よくある婚約破棄騒動【実況してみた】
「マルティナ・ベイリング公爵令嬢!今日をもってお前との婚約を破棄する!」
さぁ、はじまりました、第二王子による公爵令嬢への婚約破棄宣言!こちらは蒸し暑さを感じる夏の夜会会場からお送りしております。
婚約者をエスコートもせず、近頃懇意にしていると噂の男爵令嬢を伴っての入場から何か起こるのは確実でしたが、スタートダッシュは順調と言った所でしょうか?
「理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
おっと、まずは公爵令嬢からの軽いジャブが飛んだー!そうですね、理由を聞かないことには何とも答えづらいですからね。無難な一手と言えるでしょう。
「そんなことも分からないのか?ここにいるジュリア・アップルトン男爵令嬢に嫉妬し、散々嫌がらせをしたそうだな!?お前のような性根の腐った女と婚約を続けられるはずないだろう!」
自信満々に言い切った第二王子。あーっと、ここですかさず隣の男爵令嬢が第二王子の腕にすがったーーー!
さも怯えています、というようなこの表情です!あざとい!これはあざといですね。第二王子も鼻の下が伸びております。こういった仕草に弱い男性も多いですからね。
第二王子がキリッと正面を向くと同時に男爵令嬢は完全に勝利を確信した笑みを浮かべているようですが、淑女としては如何なものでしょうか。ここで公爵令嬢の眉がピクリと上がりました、が……耐えきった。さすが淑女の鑑と言われるご令嬢ですね、感情のコントロールも上手くできているようです。
さてここで気になるのは第二王子のベイリング公爵家を敵に回すようなこの態度ですが、これはよほどの決定的証拠を掴んでいるのでしょうか?
「嫌がらせとは、具体的にどのようなことでしょう?証拠はありますの?」
「下賎な生まれだと暴言を吐いたり、先月の茶会にジュリアだけ呼ばなかったり、ドレスにワインを掛けたり、階段から突き飛ばして怪我をさせたたこともあったそうじゃないか!ジュリアが俺に嘘をつくはずない、他に証拠なんて要らないだろうが!」
証拠は無かったーーー!!
なんと、ここまで大暴走に大暴走を重ねた第二王子、証拠は男爵令嬢の証言のみと言い切りました!なぜあんなに自信満々だったんだ?すごい、逆にすごいぞ第二王子!
公爵令嬢の口からも、この方ここまでアホだったかしら?という小さな呟きが漏れております。
さて、ここまで固唾を飲んで成り行きを伺っていた野次馬達に動きがあったようです。会場の空気も一変、第二王子から距離を取ろうとザワつき始めております。いやー、賢明な判断と言えるしょうね、娘をいたく可愛がっているベイリング公爵を敵に回した言わば特大の爆弾ですから。不用意に近くにいて爆発に巻き込まれたら大変です。
「恐れながら、ジュリア様は貴族マナーに疎いようでしたので、婚約者のいる異性にみだりに近づかないように等、基本的なマナーについてご忠告して差し上げたまでです。先月開催されたお茶会は高位貴族だけの集まりでしたので、下位貴族の方々はお呼びしていません」
なるほど、かの男爵令嬢は平民から男爵家の養女になりましたから、貴族のマナーに疎いというのも納得できますね。ザワついていた周囲の女性陣や、お茶会に参加したであろう高位貴族たちがうんうんと頷いております。
これには先程まで謎の自信に満ち溢れていた第二王子も悔しげに言葉を詰まらせるしかないようです。
「ドレスにワインを掛けたとおっしゃいますが、身に覚えが……あぁ、もしかして先日のパーティーでわたくしの目の前で躓いて手に持っていたワインを床に撒き散らしてわめきたてていた件のことですか?」
「そんなっ!あの時は誰かに足をひっかけられたか後ろから突き飛ばされて…っ!」
すかさず目に涙をため必死に弁明する男爵令嬢。先程感情コントロールができていないと思わせていたのはブラフだったか?しっかりと涙を操作し……
おや?おっとこれは!手に隠し持っているのは目薬です!観衆に見えない素早さで目薬をさしていたようです!これはかなり高度な技なのではないでしょうか?
さすがボンクラ第二王子、この高度な技術に気付けない!女の涙(目薬)に騙されているとも知らず、得意げに肩を抱き寄せている!情けない!情けなさすぎる!
