第30話 冒険者、旅立つ
「ふふふ。お主の期待に答えて薄気味の悪い役柄で来ても良かったのだが、それでは芸が無さ過ぎるであろう」
いや姫の、女性の部屋にいきなり魔術で飛んで来ただけで十分薄気味悪いんだけど役柄とかじゃなくて。
何やらしてやったりみたいな顔してらっしゃるからスルーして差し上げよう……。
「な、なるほど。宰相ともなるとそれなりの芸が必要になる訳ですね」
「そう、仮面は幾つあっても困らぬ。ところでわしも席についても構わんかね?」
「どうぞ」
俺は姫の同意を得ずに、宰相に席を譲る為立ちあがる。大臣はああは言ってるけど、このまま立ちっぱなしにさせてたら何されるか分からないので、さっさと座って頂きたい一刻も早く。
しかし宰相は俺の左側の席に着き丸いテーブルを囲んだ。座って貰えたなら良いかと思い再度僕もさっきまで座っていた椅子に座る。
「腹の探り合いも時には楽しめるが、今回はそのようなやりとりは省こう。今日ここに至って改革を成すというのは、長年染み付いた垢を取るよりも難しい。それはお主たちも承知の上での談判であった事と思う。そしてこれも解っている事だろうが、魔物の群れが村々を襲うべく活動を活発化させている」
「……今一歩遅かったのですね」
姫は口惜しそうに俯いて呟いた。竜と生贄を探して戦争になりそうな危険を冒してまで隣の国に来たのも、それを食い止めたかったからなのかと理解した。
相変わらず自分の独りよがりな解釈からの説教染みた非難と提案に気恥ずかしくて穴に入りたくなる。
色々あって引きこもってたけど俺にだって悪い部分はある訳で。怒鳴り散らしたり部屋で暴れたりはする気力は無かったが、ただ部屋に引きこもるだけじゃなく何か出来たんじゃないだろうか。
相手にも事情がある訳で。ひょっとしたら……そんな風に思うと体が冷たくなる。
「そんな事は無い。姫は気分を害されるかもしれんが、ハッキリ言っておく。姫以外に王族で人望と才覚に溢れる人物は居ない。その頑張りは必ずこの国の為になると思えばこそ皆声援を送っている」
「俺もそう思うよ……姫以外に適当な人物が居るのであれば王は退いている」
まだこの宰相が信用ならないので言わないが、王がやる気が無くてただどうでも良い人間なら、というのが付く。
最初に謁見した際、姫を煽っている時の目を今思い返すと何か黒い揺らめきのようなものが見えた気がした。
あの時俺もゴミ屑みたいに見られていて、今思うともう少し冷静になって観察しておけば良かった、と少し後悔している。
「そうだな。王はただ跡目を継いだのみで、国の事に関心は無い。唯一あるとすれば、それは先祖が封じた竜に生贄をささげるという行為のみ」
「……無教養なお坊ちゃまがそのまま玉座についたと」
宰相の才覚を見抜いて抜擢し飼いならしているのが天然だとしたら、相当な人物だ。
それも先祖の言いつけを護る為に、全ての能力を傾けてここまで遂行して来たのだから勿体ない。
とは言えそれにしては投げやり過ぎるし雑な対処だなと感じてならない。宰相が本心で言っているならば、知らない裏の顔があると見て間違いないだろう。
「残念ながらな。しかし無能な働き者であるよりはマシとも言える。何より先代が優秀過ぎたのだ。わしも先代の王と共に戦場を駆け従ったが、あの方を見れば跡目を継ぐのを誰も嫌がるだろう」
「確かにお爺様は優秀でありました。しかし慣習を変えようとはなさらなかったのは何故です?」
姫は父を非難する時よりも声を上ずらせながら祖父を褒めた後、トーンダウンして問う。
彼女にとっても祖父は父よりも好ましく憧れるような人だったんだなと推察出来る。
「うむ。根が深い問題ではある。実を言えば先代の王とわしは竜を退治しようとした」
「え!? あれと戦ったんですか!?」
姫はまた声のトーンが浮上し目を輝かせた。この手の話が大好きそうなのは最初に会った時の印象からして分かる。
彼女の敬愛する祖父が竜と戦ったとなれば、心躍るんだろうな。
「流石お爺様だ」
「まぁ生贄にされた彼を見れば分かるように、生きていたのだから退治には至らなかった。その際に竜が暴れた事で山が揺れてがけ崩れが起き、村に被害が多数出た」
「……それをまた神の怒りに触れたと思いこんだ……」
「そうだ。先代王もこの慣習を良しとはしておられなかった。後で解ったのだが、先祖である魔術師はかなり厳重な封印を施しており、それを濫りに解こうとすれば、何かしら起こる仕掛けを残していたのだ」
「先代王の死因は?」
「……不明だ」
宰相の言葉に重苦しい空気が流れる。亡くなったのが悲しいだけじゃなく、竜と戦った所為で呪いがとか魔術師の言いつけを護らなかったからかとか考えて皆押し黙った。
魔術を使えないものにとって魔術師の手段がどんなものかも分からない。怯えるのも当然だ。
「宰相閣下の魔術師としてのお考えは?」
俺は宰相に対して宰相としてでなく、魔術の力もあるというその点で見ての死因を尋ねてみる。封印に仕掛けられたもの、それが気になる。
「お主はどう思う?」
「あまり言いたくはありませんが、呪いだと俺は思います。恐らく民の恐怖と恨みなどが合わさって発動される類の。竜が暴れて死人が出てますし言いつけに背いた罰のような」
「……凄いな姫の連れてきた者は。わしの見解も同じだ。先代の死と共にわしの顔色も悪くなり、先代と共に戦場を駆けたころの力も消え、鍛えても鍛えても衰えが止まらなかった」
「今は何故か止まっている、と」
「そう政務が取れる位には、な」
俺と宰相が目を合わせ、お互いに考えられる状況の一致を見た。が、口には出さなかった。
確実にそうと決まった訳では無いが、間違いないんじゃないかというレベルにある。
呪いは引き継がれしっかりと運用されている。生贄を続ける必要がまだあるが、竜が実際に居なくて問題無い。
先代が死んだ件なども合わせ、民が疑問や不信より続けずに災難が自分たちに降りかかる方が怖くなってやめられないようになっていれば良いんだ。
あくまでも民に絞首台へ自分たちで送りロープを切る役目を負わせる為に。
「コウ、お主が連れて居た竜は人を喰わん。それを逃がしていたのも知っている。しかしその生贄とされた人々は生きていない」
「あれ、何で俺の名前を?」
いきなり宰相が俺の名を口にしたのに驚いた。ここに捕らえられた時も今も、名乗っては居ない。なのにどうして……。
「さてな。姫、事は大分複雑です。先ずは竜が居た近辺を魔物討伐にかこつけて調べるのが良いと思います。そこに何かがあるかもしれない」
「何故宰相閣下が」
「解りました。早速向かいましょう」
俺は姫の問いを妨げ素早く席を立つ。何が起きているのか調べる為に。解り易い解決方法があるかと思ったが、そう甘くは無いらしい。
「うむ。心遣い感謝する。表に案内の者を寄越してある。大軍は動かせんが、それに匹敵する腕前の二人組だ」
俺はそれを聞いて、誰だろうと考える。
「ありがとうございます。では早速」
「よっしゃ!小難しい話は解らんが冒険なら俺に任せろ!」
ずっと押し黙っていたビッドの声を久々に聞いた。確かにこの所小難しい話が多かったからな。冒険となれば元気になるだろう。
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