがどう言う技を使って居るかなんかより、もっと大事な問題があるのだ、と。
「コウを追うにしても、今の貴女達には何もできないわ」
「我が本来の姿になれば!」
「それがダメだから連れて行かなかったのよ。解らないの?」
ミレーユは少し強めに言う。その言葉に二人はビクリとした。今まで感じた事のない威圧感をミレーユから感じる。
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