ここでまた公爵令嬢サイドにも動きがあったようです。数人のご令嬢方が軽く手を上げながら進み出ています。この局面でどう動くのか、注目の一手ですね。
「それについては、わたしたちの方から証言させてください。あの時、ジュリア様の左右や後ろにはどなたもいらっしゃいませんでした」
「マルティナ様とも数歩ほど離れていましたし、マルティナ様が何か出来たとは思いません。お疑いでしたら他の参加者の方にも確認を取っていだければと」
「あの時現場を見た者で、相違ないと思う人は右手を、間違いがあると思う人は左手を」
何名かの令息や令嬢たちが右手を挙げておりますが、左手を挙げている方は…いないようですね。これは男爵令嬢が虚偽の申告をした可能性が高いと言えるでしょう。
ようやく事態に気づいたのでしょうか、だんだんと顔色が悪くなっていきます男爵令嬢。王族に対する虚偽の申告は重罪ですからね。しかし既に衛兵が出入り口を塞いでいる!もう逃げ場はないぞ。突っ走るしかない!もう後がない、第二王子の愛だけを信じて駆け抜けるしかないぞ、男爵令嬢!
「わ、ワインの件は勘違いだったかもしれないです!ごめんなさい!」
「そ、それよりも階段からジュリアを突き落としただろ?!そのせいで怪我をしたと泣いていたんだからな!やはり傷害の罪でお前を捕らえるしかないようだ!」
勝ち誇ったような顔で胸を張る第二王子。おそらく剣術の稽古が嫌で怠けているのでしょう、貧相です。成人男性としては見るからに貧相な胸板をしています。
あーっとここで!ついに!ついに!公爵令嬢の口からため息がこぼれました!淑女の鑑である彼女を、ここまで疲弊させ呆れさせることができるのは、この国では第二王子以外にいないのでは無いでしょうか!
「で、証拠は……あぁ、いえ、結構です。その、突き落とされたというのは何時のことでしょう?」
「先週の休日です!!あの日マルティナ様は、わたしを王宮の東棟に呼び出して、階段から突き落としたんです…っ!」
先程目薬で作った涙も既に乾いていますが、泣きの演技だけは大袈裟です!これが女優魂か、すばらしい胆力!
そして第二王子の腕にそこまでない胸を押し付けることも忘れない強かさ!先程までの顔色の悪さは何処へいったのでしょうか、もう通常運転と言った所です。
「先週の、休日ですか?」
「そうですけど?」
おっと?どうしたことでしょう、自信満々な男爵令嬢を見て公爵令嬢が動きを止めた!第二王子は苦虫を噛み潰したような顔をしているが……
「先週の休日は、わたしもあなたも、王妃様の生誕パーティーに出席していたと思うのだけど……?」
あーーーっ、男爵令嬢、ここで痛恨の日付選択ミス!!王妃様の生誕パーティーのあった日を選んでしまった……!
さすがのボンクラ第二王子でも、自分の母親の生誕パーティーのスケジュールは忘れるはずがない!スケジュール的に不可能なことは明白だーー!!
これは勘違いで済ませられない!男爵令嬢が虚偽の申告をしたことは間違いないようだ!
「弁明は無いな、そこの小娘」
突如聴こえた威圧感たっぷりの声により、会場の視線は扉に釘付けにされました。
何時から見ていたのだろうか?わからない。わからないが我らが国王様の登場で、この茶番劇もそろそろお開きとなるでしょう。
「この馬鹿息子が!!」
「グハッ!」
重たい音を立てて、いいボディーブローが入った!!さすが武で多くの功績を持つ国王様の拳だ!これは暫く立ち上がれない!
国王様にぶん殴られたアホ…もとい第二王子は、男爵令嬢共々衛兵に引っ立てられていったようです。
「マルティナ・ベイリング嬢、此度は本当にすまなかった。そなたの望むように、婚約を解消しよう」
「ありがとうございます、陛下 」
国王様の言質も無事に取り、今回の婚約破棄騒動、勝ったのはマルティナ・ベイリング!マルティナ・ベイリング嬢です!!!
おめでとうございます!最後のカーテシーまで最上級に美しい彼女が、今回の勝者です!!!
会場も割れんばかりの拍手で祝っております!!
それではそろそろお時間となりますので、ここでお開きとさせていただきます。それではみなさん、またどこかでお会いしましょう!
実況は会場の端っこで置物に徹したモブ令嬢Aがお送りしました。
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緊急速報です。
先日のパーティーでめでたく婚約解消となったマルティナ・ベイリング公爵令嬢が、本日午後公爵邸の庭園にて、隣国の皇弟殿下にプロポーズされた模様です。関係者の話によりますと、婚約期間は1年を予定しており、結婚式は来年の秋を予定しているとのことです。
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初めて書いたので、至らないところも多々あったかと思いますが、最後までお付き合い頂きありがとうございました!
それではまたどこかでお会いしましょう!
〈追記〉
誤字脱字報告ありがとうございます、助かります!
男爵令嬢と第二王子の処遇は、ここまでテンプレ通りなので、男爵令嬢は戒律の厳しい修道院送り、第二王子は廃嫡と鉱山とかで強制労働ですかね?(現場の実況モブ令嬢Aにはその後の事なんてわからないだろうし、ニュースにも取り上げられないだろうなぁと思って本編に入れられなかった……)