第25話 おっさん、見栄を張る
「すまんリムン」
上半身裸で筋肉質のいかつい男が深々と頭を下げた。
リムンは俺にしがみついていて、その姿を見ていない。
当然と言えば当然か。
詳しい話を聞いては居ないが、想像はつく。ビッドの忌み子という言葉。
リムンのお父とお母が村を追い出されたという話。
リムンは一人森で絶望に暮れながら過ごしていたのだ。
「お主が謝っているのは、コウがお主を負かして連れてきたからであろう? そんなものは謝罪とは言わん」
「言い訳のしようもない」
「まぁまぁファニー。それを言うと話が進まないから抑えて抑えて」
「……ふん」
ファニーは仕方なさそうに溜息を一つ吐いて、椅子にドカッと勢いよく座った。
リムンと一緒に寝た事で情が移ったのかな。まぁ元々同じような境遇だし、良かった。
「で、具体的にどう償うつもりなのか聞いても良いかな」
「……言い訳だと思ってくれて構わない。俺はドラフト族を誇りに思っていた。多少保守的でも、気高い一族だと」
「思っていた、とは過去形だね。俺に最初に名乗った時は誇らしげだった気がしたけど」
「そうだ。失地回復を俺の身でしたいと思っていたからだ。リムンの件は、他の一族も知る所となり、我がドラフト族はエルフと同じ保守的で排他的な一族だと一括りにされてしまった。そうでは無かったはずなのに」
「なるほど。懐の浅さを思い知って、貴方も絶望した訳か」
「恥ずかしい話だがな。我が兄、ビルゴはドラフト族の中でも強靭な肉体と魂を持ち、博愛精神に溢れた誇りに思える兄だった。その兄が惚れ込んだのがゴブリンシャーマンの女だった。女はたむろするゴブリンとは違い、品があり肌の違いや歯の違い、目の違いを除けば美女と言っても過言ではない人だった。二人は山中で出会い引かれあい、そしてリムンが生まれた」
リムンは鼻をすすり始める。父と母の事を思い出したのだろう。羨ましいと思うべきか。俺は両親が居なくなったとしてもリムンほど悲しむ自信がない。だが父と母との思い出が美しいほど、失った時の悲しみも人一倍大きなものになるのだろう。
俺はリムンの頭を優しく撫でながら一息吐く。
「経緯は解った。そして貴方もその後に村を追われた家族が、如何に過酷な環境に身を置き生きてきたかは、多少想像力が働くなら解ると思う。俺の問いに関してはどう答えてくれるのかな」
「そうだな。言葉で謝罪したところで、虐げられた者の気持ちが癒され無いとは思うが一言謝りたかった。で、お前達……特にコウ、お前とは話さなければならない事がある」
「山向こうの国の話か?」
「……察しが良いな」
「しかしドラゴンも居なくなり、俺も消えたのだから安心したんじゃないのか?」
「もしそこに、ドラゴンの遺体とお前の遺体があれば、な」
「なるほど。情けないと言うかなんというか」
「全くだ。お前も察していると思うが、何かに付けて生贄をささげる事で、国の安定を得ていたと考えているあの国の王を初め国民は、今血眼になってお前を探している」
「復讐を恐れてかあるいはドラゴンの怒りを鎮める為に殺害する」
「そう言う事だ。俺が調べた限りでは、あの洞窟に竜を封じた魔導師の一族があの国の国主となり、罪人を生贄として捧げれば千年の安泰を得られると公言した事から、そう信じられてきたのだ」
「それが居なくなれば自分達は破滅すると?」
「愚かなことだな。竜の居る居ないで国が左右される事は無い。竜とは俺たち人族よりも知的レベルの高い生き物だ。中には暴竜もいるだろうが、そこには訳がある。国一つ滅ぼすなど造作もないが、攻撃されたのでもなければそうする意義も無い筈だ」
「竜が知的レベルが高いなら、協力を求めればいいんじゃないか?」
「竜と意思疎通が出来るならそうしただろう。しかし竜は不必要に種を増やさず、妄りに乱を起こさず他族との交流をしない。どこかに竜人族がいるらしいが、この大陸には居ない」
「ふーん」
俺はそう言ってファニーを見る。ファニーと意思疎通が出来たのは、この世界の誰の言葉も理解できるという、俺に対しての特典の一つが功を奏したのか。
「何にしても近いうちに、刺客が来るだろう」
「どうやらのんびり路銀を稼いでいる場合じゃなさそうだ」
「そうだ。この町と山向こうの国では国自体が違う。お前の身の処し方一つで国と国とが争う事になる可能性が高い」
「というと、この町を治める国は理由さえあれば隣国に攻め入りたいと?」
「どの国も領土を広げたいのは当然の欲だろう。まして隣国がそんな愚かな国と民であれば、な。恐らくある程度泳がせ暴れさせてからそれを大義名分として攻める」
「参ったなぁ……。もう少しのんびりしたかったのに」
「国にかけ込んで保護してもらうのも手だ。ギルドを通じてすればすんなり行くだろう」
俺はリムンの頭を撫でながら考える。一人ならどうでもいいから、
得な方を選んでいただろう。この世界で生きて行くのに地位や金銭があれば、現実の世界よりも生きやすくなる。この国が攻めたがっていて、口実として俺を使う場合それ相応の利益を貰えるだろう。
が、しかしだ。今は俺一人では無い。ファニーもリムンも居る。俺だけが利用されるならまだしも、ファニーやリムンを利用されるのは耐えられない。
「さて、どうしたものか」
「で、だ。お前さんは困難な方を選ぶんだろうから、俺が手を貸そう」
「おいおい俺は好き好んで困難な方を選んでいる訳じゃないぞ」
「だが選択肢として楽な国の保護よりも、苦難であるあの国に出向くという方を取るだろう?」
「……降りかかる火の粉を払わざるを得ないからね」
「なら早い方が良い。お前と言う口実が無くとも、隙が多ければこの国は挙兵する可能性がある」
「全くやれやれだ」
俺は天井を見上げながら思う。確かにファニーと洞窟を抜けだしてから、あの国の事を忘れた事は無い。何れ問題に向き合う必要はあるかもくらいには思っていた。しかしビッドの話を聞く限り、大事のようだ。それも今は兵は拙速を尊ぶに倣うような状況だ。
「ファニー。少し行きあたりばったりだけど良いかな」
「うむ。コウが決めたなら付き合おう。火の粉を払わなければ、当初の目的を進められないからな」
「……アタチも頑張るだのよ」
「ああ、二人とも頼りにしてるよ」
とは口では言うものの、出来ればこのギルドに置いていこうと思っている。ミレーユさんなら悪いようにはしないだろう。それにあっちへ行けば、汚い仕事や酷い目に遭う羽目になるかもしれない。それに巻きこむのは、おっさんとしては受け入れがたい。
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